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都市伝説事典  作者: ニカイドウ
幽体離脱編
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36話 貴方が名前を呼べば……

「さて……と、仕方ねぇ。面倒だが、あの女都市伝説の遺言でも聞いてやるとするか……。」


 動く人体模型は、億劫そうに言った。女都市伝説とは、もちろん花子の事だった。

 しかし、その言動とは裏腹にタケルへ向けた視線を離せないでいる、動く人体模型。真剣な眼差し。額に滲んだ冷や汗がツゥと筋肉剥き出しの左頬を伝う……。

 目前には無意識に能力を発動したタケルの姿……。

 その能力とは、マトリョーシカ。

 タケルから溢れ出した魂が、正にマトリョーシカを被せていく様にタケルに覆い被さり、何層にも重なり合って巨大化していく能力だ。

 そして、そのマトリョーシカの魂の範囲内に入った者は、個人差はあるようだが、タケルの意識に支配される事になる。

 動く人体模型はその能力については花子からほとんど知らされてはいなかったが、目前で起こっている現象に危機感を感じ始めていた。


「……で、何て言ってたっけ……?」


 無理に平静を装う動く人体模型。花子の最期の二言三言を思い起こす。





『……私が消えれば、タケルの持つ鏡のキーホルダーはこちら側との接続が断たれ、本来の鏡の役割を取り戻すわ。動く人体模型、あなたは、外側のマトリョーシカへ移動したタケルの意識を、元のタケルに引き戻して。そして、鏡のキーホルダーを見せて、その姿を映し、本来の姿を意識させるの。』


「……キーホルダーを見せれば良いんだな。でも、どうやってあの人間の意識を引き戻せば良いんだよ?ワシは、さっきヤツに無視されたばかりだぞ!!」


『貴方ならきっと大丈夫よ、私には分かる。貴方には、タケルとの絆のようなものを感じるわ。貴方が名前を呼べば、タケルはきっと戻って来る!』


「な、なんなんだよ!その曖昧な話はよぉっ!!」


『とにかくやるしかないのよ。じゃないと、貴方もタケルの意識に飲み込まれるだけよ。……いいえ、最終的には、こっちの世界も向こうの世界も全てがタケルに飲み込まれる事になる……。それほどの能力なのよ。あのマトリョーシカは……。』


「う、嘘だろ……。」


 その時はまだ半信半疑だった……。





 ブルッと身震いする、動く人体模型。

 目の前の光景を見ていると、花子の言葉は、あながち嘘ではないような気になる。

 タケルは、着実にマトリョーシカを増やしている。理科準備室の天井までで3層のマトリョーシカを纏うタケル。

 それ以上は壁や天井に阻まれて分からないが、更に何層ものマトリョーシカを作り出しているのだろう……。

 マトリョーシカ自体は透明に近い。そのため、マトリョーシカを纏うタケルは、液体の入ったコップを挟んで見た風景のように少し歪んで見えている。


「おいっ!人間っ!そこらで一服したらどうだ?」


 軽いジャブのような言葉をタケルに投げかける、動く人体模型。

 もちろん軽くスルーされる。


「おいっ!聞いてんのか人間っ!!」


 少し強めのジャブ。

 ……避けられたのか、効いていないのか……?


 しかし、動く人体模型が花子に言われたのは、『名前を呼』ぶだったはず。


「くそっ!人間を人間って呼んで何が悪いっ!ワシはツクモガミだぞっ!崇め奉られるはずのワシが、人間の……名前……なんて…………グヌヌ。」


 いちいち覚えて呼んでられるかっ!!


 と怒鳴りたかったが、この災悪は自分にも猛威を振るう……。

 その証拠に、動く人体模型の周りにも、タケルの意識が漂い、徐々に濃密になって来ているのを感じる。

 それと同時に、タケルの纏うマトリョーシカの色が赤黒く変色し始めている。先に纏ったものから順に色付き、透けて見えていた本来のタケルの姿がだんだんと見えにくくなってきている……。


