45話 僕の知ってるタケルじゃあないよね?
呪いを受けたタケシ、じゅんぺい、カゲルと、6人目である可能性が高いツトムの4人が、夕暮小学校正面玄関の床に横たわっている。その目は閉じられたまま、動く気配はない。
玄関の床はいつもとは違って綺麗で、外から靴に付いて入って来る砂利や土で汚れてはいない。が、やっぱり寝そべるような場所ではない。そんな場所に横たわる4人の友達。ツトムだって、6人目だと疑っていたとしても友達である事に変わりはない。友達が敵だったと知らされても早々割り切れるようなものではないのだ。
現に、タケルはツトムと話し合えば何とかなると思っていた。だって、友達なんだから……。
しかし、ヤマトの操る赤マントは、彼らにその大きな包丁を振り下ろした。
タケルの中に怒りが湧き上がったのは、当然だった。
「うおぉぉぉぉっ!」
ヤマトに殴りかかろうと拳を固めたタケル。しかし、走り出す直前に、タケルの目の前に差し出されたのは、包丁の鋭い切っ先。
「う……くぅ!」
慌てて止まるタケル。
「……止まったって事は、彼女が……赤マントが見えてるんだねタケル。」
ヤマトがタケルに向かってそう言うと、目の前の包丁の持ち主である赤マントは、スッと包丁を下ろしてヤマトの頭上へ戻る。
「なっ?」
急に切っ先を突きつけられ、急に解放されたタケルは戸惑う。
そんなタケルにヤマトは声をかける。
「落ち着いてタケル。赤マントが切ったのは緊張の糸だよ。彼らは緊張の糸が切られて眠っただけだ。」
「え?……こ、殺されたんじゃないのか?」
「なんで?友達にそんな事するわけないよ。」
ヤマトはタケルに笑顔を向ける。
タケルは、一番近いツトムに駆け寄り確認する。彼は、スースーと寝息を立てていた。
ホッと胸を撫で下ろすタケル。
しかし、それも束の間、ヤマトは鋭い眼差しをタケルに向けている。
視線を感じ、振り向いたタケルに、ヤマトは言った。
「……それより君、僕の知ってるタケルじゃあ、ないよね?」
「な、何言ってんだよ、結城ヤマト……。」
誤魔化さないければいけないと思ったタケルは、慌てて答える。しかし、かなりぎこちない……。
するとヤマトは、タケルの背後を指差す。
「……あっちが僕のよく知るタケル。だよね?」
タケルはヤマトが指した方を見る。
「ああっ!!」
つい声を出してしまうタケル。そこには先程脱ぎ捨てた体が横たわっていた。
タケルは、自分が魂の状態になっている事を忘れていた。
横たわる体とは、一年前のタケルの事だ。
ヤマトの言う事は正しい。
「それに、僕の知るタケルは僕をフルネームでは呼ばないよ。」
ヤマトの言葉に、タケルは正体を探られているのを感じる。
もう言い逃れは出来ないと感じたタケルは、観念したように口を開く。
「そう。俺はお前の知ってる御堂タケルじゃあない。今から1年後の未来から幽体離脱して来た御堂タケルだ。」
「……なるほど。それで……。」
ヤマトはタケルの方を見るでもなく、一人で妙に納得している。
その時タケルは、魂の状態の自分がヤマトに見えている事に気付く。
「……そう言えば結城ヤマト、俺が見えてるのか?」
尋ねるタケル。
「うん。僕の目には、普通は見えないような不思議なものが見えるんだ。ある時から急にね。」
「え?ある時って?」
タケルが言ったその時。
「……おい、お前達!私を放って何を話しているんだ?」
そこでガラス戸に映るガイコツ先生が、話に割って入って来る。話は途中になってしまう。
「なぁ、魂になったお前!御堂の中の人!夜の学校の外を見てくるんじゃなかったのか?」
タケルはガイコツ先生に言われて思い出す。
「そうだった!なぁ、ヤマト。今はこの夜の学校を抜け出す事が先決だ!じゃないと……」
「じゃないと、僕は元の世界に戻れなくなる……だろ?」
ヤマトは、タケルの言葉を遮るように言った。
「!!な、なんで知ってるんだ?」
目を見開き驚くタケル。ヤマトは答える。
「……僕が旧校舎3階奥の女子トイレに向かった時くらいかな?君の記憶が流れ込んで来るようになった。」
「あっ!」
タケルは思う。
あの時だ!
