11話 優しそうなおばさん
その日、ヤマトは、なぜか、あまり人と関わることのない日だった。もちろん小学校には行ったが、休み時間は、友達がみんな用事で一人だったり、逆にヤマト一人だけが先生に用事を言い渡されたり、先に移動教室に行かれてたり…。といっても、それはイジメとかそういうのではなく、単にタイミングの問題なのだが、その日、ヤマトは一人の時間が多かった。そして下校の時間も一人は続いていた。タケルも今日は、ウサギ小屋の掃除とかで学校に残るらしい…。
一人で靴箱へ向かい、一人で靴を履き、一人学校を出る。校門から300メートルほどの所に、「カワシゲ」という文房具屋さんがあるのだが、その前を通った時、ヤマトは、40代くらいの見知らぬおばさんに声をかけられた。
「あなたが結城ヤマトくんね。」
それは、とても優しそうなおばさんだった。
「あ、はい。」
ヤマトは答えた。
「お父様からの話通り、利発そうな男の子ね。」
「あっ、父の知り合いの方なんですね。」
「ええ…。」
おばさんは、空を見上げる。
「雨が降るわ。急いで向こうの喫茶店に行きましょう。」
そう言うと、強引にヤマトの腕を引っ張り喫茶店へと連れて行く。ヤマトが見上げた空は、雲は多少あるものの、雨が降るような気配はない。
「ちょっ!ちょっと待ってくださいよ!」
ヤマトは慌てて抵抗するが、おばさんの力はなかなか強い。
「ほら、冷たい風が吹くわよ。」
おばさんが言うと、本当に冷たい風が吹き、ポツリポツリと雨が降り始めた。狐の嫁入りってやつだ。
「通り雨だから、止むまで少し付き合ってくれる?」
おばさんはニッコリ笑う。その優しい笑顔に、ヤマトは断れずコクリとうなずいた。喫茶店に入ると、急に豪雨になる。
「ええっ!」
ヤマトは窓から外を見て驚く。いつの間にか、空は真っ黒な雲に覆われていた。
「ふぅ、危なかったわね。濡れなくて良かったわ。」
「いらっしゃいませ、2名さまですか?」
2人は、店員にうながされて、窓際の席に座った。
「ご注文お決まりになりましたら…。」
店員のマニュアル通りのセリフを遮り、おばさんは、
「もう決まっているの。いいかしら?」
と言った。そして、店員が伝票を取り出したのを見届けて注文する。
「ショートケーキとミックスジュースをこの子に。私はホットコーヒーで。」
「!!」
ヤマトは驚く。それは、ヤマトがこの喫茶店の前を通る度に思い描いていた、もしこの喫茶店に入ったらこれを食べたいという組み合わせだった。もちろん、ショートケーキもミックスジュースも高級店のものや、母親の手作りのものは食べたことがある。しかし、ヤマトの母親は健康志向で、喫茶店もファーストフード店と同じ。ジャンクフードを扱っていると言って行かせてはくれないため、ヤマトは今まで、喫茶店の味というものを想像する事しか出来なかったのだ。
ヤマトの前にショートケーキとミックスジュースが運ばれて来る。本当に食べてもいいのだろうか…?ヤマトはおばさんの顔色を伺う。
「さぁ、食べて良いのよ。お母様には内緒にしておいてあげるから。」
おばさんは、笑顔でそう言った。
ショートケーキをがっつくヤマト。
「うまいっ!」
ミックスジュースを飲む。
「!!」
何だこの美味さは!喫茶店のミックスジュースって、格が違うぞ!!
「慌てなくて良いからね。お父様にもちゃんと話してあるから。」
おばさんは、ヤマトを優しい笑顔で見守っている。…このおばさんが誘拐犯だったら、間違いなく誘拐されてるな…。ヤマトはそう思って背筋がゾッとする。
「大丈夫よ。ここなら通学路だから、誰かが必ず見てる。こんな場所で誘拐なんて誰もしないわ。もし、私が誘拐犯だったとしてもね。だから、安心して食べて良いわよ。」
ヤマトは思う。この人は、悪い人じゃない。でも……………、誰なんだ?
その疑問が聞こえたかのように、おばさんはこう言った。
「では、はじめましょうか?槇村サトリさんの話を…。」
ヤマトは思う。そうか、この人が…。
「自己紹介が遅れたわね。お父様から聞いているでしょう?初めまして、結城ヤマトくん。私が、霊能師です。」
その時、ヤマトは気づく。雨も、注文も、その他の細かいことも、みんな彼女の能力だったんだと…。
喫茶店を出た後、ヤマトは眉間にシワを寄せ、人を寄せ付けないような鋭い目付きのまま、家まで帰った。空は、いつのまにか晴れていた。そして、その日の晩御飯は、大部分を残すこととなった…。霊能師が言うには、サトリの手にあった黒い本は、悪魔の本と呼ばれ、持つ者の魂を吸い取る恐ろしい本なのだと言う。サトリは、引っ越した先の小学校で、友達が出来ずに、学校へ行っても、ずっと図書室に閉じこもっていたらしい。そこで、その小学校の七不思議の1つ、悪魔の本に魅入られてしまったというのだ。後にサトリの両親に確認すると、友達と図書室の件が本当であることがわかる。
そして、今のサトリの状態は、魂の抜けた状態であり、このままだと近いうちに死んでしまうという。彼女を助けるためには、彼女の魂を体に戻さなければならない。霊能師が言うには、彼女の魂は、悪魔の本の力で魂の形を変えられ、ある場所にあると言う。その場所というのが、夕暮小学校の旧校舎3階、その奥にある女子トイレ。ヤマトには、どうしてもそこに行く理由があったのだ…。
その後、ヤマトは、タケルにそれとなく肝試しの話を持ちかけたり、じゅんぺいに学校の七不思議を刷り込んだり、あらゆる工作を始める…。全ては、槇村サトリを回復させるために…。
そして、肝試しは開催され、ヤマトは旧校舎3階の女子トイレにたどり着く。6枚の扉。開いている左から3番目。扉を閉ざされたヤマトに、「赤いマント着せましょうか?」の声。狭い個室の中、今、まさに、怪人・赤マントの2本の包丁がヤマトの背中に突き立てられようとしていた…!
「…僕は、君を迎えに来たんだ。サトリ…。」
恐怖に、所々声を裏返らせながら、ヤマトは声をしぼりだした…。