46話 同じ夢
「じゃあ、今からこのガラス戸に、死に顔アルバムを映すぞっ!」
ガイコツ先生は言った。
「ちょっと待ってくれ!」
タケルはそう言うと、ポケットから汚いハンカチを出してヤマトに差し出す。
「ヤマト、お前は絶対に見るな。このハンカチで目隠ししとけっ!ま、3日間ポケットに入れたままのやつだけどな。へへっ!」
ヤマトに笑いかけるタケル。ヤマトの表情はボヤけているが、わざとらしくあからさまに嫌そうな顔をしているような気がする。
「汚なっ!良いよ。自分のがあるから。」
ヤマトはそう言って、ポケットから少し大きめで高そうなハンカチを取り出し、タケルの前でヒラヒラさせる。
「……ふふっ。」
「ははっ!」
お互い吹き出す。
タケルは、妙に懐かしさを感じる。
「貸せよ。結んでやる。」
タケルはハンカチをヤマトから強引に奪い取ると、細長く折り畳み、ヤマトの目の辺りにぐるっと巻いた。
ヤマトも何も言わずタケルに従う。
タケルは、ハンカチの余った部分をヤマトの後ろでギュッと結ぶ。
「イテテ……。」
「あっ!ごめんな。」
目の前にいるぼやけた少年とのやり取りに、タケルは何故か涙が出そうになる。
「親友だったってのは本当かもな……。」
そんな言葉がタケルの口からもれる。
「え?何?」
ヤマトは、目と一緒に耳もグルっとハンカチで覆われていて、聞こえにくかったようだ。
「何でもねーよ。」
と、タケルは誤魔化すように言った。
「……ねぇ、タケル?」
次はヤマトから声をかけてくる。
「ん?死に顔アルバムの事なら止めても無駄だぞ。」
「わかってるよ。君は頑固だからね。1年経ったからってそこは変わってないんでしょ?」
「……まあな。でも、大丈夫だ。」
「……そう願ってる。」
そんな会話の後、タケルは、あくびをしているガイコツ先生に向かってこう言った。
「良いぜ、ガイコツ先生!やってくれ!」
「……はぁ、待ちくたびれたぜ。じゃあ始めるか。死に顔アルバムの上映会、始まり始まり……。」
ガイコツ先生は、そう言ってガラス戸から消える。
次に映ったのは、卒業アルバムらしい紫色の表紙。
『夕暮小学校死に顔アルバム』と書かれている。
アルバムがパラパラとめくれ、5年2組のページが開かれる。
一人の写真がピックアップされる。
安らかな表情で目を瞑るおばあさんの写真だった。
「彼女は5年2組の朝山今日子。死因は老衰。子や孫たちに見守られた安らかな死。お前もこう死ねたら良いんだがなぁ、御堂……。」
と、ガイコツ先生のナレーションが入る。
さらに1枚、ページがめくられる。
2組の次ページは、もちろん5年3組のページだ。
「……。」
タケルは無言で自分の写真を探す。
「ん?」
一瞬、誰かの写真に目が行ってしまい、自分の写真を見つける前に画面が暗くなる。
「御堂、見つけられなかったか?でも安心しろ。お前の死に顔はこれだぁっ!!」
ガイコツ先生の声が聞こえ、タケルの死に顔のアップがガラス戸いっぱいに映される。
「うぐっ……」
吐きそうになるタケル。
ガラス戸に映っていたのは、刃物で何度も切りつけられてザクザクになったタケルの顔だった。その両目は、焼き魚のように白く濁っている。
ハハハハハハハハハハ……
ガイコツ先生の笑い声。
「どうだ?自分の死に顔はっ!!?」
自慢気な声が響く。
タケルは何とか立ち直って口を開く。
「さすがにグロいな、死に顔ってのは……」
タケルの前髪が一房白く変わる。
「ハハハッ!見てくれてありがとう御堂。これでお前にも呪いが降りかかるなぁ!!いや、もうかかってるか。ワハハハハハハ……!!」
ガイコツ先生は勝ち誇ったように笑う。
タケルの前髪がもう一房白く変わる。
「……で、俺の頼みを聞いてくれるって約束は……?」
タケルはとりあえず聞いてみる。
「あんなの嘘に決まってるだろう。御堂、お前に呪いをかけるために話を合わせてただけようっ!!ハハハハハハハ!!」
笑いが止まらないといった風に笑い続けるガイコツ先生。
タケルの髪は、さらに一房……。
「……だよな。俺だって、こんな事でお前が頼みを聞いてくれるなんて思ってねーよ。」
タケルは、そう言ってフラフラとガイコツ先生の映るガラス戸へ向かって進む。
その間にもタケルの白髪化は進む……。
「おいおい、そんな足取りでどこに向かう?」
ガイコツ先生はニヤニヤしながら言った。
「……え?呪いを解くんだよ。外に出てな。」
タケルはそう答えながらも進む。
「さっきも言っただろう?この夜の学校に外なんてもんは、ないんだよ!!」
タケルの態度に苛立ちを覚え、叫ぶガイコツ先生。
タケルは言葉を返す事もせず進む。
「おいっ!聞いてんのか御堂!!」
「……。」
実は呪いの影響で言葉を返す気力すらないタケル。
そしてタケルは、最短距離でガイコツ先生の映るガラス戸の前に到達すると、最小限の動きでガイコツ先生に手を伸ばした。
「うわっ!触るなっ!やめろっ!!」
嫌がるガイコツ先生。
「……どうせガラス戸に映った幻だろ?お前を触るわけじゃない。」
タケルはそう言ってガイコツ先生の鼻の辺りに手を触れる。手のひらには、ガラスのひんやりした感触。
「やっぱり。触り心地はガラスじゃねーか……。」
