妹と一緒にね、えっちゃん
見た所、一緒に行ったはずのゼンの姿はなく。
皆、突然やって来たハックに驚いていた。
「ハック?! 何でここに、ゼンはどうしたんだよ」
「お前! 城の番人の竜だな、主に歯向かう気か!」
デュークスと貴族の問いに答えるかのように、ハックは笑みを浮かべていた。その目尻には涙が溜まっている。
「我の仕事はゼン殿の監視! ゼン殿は静かな花畑を見つけ、静かに眠りについた。これにより我の任務は――全て完了した!」
その言葉の通りに受けとるのであれば、ゼンはもう、この世にいないという事になる。
デュークスは深く悲しんだ。長年幽閉されていた竜が、ようやく外に出られたと思ったのに。少ししか話していないとはいえ、ゼンの今までを考えたら。あまりにも辛かった。
「眠りにって、そんな」
「元々予兆はあった。食も減っていたし、眠りにつく頻度も増えた。最後に外の景色を、空を見せてあげる事が出来た礼、ここで果たさせてもらおう!」
ハックはそう言いながら、ウミに槍を向けた。ウミも負けじと薙刀を振りかざし。刃先のぶつかり合う音が響き渡っていた。
『最後に空を見せてくれてありがとう』
デュークスはゼン自身が、そう言っていた事を思い出した。ゼンも分かっていたと思うと、余計に辛さが増し。
もう少し話しておけばよかった。そんな後悔が胸に残った。
「なんだかよく分かんないけど、おれっち達の敵ってことね? オーケーオーケー! 殺す!」
ロンはハックめがけて、ナイフを投げようとしていた。
マナを助けてくれたハックを、見捨てる訳にはいかない。そう思ったデュークスは、すぐ赤い竜へと変身した。鋭い爪を振りかざし。ロンの右肩に傷をつける。
「っ……! そっちがその気なら、殺しちゃってもいいよね!」
ロンもすぐさま反対の手でナイフを投げ。デュークスの背骨に沿って、次々に刺していく。
「痛いんだけど!」
「知ったこっちゃなぁい!」
飛んでくるナイフを避けるには、体が重すぎると判断したデュークスは。炎の息を吐いて、ナイフを地面へと叩き落とす。
デュークスが次の手をかけようとした、その時だ。
「いやぁっ!」
マナの叫ぶ声が聞こえて来た。
見れば貴族がマナの手を掴んで、どこかへ連れて行こうとしている。
「騒ぐな! アイツらがやり合ってる間に、逃げるぞ!」
「もうあなたの言う事を聞く理由なんてない! 離して!」
デュークスがマナの方へ向けた視線を、ウミの薙刀がぶった切る。
妹を助けに行くことも出来ずに。薙刀を掴んだデュークスは、ただただ妹の名前を呼んだ。
「マナっ」
ひゅんっ。
貴族の腕に、飛んで行ったナイフが刺さる。
「ぐぁああああっ!」
痛みを訴える貴族は、すぐにマナの手を離した。
急いで逃げたマナを、エミリッタが抱きしめる。エミリッタにとっても、マナは妹のような存在だった。
「えっちゃん……」
マナは安堵した様子でエミリッタにしがみついていた。
デュークスには、妹を助けてくれたロンの行動が理解できずにいる。
「ロンお前、誰の見方なんだよ」
「そうだねぇ。可哀そうな子の味方かなぁ」
ロンはそう言いながら、チラリとウミの顔を見た。
気まずそうにしているウミは、ロンから目を離している。
その隙をついて、デュークスは薙刀の刃先を地面に刺した。
力いっぱい刺さった刃先は、なかなか抜ける事はなく。ウミは両手を使って、薙刀を抜こうとしていた。
デュークスは貴族の前に立った。
大きな瞳に、怯える貴族の顔を映す。
「おい、私を誰だと思ってるんだ。こんな事をして、いいと思ってるのか」
「そのセリフ、そっくり返してやる。こんな事して、いいと思ってるのか」
「ぐっ、そ、そんなに悪い事じゃあないだろう! 仕事を、生きる意味を与えてやったんだ! むしろ感謝してほしいくらいだ!」
「脅す事が生きる意味だって言うのなら、お前の考えには賛同できない。最後に聞かせてくれ。わざわざゼンに食事を与えていた理由は?」
「そ、そんなの決まっている。生き続ければいつかはという、希望を与えるたっ!」
コイツはあまりにも、命を軽く見ている。デュークスの中で、怒りが溢れた。
赤い竜は貴族の首をちぎるように齧り、地面に吐き捨てた。
絶望に染まった頭部が、トントンと転がっていく。エミリッタはマナを抱きしめて、貴族の最後を見せないようにした。
人型に戻ったデュークスは、同じように唾を吐き捨てる。
