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四話 虚像の感動

「さて、これからのことなんだけど」

「はい」


 気まずい。なんかこう、色々と安心して、お互いの感情が高まって思わずああ言ってしまったけど、その後の羞恥心のことまで考えていなかった。

 泣いて不足した水分は、シェリーに魔法で作ってもらった。人並みな感想だが、魔法ってすごいな。何もない場所から水を作り出すんだから。

 まあ、シェリーはあれを水を集める魔法だと言っていたから、何もない場所というのは間違いなんだろう。


「とりあえず村に行こうと思う」

「はい」

「ここからそう遠くない場所に村はあるみたいだし、正直お腹が減りすぎて倒れそうなんだ」


 実際、僕がこの世界に来てから口にしたものは、シェリーが先ほどくれた水だけだ。一日しか経っていないとはいえ、そろそろ体が異状をきたすかもしれない。一刻も早く、食糧を手にいれる必要があった。


「でも、ここから村までは一日ほどかかります。ご主人様の状態では、村につく前に体を悪くしてしまうかと……」


 自身の言葉が主人への侮辱にも当たりうると気付いたのだろう。シェリーの言葉は徐々に小さく、尻すぼみになっていた。

 侮辱どうこうは別として、彼女の言うことは事実だ。せっかく安全な拠点を用意してまで、離れて行くことはないだろう。


「でもさ、シェリーはこの辺りで食べられる物なんかは集められるのかな?」

「それは……」


 僕は、彼女の様子からそれは無理だと判断した。何故か。

 彼女は村の人間ではあるが、労働環境に置かれていなかったと推測できるからだ。

 シェリーは色白で、可憐で、可愛くて、手もきれいだ。それこそが、彼女は労働環境に置かれていなかったと言える何よりの証拠である。

 色白だということは外に出ることがなかったということ。

 手が綺麗ということは手を使う仕事をしていなかったということ。

 可憐なたたずまいと所作は、相応の教育を受けてきたということ。

 それらのことから、彼女はそれなりに階級のある地位にいたということが推測される。彼女のいう通り、住んでいた場所が村だというのなら、彼女の年では立派な労働者だったはずだからね。

 可愛いはただ自慢したかっただけ。

 暗い顔をするシェリーの前、僕は立ち上がって自分の手を叩く。


「さて、それじゃあ行こうか。シェリー、道案内よろしくね」

「……分かりました」


 草葉を掻き分けて何時間も歩き続ける。履き慣れたスニーカーで本当によかった。もし革靴だったら、今ごろは足の痛みを感じているところだっただろう。

 シェリーはといえば、道案内もかねて俺の前を歩き、少しでも歩きやすくなるようにと道を切り開いてくれている。しかし、彼女が道を開くために腕を振ろうとも、枝が折れる音はしない。

 それもそのはず、彼女は『食っている』のだから。


「なんというか、便利だね」

「はい。これなら、スライムの時の大きさもかなりのものになりそうです」

「え、スライムって食べた量で大きさが変わるの?」


 そういえば、スライムの生態なんて考えたこともなかった。てっきり食べる事しか知らないモノだと思っていたが、質量が増えるというのなら何のためだろうか。形状的に考えて、アメーバなんかの微生物が近そうだから、食べて質量を増やした後は増殖するのだろうか。

 ……シェリーも増殖するのかな?


「そのようです。その為、巨大になったスライムは大勢の魔法使いを動員して討伐するそうです」

「……シェリーは大丈夫なの?」

「分かりません。ですが、人前で変化しなければ露見することはないと思います」

「そっか。それなら、シェリーは人の目につくところでは絶対に変化しちゃダメだよ」

「もちろんです」


 シェリーと僕はそんなやりとりをしながらも、森の中を突き進んでいった。いつの間にか太陽は傾き、日が暮れようとしていた。


「今日はこの辺りで野営しようか」

「分かりました」


 さて、野営といってもできるのは簡単な事だけだ。適当に横になれる場所を作って、そこにスライムに戻ってもらったシェリーを鎮座させる。後はソファに座るようにそこになれば、元の世界で言うウォーターベッドが完成する。


「おやすみ、シェリー」

「オヤスミ……ナサイ……」


 僕は睡眠をとろうとシェリーに腰掛ける。ぷよぷよと柔らかく、僕の全体重を優しく支えてくれる。そんな時、ふと気づく。

 何かが見ている。


「シェリー」

「ハイ……」


 周囲からガサガサと草木がこすれる音がする。音はこちらの様子を窺うように周囲を駆け回る。

 警戒の為に身を屈めると、周囲の音が止まる。

 枝が折れる音と共に、茶色の弾丸が飛びかかる。


「シェリー!」

「ハイ!」


 僕目掛けて飛んでくる弾丸を、シェリーが胴体を伸ばすことで捉える。半ゼリー状の物質であるシェリーのスライムの体は弾丸の周囲を絡め取るように覆い込み、一切の身動きを封じた。


「……ウサギ?」

「ツノウサギ……デス……。コノモリニスム……ヤコウセイノ……ザッショクドウブツデス……」

「ふぅん。そんな凶悪な魔物もいるんだね」


 僕はシェリーにとらえられたウサギを観察するべく、体を近づける。ウサギの目は憎々しげにこちらを睨み、ネズミのように鋭い歯が月光を受けてきらめいている。


「ゴシュジンサマ……コノウサギハ……ドウシマスカ……?」

「流石に生肉を食べる趣味は無いしなぁ。換金できる部位ってあるの?」


 野生動物は狩猟などを行う社会において立派な成果だ。鹿の角が薬になり、その肉がタンパク源とされたように、このウサギも村に着けば換金できるかもしれない。


「ツノガ……クスリニナルト……」

「じゃあ、角だけ残して他は食べちゃっていいよ」

「ワカリマシタ……」


 シェリーは器用に角ウサギの角だけを体外へ出すと、そのまま消化を始める。僕としては、寝る前に溶けていくウサギを見たくはないので、目をそらす。いやー、月が綺麗だ。

 僕が月を眺めていると、何かが月を横切った気がする。

 んー? 虫か何かかな?


