28話 プー◯の上靴
花子とホルマリン漬けの殺人鬼が戦っている“現在の夜の学校”からタケル達が肝試しをした“一年前の夜の学校”まで鏡の中を進むタケル。
テレビで見た、の◯太の机の中のような景色を進んで行く。さすがに時計は浮かんでいないが、見る度に色が変わる綺麗な玉虫色の空間だった。
「今回は自分で進まなきゃいけないんだな……。」
少し面倒そうにタケルは言った。
きっと花子はホルマリン漬けの殺人鬼との戦いに力を割いていたため、鏡移動に使う力が足りていなかったのだろう。ま、真実は花子本人に聞かなければわからないが……。
「あっ!」
目前の玉虫色の空間に、縦に長い長方形の穴が空いている。丁度トイレの鏡くらいの大きさだった。
「出口だっ!!」
タケルは急いでその穴へと向かった。
鏡の大きさの穴へ首を突っ込むタケル。
「……ここはどこのトイレだ?」
タイル張りの床、白い壁。奥には小便器と個室が並んでいる。学校の男子トイレに間違いない。
鏡から首を出したタケルは手掛かりを探す。
入り口近くにスリッパが用意されている。ここは、職員室の近くにある男性職員用トイレだ。
という事は、ここは職員室のある新校舎の2階。同じ階に理科準備室もある。しかもこのトイレは……
「うおーっ!ラッキーッ!!理科準備室の隣のトイレじゃん!」
そういう事だ。タケルは急いで鏡から出た。
「よしっ!急いで理科準備室に向かわないと俺が危ないぜっ!!」
教職員用トイレには入り口にドアが設置されている。タケルはガチャッとドアノブを回し廊下に躍り出ると、すぐさま隣の理科準備室入り口の引き戸を一気に横へと滑らせる。
ガラガラガラーーッ!!
「うっ!!」
理科準備室に入ると、途端に異様な雰囲気がタケルを襲う。ヌルヌルの蛇に体を締め付けられるような感じで息苦しく気持ち悪い……。
「ホ、ホルマリン漬けの殺人鬼の奴……、もう動き出してんのか……?」
タケルは室内を見渡す。遮光カーテンは開けられているが、月明かりが乏しい。月に雲がかかっているのだろうか?
所狭しと並べられた棚。そこにまた所狭しと並べられたビン群。薬品やホルマリン漬けのビンだろうが、その1つ1つまでは暗くて良くは見えない。
棚以外にも視線を向ける。
「……ん?」
……棚の向こう側を見たタケル。その目に飛び込んで来たのは、上靴を履いた足だった。
「あ、あれは……!!」
こちらからは棚に隠れていて見えないが、どうやら人が倒れている。
そしてタケルにはわかる。あの上靴の汚れは一年前の図工の時間に黒い絵の具で走るネコのマークを描いた跡だ。あれから何度洗っても完全に消える事は無く、捨てるまでプー◯の上靴だった。つまり、あれはタケルの上靴であり、タケルの足。
あの棚の向こうに倒れているのは紛れもなくタケル。一年前、ホルマリン入りのビンの中で蠢く殺人鬼の一部達を見て気絶してしまったタケルだった!
「……何だぁお前は?」
ホルマリン漬けのビンがひしめき合う棚から声が聞こえる。
「え?」
タケルは声のした場所に目を凝らす。しかし棚にあるビンの1つ1つは、やっぱり薄暗くてよくわからない。
が、その時。雲が切れたのか、外からの月明かりが理科準備室内を照らした。
「……こっちだこっち。」
再び声がする。
「!!」
その声は、やはり先程の棚から聞こえていた。そして、今度は月明かりに照らされ、タケルの目にはっきりと見える。
ホルマリン漬けのビンの中にあったのは口。
鼻の下から首までが少し大きめのビンの中に浮かんでいる。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
タケルは悲鳴を上げる。間違いない。ホルマリン漬けの殺人鬼の口だ……。切断された人体というだけで怖いが、少し上から覗いたりすれば断面が見えそうでさらに怖い。
「……おいおい、いきなり悲鳴って。失礼ってもんだろ、え?」
ビンの中でパクパクと元気そうに動く口。
タケルは震えが止まらない。
「キシシ。ビビってんなぁ。でも、あの倒れてる奴を助けたいんなら急いだ方が良いぜぇ?」
「な!!あ、あいつに何をするつもりだよっ!」
タケルは喉から声を絞り出す。
「キシシシ。自分で見てみろよ。ほら。どうぞ奥までお進み下さい……なんてな!」
ゲラゲラゲラゲラ!!
口は大笑いしている。
タケルは恐怖で足がすくみ前に出られない。
「あれ?行かないのか?」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
タケルはその笑い声に、「ビビって動けないんだろ!」と馬鹿にされてる様な気がして憤る。
「い、行くに決まってんだろっ!!」
震える足を無理矢理動かそうと頑張るタケル。が、ふと気づく。
「……俺バカだ。歩かなくても飛んで行けるんだよな。今の俺。」
タケルは自分が幽体離脱中だということを忘れていた。震える足を床から浮かせ、気絶している自分の元へゆらりと飛んでいく。
「え?まさか、お前、魂か?そうか。よく見たら頭の上に糸が見えるな。って事は幽体離脱者かっ!!」
今まで気づいていなかったのかと驚くが、タケルも自分が幽体離脱中である事を忘れていたので五分五分だろう。
ホルマリン漬けのビンがひしめき合う棚の群れを抜け、タケルは倒れている自分自身を確認する。
「っ!くはぁっ!!」
タケルは慌てて目線を外す。そこには、気絶しているタケル。そして、タケルを見下ろす影があった。
いや、実際見下ろしているのかどうかはわからない。何故ならそれは人の姿をしていたが、首から上が無かったのだ……。
「なんだぁ?恐ろしくて見れねぇか?」
タケルの耳に冷やかしの声が聞こえる。
しかし、タケルはそいつから目を逸らしたのではなかった。
タケルは口を開く。
「や、やべーっ。俺、仰向けで倒れてんじゃんっ!!」
タケルが目を逸らした理由。それは、ドッペルゲンガーと顔を合わせてはいけないと言った花子の言葉を思い出したからだった。
「た、倒れてる俺がこっちを向いてる間は、俺は向こうを見る事すら出来ねぇ!!い、一体どうすれば良いんだーーーーっ!!!!」
タケルの叫びは虚しく理科準備室に響き渡った……。