「食べる価値すらない」
馬車を動かしていた男がヨタヨタと近づいてきた。どうやら、倒れた馬車に隠れて一部始終を見ていたらしい。
「これで、これで帰っても罰せられることはない。ありがとう、ありがとう……!」
男は貴族に脅されていたせいで、帰りたくても変えれなかったらしい。
予想外のお礼に、デュークスは苦い笑みを浮かべた。
「お礼を言われるような、良い事はしてないよ」
男は頭を下げながら、貴族の死体を回収した。デュークスは逆に申し訳なさを感じている。
ハックはその場で四つん這いになり、地面を殴った。貴族が発した最後の言葉に対して、怒りを感じているらしい。
「情けない。あんな奴らを信じて雇われていた自分が、とても情けない!」
その光景を見ていたロンは、デュークス達に背を向けて。頭の後ろで腕を組んだ。
「なーんか興ざめ。ウミちゃん、今回は退散しよっかぁ」
「……御意」
ウミは抜いたばかりの薙刀の先を、地面に向けた。
マフィア達は、そのままどこかへ行こうとしている。兄の石はマナが持ったままだった。
エミリッタとマナの前に立ったデュークスは、ロンに確認を入れる。
「おい。この石、返してくれるのか?」
「いや? いずれは龍竜族を殺すなり何なりして取り戻す気でいるから、あくまで貸すだけね」
「そんな気はないけど、何で急に」
「言っておくけど、お前に貸した訳じゃないから。おれっちは、あの女の子に貸したの」
「女の子って、マナに?」
「そ。家族のために自分を犠牲にしちゃう、バカな子にね」
よく分からない理由で返された上、妹をバカにされた事には腹立つデュークスだったが。
兄の石が無事こちら側に戻って来たという事実を、今は素直に喜ぶ事にした。
マナはデュークスの隣に立ち、貴族から逃がしてくれたロンに向けて礼を言った。
「あの……助けてくれて、ありがとうございました」
「おっと、惚れちゃダメだよお嬢さん。いくら美人系でも、おれっちにはウミちゃんもいるしね! ではでは、デリバリーマフィアはこれにて撤収。いつかまた会う日まで。ばぁい!」
不敵な笑みを浮かべたロンは、ウミを連れて走り去ってしまった。
残されたデュークスは、眉を潜めた。
何故か今回は諦めてくれたらしいが、マフィア達はあくまで雇われの身だ。
龍竜族を恐れたり、狙ってる奴らがいる限り……また現れるのだろう。
というか結局、敵って事で良いんだよな……?
なんて疑問まで抱いていた。
ハックが立ち上がり、デュークスに顔を向けた。涙目ではあるが、冷静にはなれたらしい。
「ひとまず、貴族に雇われていた者達の所へ戻るとしよう。もう……自由の身であると伝えなければ」
自由になれたという割に、ハックの表情は悲し気だった。
生きていると信じさせられていた家族が、生きていない可能性もあるからだろう。
家族を失う辛さを知っているデュークスは、わざと明るくふるまってみせた。
「ハック。お前も里に戻るんだろ?」
「無論。どんな状況かは分からないが、確認はせねばならない」
「じゃあさ、俺達も行って良いかな? ケノアの花を探さなきゃいけないんだけど、どこにあるか分かんないし!」
「ふむ。我が里にその花があるかどうかは分かららないが、里へ来る事は歓迎しよう」
デュークスはニッと笑って、ハックと握手を交わした。
「じゃあえっちゃん、次の行先も決まった事だし。早速……ん?」
エミリッタがマナを指さす。どうやら、マナを連れて行くかと聞いているらしい。
マナはその場にしゃがみ込んで、俯いていた。
デュークスも同じようにしゃがみ込んで、妹と目線を合わせる。
「マナ。俺とえっちゃんは、このまま朧族の里に行こうと思うんだけどさ。お前は俺達の里に帰る? なんならハックに場所だけ聞いて、先にマナを送り届けるけど。どうする?」
エミリッタも頷いていた。そのくらいの遠回りは喜んでする、と言いたいらしい。
マナは兄の顔を見ながら、首を左右に振った。
「ううん。一緒に行きたい。まだ受け入れるの、嫌だよ……」
自分達の里に帰って、改めて家族の死と直面するのが怖いのだろう。
妹の気持ちを理解したデュークスは、妹の手を掴んで立ち上がらせた。
「じゃあ皆で行くか。朧族の里! ハック、案内よろしく!」
「……うむ。任された!」
ハックもマナの状況を理解したのか、明るく振る舞い。
四人は次の目的地に向けて、前に進み始めた。青い青い、空を見ながら。




