20話 忘れたとしても……
泣きじゃくるミクちゃん。
メリーさんは、足下から消えていく……。
ミクちゃんの両手に、メリーさんの重さはもうほとんど感じられない。
「ミクちゃん……。」
メリーさんはミクちゃんの名前を呼ぶ。
「何……、メリー……ちゃん?」
しゃくりあげながら答えるミクちゃん。
「お母さんに伝えて欲しいの……。」
「……なに……を?」
「人形に変えてしまってごめんなさい。そして、この服持って行くね。大好きだよママって……。」
メリーさんは最後の言葉を残し、ミクちゃんの手の中で崩れ落ちる。砂よりも更に細かい粒子へとかわる。
その時吹いた一陣の風。メリーさんだったものは、その風に乗って消えた……。
メリーさんは、最後にミクちゃんのお母さんの声を聞いたような気がした。
「私が作ったお揃いのワンピース。よく似合ってるわ。ミク。あ、もちろんメリーちゃんもね。それを着てると、2人は本当に兄弟みたい。2人とも、私の大切な家族よ……。」
それはメリーさんにとって、とても大切な思い出だった……。
「……。」
タケルは、その様子を見て、目頭を熱くする……。
「なんでこんなことになるんだよっ!チクショーッ!」
ズズーッと鼻をすする。
「おい、タケル。おまえ、あの人形に襲われたんだぞ……。」
ジンタンは呆れた顔で言った。
「わかってるけどよ……。なんかもっと上手くいく方法がなかったんかってよー。」
そう言うタケルの肩に、優しく手を置くモクメ。そんな彼らの背後に人影が立つ。
「……無事だったようね。」
それは赤マントだった。
「満身創痍だね、赤マント。……で、」
モクメの言葉を最後まで聞かず、赤マントは答える。
「タケルの家にいた都市伝説達は全部倒したわよ。それに満身創痍って、アンタ達も同じようなもんじゃない……。」
「まあね。」
疲れ切った顔でモクメは答える。赤マントは、辺りを確認した後、
「……山崎マリがいないって事は、真夜中の少女の真実にも気づいたみたいね。良かった……。」
と安堵の表情を浮かべる。
「……僕達じゃないよ。真夜中の少女からミクちゃんを救ったのは、メリーさんさ。」
モクメは、泣きじゃくるミクちゃんを見て言った。赤マントは、何があったのか察したようで、
「……そう。」
とだけ言った……。
タケル達は、ミクちゃんが落ち着くのを待って、バックヤードから出た……。
「えっ!!」
タケルはバックヤードから出て、まずその光景に驚く。なんと、Aマート内に人が溢れている。みんな、何事も無かったかのように買い物をしている。
「……こ、これは一体どういう事だ?」
タケルは頭が混乱してくる。相名勝馬が破壊した部分も修復されている。今まで通りのAマートだった。
「タケル。君が相名勝馬の存在を否定したからだよ。アイツは真っ赤な嘘だった。だから、全てが元に戻ったんだ。」
モクメが言った。
その時……。
「大変だーっ!人が倒れてるぞっ!」
という声が聞こえる。Aマートの一角が騒がしい。
「おい、タケル。あれ……。」
ジンタンが、タケルに声をかける。タケルの顔がみるみる焦りの表情に変わる。
「母ちゃんの事、忘れてたーーっ!!」
「すいません。すいません。ただの気絶なんで。病気とかじゃないんで大丈夫です……。」
そう言いながら人波をかき分け、急いで母ちゃんに駆け寄るタケル。
「……あれ?タケル。私、何してたんだっけ?」
タイミング良く母ちゃんが目を覚ます。
「母ちゃん!良かった。気がついて。急に気絶するんだもんなー。びっくりしたぜ。ほら、母ちゃんの事心配して皆さん集まってくれたんだぜ。」
タケルの母ちゃんは、周りの人だかりに気づく。
「あらやだ!お騒がせしてすいません。いえ。大丈夫です。この通りピンピンしております。」
タケルの母ちゃんが元気さをアピールすると、人だかりは絡まり糸が解けるように、それぞれの買い物へと戻っていった。
「あー、恥ずかしかった……。」
母ちゃんが呟く。
「それ、言いたいのは俺のほうだよ……。」
タケルは母ちゃんに聞こえないくらいの音量で心の声を吐き出した。
「でも、何だろう?とっても怖いことがあった気がするんだけど……。よくは思い出せないわ。」
と言いながらも思い出そうとする母ちゃん。それを、タケルは慌てて止める。
「わーっ!夢だってそんなの!ほら、Aマートには、ミクちゃんのお母さんを探しに来たんだろ?早く探そうぜ!」
「そんな理由で来たんだっけ?可笑しいわねぇ?精密検査受けるべきかしら……。」
タケルの母ちゃんは、自分が心配になり、不安な顔をする。 そんな母ちゃんを引っ張って、みんなの元に帰るタケル。
「あら、黒反くんと……、もしかしてサトリちゃん?サトリちゃんよね?3年生まで夕暮小学校にいた……?」
「え、ええ。ご無沙汰してます。おばさま。」
赤マントは答える。
「サトリ……?」
タケルは、赤マントに会ってからずっと何かが引っかかっていた。
「タケル!覚えてるでしょ?サトリちゃん!」
タケルの母ちゃんは、満面の笑顔で嬉しそうに言った。
そうだ。俺は、赤マントと呼ばれた少女の顔を知っていたんだ。少女の名前は槇村サトリ。小学校3年生まで夕暮小学校にいた幼馴染だった。サトリが転校するまでは毎日のように一緒に遊んでいた。ヒマワリの咲くあの場所を、俺たちはヒマワリの秘密基地と呼んでいた。俺とサトリと、もう1人……。
しかし、そのもう1人の事がどうしても思い出せない。
誰だ……?
