47話 死に顔アルバム再び
「な、名前のない霊能師っ!!」
タケルは叫ぶと、彼女に掴まれた手を振りほどき、ヤマトのもとへ走る。
怖い……。
なんせ、今までの都市伝説がらみの事件は全部コイツが元凶なのだから。
「な、何故お前がここにいるんだ!?」
タケルは、怒りで自分を奮い立たせる。コイツのせいで散々な目にあってるんだ!と。
ヤマトを守るように背を向け、名前のない霊能師と対峙するタケル。
目をそらせば負けるような気がして、タケルは彼女から目が離せない。
「え?タケル?ど、どうしたの?」
ヤマトがタケルの背に声をかける。
「……大丈夫だ、ヤマト。俺が何とかする!」
と言っても良い案があるわけではない。とにかく名前のない霊能師に話しかけるタケル。
「おい、なんでお前がここにいるんだ?お前は赤マントの体を乗っ取って、この夜の学校に現れるはずだろ?」
タケルの記憶では、彼女は彼女自身の姿でこの場所には現れなかったはずだ。何故なら彼女は……、名前のない霊能師は、夕暮小学校七不思議の7番目として実体化した赤マントの体に憑依して現れる。
「…………ん?何の事です?」
彼女は答える。本当に分からないといった様子で……。
「…………え?」
タケルの頭が一瞬真っ白になる。しかし、
「そ、そうだ!」
タケルはすぐに、何かを思い付いたようにそう言って、話し始める。
「おい、名前のない霊能師!お前の都市伝説が本当なら、お前はこの世で一番強い霊力を持ってるはずだ!日本の重大な決断の際には、お前の占いで最善の案を決定するなんて噂も聞いた事があるぞっ!なら、何だって分かるんだろ?未来も見れるんだよな?」
名前のない霊能師は答える。
「……何でも知る事は出来るわ。知ろうとすれば……ね。でも私は、その時必要な最小限の知識以外は知ろうとはしないの。なぜなら、世界の全てを知ろうとすれば、人間の脳が耐え切れる情報量を軽くオーバーしてしまうからよ。だから、今の私は何も知らないと言った方が正しいわ。」
「ん?……よ、よくわかんねーけどよ、じゃあ俺が何者か見てみろよっ!!知ろうとすれば分かるんだろ?」
タケルがそう言った時、ヤマトが2人の間に割って入る。
「ちょ、ちょっと待ってよタケル!どうしてそんなに名前のない霊能師さんにつっかかるんだよ?目の敵みたいに!」
「!??」
タケルは、名前のない霊能師を庇うヤマトに混乱する。そんなタケルにヤマトは言う。
「名前のない霊能師さんは味方だって!」
「ばっ!ヤマト!何言ってんだよ!コイツは味方なんかじゃねーっ!この肝試しを裏で操ってんのもコイツなんだ!お前が元の世界に戻れないのだって!!」
そうだ。ヤマトは、この名前のない霊能師のせいで元の世界に戻れない。ヤマトがコイツを味方だって勘違いしてるなら、俺が訂正してやらなきゃならねーんだ!
と、タケルが意気込んだその時……。
「知ってるよ。あの日、喫茶プレイバッハで全部聞いたからね。そして、それは全てサトリと……僕を救うためなんだ。」
ヤマトが言った。
「え?サトリとヤマトを……?」
タケルは困惑する。サトリの事は大体わかっているつもりだ。でも、結城ヤマトを救うためというのは、今初めて聞いた話だった。
「……そう。全ては槇村サトリと結城ヤマトを救うため。私は味方よ、御堂タケル。」
名前のない霊能師の声がする。味方と言われても信じられないタケルは、その声にビクッと体を震わせた。
「……見たわよ。あなたの事。あなたはどうやらこの時間の御堂タケルではないようね。」
と、名前のない霊能師は続けた。
「っ!!」
慌てて構えるタケル。
「……落ち着きなさい。何もしないわ。まずは話をしましょう。一年後の御堂タケル。」
「……。」
「でも、あなたの記憶、ところどころ見えない部分はあるし、薄っぺらい……紙に書かれたような記憶ね……。」
「……お前が奪ったんだろ?」
タケルは言った。詳しく言えば、名前のない霊能師が6人目に奪わせた……のだが。
「ま、良いわ。それについても説明しましょう。」
名前のない霊能師は、落ち着いた声で話し始めた。
「……あなたは、無意識によるマトリョーシカの発動で結城ヤマトとシンクロした時、彼の記憶を受け取ったわね?」
「あ、ああ。」
答えるタケル。
「でも、それは全てではないわ。今から話す事は、あなたの受け取ったヤマトの記憶と重複する部分もあるかも知れないけれど、あなたの知らない情報も多数含まれているはずよ。」
