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五話 変態シェリー

 冷静になれば当たり前のことだが、数日間風呂にも入らず森を踏破してきたのだから、僕はいささかよろしくない臭いがしていたらしい。

 僕は完全に治癒した左腕を感慨深げに眺めながら、シェリーの元両親にお借りしたタオルで体を拭いていた。そんな時、部屋のドアがノックされる。


「あの……」

「どうぞ」


 扉が開くと、そこに立っていたのはシェリーだった。若干疲れた表情をしていたようだが、扉と鍵を閉めたとたん、猛スピードで僕に駆け寄る。

 相手を確認しなかったが、それは声でシェリーだと判断できたからだ。そうでなければ、パンツ一丁のこの状態で開けるように言ったりしない。

 僕の目の前までやって来たシェリーだったが、目が据わっていてどことなく息が荒い。据わった目は、どことなくアブナイ光を帯びていた。


「や、やあシェリー。元ご両親との対談はどうだった?」

「とりあえず、私は一切の記憶を失って、微かに覚えていた記憶を頼りにご主人様をご案内したと伝えました」

「そ、そうなんだ。怪しまれた様子とかは無かった?」


 シェリーは僕の体に視線を固定したままじっと見つめ、真面目な表情のまま口だけを動かしている。


「怪しむなどという事より、私が記憶を失ったという方にひどいショックを受けていました。その為、しばらくはそちらに気が向く事はないと思います」

「なるほど。助かったよ」

「いえ、大丈夫です。それよりもご主人様」

「な、何かな?」


 シェリーは今まで見ていた体から視線を外し、上目遣いのようにこちらを向く。しかし、相も変わらずその目は据わっている。


「私は以前、魔力とは生命の欠片でもあるとお話ししたと思います」

「そう言えば、そんなことを聞いた気がするね」

「その際、いい忘れたことがあるようなのです」

「それは?」

「体から排出されるものにも、微量ながら魔力が宿るということです」

「へ、へー。そうなんだ。でも、なんでこのタイミングでそんな話をしたのかな?」


 もはや荒くなった吐息は隠されることもなく、生暖かい空気が僕の体に吹きかかる。シェリーは至極真面目な顔で、目を据わらせながらその言葉を口にした。


「ご主人様を舐めさせてください」


 仮に、僕がこの申し出を受けたとして、一言だけ言い残すことがあるとしたらだ。


「……好きにしてください」


 美少女の据わった目は怖い。以上だ。



―――――



「ふぅ……ご馳走様でした」

「……おうふ」


 シェリーの拘束からやっと逃れることができた僕は、精神に重大なダメージを受けていた。ちなみに、僕は全年齢対象です。それだけで色々と理解してほしい。


「これからの予定なんだけど、とりあえず角を売り払って保存のきく食糧の買い出し。それから、出来れば本なんかも欲しいかな」


 しかし、見たところ町の文化水準は中世ほどだ。活版印刷や、それに類するものがないのなら本はかなり割高になるはず。その場合は、諦めて他のものを手にいれることにしよう。


「食糧の件は了解しました。現在、あの角から出来る薬の在庫が心許ないそうで、通常時の値よりも割高で買い取っていただけそうです」

「それはよかった。それで、本の方についてはなにか知らない?」

「残念ながら、この村では本の販売を行っている所はございません。一昔までは嗜好品に分類されるもので、値も張ったものですから……」


 シェリーはまるで自分の失態のように話す。そのせいかは知らないが、僕の要望が叶えられなかったときには落ち込む傾向がある。

 別にそこまで気にしなくていいんだけどなぁ。

 こちらとしてはそういうのも折り込み済みだ。だから、シェリーが落ち込むことなど何もない。

 僕はシェリーの頭を優しく撫で、にっこりと微笑みかける。


「よしよし。別にシェリーせいじゃないでしょ」

「……ありがとうございます」


 シェリーは頬を紅潮させながら、照れた顔をする。その表情はとても可愛く、不意の笑顔にときめいてしまう。


「さて、それじゃあ、換金と買い出しに行こうかな。付いてきてくれるね?」

「もちろんです」


 シェリーは嬉しそうな顔をして僕の手を掴み、僕を村の方へと引きずるのであった。



―――――



「おや、もう動いて大丈夫なのかい?」

「無理はするもんじゃないよ」


 僕達がシェリーの元自宅から出ると、道行く人々に話しかけられる。スープをくれた恰幅のいいおばさんや、マッチョなおっさんなどが僕たちの身を案じて声をかけてくれるのだ。


「いえ、大丈夫です。お姉さんも先ほどはありがとうございました。スープ美味しかったです」

「やぁねぇ。あんなくず野菜のスープをそんなに誉めてくれてー。今度うちに遊びに来な。今度はちゃんとしたもの食わせてあげるわよ」


 おばさんは恥ずかしそうにそう言うと、僕の肩を叩きながら食事に誘ってくれる。食事に誘ってくれるのは嬉しいんだけど、おばさん結構力強くて痛いんですが。


「ありがとうございます」


 僕はなるべく笑顔でそう答える。痛みで多少ひきつっていたかもしれないが、それは仕方のないことだ。

 僕のそんな様子を見たシェリーも、苦笑いをしている。

 おばさんはひとしきり話終えると、今度はシェリーの方を向いて話を始める。


「アリシアちゃんも災難だったね。なにも覚えていないんだって?」

「はい……」


 おばさんはシェリーに憐れむような視線を送り、締め付けてるんじゃないかという強さでシェリーを抱き締める。


「可哀想に……でも、助かって本当によかったよ。最近は森の様子がおかしいから」

「お、おばさま、ちょっと力が強くて……」


 シェリーは苦笑いをしながらおばさんの手を触る。スライムであるシェリーにとってあんなものが痛いわけがないの。しかし、今は人間の形をとっている。少しでもそれらしい動きをしておかないと、いつバレるのか分かったものじゃない。


