19話 バックヤードの中で
ドッ!
仰向けに倒れる山崎マリ。
メリーさんは、ミクちゃんのほうを向いて、名前を呼ぶ。
「ミクちゃん……。」
マリに刺さった左手は放置し、ミクちゃんに一歩、また一歩と歩みよるメリーさん。
左手のない人形は、その右目だけが人間のそれのように、ギョロリと動く。
「きゃあっ!」
ミクちゃんは叫び声を上げる。その叫びに立ち止まるメリーさん。怯えるミクちゃんにメリーさんは言った。
「私よ。ミクちゃん……。無事で良かった。」
メリーさんの右目に優しさが浮かぶ。彼女は、ミクちゃんにまた一歩近づく。
しかし、怯えるミクちゃんは、彼女の一歩にビクッと震える。
「安心して。何もしないわ……。」
メリーさんは、近づくのを諦めてその場で話し始めた……。
「この服、覚えてる?」
「え?」
ミクちゃんは、メリーさんを見る。少し汚れているが、ミクちゃんはその服を知っていた。メリーさんは、さらに話しかける。
「……お母さんが作ってくれたのよね?ミクちゃんとお揃いのワンピース。これを着ていたら兄弟みたいだって。」
「……あなた、メリーちゃんなの?」
そう言ったミクちゃん。怯えていた表情が、少し和らぐ。
「ええ。私、メリー……。遅れてごめんなさい。今、あなたの目の前にいるわ……。」
メリーさんの声は、今にも消え入りそうだった……。そしてメリーさんはその言葉の後、膝を折り、床に崩れ落ちる……。
「メリーちゃんっ!!」
ミクちゃんは慌ててメリーさんに近づき、抱き上げる。その手の大きさを感じ、メリーさんは言った……。
「……ミクちゃん、大きくなったのね。もうお揃いの服も着れないくらいに……。最近は、人間のお友達もたくさん出来て、私と遊んでくれる時間も減ってしまった……。さみしかった……。」
「それは……。」
メリーさんの話を聞いて、ミクちゃんは戸惑う。返す言葉が思い付かない。
「……大丈夫。あなたは悪くないわ。今、あなたの腕に抱かれてやっとわかったの。それかが成長するって事なんだって。……うぐぐ……。」
話の途中で、メリーさんが苦しみだす。
「メリーちゃん大丈夫!?」
慌てて叫ぶミクちゃん。メリーさんの体が透けてきている……。
「……負のエネルギーを使いはたしてしまったみたい……。もうすぐ私は消えるわ……。」
「えっ!嫌だよっ!私たち、1番の友達でしょ?ねぇ、メリーちゃん!」
「……ありがとう。ミクちゃん。そして、ごめんなさい……。ミクちゃんにお友達が出来ることも、遊ぶ時間が減る事も、私は許せなかったの。私たち人形は、最初の友達。本当の友達を作るためのステップでもあるって事はわかってたはずなのに……。私から離れることは、ミクちゃんの成長なのにね。喜ぶ事なのにね。……私は、それに気づけなかった。それは、私が成長しない人形だったから。そして、私が消えれば探してくれる。また昔のようにずっと一緒にいてくれるって思った……。実はね、私、あなたに見つけてもらうために段ボールの中に隠れたの。その段ボールが捨てるものだって事には気づかなかった……。そして今朝。お母さんは、私が入っている事には気づかずにその段ボールをゴミに出したわ。その後、私が気づいた時には、私は焼却場にいた。そして、あの女に出会ったの……。」
「あの女……?」
ジンタンが反応する。
「あの女が誰なのかはわからない。でも、あの女は私に言ったわ。あなたは捨てられたって。私は、何故かあの女の言葉が本当だと思ってしまった……。そして、捨てられた恨みをミクちゃんのお母さんに向けた。私は、お母さんを動く事の出来ない人形に変えてしまった……。そして、私が代わりにお母さんになれば、ずっと一緒にいられると思った……。」
「えっ!お母さんが!?」
ミクちゃんの頭が混乱する。お母さんを助けたい。でも、その方法も、どこに行けば良いかもわからない。
「……大丈夫。お母さんは、ここに買い物に来ていた。私は、ここでお母さんを人形に変えたの。ミクちゃんのお母さんは、ここ、Aマートのゴミ置場にいるわ。そして、私が消えれば元に戻るから。」
その時、山崎マリの指先が動く。そして、ゆっくりと上半身を起こしていく……。
ミクちゃんもメリーさんも気づいていないようだ。
赤い目。山崎マリは暴走している。眉間には、まだメリーさんの左手が刺さっていたが、それを気にする様子もなく彼女はゆっくりと背後からミクちゃんに近づいていく……。
手には大きなノコギリ。そして山崎マリは、ミクちゃんの背後……、その首筋にノコギリの届く位置まで迫る!
「……野暮なことすんじゃねぇよ。お前は退場だ。」
声が聞こえた。と同時に、山崎マリの体は砂つぶのようになり、崩れた……。
床には、その残骸が砂場の山のように残り、そこにメリーさんの左手が、墓標のように立っていた……。
ゲプッ
誰かがゲップをする。
……ジンタンだった。彼が山崎マリの負のエネルギーを喰らった事で、彼女は砂つぶへと姿を変えたのだった……。
「ふわーあ……。」
ジンタンは大きなあくびをする。
山崎マリは、ミクちゃんとメリーさんに気づかれる事なくその場を退場する事となった……。
ダダッ!
バックヤードに駆け込む足音が2つ。パッとバックヤードが明るくなる。
「ジンタンッ!」
名前を呼んだのはタケルだった。
足音の主はタケルとモクメ。ミクちゃんには見つけられなかった電気のスイッチを押し、バックヤードを明るくしたのもタケルだった。
「ミクちゃんは無事か?それと、さっきすごい勢いでこっちに入って来たのってメリーさんだろ?」
とタケル。モクメも、
「マリちゃんも大丈夫だった?」
とジンタンに声をかける。
ジンタンは口に人差し指を付けて、しーっとすると、
「落ち着けよ……。あのマリってガキは都市伝説・真夜中の少女の本体だった。」
「え!!」
驚く2人。
「静かにしろって!大丈夫だよ。真夜中の少女はもういない。あの人形都市伝説が倒したからな。」
と言って指差す。タケルがその指差す先を見ると、消えゆくメリーさんと、彼女を腕に抱くミクちゃんの姿があった。
「…ミ!い、イテッ!」
タケルは、ミクちゃんに声をかけようとするが、素早く体をよじ登ったジンタンに耳を引っ張られる。
「なんだよっ!」
なぜ耳を引っ張られたのかわからず怒るタケルに、ジンタンはこう言った。
「……最後のお別れくらい静かにさせてやれよな、タケル。」
「……そうだな。」
タケルは怒りを飲み込み、静かに見守る事にした……。