俺は、忘れてはいけない誰かを忘れているんじゃないか……?
「……ミク?」
その時、ミクちゃんを呼ぶ女性の声が聞こえた。その声が、タケルの思考の堂々巡りを止める。
「あっ!お母さんっ!!」
そう言って駆け出すミクちゃん。その女性は、ミクちゃんのお母さんだった。
ミクちゃんは、お母さんに抱きつく。
「ミク、どうしてここにいるの?家でお留守番してたはずでしょ?」
「えっ?そ、それは……。」
ミクちゃんが、答えをためらうように言った。タケルは、メリーさんの事を説明するのをためらっているのかと思った。しかし、次のミクちゃんの言葉でそうじゃない事がわかる。
「実はね、全然覚えてないの。気づいたらここにいたの……。」
お母さんは少し不思議そうな顔をしたが、
「実はね、ママもAマートに来た所までは覚えてるんだけど……。気づいたらゴミ置場の所に立ってて。まだ買い物もしてないのに時間だけが経ってたのよね。あっ!それで心配して見に来てくれたのね。」
と、良いほうに解釈する。
「あら、ミクちゃんのお母さんもなの?私も記憶があいまいなのよ。変な夢でも見てたみたいな感じ……。」
タケルの母ちゃんが話に入ってくる。
「え?御堂さん?」
「ごめんなさい。ミクちゃんをここに連れて来たのは多分私なのよ。ミクちゃんが1人じゃ危ないからついて来たのかしら……?どうだったかしら?」
「…………?」
タケルは3人の会話を不思議に思う。記憶が抜け落ちている?
「なぁ、モクメ。これはまさかメリーさんが消えた事に関係があるのか?」
「……たぶん。相名勝馬と同じだと思う。メリーさんが消えた事で、全ては無かった事になったんだ……。」
モクメはそう答える。ジンタンが口を開く。
「あの人形都市伝説は、負のエネルギーを使い果たして存在自体が消えちまったんだ……。あのガキは、もうアイツを思い出すことはねぇだろう。人形を持っていたということも……な……。」
ミクちゃんが、タケルとモクメに近づいて来る。
「タケルお兄ちゃん、モクメお兄ちゃん、ありがとう。」
そう言って、お母さんの元へ帰っていく。
お母さんは、タケル達に会釈をすると、ミクちゃんと一緒に買い物に戻った……。
お母さんとミクちゃんの会話がかすかに聞こえる。
「……ありがとうって言ってたけど、お兄ちゃん達に遊んでもらってたのね。」
「んー?わかんない。忘れちゃった。」
「……そう。」
「あっそうだ。メリーちゃんがワンピースありがとうって。ママ大好きだって。」
「え?誰が言ってたの?」
「……あれ?誰だろう?夢……かなぁ?」
「……ふふっ。おかしな子ね……。」
「……メリーさんのことを忘れたとしても、ミクちゃんの中にメリーさんとの日々はちゃんと息づいてるよな。きっと……。」
タケルはそう信じる。記憶が消えたとしても、一緒に過ごした時間は絶対に消えない。血となり肉となり、心となってその人を形作っていくんだ。
それは、タケルが自分自身に言い聞かせているようだった……。
次回、メリーさん編最終話です。
色々短編なんかも書いてますので、是非見てやって下さい。




