シアニン自治領の動向
本日二話目の更新です!
エリック視点になります
アッサム王国の南に接している国家シアニン自治領。
その首都となる港町シアニンは、港を中心に半月状に建物が階段状に並んでいる。港から丘へ向かって延びる大通りでは、数多の商人たちが露店を開き活気に満ち溢れていた。
「寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!今日の目玉は、南大陸から入った珍しい香草だよ!」
「こっちは、フェノール帝国から入った魔道具だよ!やっぱり、魔道具と言えばフェノール帝国が一番だ!」
「カテキン神聖帝国で一躍時の人!今最も期待しているレオナルドの名作!金貨十枚からスタートだ!」
商人たちの熱気は、コバルトブルーの海から吹く塩味のある風に当てられながらも、全く冷める様子はない。むしろ、商魂がさらに燃え上がっているようだ。
また、商人の熱気に当てられ、客もまた熱狂していた。
シアニン自治領は、国王などの統治者が存在せず、力のある商人たちが議員として集まりこの国の方針を決めて行く……まさに、商人の国だ。
もともとは、ただの港だった。
商人たちが、大陸内の交易だけでなく大陸間の交易にも目をつけたことがこの国の始まりだ。
商人が商人を呼び、人が人を呼ぶ。
ただの港でしかなかったその場所は、人が多くなるにつれて港町シアニンとなり、カテキン神聖王国の一部となった。
それから、月日が流れちょうど十五年ほど前のことだ。
大陸内の貿易だけでなく、大陸間の貿易も始めた商人たちは、神聖王国から独立して自治領として他国から認められるようになった。
現在では大国にさえも張り合えるほどの経済力を持つほどの発展を遂げていた。
「品のない国だな」
馬車の窓から見える人々の賑わいを見て、まるであざ笑うように言い放ったのは、エリック=ダージリン。
元ダージリン公爵家の嫡男だったが、現在はダージリン家の名を持っているがただの文官見習いだ。
「口を慎め。シアニン自治領は、我が国に取って重要な貿易国だ。ただでさえ不興を買っていると言うのに、更に関係を悪化させたいのか?」
エリックの言葉に反応したのは、エリックの父であるセドリックの腹心として知られるデズモンド=オレンジ伯爵。
すでに公爵家嫡男という立場ではないからだろう。底冷えする声色で、静かに叱責する。
「っ!」
以前まで格下に見ていた相手だからだろう。
エリックは、デズモンドの叱責に顔を赤く染め、抗議の声を上げようとする。だが、デズモンドの鋭い眼光の前に言葉が出てこなかった。
その様子を見て、忍び笑いしていた一人の男性がデズモンドに小声で尋ねる。
「……彼を連れて来たのは失敗ではないのですか?」
「宰相閣下の御命令だ……仕方がないだろう」
「ですが、役に立たないのは当然のこと、彼の言動がかえって我が国の首を絞める結果にも……」
「交渉の場では発言を控えるよう言い含めてある。こいつでも、流石にその程度のことは守れるだろう」
――くそっ、どいつもこいつも、俺を見下して!
デズモンドと男性の言葉は、エリックの耳にも届いていた。
エリックの耳が特別良い……と言う訳でなく、敢えて聞こえるように言っているのだろう。同じ馬車に乗っている時点で大なり小なり聞こえてしまうのは当然だ。
デズモンドの口調からして、男性に対する説明と言うよりもエリックに念を押しているようにも聞こえる。
エリックとしては、彼らに好き放題言われるのは我慢ならない。
だが、反論しても経験豊かなデズモンドに言い負かされるだけ。それは、デズモンドの部下として働くようになってから何度も経験したことだ。
唯一勝っているのは武力だろう。デズモンドは、弁こそ立つが剣や魔法が得意と言う訳ではない。ただ、この場にはエリックよりも実力がある護衛が居る。武力行使をしたところで、彼らに取り押さえられるのが関の山だろう。
僅かに残った理性でそれを理解しているからこそ、マグマのように湧きあがる激情を抑え込み、二人を睨みつける。
