三巻発売記念SS 流しそうめんは弱肉強食
本日、書籍第三巻発売です!
真夏の太陽の光が燦燦と降り注ぐ。
ここ三日間三十度越えの猛暑が続いていた。まだ午前十時というのに手元の温度計は二十七度を指し、最高気温は三十二度の予報だ。
ソフィアは初めての魔国の夏だが、こうも暑い日が続くとうんざりしてしまう。しかし、それと同時に楽しみなことがあった。
「それでは、流しそうめんを始めましょう!」
夏の風物詩、流しそうめん。
ソフィアの目の前には少々不格好ではあるものの、高低差のある竹の水路が作られてあった。
上流にはホースをつなげてあり、そこから澄んだ水が流れている。
「夏と言えば、やっぱり流しそうめんだよね!」
「うん。見ているだけで、涼しい気持ちになれる」
「流しそうめんというと、やはり夏の風物詩だな。……だが、こんなもの家に置いてあったか?」
ふと疑問に思ったのか、シルヴィアが首を傾げる。
それを見て、ソフィアはよく気が付いてくれたと、胸を張って自慢するように手で流しそうめん機を指し示す。
「私の自信作です」
「まさかの自作だと……。いや、確かに手作り感があるが。素人が作ったとは思えないクオリティだぞ」
愕然としたように呟くシルヴィア。
「今まで作った料理の中だと、一番苦労したような気がします」
「いやっ、もはや料理じゃないでしょ! DIYだよね!」
「昨日の夜から姿が見えないと思ってたけど、まさか中庭でこんなのを作ってたなんて」
フェルもロレッタも、驚いたというよりも呆れたような表情を浮かべていた。
思っていた反応と違うと思い、ソフィアは指を顎に当てて、首を傾げた。
「あれ? 流しそうめんとは、テレビで見たのですがここから作るものではなかったのですか?」
「「「違う!」」」
三人の否定の言葉に、ソフィアはショックを受けたように膝をつく。そんなソフィアをしり目に、フェルは「そういえば……」といってシルヴィアたちに視線を向ける。
「私、流しそうめん初めてなんだけど。お姉ちゃんたちは?」
「私はやったことがあるぞ。……最後にやったのはいつだったか?」
「忘れた。小学校の時に、課外授業でやったような気がする。私は十年以上昔」
「ああ、そんな昔か……」
ロレッタの話に、シルヴィアはどこか感慨深そうな表情を浮かべる。
「えっ、私学校でそんなのやったことないんだけど?」
「お前の場合あれだ……邪魔になると思って、除外したんじゃないのか?」
「まさかの風評被害!? いや、そこは内容が変わったとか、中止になったとかって言ってよね!?」
シルヴィア、ロレッタは懐かしそうに幼いころのことを思い出しているようだ。だが、フェルにだけはその思い出がないのか、一人騒いでいる。
腕の中でぶら下がっているトノが、やれやれと肩を竦めているように見えるのは気のせいだろうか。
「それにしても。最近は暑い日が続いて、食欲不振になっていたところだ」
「へっ? 今朝も三回お代わりしていたような……」
あまりにも衝撃的な発言に、ソフィアは正気に戻った。
「うん。やっぱり暑いと、食欲がなくなる。けど、そうめんならいくらでも食べられそう」
『にゃ~』
シルヴィアの信じられない発言に目を瞠るソフィアだが、同感だとばかりにロレッタとトノが頷いた。
驚愕にフリーズしてしまったソフィアに、後ろから近付いてきたフェルがポンポンと肩を叩く。
「お姉ちゃんたちは胃袋チートだから。私たちみたいな普通の胃袋と比べちゃだめだよ。いくらお代わりしていても、本人が食欲不振といえば食欲不振なんだから」
と、どこか遠い目をするフェル。
まったくもって同感だ。ソフィアもフェルの言葉に深々と頷き、示し合わせたかのようにともにため息をつくのであった。
「それでは。気を取り直して、流しそうめんを始めましょう」
大皿に乗せられた大量のそうめん。
正直なところ、茹ですぎたのではないかと不安に思っていたが、目をぎらつかせる二人と一匹の姿を見て、無用な心配だと胸をなでおろす。
並びは、フェルとソフィアが一番上流で、その次にロレッタとシルヴィアが竹を挟んで向かい合う。すでに臨戦態勢なのか、片手にめんつゆが入った茶碗、利き手にお箸を持って牽制し合っている。
(な、何でしょうか……? そうめんを流すだけなのに、プレッシャーが)
ソフィアは、額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
「それでは、流します」
料理魔法を駆使して、最初のそうめんを流し始める。
「それじゃあ、最初は私がいただき……へっ?」
上流にいるフェルがお箸を伸ばそうとした、その瞬間だった。
――ヒュンッ!
