通せんぼするよ、えっちゃん
緑の竜となったデュークスはエミリッタを背に乗せて、馬車を探す。
「えっちゃん。見つけた!」
馬車を見つけたデュークスは、そのまま馬車の前へと降りた。道を通せんぼされた馬車は、勢いよく止まった。
馬車を運転した男は怯えている。だがデュークスを恐れているというよりは、やはり馬車の中にいる貴族を恐れているようだった。
「貴族の嫁に、マナに会わせてくれ」
「ダメだ! 主様から、奥様には誰も近づけさせるなと言われている!」
「何故?」
「言う必要はない!」
デュークスは馬車の屋根部分を叩いた。軽い衝撃でバランスを崩した馬車は、横向きに倒れる。馬車を引いていた馬も、すぐに逃げ出した。
倒れた窓からよじ登るように、マナだけが這い出てきた。
「止めて、お兄ちゃん。主様に酷い事しないで! 私はこのままで平気だから。私が皆を助けるから……!」
「何を言ってるんだよ。その皆って誰だよ」
「誰って、決まってるでしょ。お父さんもお母さんも、勿論お兄ちゃんの事だって……!」
「俺の事はともかく、親父やお袋をどうやって助けるってんだよ。それでお前がアイツに嫁ぐ意味が分からない!」
「だって、私がここにいないと皆殺されちゃう……!」
「……は?」
デュークスは嫌な予感がした。彼らの両親も、他の兄弟も全員殺されている。
それなのに、殺されちゃうだなんて。
マナは涙を流しながら話を続けた。
「里が襲われた時に、やめて下さいって言ったの。そしたら、嫁になれば攻撃を辞めてやるって言われたの。私が来れば、皆を助けてくれるって。だから」
「マナ、お前まさか……知らないのか?!」
「え……?」
「助けるも何も……親父もお袋も、兄貴達も妹達も、もう……」
デュークスの言いたい事を察したのか、マナはゆっくりと首を横に振った。
「……嘘。いや、言わないで」
「……マナ」
「そんな、嘘。そんなはず、だって、私」
マナの声が、どんどん詰まりだす。
やはりそうか。
妹の表情で全てを理解したデュークスは。
静かに、残酷な現実を伝える。
「里が襲われた時に、親父もお袋も殺されてるよ。生き残ったのは、俺とえっちゃん。えっちゃんのばーちゃんと……お前だけだよ、マナ」
「うそよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
マナはその場で大きく泣き崩れた。
デュークスにもエミリッタも、気持ちは痛いほど分かった。
ただ不幸だったのは、その泣き声で貴族の男を呼び出してしまった事か。
馬車の中から這い出て来た男は、ものすごい剣幕でデュークスを見ている。
「なっ何だお前は、うちの嫁に何をした!」
「……お前こそ、うちの妹を騙したな?」
デュークスは人型に戻り、貴族に負けない強い怒りをぶつける。
「お前は、さっきの……!」
貴族はデュークスがマフィア達と一緒に居た男だと気づくと、青い顔になった。
マナは貴族の足元にすがりつくと、涙を流しながら訴えた。
「旦那様、嘘ですよね。私の家族がもう亡くなっているなんて、嘘ですよね!」
「あぁ、嘘に決まってるだろう。君の里は、うちの警備隊に守らせている」
貴族は乾いた笑みで嘘をつく。
妹が嘘で縛られていたのだと気づいたデュークスは、拳に力を入れた。
「よくもまぁ、そんな嘘をつけたものだな」
「う、嘘だなんて」
たじろいでいる貴族の横を、何かが走り抜けた。
「嘘だよ。嘘嘘。世の中嘘だらけ。人間なんて嘘つきばっか。みーんな嘘!」
デュークスはナイフを握り締めたロンの攻撃を腕で受け止めた。
刺さってはいるし痛みもあるが、死ぬレベルではない。そう、判断出来た。
「ロン!」
「はぁい」
すぐさまナイフを抜き取ったデュークスは、すぐさま胸元の石を掴み。齧る。
適当に選んだ石は、青色だった。
