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カテキン神聖王国の動向

【訂正】

フェノール帝国の動向

ビタミン神聖王国 → カテキン神聖王国

南に隣接 → 北西に隣接


以上、二点修正しました。

 カテキン神聖王国は、アッサム王国から西にある大国だ。

 その国には聖女と呼ばれる存在がいる。名前をフローラ=レチノール。非常に賢い少女で、温厚な性格をしている。

 治癒魔法の名手であり、国民を癒すさまはまさに聖女と呼ばれるに相応しかった。


 だが……


「ねぇ、お兄様。アッサム王国を滅ぼしましょうよ。ええ、それが良いですとも。私の唯一の親友にあんなひどい仕打ちをしたのですから、滅びるのは当然ですよね……と言うよりも、何故滅びていないのですか?」


 一言で表すと、病んでいた。

 フローラとソフィアは親友関係にあった。ソフィアの中では、親友の一人と言う認識だが、フローラからすれば違う。

 

 フローラは下位貴族の出身だ。

 聖女としての素質を認められ、教会で聖女として活動し始めたのがちょうど十年前。人見知りな性格もあって、友人はいなかった。

 聖女となってからは、より一層同年代の子供と出会う回数は減った。

 平民からすれば、聖女の肩書を持つ貴族様。上位貴族からすれば、聖女の肩書を持つ鼻持ちならない相手。そして、その影響を受けてレチノール家と同程度の家格の貴族令嬢たちも、フローラから必然と距離を置くようになる。


 ソフィアが現れる前までは、親友どころか友人もいない状況だった。

 そして、先日。フローラの下へある知らせが届いた。それはソフィアが魔国へと国外追放されたと言う話だ。

 この件については、情報に精通している教会関係者は知っていた。

 そして、フローラのソフィアに対する思いを知っていたからこそ、フローラの耳に入れない様に細心の注意を払っていたのだ。

 だと言うのに、差出人不明のその手紙には、ソフィアが国外追放されるまでの経緯が事細かに書かれていた。


 長く美しい白髪から覗く金色の双眸からは光が消えており、薄ら笑いを浮かべている。

 とてもではないが、聖女として人気を誇る人物の口から出るとは思えない物騒な言葉にフローラの兄であるオーギュスト=レチノールは頬を引きつらせてしまった。


「まぁ、落ち着……」


「なんでしょうか?私は落ち着いていますよ」


 いくら二人きりだとは言え、聖女のイメージからその発言は危険だと宥めようとしたが、フローラは小首をかしげて言葉を遮った。


――我が妹よ、お願いだから落ち着いてくれ!


