5話 殺人鬼のホルマリン漬け
タケルは、新校舎に入り、正面の階段を降りる。その時、タケルが段を数えていたならば、あるいは気づいたのかもしれない…。学園七不思議の一つ、十三階段は、気付かれることなく役目を終えた…。
そして、タケルは左へ曲がる。トイレの横が理科準備室。その隣が理科室だ…。
タケルは理科室の前に到着する。扉に手をかける。
「?」
開かない。鍵がかかっている。後ろ側の扉も、窓も試してみるが、すべて鍵がかかっていた。
「ここが開いてなかったら、どうするかな…?」
タケルは、そう言って1つ手前の理科準備室へ戻る。理科準備室と理科室は、中で繋がっている。ここが開いていれば、理科室へも行くことが出来る。しかし、理科準備室の中は、ホルマリン漬けの標本などの気持ち悪いものがたくさんある。タケルは、そこを通り抜けることを考えて嫌な顔をする。が、それを振り払うように首を横に2、3度振る。
「開いたら行くしかねぇか!」
と気合いを入れてドアに手をかける。ガラッ…。
「あ、開いた…。」
ガラガラガラ…、と引き戸を最後まで開き、理科準備室へと入るタケル。
「なんも見えねぇ…。」
理科準備室は、光に当ててはいけないようなものもあるため、かなり厚めの遮光カーテンを窓に取り付けてある。月の光も入らないその部屋は、暗黒以外の何ものでもなかった。
タケルは、目を閉じ、20秒ほど数える。そして目を開けると、おぼろげだが、部屋の輪郭がわかるようになる。タケルは、まず窓に向かった。遮光カーテンを開く。
「…!!」
月明りに照らされた理科準備室は、思った以上にグロテスクだった…。棚が所狭しと並べられていて、その棚には、なんだかわからない溶液や、ホルマリン漬けの生物が並べられている。カエル、トカゲ、ヘビ、蜘蛛…。同じ種類のものがたくさん並べられているものもあれば、なんの動物かわからない体の一部や内臓の一部なんかもある。
「あっ!」
タケルは、1つの箱を手に取る。
「コーカサスオオカブトの標本…!」
タケルは、夏休みの宿題に必ず昆虫の絵を描くほどの昆虫好きだった。
「いいなぁ。欲しいなぁ…。」
タケルは魔が差した。その標本をどうにか持って帰ろうと画策する。もちろんポケットには入らない。カバンなんて持ち歩いていない。服の中に忍ばせて帰るしかない。そう考えたタケルは、誰もいない理科準備室で、誰にも見られていない事を確認するため、あたりをキョロキョロする…。
「ん?」
タケルは、棚のおくで、何かがキラキラするのに気がつく。
「なんだアレ…?」
コーカサスオオカブトの標本を持ったまま、タケルはキラキラするものに近づいていく…。
「うわぁっ!」
タケルは、驚いて尻もちをつく。そこには、ホルマリン漬けにされた2つの目が、月明りを受けてヌラリと光っていた…。
まぶたがないから、こっちをずっと睨んでいるように見えるんだろうか…?タケルは、2つの目のホルマリン漬けを見て、そんな事を考えていた。
「いや、それよりこれ、人間の目玉…、なわけないよな…?」
タケルは口に出す。それを言ったことで、疑問がふくらむ…。よく見ると、棚のいたるところに、内臓や手首など、人間の一部に見えるものが入ったビンがある…。
「もしかして、殺した人間をバラバラにしてホルマリン漬けにしたビンが理科準備室にあるなんて都市伝説が夕暮小七不思議になってたりしないよな…?」
少なくとも、タケルはそんな都市伝説は聞いたことがない。
「いやいや、待てよ…。ある日の深夜、学校に殺人鬼が忍び込んだ。その日、学校には、まだ1人の先生が残っていて、殺人鬼は、その先生ともみ合いになった。そして、先生は、誤って殺人鬼の持つナイフで殺人鬼を刺してしまった。殺人鬼は、心臓を刺されて即死だった。その先生は、理科の先生で、殺人鬼を108の部分に切り、ホルマリン漬けにして、理科準備室に隠した…。今も、理科準備室には、その108のホルマリン漬けが隠されているという。そして、深夜になると殺人鬼の108に分かれた部分が元に戻ろうと動き出すのだという…。なんてのはどうだ?」
タケルは、即席で話を作る。先ほどのカシマユウコの件で、話を作る楽しさを思い出したようだった。
「!?」
その時、タケルは言い知れない違和感に襲われる。その違和感の正体は何なのか?タケルは考える。そして、たどり着いた答えは、先ほど見た、手首のようなホルマリン漬けだった。
「そんなもん、見間違えるか?まさか、それって本物の手首なんじゃ…?」
タケルは、慌てて手首のようなホルマリン漬けがあった場所を探す。
「…!!」
手首だ…。腰が抜けそうになる。そのとき、タケルは、強い視線を感じる。視線の来る方向を見る。すると、そこには、あの2つの目がこちらを見ていた…!手首と目だけじゃない。足首、耳、脳、胃や腸…。確かに、そこここにあるのは、人体の一部だった…。そして、その人体の一部達は、ビンに注がれ密閉されたホルマリンの中でうごめいていたのだ…!タケルは、先ほどのストーリーを思い返してこうつぶやいた。
「殺人鬼のホルマリン漬け…。」
タケルの意識は遠のいていく…。