「あら、ごめんなさいね」

「あの、先ほど森の様子がおかしいって言ってましたよね? 何があったんですか?」

「ああ、その話ね」


 おばさんはシェリーを解放すると、両手を組んでうなりながら話す。


「うちの旦那は猟師をしてるんだけどね。最近、森の動物がやけに怯えてるって言うのよ」

「動物がですか?」

「ええ、罠にも全然かからなくなっちゃってねぇ。お陰で肉が全然手に入らないのよ。薬も少なくなってるみたいだし」


 角が割高で買い取ってもらえるというのは、こういう事情があったらしい。情報に間違いがなくて何よりだ。

 だが、森の様子がおかしい方は気にかかる。

 動物は非常に敏感だ。犬や猫が飼い主よりも先に地震に怯えるように、些細な変化すら見逃さない。野性動物ともなればなおさらだ。


「そういえば、森のなかで角ウサギを狩ったんです。肉はありませんが、角なら持ってますよ」


 おばさんは僕が角ウサギを狩ったということにとても驚いたらしく、甲高い声をあげながら話を続ける。


「まあ! まさか君みたいな子が角ウサギを狩ってくるとは思わなかったわ」

「そんなに強い魔物なんですか? 他じゃああまり見ないものでよく知らないんです」

「あれは人が安心している時を狙って攻撃してくるのよ。しかも夜行性だから夜に紛れて危なくてねぇ」


 おばさんは首を振りながら強い口調でそういった。あの魔物、僕たちが考えているよりもずっと強敵だったらしい。シェリーのおかげで命拾いしたみたいだ。


「そこに店があるでしょ。あそこの娘さんが店番をしてるはずだから、持っていきな」

「分かりました、ありがとうございます」

「いいのよ。そういえば、あそこの娘さんはアリシアちゃんと仲が良かったんだけど……」


 その様子じゃあねぇ。おばさんは寂しそうな顔をしてそう言った。

 その娘がアリシアの事を覚えていても、もはやシェリーの中にアリシアはいない。むしろ、親しかった人物が相手ではシェリーがアリシアでないことがバレてしまうかもしれない。しかし、換金はしないと正真正銘の一文無しになってしまう。

 シェリーを置いていくことも考えたが、僕は右も左も分からない旅人という体なのだ。下手を打っては困るため、保護者としてシェリーにはついてきてもらわなくてはいけない。

 どうしようもないジレンマに頭を悩ませているうちに、目的の場所までついてしまう。

 店舗の見た感じは、小さなショップか、田舎の雑貨屋と言うところだろうか。


「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」


 僕はドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。

 店もなかも、外での予想を裏切らない内装だ。

 全体的に木製の作りで、床は土間のように石が敷いてある。ドアを開けたときのベルの音といい、雰囲気はもとの世界を彷彿とさせる。


「アリィ!」


 僕たちが店内にはいると、カウンターからシェリーを呼ぶ声が聞こえる。

 顔を向ければ、僕たちが村に着たときに最初にシェリーの元の名前を呼んだ女の子が立っていた。


「あの……えっと……」


 返事を返そうにも名前を知らない。右往左往するシェリーの姿を見て、少女は諦めたような笑顔を見せる。


「そっか、覚えてないんだもんね。ごめんなさい、困らせちゃって……」

「あー、取り込み中のところ悪いんだけど、角ウサギの角を取ってきたんだ。換金してもらえるかな?」


 あまりにも雰囲気が悪い。このままでは話しも進まないと感じた僕は、少し強引に本題に移る。


「ああ、ごめんなさい。旅の人だったよね。見せてもらえるかな」


 少女は多少落ち込んでいるようだが、仕事はこなすらしい。それほどの冷静さを保てているのは、あらかじめ記憶を失っている話を聞いていたからだろうか。

 僕は促されるままに角を取りだし、彼女に差し出した。

 彼女は角を触りながらくるくると回し、状態を確認する。


「見たところ外傷は無し。戦ったとは思えないくらい綺麗ね」

「あはは」


 マズイ。状態が良すぎたようだ。そこそこな脅威だと知っていたら、もう少し工作して怪しまれないようにしたというのに。


「それにこの断面……何かで溶かしたの?」

「断面?」


 彼女が手に持っている角の断面は、泥が形を崩すような形で固まっている。当然だ。その角はシェリーが溶かして角ウサギと分断したのだから。


「ああうん。あんまりにも固かったものだから、薬品を使ってね。薬品の方は洗い流してあるから問題ないよ」

「……ふぅん?」


 彼女の目付きが鋭くなる。突然値踏みするような視線を向けられ、思わずたじろいでしまう。


「うん、とってもいい状態。これだったら銀貨二枚にはなるかな」

「そ、そっか。良かったよ」


 彼女の目は元のように戻り、それどころか穏やかな笑みさえ浮かべている。いつもの調子に戻ったと言うべきだろうか。

 彼女はそのままカウンターから銀色のコインを二枚取りだし、僕の手のひらにのせる。


「はい、確かに買い取りました。また何かあったらよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、しばらくは村にいるからよろしくね」


 彼女はこちらに可愛い笑顔を向けて手を振る。僕もシェリーも、出来る限りの笑顔を浮かべながらそのまま店を立ち去った。

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