すると、タケルの手のひらがズプッとガイコツ先生の鼻の辺りに沈む。
タケルは、ガラス戸を通り抜けるつもりだ。
「う、うわっ!気持ち悪いっ!!頭の中に手を突っ込まれてる気分だっ!」
本気で気持ち悪そうなガイコツ先生。
タケルは、
「そんなに気持ち悪いなら消えれば良いじゃねーか……。」
ボソッと呟く。
「わ、わかっているっ!!」
その一言を残して、ガイコツ先生はガラス戸から消える。
そして、姿を消した後にもう一言。
「私が消えたからといって、死に顔アルバムの呪いが消えるわけじゃあないからなっ!外はないっ!外はないんだからなぁっ!!」
捨て台詞のようなものを残して、ガイコツ先生の気配は消えた……。
「……消えた……か。」
タケルはそう呟くと、
「……今は呪いを消すのが先だ。」
と少し苦しそうな顔をする。タケルの手は、手首の辺りまでガラス戸に入っている。
「ま、待ってタケルッ!!」
後ろからの声に振り返るタケル。
それはヤマトだった。目隠しは後ろが結ばれたまま、首の辺りまで落ちている。
慌ててガラス戸から手を抜き、ヤマトに駆け寄るタケル。
「なっ!何だよヤマト、目隠しまで取って……。あっ!死に顔アルバム!見てないよな?」
自分はさて置き、ヤマトを心配するタケル。ヤマトは、
「そんな事より、ガラス戸の向こうに行くのはやめた方がいいよ。」
真剣な表情でそう伝える。
「え?」
「胸騒ぎがするんだ……。僕の中で誰かが叫んでる。」
「……俺を止めろってか?」
ヤマトは息を吸い込み、口を開くが、ためらうように再び口をつぐむ。
タケルはヤマトの言葉を待つ。
「……違う。」
小さな声。タケルはヤマトの声に集中する。
「……行かせろ。御堂タケルをガラス戸の向こうに行かせろって。」
「……なら良いじゃねーか。」
「駄目だタケルっ!!それはとても邪悪な声だ!!」
「邪悪……?気のせいだって……。」
タケルは言った。呪いから来る疲労もあって、頭が働かない。早く楽になりたい。その為にはガラス戸の向こうに行かなければ……。
そんなタケルの様子を見て、ヤマトは次の言葉を迷っている。
先にタケルの方が口を開いた。
「……大丈夫だヤマト。ちょっと外に出て、呪いを解いたらすぐ帰ってくるからよ!」
そう言って再びガラス戸に向かうタケル。ガラス戸の向こうには無が広がっている。
「ガイコツ先生の顔に手を突っ込むより勇気がいるな……。」
タケルは、少しビビりながらもガラス戸に手のひらを押し当てる。
タケルの手のひらは、再びズプッとガラス戸に沈む……。
「やめてくれよタケルっ!」
ヤマトは懇願する。が、タケルはヤマトの不安を和らげようと笑顔を向けるだけで、止まろうとはしない。
「夢を見るんだっ!最近になって毎晩毎晩
、同じ夢をっ!!」
ヤマトは叫ぶ。すると、タケルが止まる。
「え?何で今そんな事を?」
「その夢の中で僕は苦しんでる!そして、ヤツが出てくるんだよ!!」
「出てくるって何が!?」
「……赤い少年だよっ!!僕の腹をかっサバいて、ハラワタの中から現れるんだ!!その邪悪な少年は、僕の血を浴びて真っ赤に染まっているっ!!」
「えぇっ!そ、それを毎晩……?」
タケルは、夢とはいえ、もし自分が毎晩そんな夢を見続けたなら……?と考えると胸が苦しくなる。
ヤマトは話を続ける。
「そして、今感じている胸騒ぎは、その夢の中で感じるのと同じ胸騒ぎなんだよタケル!頭の中の邪悪な声はきっと、赤い少年の声だっ!!赤い少年は、君がガラス戸の向こうへ行く事を望んでいる!何かを企んでるんだ!だから僕は、君を向こうに行かせるわけにはいかないっ!!」
「赤い少年……?」
タケルは何かを思い出しそうになる。が、思い出すまで至らない。
「……ま、最悪な悪夢だってのはわかるよ。でも夢は夢だろ。大丈夫だってヤマト!すぐに呪いを解いて帰ってくるからよ!」
タケルはヤマトに背を向ける。
「あっ!待って!!」
ヤマトは、引き留めようとタケルの手を握る……
スッ
ヤマトの手は、タケルをすり抜ける。
今のタケルは幽体離脱中の魂。ヤマトの手はそれを掴む事は出来ない。
「ああっ!!」
タケルは、ガラス戸をすり抜けていく。最後にタケルの左手の小指がヤマトの目の前でガラス戸に飲み込まれていった……。
その時!!
何者かの腕がガラス戸に侵入すると、ガシッとタケルの左手を掴んだ。
タケルはそのまま、その腕に引かれて再びガラス戸のこちら側に引き戻される。
「うわぁっ!な、何だ??」
急にもの凄い力でガラス戸から引っ張り出されたタケルは、慌てた声で叫ぶ。
「……良く引き留めたわね、結城ヤマト。」
それは、ヤマトにとって聞き覚えのある優しい女性の声。小学校の近くのプレイバッハでショートケーキとミックスジュースを食べさせてくれ、槇村サトリを目覚めさせる方法をヤマトに教えてくれた人物の声……。
しかし、タケルにとっては聞き覚えのある恐ろしい声。吉川先生の時も、メリーさんの時も、そしてこの肝試しにも関わっていた、タケルにとっては都市伝説の総大将のように思える人物の声……。
タケルの手を掴む者、それは彼女……、名前のない霊能師だった……。




