33話 倍返しだ
「おーい!お前らぁ、こっち見ろよぅぅっ!!」
ホルマリン漬けの殺人鬼の声。タケルと動く人体模型は、声の聞こえた方を向く。一年前のタケルが気絶している方だ。
タケルは、我ながら良く起きないなぁと感心すらしてしまう。が、もちろんそんな状況じゃない。
ホルマリン漬けの殺人鬼の首は、既に気絶したタケルの背中の上。気持ちの悪い、髪の毛で出来た8本の蜘蛛の脚で立っている……。
さらに、ヤツは前脚の1本を高々と持ち上げる。するとそれは、タケル達の目の前で髪の毛を編み上げるように細長い脚から大きな鎌へと変化していく。
「……さぁて、準備は整いましたよぅ!首切り血しぶきショーの始まり始まりぃっ!!」
ホルマリン漬けの殺人鬼はふざけた口上の後、その大きな黒い鎌を気絶しているタケルのうなじへと振り下ろす!!
「待て待て待てーーいっ!!」
タケルは両手を前に出し、洋画で良くみるwaitのポーズで慌てて叫ぶ。すると、大きな黒い鎌は、気絶しているタケルのうなじ手前で止まる。
「何だ?命乞いかぁ?」
ニヤリと笑う首。しかし、タケルは動じずこう言った。
「……逆だぜ。」
今からタケルは嘘をつく。
「俺は未来から来たんだ。知ってんだよ。今、お前が鎌を振り下ろせば後悔する事になるって事をなっ!」
タケルは、首を真似てニヤリと笑った。出来るだけいやらしく見えるように。
「……ほほう。」
首はそう言ったが、その髪の毛で出来た鎌を解く気はないらしい。鎌は未だ気絶しているタケルのうなじ手前にある。
「未来の俺がここにいるって事は、首切り血しぶきショーは失敗するってことだ。いや、もっと詳しく言えば、お前は俺に鎌を振り下ろした事で死よりも辛い恐怖を味わう事になるんだぜ!!さぁどうする?早く鎌を下ろした方が身の為だと俺は思うけどなぁ。」
タケルは言った。もちろん口から出まかせだ。心臓がドキドキしているが、バレてはいけない。
一瞬の沈黙が、タケルには永遠に感じられる……。
「お、俺はお前が未来から自分の死を阻止しに来たとばっかり……。なのにまさか……。確かにお前が未来に存在するなら、俺はコイツを殺せないって事だもんな……。」
首は弱々しい声でそう言った。諦めのようなものが蜘蛛のような姿から立ち昇っているのがわかる。ホルマリン漬けの殺人鬼の首は鎌を持ち上げ、気絶しているタケルのうなじから離す。
「よし、それで良いんだよ。」
鎌が離れ、安心するタケル。
が、しかし、タケルが気を抜いた瞬間をヤツは見逃さなかった。
鎌になった前脚に力が入る!!
「……馬鹿野郎っ!騙されるかよっ!!このまま鎌を、振り…………下ろしてやるよおぉぉっ!!」
「な、なぜバレたんだぁっ!?」
タケルは自分の首が切断されそうになり、手で両目を覆う……
「あれ?」
覆えない。
「キシシィ!それよ!お前、手の先から消えていってんだよぉっ!!」
タケルは、指先が消えかけている事に気づく。
「!!」
「やっぱり、コイツを殺しゃあ、お前も消滅するって証拠じゃねぇかっ!!」
ホルマリン漬けの殺人鬼の首は、叫びながら鎌を振り下ろす。気絶しているタケルのうなじに鎌が入って……
スゥーー
息を吸い込むような音。
バサァッ!!
鎌の形だった長髪が解ける。
長髪は気絶しているタケルのうなじを舐め、床へ落ちる。うなじには少し赤い線が付いているだけだった。
更にそれだけではなく、ホルマリン漬けの殺人鬼の首は、その場でいくつかのパーツに分解され、長髪同様にバラバラと床に落ちた。
「……取られたら取り返す。倍返しだ!!」
動く人体模型の声。理科準備室の床に膝をついていたはずの動く人体模型だったが……。
「ジンタンッ!動けるのか!?」
タケルは言った。嬉しさが滲み出ている。
今、動く人体模型は理科準備室の床にしっかりと両足をつけ、堂々と立っていた。
消えかけていたタケルの手もスッと元に戻る。
「……ああ。取られたら取り返しゃあ良い。簡単な事だ!」
動く人体模型は、ホルマリン漬けの殺人鬼の首から負のエネルギーを喰らい、ヤツを無力化する事でタケルを救った。と同時に負のエネルギーを喰らった事で自分の力をも取り戻したのだった。
動く人体模型は間髪いれず、
「体のほうからも負のエネルギーを喰らってやるぜぇっ!!」
と、首のない男からも負のエネルギーを喰らい始める。
そちらもバラバラと、床に崩れ落ち、ホルマリン漬けの殺人鬼は先程バラバラになった首も含めて108の部分へと分解された。
「す、すげーじゃん!ジンタンっ!!」
タケルは助かった喜びに震えながら、動く人体模型へ近づこうと一歩踏み出す。
「まだだ、人間っ!!」
叫ぶ、動く人体模型。タケルはビクッと首をすくめ、足を止める。
すると、ホルマリン漬けの殺人鬼の108の部分が、動く人体模型に向かって一気に飛び掛かった。
動く人体模型の体表は瞬く間に肉塊に埋め尽くされる。
「ジ、ジンターンッ!!」
先程とは打って変わって不安な叫び声を上げるタケル。
「ワ……、ワシなら大丈夫よぉ……。コイツら、ワシから再び負のエネルギーを奪う為に飛び掛かって来やがったのよ……。」
肉塊の中から聞こえる、動く人体模型の声。
タケルは肉塊を注視する。と、所々で結合と分離が繰り返されている。
どうやらホルマリン漬けの殺人鬼は、動く人体模型から負のエネルギーを奪い、体を治癒しようとしているようだ。しかし、動く人体模型も負けずに負のエネルギーを喰らい続け、治癒を阻止する。タケルの目には、ホルマリン漬けの殺人鬼が劣勢。動く人体模型が優勢のように映る。
「いけジンタンッ!このままヤツが動けねーくらいまで追い込んじまえっ!!」
タケルの声は再び勢いを取り戻す。我ながら現金なヤツだとタケルは思う。
すると、動く人体模型は、顔にへばり付く肉塊を千切って壁に投げつけながら、
「……だが、この負のエネルギーの奪い合いが続けば、分が悪いのはワシだ。ワシの喰らう力には副作用があるんでなぁ。」
と、なかなか真剣な表情で言った。
「あっ!」
タケルには覚えがあった。吉川先生の負のエネルギーを喰らった時も、真夜中の少女の負のエネルギーを喰らった時も……。
ジンタンは、負のエネルギーを喰らった後、長い眠りが必要になるのだ……。
「おいジンタンっ!ま、まさかこんな状況で俺1人残して寝ちまったりしないよな?な?」
動く人体模型をすがるような目で見つめるタケル。
「……やっぱりこれも知ってたか……。だが、最終的には眠りには逆らえねぇ。が、まだ猶予はある。打開策を見つけるなら今しかねぇぞ人間っ!!」
動く人体はそう言った。そしてその後、
「おいっ!ホルマリン漬けの殺人鬼だったか、殺人鬼のホルマリン漬けだったか!まぁどっちでも良いがなぁ、ワシとお前のどちらが負のエネルギーを喰らい尽くされるのが早いか、勝負と行こうぜぇっ!!」
と高らかに宣言した!!