 オーギュストは、神聖王国の精鋭中の精鋭で十人しかいない聖騎士の一人だ。

 末席として数えられているが、その実力は単騎でワイバーンを倒せるほどで、国民から英雄の様に思われている。

 聖女の兄と言う肩書もあって、国内外でもその勇名を轟かせている。

 そのオーギュストが、妹であるフローラの目を見て竦んでしまった。心の底から恐ろしいと感じているのだ。


「な、なぁ……枢機卿からパーティーの招待を頂いたのだが、そろそろ別の……」


 フローラのソフィアに対する依存心は、教会内では有名な話だ。

 それを危ぶんで、前々からパーティーに招待し友人を作らせようと画策して来た。ただ、聖女故の異能により、表面上取り繕っても内心を見抜かれてしまう。

 そのため、いくら人との出会いを増やしたところで、成功したためしがない。

 「そろそろ別の友人を作っては?」そう提案しようとしたが、極寒のブリザードに襲われたような感覚に、途中で言葉を切り、その発生源に視線を向けた。


「……」


 フローラは、にっこりと微笑む。

 兄としての贔屓目ひいきめではなく、客観してみてもフローラは美少女だ。整った顔立ちが相まって、どこか迫力を感じさせる。


「いや!な、何でもない!」


 情けない、などと言うなかれ。

 オーギュストにすれば、ワイバーンよりも目の前の少女の方が怖いのだ。全く笑っていない双眸そうぼうを前に、声を上ずらせてしまう。


「それよりも、お兄様?」


「ひゃ、ひゃい!」


 カテキン神聖王国の英雄はどこへやら。

 ここにいるのは、恐妻ならぬ恐妹に怯える一人の兄の姿だった。フローラの聖女らしからぬ姿ももちろんだが、オーギュストの英雄ならぬ姿も人前で見せることはできない。

 幸いにも、聖女に用意された部屋は教会の中でも一際厳重に警備されている。

 現在は、オーギュストが居るため近くに人が居ないのも幸いして、誰にも見られずに済んでいた。


「お兄様は、アッサム王国をどう思っているの?」


「えっと、それは……その……何と言いますか」


 正直に言うと、重要な国と言う認識だ。


 現在は最大の敵国であるフェノール帝国と停戦状況にある。だが、その停戦がいつまで続くか分からない状況だ。

 アッサム王国は、両国に接している。

 再び戦争になった場合、フェノール帝国と手を組まれると挟み撃ちに合う。それが分かっているからこそ、フェノール帝国もカテキン神聖王国も、アッサム王国を取り込もうと画策しているのだ。


 また、アッサム王国は茶葉や鉱石の名産地だ。

 アッサム王国産の茶葉は、カテキン神聖王国貴族にも非常に人気がある。鉱石は、芸術を愛するこの国だからこそ、安く手に入るアッサム王国は重要だ。


――正直に言えば、不興を買うよなぁ……


 とは言え、オーギュストの考えはフローラに取って好ましくないものだ。

 オーギュストとソフィアの関係は、妹の親友と親友の兄としてで、会話した機会も数えるほどしかない。

 だからこそ、フローラの考えに共感できないのだ。


――ここは、少し兄として正直に話す。


 フローラは賢い妹だ。

 優しい性格の反面、共に平民出身の先代や先々代の聖女たちとは違い貴族的な思考を持つため、時には厳しい判断を下すことができる。

 だからこそ、一時の感情で判断を誤らせるわけにはいかない。

 フローラの中でのソフィアの大きさを理解しているからこそ、ここは一度しっかりと言い含めよう。そう決めて、オーギュストは聖騎士としての仮面を被る。


「重要な国だと考えている。貿易面でも政治面でも、今後も良い関係を築いていくべきだ」


「そうですか」


 オーギュストの予想に反し、フローラの反応は淡白だった。

 反論もしなければ、肯定もしない。それがかえってオーギュストには不気味だった。先ほど被った仮面も、フローラの反応を前にボロボロと崩れていく。


「そう言うお前はどう思っている?」


「私ですか?そうですね……」


 と、一拍置いて答える。


「確かに、お兄様の言っていることは一理あります。

ただ、今後も良い関係と言う所には語弊があるのでは?」


 淡々とした口調だ。

 そこに感情は込められておらず、ただ事務的に答えて行く。


「語弊だと?」


 先ほどの考えは、神聖王国全体のものではなくオーギュスト個人のものだ。おそらく、フローラは全体の考えとして事務的に語っているのだろう。


「ええ、宗教を通じて傀儡にするの間違いです」


「なっ!?」


 まさか妹の口から、そんな言葉が出るとは思わなかったようだ。兄の驚きを余所に、フローラは淡々と語る。


「帝国と神聖王国はアッサム王国を舞台に陣取り合戦をしています。我が国は文明人を自称しておりますから、搦め手でアッサム王国の実権を握ろうとしている……それだけの話です」