「……その情報が嘘じゃないって証拠は?」
まだ疑いの目を向けているタケル。
「信じてもらうしかないわ。」
名前のない霊能師は、タケルをまっすぐ見つめて言った。
タケルは、その目が嘘をついているようには思えない。というより、目の前の彼女はあの名前のない霊能師と同一人物なのか?という気にさえなる。
「タケル、僕からも頼むよ。名前のない霊能師さんの話を聞いて欲しい。」
ヤマトが言った。タケルは少し考えた後、
「……わかった。話してくれよ。」
と、名前のない霊能師に向かって言う。
「ありがとう。御堂タケル。」
名前のない霊能師はニコリとタケルに笑顔を向ける。
「お前を信じたわけじゃねーぞ。ヤマトに免じて話を聞くだけだ。」
タケルは言った。
「ええ。わかっているわ。」
名前のない霊能師は話し始める。
「ある日、私は結城ヤマトの父親から、ある依頼を受けた……。結城記念病院の院長である彼の父親が私に依頼したのは、医学ではもう手の施しようのない1人の少女を救って欲しいという内容だったわ。そして、その少女こそが御堂タケル、あなたと結城ヤマトの幼馴染の槇村サトリだったのよ。彼女は、原因不明の昏睡状態で結城記念病院に運び込まれていたわ。」
「……。」
タケルは聞いている。今の所、ヤマトから受け取った記憶と同じ内容だった。
「私が彼女を、槇村サトリを霊視した際、彼女の魂の量が極端に少ないことに気づいた。そして、彼女が手にしていた黒い表紙の本についても……。」
「ま、まさか!その本がサトリの魂を吸い取っていたのか!!」
タケルは少し大きな声を上げる。
「落ち着いてタケル。まだ話の途中よ。」
名前のない霊能師はタケルを制すると、再び話を再開させる。
「結論から言えば、その黒い本は槇村サトリの魂が全て奪われるのを防いでいたようでね。その本の中にわずかばかりの彼女の魂が残されていたおかげで、彼女は昏睡状態のまま生き長らえることが出来ていたのよ。」
「そ、そうか……。その本が原因じゃなかったんだな。でも、じゃあサトリの魂を奪ったヤツってのは誰なんだよっ!!」
「……最近、小学生が原因のわからない昏睡状態に陥って死亡するケースが、ある小学校で頻繁に起こっていてね。それが槇村サトリの通う小学校だったのよ。そして、その亡くなった子供達は、みんな小学校内で昏睡状態に陥っていた。そして、これと良く似た事件は、学校を変えて昔からここら辺一帯で頻繁に起こっていた事件だったの。」
「えっ!?」
「そして、私はその原因である都市伝説を長い間追い続けていた。その因縁浅からぬ都市伝説の名前は……」
「そいつの名前は?」
タケルは乗り出すように名前のない霊能師に聞く。彼女は答える。
「……死に顔アルバムよ。」
「し、死に顔アルバム!?」
それを聞いたヤマトが、タケルより先に声を上げる。
「名前のない霊能師さんっ!その話は僕も知らないっ!!」
「……そうね。本当はあなたには知らせたくなかったから。」
名前のない霊能師は、申し訳なさそうな顔で言った。
「なぜだ?」
タケルは聞く。彼女は答える。
「……死に顔アルバムは、小学生を伝って小学校を渡り歩くのよ。結城ヤマト、あなたにこの事を伝えなかったのは、あなたを通じて死に顔アルバムが夕暮小学校に移動してしまうのを防ぐためだった。」
「……でも、もう手遅れだったみたいだぜ。」
タケルはそう言って、クイッと首で床に倒れるタケシ達を指す。彼らを見た名前のない霊能師は、悲しげな目をしてこう言った。
「……ええ。そのようね。」
しかし、彼女の言葉はそれだけで終わらなかった。彼女はさらに続ける。
「……そして、まだここにいる事は分かっているわ!」
今まで優しかった彼女の目つきが鋭く変わる。彼女は息を吸い込み、叫ぶ。
「出てきなさいっ!死に顔アルバムッ!!!!」
「…………。」
タケル達のいる夜の学校の正面玄関を静寂が支配する。
余りに静かすぎて、まだ名前のない霊能師の叫び声のエコーが続いているような錯覚を覚えるタケル。
「……」
それに耐えられず何かを言おうとタケルが息を吸い込んだその時、辺りに声が響き渡った。
「良く分りましたね。私はあなたに見つからないように気配すら消していたはずなのに……。」
そして再びガラス戸に浮かび上がった白いシルエット。
それは死に顔アルバムの見せる幻、ガイコツ先生の姿だった。