女子トイレで発動した無意識のマトリョーシカの事を思い浮かべる。
「覚えがあるみたいだね。あの時、僕と君はシンクロしていた。……だよね?」
タケルは、ヤマトの言葉にコクリとうなずく。
「シンクロしていた時、僕と君の間にどうやら繋がりが出来てしまったみたいでね。シンクロが解けた後も、時々その道を通って君の記憶が流れて来るんだ。」
「ええっ!!」
驚くタケル。
「一年後の未来の記憶もあったよ。みんな元気そうだった。サトリの魂も無事体に戻ったみたいだね。」
ヤマトはそう言って、視線を赤マントに向け、笑いかける。赤マントは実感がないようで、表情に困り、そっぽを向く。
ヤマトはハァと一息つくと、
「……でも、僕はいなかった。」
ポツリと呟く。
「それは……。」
タケルは誤魔化そうとするが、言葉が思い浮かばない。
「無理に何か言わなくても良いよタケル。この後何かがあるって事なんだよね。で、僕は向こうに戻れない……。何があったかは君の記憶からは読み取れなかったけど。」
「……それは、俺の記憶も曖昧だから……。」
タケルは答える。実際、タケル自身もその辺りの事は覚えていない。名前のない霊能師が現れて、タケル達を助けるためにヤマトが犠牲になる。そんなあらすじのような、記憶とは呼べない程の記憶しかないのだ。
ヤマトは悲しそうにうつむく。
……ヤマトも俺も黙ってしまう。
「……おいっ!私には何が何だか分からないぞっ!!置いて行くなっ!」
ガイコツ先生が言った。
それを聞いていたかは分からないが、タケルはこう切り出す。
「なぁ、ヤマト、ガイコツ先生。頼みがあるんだ。聞いてくれるか?」
ヤマトはすぐに、「うん。」と答えたが、ガイコツ先生はその言葉に驚いている。
「ええっ!?私はお前達の敵なんだぞ?なのに頼み?……聞くわけがないだろう!!」
ガイコツ先生は、少しの苛立ちを込めた声でタケルに言った。
「……だよな?」
タケルはやっぱり……といった風だ。
「……それに、もし……仮に……奇跡的に……一億分の一の確率で、私がお前の頼みを聞いたとして、お前は私を信用出来るとでも言うのか?」
ガイコツ先生は逆に質問を返す。
「……ああ。この計画にはお前が必要だからな。」
真っ直ぐに、ガラス戸に映るガイコツ先生の目のくぼみを見つめてタケルは答える。
その時、表情の変わるはずのないガイコツ先生の表情に少しの変化が見られたような気がした。
それを見逃さなかったタケル。タケルは、一億分の一を掴めるかも知れないと笑顔になる。
タケルにとっては普通の笑顔だったが、その言動を怪しむガイコツ先生にとっては、企みを持った腹黒い悪代官の笑顔のように見えた……。
………ハッハッハッハッハッハッ……
突然笑い出すガイコツ先生。
「気に入ったよ。面白いなお前は……。御堂タケル、頼みを聞いてやろう。ただし、お前に死に顔アルバムを見る度胸があれば……な。」
「なっ!や、やめておくんだタケル!コイツは敵だろ?信用出来ないっ!コイツは、僕達にも死に顔アルバムを見せて、全員を呪い殺すつもりなんだ!」
ヤマトはタケルを止める。
「外があるって言うなら、呪いは直ぐに解けるだろう?ま、私はどっちでも良いけどな……。」
ガイコツ先生は言う。
タケルは……。
「……わかった。見るぜ。」
そう言ったタケルの額には冷や汗が滲んでいる。
『……鬼が出るか蛇が出るか。ギャンブルだぜ……。』
タケルは、珍さんの地下カジノを思い浮かべていた。