「……しっかり、弁えているようだな」
エリックの反応を見て、デズモンドは呟く。
それから、しばらくしてエリックたちの乗っていた馬車は、丘の上に立つ一際大きな屋敷へとたどり着いた。
シアニン自治領には、七大商会と呼ばれる商会が存在する。
その中の一つヤグルマギク商会は七大商会の筆頭とも言われ、その会長マルクス=ヤグルマギクは実質的にはシアニン自治領の長である。
デズモンドたちが、シアニン自治領を訪れていたのはマルクスと直接面会をするためだ。
シアニン自治領は、アッサム王国にとって重要な貿易相手国である。
塩を始め、海産物や食料などを主に輸入しており、貿易を依存している節があるため、本来ならば王族もしくは外務卿であるアールグレイ公爵が出向くべきだ。
しかし、マルクスから面会を申し込まれ……いや、呼び出されたのはセドリックで、その代理としてデズモンドたちがやって来た。
「こちらへどうぞ」
屋敷の執事に案内されたのは、きらびやかに金や宝石で装飾された扉の前。
エリックだけでなく、他の者たちもこの扉を前に表情を引きつらせている。デズモンドは、表情を上手く取り繕っているため変わりはないが、内心では初めて見る光景に驚愕しているのだろう。
――これだから、成り上がりは
エリックは、この屋敷の主に対して内心毒づく。
ダージリン家は、アッサム王国建国時から続く百五十年以上の歴史を持つ国だ。一方で、ヤグルマギク家は、三十年ほどの歴史しかない。
だが、歴史は浅いが、その資金力は無視できず、この豪華絢爛な扉がそれを表わしている。その資金力に嫉妬して、エリックのように影では成り上がりと呼んでいる貴族も多い。
「旦那様、アッサム王国からセドリック=ダージリン様の代理の方々がお見えになりました」
「通せ」
扉の向こうから返事が返って来ると、執事の男性は扉を開け、中へ入る。
部屋の内装は、扉に対して質素なものだ。だが、方向性は違うものの、家具の質はアッサム王国の王城の物と同等かそれ以上だった。
「デズモンド=オレンジと申します。この度は、宰相閣下に代わり参りました」
「……ふん、なめられたものだな」
部屋の中央のソファに腰かける男性。
この人物こそが、ヤグルマギク家当主のマルクスなのだろう。年齢は、セドリックよりもさらに上で四十歳前後。
美食家として知られており、セドリックに負けない威圧感を持つが、不摂生が祟ったのだろう。そのお腹には脂肪がたっぷりと付いていた。
デズモンドたちを一瞥すると、不愉快そうに鼻を鳴らす。
――何だ、その態度は!
エリックは、マルクスの態度を見てそう叫びたかった。
マルクスは、明らかにアッサム王国を下に見ている。実際、国力と言う点では既にアッサム王国よりもシアニン自治領の方が上だ。
国の代表ですらない、それも宰相の代理程度の者たちに、マルクスは礼を尽くす必要はない。
だが、それを理解していないエリックは、成り上がりの分際で歴史ある自国を馬鹿にされるのが我慢ならなかった。
「それで、俺はセドリック殿を呼んだはずだが?」
「申し訳ありません。宰相閣下は、現在体調を崩しておりまして。回復次第、こちらへ伺うと申しておりましたので、そのことをお伝えに参りました」
デズモンドの言う体調不良もあながち嘘ではない。
いくら有能とは言え、セドリックも一人の人間だ。睡眠時間は僅かで、その疲労をポーションでカバーしている状況だ。
度重なるオーバーワークは、確実にセドリックの体を蝕んでいた。
まるで、命を削っているように仕事をしているのだから、体調がすぐれないのも無理はない。
「大方、愚王の後始末に奔走しているといったところか」
「っ!?」
マルクスの言葉に、エリックは憤る。
元は公爵家の嫡男だ。その関係で、何度かアッサム国王とは面識があり、王として素晴らしい人物だと感じていた。
アッサム王国の民であれば、全員が同じ気持ちを抱いている。流石に、デズモンドたちもこれには黙っていないだろう。そう思ったが……
――何故、誰も反論しない!?