目にも留まらぬ速度で、何かが水面を通り抜けたような気がした。
あまりにも早すぎて、ソフィアの目には何が起きたのか分からない。それは、目の前でそうめんを攫われたフェルも同様だろう。
互いに目をぱちぱちとさせて水面を眺めていると……。
「「ちっ」」
『にゃ~』
舌打ちする二人の少女の姿。
そして、勝ち誇るような笑みを浮かべる猫の姿があった。そして、二人に見せつけるように、スルスルっと麺を啜った。
「「トノっ!?」」
そうめんを誰がとったのか、それは一目瞭然だ。
「不覚……思わぬところに伏兵がいた」
「くっ。さっきから姿が見えないと思っていたが、脚立を持ってきていたのか」
悔しそうな表情を浮かべるシルヴィアとロレッタ。
二人と一匹は、「さぁ次だ」と言わんばかりにソフィアに視線を向けてきた。しかし、当の本人はそれどころではなかった。
「ど、どうしましょう……。ね、猫が脚立の上で立って……お茶碗と、お箸を持って。ど、どうして誰も突っ込みを入れないのでしょう? な、流しそうめんというのは、猫が立つのでしょうか?」
脚立に乗って、茶碗とお箸を構える猫。
もはや、絵面がシュールすぎて、どう反応していいのか分からない。何よりもソフィアを混乱させるのは、その光景に誰も疑問を抱いていないことだろう。
「お姉さん、早く次を流して。今度こそ私がとる!」
飼い猫に持ってかれたことが悔しいのか、フェルもまた闘志をみなぎらせる。
困惑から立ち直れないソフィアだが、言われるがままにそうめんを流す。
――ヒュンッ!
「私が頂いた!」
「『ちっ』」
「いや、おかしいよね! なんで一番有利な場所にいるのにかすりもしないの!?」
勝ち誇るシルヴィアと舌打ちをするロレッタとトノ。
一方で、一番前でスタンバイしていたフェルは、地団駄を踏んで文句を口にしていた。
「お姉さん、今度はもっとドバっとやっちゃって! そうすれば、私も少しは取れる気がするから!」
「は、はい……」
フェルに言われるがまま、ソフィアはそうめんを大量に流す。
お箸で、すべて取るのは難しいだろう……そんなことを考えているときが、ソフィアにはあった。
――シャカシャカシャカシャカッ!
「もはや音が違うんですけど!」
目の前で行われた光景に、今度はソフィアが絶叫してしまう!
もはや手元が見えないとかそういう次元ではなく、そうめんがまるで魚のように飛び跳ねているのだ。
「ふっ、私が一番多い」
「魔法を使うなんて卑怯な」
『にゃぁ!』
勝ち誇るロレッタと、悔しそうな表情を浮かべるシルヴィアとトノ。
流しそうめんに魔法とは? と思わなくもないが、それよりも手元にそうめんがないことの方が不思議だ。
あれだけの量を一瞬で食べたというのであれば、それこそ魔法だと言いたい。
「どうしよう。そうめんが取れる気がしない」
愕然としたように膝をつくフェル。
奇遇にも、ソフィアもまた同じことを考えていた。そして、初めて見る流しそうめんの光景に驚愕を禁じ得ない。
大量に用意したはずのそうめんの山は、見る見るうちに小さくなっていき、流れていくそうめんはソフィアとフェルの目の前でかすめ取られていく。
流しそうめんとは、まさに弱肉強食。
弱者には、そうめん一本さえも取ることはできないのだ。
「私の知ってる流しそうめんじゃない……」
そんなソフィアの呟きは、二人と一匹の白熱した接戦の前にむなしくも消えていくのであった。
コミカライズ企画進行中!
漫画;森野眠子先生
WEBにて年内に連載開始予定です!
拙作ですが、今後もよろしくお願いいたします!