34話 キーホルダーの向こう側
目前で、ーー動く人体模型とホルマリン漬けの殺人鬼の負のエネルギーの奪い合いーーが展開されている中、タケルは必死に打開策に思いを巡らせる……。
「はっ!……そ、そうだっ!!」
何かを思い出したような声を上げると、矢庭にズボンのポケットをまさぐり始める。
「ど、どこに入れたっけか?」
左後ろのポケットに塊を見つけ、
「あった!」
と引っ張り出す。
鏡のキーホルダーだった。
「今、このキーホルダーには、花子の鏡のスペアの力が宿ってんだよな。なら、未来の鏡と通信出来るかもしれねーっ!!」
タケルは両手で鏡のキーホルダーを掴み、おでこに当てる。そして目を閉じ、一心に念じる。
「繋がれ繋がれ繋がれ……頼む!繋がってくれーーっ!!」
再び目を開き、キーホルダーの鏡の部分を注視する。
……真っ暗だ。
「何だよっ!!」
タケルはそう叫んで鏡のキーホルダーを投げ捨てそうになり、慌てて留まる。
キーホルダーは、タケルの指先を右手左手と飛び跳ねながら移動し、やっとのこと捕まえたタケルの右拳の中で止まった。
「ふぅ。」
右拳を額より上に挙げたまま、左手で冷や汗を拭うタケル。
「あっぶねーっ!これは花子の鏡復活に必要なキーホルダーだった……。」
タケルは鏡のキーホルダーを再び左後ろのポケットに仕舞おうとしてふと気づく。
「あれ?鏡のキーホルダーって鏡だよな?」
当たり前だ。
「……じゃあ、どうして俺が映らねーんだ??」
そう考えると不思議だ。花子は無意識のマトリョーシカ防止の為に鏡のキーホルダーを見ろと言った。なら、タケルの姿は映るはずなのに……。
タケルは再び鏡のキーホルダーを見つめる。
鏡の部分に映っているのは先程と変わらず暗闇だけだった。
タケルはしばらく眺める。すると、一瞬だが、上の方から肌色のものが下りてきて、再び上がっていった。
「え?」
タケルが疑問の声を上げると、再び肌色のものが上下する。
更に注視するタケル。すると、その回数が明らかに多くなる。
見られているのを意識しているかのように……。
タケルは、それが何なのかだんだんと分かってくる。
「こ、これってまさかっ!!」
キーホルダーの鏡の部分の向こうから、キシシという独特の笑い声が聞こえた。
その笑い声を合図に鏡の中の映像が急にズームアウトしていく。その暗闇は黒目の黒。時折上下していたのは瞬き(まばたき)の度に現れるまぶた。
そして、その持ち主こそが笑い声の主……。
結果から説明すると、鏡のキーホルダーは未来へと繋がっていた。
ただし、そこに待ち受けていたのは、ホルマリン漬けの殺人鬼だった。
「おいっ!何でお前だけがここに映るんだよ!!花子はどうしたんだ!?」
叫ぶタケル。当然のように花子が映るものと思っていたタケルの脳裏を、最悪の結果が過ぎる。
「ま、まさか……。花子、やられちまったんじゃないよな…………?」
弱々しい声になるタケル。
「……大丈夫。まだ生きてるぜぇ、キシシ。」
邪悪な声で答えるホルマリン漬けの殺人鬼。
今、鏡のキーホルダーには、ヤツの首から上が映っている。その映像が、カメラを下に向けるようにゆっくりと下がっていく。
鎖骨の辺り、胸板、みぞおちと下がるが、フード付きの黒いジャージを着ているため画面はほぼ変わらない。
しかし、鏡に映された映像が、ヤツの腹部を映した時、タケルは悲鳴を上げていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
そこでタケルが見たものは、肉ともジャージともつかない、そのどちらもが融合し混ぜ合わされたようなものがへばりついている。しかも、そのシワのような、模様のようなものが人の顔に見えたのだ。
