プロローグ
黒き水晶が紅く瞬き
女の運命が動き始める
冷えた石の空気が、肌にじっとりと貼りつく。
深い森に埋もれた遺構……その地下三階の玄室の前で、冒険者パーティの一員は火の番をしていた。
銀髪蒼瞳の若い娘だ。
年の頃は二十前後。
腰にはポーチ、肩口に風よけのケープ、そしてキリリとつり上がった目。
耳の先が少し尖っており、その美貌から妖精と人族の混血だとわかる。
焚き火が静かに揺れている。
仲間たちの寝息。誰もが今日の探索で疲れ切っていた。
目が覚めたら玄室内を探索する予定だが、待ちきれずに部屋の前をウロウロしている。
石の天井、壁、床……
そして、玄室の中央に鎮座する黒く艶めいた石棺。
そしてその上の天井に、手のひらほどの大きさの黒く丸い水晶玉が嵌っている。
彼女は、なぜだかずっとそれを見ていた。
「……あんなところに……何かしら?」
キャンプを張る前は気に留めなかった。
だが今、視線のようなものを感じていた。
(何かいる……?)
ゆっくりと近づいてみる。
生き物の気配はしない。
二本の短剣を抜き、もう一歩踏み出した。
……その瞬間だった。
黒い水晶球の表面を、淡い紅い光が一筋だけ走った。
耳鳴りがすると同時に、玄室の扉が音を立てて閉まった。
「……っ、罠!?」
部屋に魔力が徐々に満ちてくるのがわかる。
「誰か!開けて!!」
扉は厚く、外からの物音も返事もない。
彼女は短剣を構えた。
部屋の奥で、小さな音が鳴る。
石棺の背後にある石壁が、ひとりでに左右へ開いていく。
その奥の闇から、三体の人影が静かに現れた。
「……魔導人形?」
古代魔法王国の遺跡や遺構で、門番としてよく見られる魔力で動く操り人形……だが、初めて見るタイプだった。
全身は白灰色。
成人男性程度の大きさ。
鎧を着ているようにも見えるが、継ぎ目一つなく、磨き抜かれた石細工のようでもある。
顔には目も鼻も口もない。
胸には黒い水晶が埋め込まれ、ぼんやりと赤く灯っていた。
人形たちは一言も発しない。
三体は歩幅を一切変えず、一定の速度で近づいてくる。
「来ないで!」
短剣を振るう。
刃は人形の腕へ命中した。
乾いた金属音——
渾身の一撃は虚しく弾かれた。
表面にかすり傷がついただけ。
「そんな……!」
左右から別の二体が近づき、迷いなく彼女の腕を掴む。
冷たい。
人の手ではない。
鉄でも石でもない、不思議な感触だった。
「離して!」
身体をよじっても、びくともしない。
そのまま持ち上げられ、黒い石棺の上へ寝かされる。
石棺の縁が音もなく開いた。
すると、中から黒い帯のようなものが何本も現れた。
鍵をかけるような金属音が、両手首、両足首、腰、胸を次々と締め付ける。
まるで意思を持つ蛇のように、ぴたりと身体を固定した。
「いやっ!」
暴れても外れない。
その時だった。
天井にはめ込まれた黒い水晶が赤く光る。
天井の一部が静かに開き、一本の細長い棒がゆっくりと降りてきた。
棒には関節があり、腕のように動いて伸びてくる。
先端には針のように細く鋭い黒い爪。
「いやぁ!!誰か!……ルシアン!カイト!エレン!」
焼けるような痛みが胸を貫いた。
「────ッ!!」
声にならない悲鳴。
肺の空気が一瞬で押し出される。
涙が溢れる。
何かが身体の奥へ押し込まれていく感覚だけが残った。
涙を浮かべ、必死に声を上げるが、身動き一つできない。
やがて棒は、何事もなかったかのようにゆっくりと引き上げられていく。
女は震える目で、その先端を見た。
爪は……ない。
異物を体内に残された恐怖と痛みに涙が溢れ、意識を失った。
やがて玄室の扉が自動で開き、仲間が雪崩れ込んできた。
彼らは身構えるも、何もいない。
ただ真ん中の石棺の上に、胸から血を流しながら倒れている仲間の姿を見つけただけだった。
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10分後、本編開始!




