38話 3度目の真っ暗闇
さて、無意識にマトリョーシカを発動してしまったタケル。マトリョーシカは層を重ねて巨大化し、タケルは、その一番外側に意識を移した……はずだった。
しかし、彼は今、本日3度目の真っ暗闇の中にいた……。
『まただ……。またやっちまった……。』
タケルは、真っ暗闇ではお馴染みの心の声で呟く。
1度目はブラックホールに吸い込まれて。
2度目は過去の自分が死んだ事で存在が消えてしまって。
3度目の今回は詳しくは覚えていないが、ホルマリン漬けの殺人鬼に負けて死んだんだろう……。
タケルは、自分の痛恨の失言が一番の原因だった事は覚えている。
しかし、後悔ばかりしていても仕方がないと、気持ちを切り替える。
『……そうだっ!ここに来たって事は、戻れる可能性があるって事だ!』
タケルは1度目も2度目も、真っ暗闇からの奇跡の生還を遂げている。あの声の主の助けを借りて……。
『おーい、いるんだろ?』
タケルは心の声で呼ぶ。
すると……。
「……良くわかったね、僕がいるって。」
この声だ。変声期前の少年のような中性的な声。出会うのは3回目だが、3回とも真っ暗闇での出会い。姿を見た事はない。しかし、タケルはこの声を覚えている。間違いなく過去2回のピンチからタケルを救ってくれた声だった。
『……だってよ、暗闇と言えば……だろ?ほら、また来ちゃったんだよ。お前のいる死後の世界に……。』
タケルは自分で言って少し怖くなり、身震いする。
しかし、返ってきた返事は、タケルの予想を外れていた。
「君は何か勘違いをしてるようだね。今回は、僕がここに来たんだ。君がいたのには少し驚いたけどね。」
(……それと、君と会ったのは、今までも別に死後の世界だったわけじゃないけどね……)
と中性的な声は小声で続ける。
タケルには聴こえていないようだ。
『え?じゃ、じゃあ、ここは何処だ?なんで真っ暗闇なんだよ?』
「……ここは、君のいた夜の学校だよ。肝試しの時のね……。ま、今の君は巨大化したマトリョーシカの一番外側に意識を移動させているから、夜の学校の外。校舎を見下ろせる位置にいる……かな?そして、真っ暗闇な理由だけど……。」
何かを確認するように少し時間が空いて、再び中性的な声がする。
「それは、君がマトリョーシカで作った魂の巨人がまだ未完成で、視覚を司る部分が出来上がっていないから……だね。」
『そっか。じゃあまだ死んだ訳じゃないんだな。』
タケルはそう言うと、両手を目隠しする様に目の辺りに当てる。
両手のひらと指に何かが触れた感触。そして、目の辺りから頬にかけてじんわりと暖かくなる感覚……。
『暖かい。感覚がある。生きてるんだっ!良かったー。』
と、タケルは安心する。
『……そ、そうだ!口は?……もう心で話さなくても良いのか?』
タケルは、次の質問を中性的な声の主に向けた。彼は答える。
「口はあるよ。声も出るみたいだ。でも……。」
その時……!
バオォォォォォォォォオ…………!!
耳をつん裂く轟音。恐竜が生きていたらこんな鳴き声だったのかもしれない。
それは、タケルが話を最後まで聞かなかった結果だった。
「……やっぱり。マトリョーシカの声帯はまだ、人のように複雑な言葉を話せる程、進化していないんだよ。だから、吠える事は出来ても話す事は出来ない。」
『……びっくりした。ご、ごめん……。』
謝るタケル。少しシュンとした後、
『あーーっ!!』
と、急に心の声を上げる。
「どうしたんだい?」
中性的な声は落ちついている。
『いや、花子に注意されてたんだ!このマト……この能力を使ったらマズいんだ!は、早く元に戻らないと……!』
タケルはオタオタしながら言った。マトリョーシカを能力と言い直した。
「……だね。…………ふふっ。」
冷静だった中性的な声が吹き出す。
『なんだよ!』
何故笑ったのかわからず少し膨れるタケル。
「ごめん、ごめん。何でもない。」
(……まだ怖いんだね。マトリョーシカ……)
中性的な声は言った。まるでタケルを良く知っているような、優しい言い方だった。今回も小声の部分はタケルには聴こえて……
『なんか言ったか?』
少しばかり聞こえていたようだ。
「ゲフン。い、いやなにも。……でも、そうか。……なるほどね。」
咳をして誤魔化しつつ、何かに気付いたように意味深な言葉を続ける。
『な、なんだ?』
何か嫌な予感がする。
「……僕がここに来た理由がわかったよタケル。それは、君とマトリョーシカに関係していた。」
『……え?』
タケルの心の中で、カンカンと警鐘が鳴り響く……。
『やっぱり嫌な予感しかない!』と。
「……聞きたいかい?」
中性的な声は、タケルの心がわかっていて、わざと勿体ぶったような口調で言った。
タケルは、正直聞きたくない。間違いなく悪い話の予感しかしないからだ。
しかし、その「聞きたいかい?」という言葉には魔力がある。そう言われて断われる人間がいるだろうか?
十中八九、聞けば後悔するだろう……。
しかし、聞かなかったとしても、「あの時、聞いとけば良かった。」と、後々後悔するのだ。
そんな事を考えているうちに、タケルは魔法にかけられてしまったプリンセスのように、コクリとうなずいてしまっていた……。
『あっ!』
心の声を発しなかったからセーフか?と一瞬考えた。が、真っ暗闇なのは視覚のないタケルにとってだけで、きっと中性的な声の主にはタケルの……マトリョーシカのうなずきは見えているだろう。
中性的な声は、
「わかった。詳しく話しても仕方ないから、大体の話になるけど……。」
と言って話し始めてしまった……。
「まず始めに、君のマトリョーシカは今も外側に向かって層を増やし続けている。このまま大きくなってこの世界の許容範囲を超えると、この世界と君達のいた元の世界との間にある壁がひび割れ、君はその割れ目から向こうへ行ってしまう事になる……。」
『え?向こうって、元の世界に戻るって事だろ?問題ないじゃねーかよ。』
タケルは率直な感想を言った。予感が外れたと、一瞬安堵しかけた。
「……じゃあタケルは、日本に突如現れた巨大な未確認物体を前に、世界がどんな行動を取ると思う?」
『え?世界?』
タケルの考えていた規模と違う。
「マトリョーシカを恐れたアメリカを始めとする核保有国は、日本に向けて核ミサイルを撃ち込むんだよ。日本を犠牲にして人類を救うという名目でね。」
『か、核ぅ〜!!そ、そんな……、う、嘘だろ……?…………ってか、なんでお前は、これから起こる事を見て来たみたいに……?』
「……落ちつきなよタケル。ま、そうなるかも知れないって話さ。」
『なんだよ!びっくりさせやがるぜ。』
タケルの肩の力が抜ける。
『……でも、そうならない為にもこれ以上この能力の発動を続けさせちゃいけねーって事だよな。』
タケルは再確認する。中性的な声が返って来る。
「……そうだね。可能性があると、君が思うなら……ね。」
意味深な言葉だ。その声には、背筋が寒くなるくらいの冷気がまとわりついていた。が、タケルはそれに気付かない。
なぜなら、視覚のないマトリョーシカの背後で正体不明の何かが、熱量を持って煌煌と輝き、冷気を相殺してしまっていたからに他ならなかった……。