「……」


 オーギュストは、言葉も出なかった。

 自分自身、頭が良い方だと思っていない。政治的な話は能動的に訊くのではなく、受動的に聞くだけで、詳しく知ろうと思ったことはない。

 言われてみれば、確かに納得できる点もある。


 アッサム王国を手に入れることは、近い将来迎える戦争で有利になると言うことと同義だ。

 フェノール帝国が、アッサム王国貴族と接触を図っていると言う話も聞いたことがある。ただ、セドリック=ダージリンの奮闘あってか、上手く行っていないらしいが。


――それと、ソフィア=アールグレイの存在か。


 個人的な力はそれほどではない……いや、カテキン神聖王国でも文官としてはずば抜けて優秀だと称賛されているのを聞いたことがあった。

 とは言え、ソフィアの怖いところは人脈にある。

 聖女のフローラの親友であり、フェノール帝国の第三皇子からは慕われ、噂ではシアニン自治領のヤグルマギク家当主が崇めていると聞く。

 それ以外にも、ギルドと個人的なつながりがあるそうだ。

 腕利きと言われる冒険者にも弄られ……好意的に接せられている姿が目撃されている。


――アッサム王国の正気を疑うな。


 アッサム王国の現状を考えると、ソフィアの存在はセドリックに並び必要な存在だ。それを、訳の分からない理由で国外追放。

 どういう思考回路で、そのような結末を迎えたのか。

 経緯について事細かに書かれた手紙にも、理由だけは書かれていなかった。もしかすると、理解することを諦めたのかもしれない。


「その通りです……ソフィアちゃんの重要性を理解していない。それはどう考えても可笑しなことです」


 まるで思考を読んだかのように、フローラは語る。


「……何が言いたい?」


「王族や一部を除いた貴族が全員、自意識過剰なのか。もしくは……いいえ、これこそあり得ませんね」


 言いかけて、フローラは首を振る。そして、言葉を続けた。


「枢機卿を始め、教皇様方はすでに行動に移っておいでです。……ダージリン公爵は優秀でしょうが、この状況では挽回は不可能でしょう」


 フローラは、セドリックの事が嫌いだ。

 ソフィアがよくセドリックの話ばかりをするからであり、ダージリン公爵と呼ぶとき、一瞬表情を顰めていた。

 一拍を置いて、結論を伝える。


「もうアッサム王国は沈没間近の船です」


 虚ろな目で虚空を眺めると、ため息を吐いた。


――なるほど、だから気力がないのか……


 弔い合戦をしようにも、対象が沈没間近の船では意味がない。

 ソフィアを失ったことへの悲しみをどこへぶつければ良いのか……。行き場のない感情に振り回され精神を疲弊させているのだろう。

 

 それに、自分の都合で他人に迷惑をかける。

 兄である自分に対しては遠慮が一切ないが、他の人は違う。無駄な血を流させたくないという優しさから、事態を静観しているしかない。そう思ったのだろう。


「……フローラ」


 慰めの言葉を掛けようとした瞬間だった。

 フローラは近くに置いてあった手紙をオーギュストに渡す。宛名はセドリックと言うこともあり、おそらく確認しろと言う意味だろう。

 嫌な予感を覚えながら、手紙を封筒から取り出す。


「っ!?」


 手紙に目を通した瞬間、オーギュストの背が凍る。


――の、呪いの手紙……


 まず一枚目は、恐ろしい文体で書かれた文字で、恨み言が連ねられている。

 そして、二枚目。差し出し人不明の手紙に書かれていたディックの行動が気に障ったのだろう。

 おそらく聖女特有の異能を使って居場所を探り当てたのか、潜伏地まで書かれていた。

 その他の情報としては、ソフィアを排斥した側の何人かの貴族の不正について事細かく記載されている。

 聖女の異能では入手できない情報だ。

 オーギュストはいったいどこでこの情報をと思ったが、フローラの表情を見て理解した。


――恐怖に負けたか……


 フローラに迫られ、情報を吐いてしまった人物に一人だけ心当たりがある。

 渡す相手を間違えているだろう。そう思うが、自分自身にも言う資格がないことに気づき、内心ため息を吐く。


 セドリックたちにとっては、アッサム王国に害となる貴族を裁くに十分な情報だ。

 教会からすれば、セドリックたちがその対処に追われている間手薄になり行動がしやすくなる。

 どちらにとっても益となる情報だが、セドリックたちの胃に甚大なダメージを与えるのは間違いない。

 まさに、呪いの手紙だった。


「本気でこれを渡すのか?」


「もちろんです」


 最後の一言、「後日アッサム王国へ伺います」と書かれた内容を見て、オーギュストもまた胃を痛めることになった。








次は、ソフィア側に戻ります!



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