マルクスの暴言に誰も反論しない。
と言うよりも、そう言われても仕方がないと言う表情をしていた。
それもそのはずで、マルクスの予想は的を射ていた。
アッサム国王は、自国の強さを誤認している。井の中の蛙ゆえに、アッサム王国は他国にとって重要な国だと錯覚しているのだ。
セドリックは再三忠告したが、アッサム国王はそれを認めない。だからこそ、外交や貿易で摩擦が生じ、それを解消するべく動いている。
それに加え、国内でも宗教や貴族の関係で問題が多発している。その事態を収拾するため、奔走しているのだ。
「それで、用件はそれだけか?」
「いえ、今後の貿易についてお話が……」
ここしばらく、どういう訳か……いや、理由は分かっているのだが、シアニン自治領と貿易が途絶えていた。
それを再開してもらうために、セドリックに代わって訪れたのだ。
「だろうな。そこに座れ。今後の貿易について資料をまとめてある」
マルクスが促したことで、ようやくデズモンドたちは腰かける。
そして、そばに控えていた使用人がデズモンドに今後の貿易の資料を渡した。
「……これは、いくら何でも」
羊皮紙に一通り目を通すと、デズモンドが呟く。
内陸国のアッサム王国としては、食料や海産物などの輸入よりも塩の輸入が重要視されていた。
だが、塩の貿易価格が以前の倍以上だ。その他の物も同様で、輸出に関しては大きな割合を占めている鉱石に高い関税が掛けられている。
「ふ、ふざけるな!!」
ついにエリックが叫んだ。
これではまるで、アッサム王国とは貿易をしないと言っているようなものだ。完全に虚仮にされていると感じ、堪忍袋の緒が切れた。
「何か問題が?」
マルクスは、憤るエリックに平然と尋ねる。
その態度が、気に食わないのだろう。エリックは更に言い募ろうとする。
「いくら何でも、これは……」
「エリック、控えろ。下級文官であるお前に発言を許可していない」
エリックの言葉をデズモンドが遮った。
「……っ!?」
エリックは納得できなかった。
何故誰よりも国のことを思っている自分に権力がないのか。何故、こんな売国奴が自分の上司なのか。
現状を理解できていないからこその考えだが、エリックはそれを理解しようとしない。
その様子に気づいたマルクスが、蔑むようにエリックを見据える。
「まさか現状を理解できていない者を連れて来るとはな……良いか、小僧。貿易を必要としているのは、俺たちじゃない。お前たちの方だ。それにこれまでは、利益度外視で貿易をして来たようなものだ」
実際、その通りだ。
アッサム王国は、確かに良質の鉱石が取れる。だが、それは小国にしてはの話で、シアニン自治領は、大国であるフェノール帝国やカテキン神聖王国とも鉱石の貿易をしている。
また、他大陸からも交易しており、アッサム王国から鉱石の輸入が出来なくなってもさほど影響はない。
理解できないと言った表情をするエリックを無視して、静かな怒りをにじませたように言い放つ。
「美食の女神ソフィア様の頼みで、貿易をしていたに過ぎない」
「なっ!?」
エリックが驚愕したのは、ソフィアに様をつけていることだ。
アッサム国王に対しては愚王で、自身に対しては小僧呼ばわり。セドリックに対しては殿をつけているが、ソフィアに関しては女神と呼び様をつけている。
まるで心の底から心酔しているようだ。
かつてソフィアの料理を食べ「天にも昇るかのような……」と評価していた事情を知らないエリックには、意味が分からなかった。
「お前たちがこの貿易に不満であれば、それで構わない。ただ、一つだけ聞かせろ。ソフィア様は生きておられるのか?」
――はっ、生きているはずがないだろう
マルクスの言葉に、エリックは反射的に思う。
ソフィアのひ弱さは、エリックも知っている。であればこそ、魔国に追放され今なお生きているとは思えない。
それはまた、マルクスも同様だろう。
だが、デズモンドは今回の件で切り札を用意してあった。
「……確定情報ではありません。ですが、魔国にてソフィア様が生きている可能性があります」
「「っ!?」」
マルクスとエリックは、デズモンドの言葉に違う意味で息をのむ。
ソフィアが生きている。この情報は、互いにとって意味のある情報だったからだ。エリックが驚愕していると、マルクスは落ち着きを取り戻して言った。
「……お前たちでは話になりそうもないな。後日俺がアッサム王国へ向かう」
――何なんだ、それは……
自分に対しては、まるで路傍の石を見るような態度だったにもかかわらず、ソフィアが生きているかもしれないという情報だけで重い腰を上げる。
まるで、ソフィアよりも劣っていると言われたような気がして、沸々とソフィアに対する怒りが込み上げて来る。
――ソフィア=アールグレイ……死してなお、邪魔をするのか!
エリックは、自身の無力さを認められず、怒りの矛先をソフィアに向けるのだった。
一度逆恨みをすると、後に引きますよね。
明日は、カテキン神聖王国の動向になります!