「あっ…………もしかして、アレが見えなくなったらヤバイんじゃねぇのか?」


 焦る、動く人体模型。


「おい!人間っ!手に持ってんだろ?キーホルダーっ!!」


「……。」


「だからよっ!鏡のキーホルダーだって!あの女都市伝説が言ってやがったぞ!お前が持ってるってよぅ!!」


「……。」


「聞けよっ!人間っ!!」


 それでも神のプライドが邪魔しているのか、名前を呼ばない、動く人体模型。


「……キシシ。」


 不意に背中から笑い声が聞こえる。


「なんか大変そうだねぇ。」


 ホルマリン漬けの殺人鬼の声だ。動く人体模型は後ろを振り返るが、ヤツの姿はない。

 もちろん理科準備室には隠れる場所はたくさんあるが……。


「なんだぁ?どこから話してやがるっ!!」


 叫ぶ、動く人体模型。

 すると、首筋辺りから声が聞こえた……。


「ここだよぉ。」


「うわぁっ!」


 これには流石に驚く、動く人体模型。慌てて首筋の辺りを払う。

 その払う手を避けつつ空中で回転し、理科準備室の床に着地したのは、ホルマリン漬けの殺人鬼……の、蜘蛛の脚を持つ首だった。


「お前の背中でちゅうちゅうと負のエネルギーを吸って回復させてもらったぜ。キシシ。」


 しかし、鼻は曲がっているし、左耳は取れかかった状態で、回復したとは言い難い、醜い姿だ……。


「まさか、それで回復したって……?」


 そのまま思った事を口に出す、動く人体模型。

 ホルマリン漬けの殺人鬼は、歪んだ顔を更に歪めて、


「……うるさいっ!ここまで回復すれば、再び他の体の一部を動かしてお前を襲わせる事も可能なんだよぉっ!!」


 叫んだ。

 バラバラに床に散らばる肉片が、再び動く人体模型へと襲いかかる。


「ま、待てって!そんな場合じゃない……」


「問答無用ぉ!!」


 その時、窓から差し込んでいた丁度良い月明かりが強さを増した。

 それは、動く人体模型が眩しいと感じる程の光。……と、熱……?


「なんだなんだ!!おい、待てって殺人鬼っ!!わかんねぇのか?窓の外で何かが起こってるんだよぉっ!!」


 飛び掛かる肉片を振り払いながら叫ぶ、動く人体模型。


「へっ!騙されるかよっ!!俺には何も見えないねぇーーっ!!」


 ホルマリン漬けの殺人鬼は、動く人体模型の声に耳を貸さない。


「耳や鼻みたいに、その目も回復してねーのかよっ!!」


 皮肉を叫ぶ、動く人体模型。飛び掛かる肉片がまとまりを見せ始め、振り払う腕が間に合わない。ホルマリン漬けの殺人鬼の肉片が、少しづつ、動く人体模型の体を覆い始める……。


「まあ、視界が暗いわ、色が数色しか見えないわ。不具合は色々あるがなぁ。……良いんだよぉ、動く人体模型ぃ!今はお前が見えるだけで充分なんだよぉっ!!!!」


 首が叫ぶと、更に勢いづくホルマリン漬けの殺人鬼の肉片達。


「だぁーーっ!!肉片は気持ち悪いしややこしい、窓の外は眩しい!熱いっ!!一体何なんだよっ!!まさか、これもあの人間の……マトリョーシカって能力のせいなのかよ……!」


 動く人体模型の脳裏に、再び花子の言葉が浮かぶ。


『貴方が名前を呼べば、タケルはきっと戻って来る!』


 動く人体模型は、諦めたように、ふうと溜息をつくと続けてこう言った。


「わかったよ。呼びゃあ良いんだろうっ!!呼んでやらぁっ!!」


 動く人体模型は大きく息を吸い込んだ。

 しかし、動く人体模型の喉が最大限に開かれたその時。それを待っていたかのように、ホルマリン漬けの殺人鬼は笑い声と共に叫ぶ。


「キシシシシシシシィッ!!誰を呼ぶつもりかわからないけどなぁ、呼ばせるかよぉおっ!!!」


 ウグゥ!!


 動く人体模型のその開かれた喉に、ホルマリン漬けの殺人鬼の肉片達が次々と押し寄せる。その広くはない通路は、すぐに溢れ返る。

 動く人体模型の喉は、声はおろか、その機能の全てを停止させるのに、さほど時間はかからなかった……。



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