青い竜へと姿を変えたデュークスは、しなやかに伸びた首をロンの体へぶつける。
勢いよく吹き飛ばされたロンだが、側転して受け身を取っていた。
マナの真横に立ったロンは、彼女に星形の石を渡す。
「龍竜族、今だけこれ貸してあーげる」
デュークスは兄の石がマナの手に渡って、少しだけ安心していた。それでも、まだ油断はしていないけれど。
「貸すも何も、それは元々こっちのもんだ」
「あれ? そうだっけ?」
とぼけるロンに石を渡されたマナは、体を震わせている。
「これ……シャードお兄ちゃんの……」
龍竜族の大事な石を、兄が手放している訳がない。そう判断したマナは、貴族の言葉が全て嘘だったと理解した。
その場に座り込んで、再び泣き始めた。
貴族も星形の石が龍竜族の石だと気づいたのか、体を震わせながらロンに目を向けていた。
「何故、なぜ石を持っている! その石は全て石膏で固めて処分させたはずなのに!」
「ま、単純な話。石膏で固める業者の奴が、一個くすねてたってだけでしょ。そういう小悪党はね、ヘマしたら簡単に消されちゃうの。まぁ、その横流れでこの石を手に入れたおれっち達からしたら、実にラッキーちゃん」
「そんなっ……」
「アンタの手でやってないんだから、それくらいのリスクは理解しとかなきゃダメじゃん。予想外だったとは思うけどね」
ロンが兄の石を持っていた経緯を知ったデュークスは、貴族に詰め寄る。
「じゃあ、どうしてお前は石を持ってたんだ。お前も俺達の仲間を殺して、無理やり奪ったのか!?」
目の前の巨大な竜に怯えながら、貴族は説明をし始めた。
「里には行ったが、殺してはない。石を買い取るつもりで、奇襲計画を立てていた奴らについて行っただけだ。そこでマナを見つけて、石以上に価値があると思った。嫁として他の奴らに見せびついてば、羨望の目が得られると思った。飽きたら情婦にでもすれば、それはそれで金を得られると思った」
「……それで、マナを?」
「あぁ、そうだよ。簡単だった。仲間を助けてやるって言ったら、すぐについてきたよ。石さえ奪ってしまえば、普通の女だからな。それにもし、歯向かってきても脅せばいいだけだしなぁ!」
「もしかして、ハックの事も、他の使用人たちの事もそうやって脅して来たのか……?」
ハックも貴族に仕えているのは、里の者を守るためと言っていた。他の使用人達が貴族に怯えていたのも、貴族が家族を殺さないか心配しての事だったのかもしれない。
デュークスの疑問に、貴族は当然と言わんばかりに鼻で笑った。
「あぁ。バカは簡単に騙せて楽しいよ! 家族のために自分を犠牲にするバカを使うのは、一番の娯楽だね! その家族は皆、もう死んでるというのになぁ!」
マナは絶望した表情で地面を見つめ、エミリッタも怒りの表情を浮かべている。
我慢の限界に達したデュークスは、貴族の顔面に牙を向けた。しかし。
デュークスの歯を、ロンが二本のナイフで止める。
その後ろにはウミが立っていて、彼女もまた薙刀の先端をデュークスに向けていた。
ナイフから口を離したデュークスは、人型に戻り。ロンに敵意を向けた。
「貴族側につく気か?」
「悪いね。おれっち、普通じゃないからさ。歯向かってきたら脅せばいいって方向性、理解できるんだわ」
「理解が出来ない」
「しなくて結構。こっちも好きにするだけだよ」
ロンとウミは、一斉にマナの顔へ刃を向ける。
座り込んだマナは、涙を流したままマフィアの刃先を見つめていた。まるで全てを諦めたような表情は、いっそ楽になろうとしていたのかもしれない。
だがデュークスは諦めなかった。
妹を守ろうと、デュークスが赤い石に手をかけた、その時だ。
「助太刀いたぁす!」
マナを守ったのは、突如現れたハックだった。
両手で槍を握り締めたハックは、ロンのナイフを弾き飛ばし。ウミの薙刀を突いて、地面を削らせる。




