第九話 罠
フランク上等兵は走っていた。降り注ぐ砲弾から逃げる為に。左前方に砲弾が着弾し、仲間が吹き飛ばされる。再び右の方で地面から何かが跳び上がり、炸裂した。破片でまた仲間が傷付き斃れていく。
一体何があったのか。其始まりは少し前にあった。
ダンカン分隊は急遽編入となった飛行場占領隊として敵飛行場へ向かっていた。あの後、森林地帯で二度、森を抜けてからも一度待ち伏せに遭った。流石に平野での待ち伏せは損害無しとまではいかなくとも返り討ちにすることが出来た。別の場所では、M3軽戦車一両が地雷を踏んでしまい行動不能になってしまった。ここにきて、米軍は日本軍が待ち伏せによる縦深防御をしようとしているのではないかと思い始めた。しかし、何であれ退くことは許されない。進むほか無いのだ。
飛行場に近づくにつれ、激しい抵抗が予想されていた。それもその筈日本軍に幾つも幾つも飛行場を作っているような余裕があるようには思えず、一つ飛行場が落ちればそれだけ航空兵力が減衰するものと思われた。しかし、実際には激しい抵抗どころか全く敵と遭遇する事さえなかった。上陸時と状況は似ている。となると、次に待っているのは待ち伏せである。だがそれが何処で行われるかが分からなかった。
部隊が飛行場に着いた。直ぐに歩兵が展開、周辺警戒をする。分隊もハーフトラックから降り、周りを見渡す。確かに、準備攻撃で徹底的に破壊したというのもある。しかし、それが無くともとうに朽ち果てていたのではないか。そう思わせるほどのものがそこにはあった。滑走路は穴だらけで修復された跡も無く、建物は爆撃で破壊され尽くされ、元々格納庫だったと思われる瓦礫の山が一つ二つ、積み上がっていた。そこは、最早廃墟と言っても差し支えないような場所であった。ここまでの大損害を受け、放棄したほうがいいと判断したのかもしれない。だが、最初から使っていなかった場所を一生懸命になって自分達が破壊した。そんなふうにしか思えなかった。
「一先ず、あの建物を調べるぞ。」ダンカンが指差した先には元々宿舎か何かだったと思われるほぼ崩壊した建物があった。分隊がその方向へ歩き始める。
とその時、また連続した砲声が聞こえてきた。今度は直ぐに逃げ始めることが出来た。が、道路になっていない草原の部分を走っている兵の前で何かが跳ね上がった。直後、それは炸裂した。そして周囲にいた兵は吹き飛ばされた。何が起こったのかと一瞬フランクは立ち止まってしまった。
兵達が踏んでしまったのは二十五粍機銃焼夷通常弾を改造した即席の跳躍地雷であった。跳躍する分通常の地雷よりも殺傷範囲が広く、効果も高い。その時――米軍で何が起きたのか分かったものは欧州で戦ってきたほんの僅かしかいなかった。もっとも、彼らの中でさえ、知らない者はいたのだが。兎も角、多くの者は新兵であり、何が起こったのか分かるはずもなかった。ある者は道路へ逃げようと横へ向けて走り出し、地雷の犠牲者となった。またある者はあまりに混乱し、飛行場に向けて走り出し、砲撃に吹き飛ばされた。訳が分からなくなり味方に向け発砲するものさえいた。フランク上等兵もハーフトラックに向け走っていたが、もう少しというところでハーフトラックが直撃を受け吹っ飛んでいった。乗ろうとしていたフレッド上等兵とウォーレン上等兵も一緒に吹き飛んだ。逃げる為の足が目の前で失われフランクは呆然としてしまうが、「立ち止まるな走れ!」というダンカンの檄に再び走り始めた。
その後分隊は各個に適当な車両に乗せてもらい脱出した。死者は先程吹き飛ばされた二名のみであった。しかし、米軍全体では被害は大きなものとなった。被害甚大だったのは歩兵部隊だった。全滅した分隊も数多く出たほどである。
後に判明したことだが――跳躍地雷は確かに多くの死傷者を生んだが、日本軍が思っていた程の損害は与えられなかった。では何が此大損害を生んだのか?それは米軍の混乱である。跳躍地雷という新兵達にとっては初めて見る攻撃に怯え退却が迅速に行えず、砲撃によって斃れ、果てには同士討ちさえ発生した。
その後、生き残った野砲で飛行場周辺へ徹底的に砲撃をし、第一次茂尻沖海戦で辛くも生き残ったものの母艦を失い島へ逃げてきた現状粗唯一の米軍側航空兵力であるシーホーク一機も投入し再度攻撃を仕掛けたが、今度は最後まで攻撃を受けることも無く占領できた。しかし米軍は自分達で破壊した滑走路や施設等を修理するところから始めなければならなかった。