「ゴチソウ……サマデシタ……」


 シェリーの方を見れば、角だけが綺麗な状態で地面に落ちている。再度空を見上げてみるが、そこには何もいなかった。


「ドウカ……シマシタカ……?」

「いや、なんでもないよ。それより、明日のどれぐらいに着くのかな?」

「オソラク……ヒルゴロニハ……」

「うん、上等」


 僕は地面に落ちた角を拾い上げ、学生服の懐に仕舞い込む。硬いものが体にあたるのは不快極まりないが、これも立派な生命線だ。


「それじゃあ、今度こそ寝ようかな」

「オヤスミナサイ……ゴシュジンサマ……」

「うん、悪いけどよろしくね」

「ハイ……」


 そうして、僕の異世界二日目は終わりを告げる。しかし、寝心地がいいのは嬉しいんだが、シェリーは時々痙攣するように震えるのはどうにかならないのだろうか。



―――――



 翌朝、目が覚めて軽い身支度を整えてからは延々と歩き続けた。太陽が昇り始めてからずっとだから、四時間以上は歩いていたのかもしれない。

 もはや疲労はピークに達しようかというとき、木々の隙間から建築物の屋根が頭を見せる。


「あれが私の住んでいた村です」

「やっとか……」


 長い旅路だった。少なくとも、山登りもろくに経験していない僕にとっては、今後一生歩きたいと思えない道のりだ。

 村と言っても、僕の予想していたものとはかなり違うらしい。てっきり自然に踏み固められた土の地面と、木製の小屋と、畑が立ち並んでいるだけだと思っていたが、広場とおぼしき場所の近くには石造りの塔を備えた建物まで建っている。


「あれは教会です。後で、神様についてもお教えしますね」

「よろしく頼むよ」


 さて、まずは角を換金して食糧を手にいれなければ。そろそろ餓えて死ぬ。


「おい、なんだ君は?」


 僕が足早に村に入ろうとすると、近場にいた人に呼び止められる。

 簡素な革製の防具に、農具と見間違えそうな武器。この村の門番か衛兵のようだ。


「すみません僕は旅の者です道に迷い森のなかで何日もの間食べ物も食べずに歩き回っていたところ彼女と出くわしましてここまで案内していただいたんですお願いですどうか食べ物をください金はありませんが代わりに角ウサギの角がありますどうかコレで食べ物を……」

「お、おい大丈夫か? 分かったから落ち着け。とにかく、スープでも……」


 衛兵は僕の尋常じゃない様子を見て混乱したらしく、慌てた様子で辺りの人を呼んで助けを求める。その光景を見た辺りの人も集まり、あれよあれよという間に大きな人だかりができてしまった。

 そんな中、僕やシェリーより少しだけ年下に見える女の子が、シェリーの方を見て驚愕の表情を浮かべる。


「アリィ? アリィなの?」


 彼女はふらふらとシェリーの方へ歩みより、ぽろぽろと涙を流しながらシェリーの顔をぺたぺたと触る。それに気づいた村の人々も驚いた表情を見せて、奇跡だのまさかなどと呟いている。

 シェリーはその様子に苦笑いをしてなだめるばかりで、なにもすることが出来ない。

 当たり前だ。彼女には記憶がないのだから、村の人々がいくら親しみを見せたとしても、他人同然だ。

 恰幅のいいおばさんが木の器にくず野菜の入ったスープを持ってきてくれ、それを僕に差し出してくれる。僕は飢餓感から、周りの人の制止も無視してスープを一気に流し込む。

 そんな無理をしてしまったため、幾分か飲みこぼしてしまった上、その場で大きく咳き込む事になる。

 シェリーは慌てた様子で僕に駆け寄って、優しく背中を擦ってくれている。


「あ、ありがとう」

「いえ、いいんです」


 互いに互いの呼び方を口に出せない。今更ながらそんなことに気がついた。空腹感に焦るあまり、思考が回らなくなっていたようだ。


「ほら、まだあるからゆっくり飲みな。しかし、兄ちゃんは変わった服を着てるんだねぇ」

「ありがとうございます」


 僕はおばさんが持って来てくれた二杯目のスープに口をつける。その味は旨いなんてものじゃなかった。生憎ながらその美味しさを称える言葉を知らないためうまく表現できないが、言うなれば生を実感できる味とさえ感じる。

 シェリーに介抱され、辺りの人も落ち着きを取り戻して着た頃だ。突然、人々が避けるように道を作る。その先には、精悍な顔付きをした男性と、シェリーによく似た容姿の女性が立っていた。


「アリシア……アリシアなの……」

「まさか……本当に……」


 二人は驚きの表情を浮かべたまま、大粒の涙をこぼしてシェリーへと歩み寄る。僕は横目でシェリーに目配せをするが、シェリーは暗い表情をして首を振った。


「アリシア! アリシア!」

「心配した……。本当に……生きていてよかった……」


 二人はそのままシェリーを抱き締め、大きな声をあげて泣き始める。


「感動の再開か……」


 事情を知る身としては複雑だ。あの様子では、シェリーのことも上手く誤魔化さなくてはならない。

 僕は三杯目のスープに舌鼓をうちながらも、これからの事に頭を悩ませていく。

 視界の端に映る鋭い目をした青年。

 僕は空腹を満たせた安心感と、これからの事に対する不安から、彼に注意を向けられなかった。

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