「か、顔?それとも……模様?」
タケルは怖いもの見たさで見つめてしまう。すると、その顔は微かに唇を動かし、こちらに言葉を送って来た。
「……タ……ケル……タケル……」
それは微かな音量だったが、タケルにはわかる。
「は、花子っ!?」
そう。ホルマリン漬けの殺人鬼の腹部にあっもの、それは……花子の顔だった。
ジャージと融合しているのは、ジャージもヤツ……ホルマリン漬けの殺人鬼の一部だということだろう。
「くそぅっ!!花子に何しやがった!ホルマリン漬けの殺人鬼ィッ!!!!」
花子を傷つけられ、怒りを露わにするタケル。
「おいおい、酷いなぁ。俺はコイツを助けてやったのによぅ……。」
ホルマリン漬けの殺人鬼は、心外だなぁといった風に答えた。
鏡のキーホルダーに映る映像が引いていき、ホルマリン漬けの殺人鬼の全身が映される。周りの景色もわかる。
旧校舎3階の女子トイレのようだ。
「ん?」
タケルは、ホルマリン漬けの殺人鬼の後ろに気になるものを見つける。
手洗い場だ。手洗い場にガラスの破片のようなものが散乱している。そして、スペアの鏡があった場所には何もない。
「おっ!気づいたかぁ?そう。割れたんだよ。ここにあった鏡がぁ。そしたらよ、そしたらだぜ。急にトイレの花子さんの力が無くなってよぅ。ビックリしたぜぇ。キシシッ!」
「……お前が割ったのか?……割ったんだなっ!!」
怒鳴るタケル。
「ちげぇよ。俺は何もしてねぇ。お前が消えてすぐの事よ。勝手に割れちまったんだって。」
別に言い訳というわけでもなく、ただ事実を話すようにホルマリン漬けの殺人鬼は言った。
「そしたらよぅ、コイツ消え始めてやんの。負のエネルギーも一緒に消えちまいそうだったからよ。……もったいねぇじゃねーか。だ・か・ら……」
「だから……?」
「取り込んじゃいましたーーーーっ!!てな。キィシシシシィイ……!!!!」
下品な笑い声に震えるタケル。それは恐怖ではない。
「こんの野郎っ!!戻ってボコボコにしてやんよぉっ!!!!」
タケルの怒りゲージがMAXを超える。タケルは鏡のキーホルダーに手を近づける。すると、中へと吸い込まれるような感覚があった。タケルは、その流れに任せれば花子の元へ向かえると確信する。
「待ってろこの野郎っ!!」
その時。
「駄目っ!!」
それは、ホルマリン漬けの殺人鬼の腹部から聞こえた。花子の声だ。
普段の花子の声よりは小さいが、先程の消え入りそうな声とは比べものにならない大きさだった。その表情から、かなり無理をしているのがわかる。
「こうなる前の時間に戻って、花子の鏡を復活させれば大丈夫だからっ!!今大事なのは、タケルがなぜキーホルダーを未来と繋げたかったのか?タケルがするべき事を実行しなさいっ!!」
苦しみながらもハッキリとタケルに伝える花子。
理屈ではわかっていても、花子を見捨てる事に納得出来ないタケル。しかし、不満ながらもタケルは選ぶ。
「……わかった。」
タケルはそう言って、鏡のキーホルダーから手を遠ざけた。
それは、未来へ戻るのではなく、過去に留まる道。
「おい、ホルマリン漬けの殺人鬼っ!!」
「えぇ?何だぁ?」
「一年前、俺はどうやってお前を倒したんだよ!?」
鏡のキーホルダーの外では、動く人体模型とホルマリン漬けの殺人鬼の負のエネルギーの奪い合いは続いている。
動く人体模型に残された時間ももうあまり残っていないだろう。今、この1秒後にも眠りに落ちてしまうかもしれない。
だから、タケルは直接本人に聞くという方法を選んだ。
しかし……
「キシシ。教えるかよ。」
あっけなくも、鏡のキーホルダーの中、ホルマリン漬けの殺人鬼はタケルを突っぱねるように言った……。




