花嫁を確認したよ、えっちゃん
「どーもぉ! デリバリーマフィアでぇす!」
「な、何だお前らは! 山賊か!?」
部屋の中へ突撃したロンを見て、中年の男が驚きの声を上げていた。
男は装飾された、見るからに質の良い服を着ている。彼が貴族であると、デュークスもすぐに分かった。
「そんな安っぽいチンピラと一緒にしないでほしいね。マフィアだって言ってんでしょ」
ロンは使用人たちの中へ、ナイフを持ったまま突っ込んでいく。人々を切りつけながら、デュークスに声をかけた。
「あの見るからに頭の悪そうなのが当主。その嫁って事だから、あの緑色のドレスを着てるのがそうでしょ。確認よろしく」
デュークスはロンが指さした方に目を向ける。
使用人たちに囲まれた、紺色の髪の女。使用人たちに隠れて、顔はよく見えなかった。
貴族は青ざめた目でロンを見ながら、使用人達に向けて怒鳴り声をあげる。
「何をしている! 私を、私と嫁をなんとしてでも守っ!?」
ロンは貴族の顔を蹴り上げた。
ナイフでの攻撃ばかり見てきたが、なかなか力強い蹴りだ。デュークスはつい、ロンの攻撃に見入ってしまう。
ロンは鼻血を出した貴族の胸ぐらを掴んだ。
「ゴチャゴチャ言わなくていいよ、ちょっと確認したい事があるだけだから。邪魔だから殴ってるだぁけ」
その言葉で、デュークスはハッとした。
確認さえすれば、マフィアとの協力関係はすぐ終わる。早く終わらせて、兄の石も手に入れよう。
デュークスは花嫁の周りにいる使用人を押しのける。使用人達の表情は、恐怖に満ちていた。
竜龍族を恐れてかと思ったが、すぐに違うと気づいた。使用人達の意識は、全員貴族の方に向いていた。
雇い主に怯えている?
疑問は抱いたものの、今は花嫁の確認に専念した。
早くしなければマフィア達に刺される人が無駄に増えてしまう。
使用人達を振り払ったデュークスは、花嫁の顔を見た。
「……マナ?」
その名前を聞いて、エミリッタも目を見開いていた。
デュークスは花嫁の顔を見ながら、ロンに声をかける。
「ロン。やっぱ花嫁を捕らえるってのは乗れない。あと、マフィアにもならない」
「何? 仲間だった?」
「仲間どころか……妹だったよ」
里にいた者たちの亡き骸は、全てデュークス達の手によって埋葬された。
デュークスは最後に見た妹の姿を思い出す。
燃えて倒壊した建物に押しつぶされたのだろう。幼い弟達の上半身と共に、紺色の長い髪の毛だけが残されていた。
全て潰れてしまったんだろうと、思っていたのに。
「デュークス……お兄ちゃん……!?」
ショートカットになってはいるけれど、目の前にいたのは確かに妹だった。
「へー、妹美人系じゃん」
そう言ったロンだったが、あまり興味はなさそうだった。
全て潰れてしまっていたと思っていたのに、まさか生きていたなんて。
泣きたい気持ちを堪えて、デュークスは手を伸ばす。
「来て良かった。マナ、一緒に行こう!」
「や、やめて!」
妹、マナはその手を振り払った。
思ってもいなかった拒否に、デュークスは動揺を隠せない。
「何でだよ。一緒に行こう、里に帰ろう」
「大丈夫、大丈夫だから。よくしてもらってるから、何も心配しないで。私、お嫁さんになったの。だから……!」
そういう割に、妹は辛そうな顔をしていた。
その光景を見た貴族がニヤニヤと笑っている。
「恐ろしい竜が、とっとと出ていけ!」
デュークスは貴族を睨みつけた。
変身した姿になった訳でもないのに、何故恐ろしい竜などと呼ぶのか。
「何で俺が竜だって知ってるんだよ」
「そ、それは」
たじろぐ貴族を見て、デュークスは確信した。
マナが龍竜族だと分かっているからではないか、と。
妹が好んで貴族の嫁になったのであれば、祝ってやったかもしれない。
ただ兄としては、どうしても彼女が幸せそうには見えなかった。
ロンが手を叩いて、間に入ってくる。
「はいはい、どうだっていいよ。とりあえず、龍竜族代表を決めてもらってさ。一緒に来てよ。決められないなら、もう皆殺しでもいい」
一緒に行ったところで、不幸になるに決まっている。デュークスはロンに手のひらを向けた。
「とりあえず確認はしたから。石返せ」
「えー。でもお前、この後死ぬかもしれないよ? 返したところで無駄じゃない?」
「無駄なもんか。殺される気なんてないからな」
「そりゃそうだ。じゃあ、やっぱりマフィアになる?」
「それもお断りだ。マフィアになったら危険がいっぱいだからな。俺は……えっちゃんが傷つくかもしれないのが一番嫌だ!」
何故かマフィアはポカンとしていた。ロンだけでなく、ウミまでもが。
「ちょっと確認していい? 彼女のためにマフィアにならないって事?」
「そうだよ。そうでしかないだろ」
「……ははは、純愛だねーっ!」
何も悪い事ではないだろうに。ロンは何故か大爆笑していた。
「何でそんなに笑うんだよ」
「いやいや、すごいなって思ってるんだよ。愛だけで生きられるなら、羨ましい話だ」
どこか寂しげなロンのその表情は、本当に羨ましいみたいだった。
「主様、こちらへ!」
使用人の声が聞こえた方に、デュークスも顔を向ける。
見れば窓の外に、馬車が用意されていた。
馬車の中には、既に妹が乗り込んでいる。
貴族は使用人達を盾にしながら、窓の外へと逃げて。そのまま妹の隣に乗り込むと、馬車を発進させた。
「待てっ!」
追いかけようとしたデュークスの右手を、使用人の一人が掴んだ。
「主様の邪魔をするな!」
何かに怯えた使用人は、必死になってデュークスを止めようとする。
「何でだよ。俺はマナを助けたいんだよ……!」
そう訴えたものの、他の使用人達も必死になってデュークスを止めようとしてきた。
結局、デュークスは使用人達を振り切る形で外へ出てきた。
だが既に妹の姿はなく。マフィア達も、いつの間にか居なくなっていた。石も返されてはいない。
デュークスは背中に乗ったままのエミリッタに言った。
「……本音を言えば、兄ちゃんの石は取返したかったんだけど。今はマナを助けに行っていいかな。どう考えても好きで嫁になった訳じゃあないと思うんだよな」
デュークスはエミリッタを地面に降ろし、彼女の頭を撫でた。
「それに、えっちゃんが危険な目に遭うのは本当に嫌だし」
エミリッタは嬉しそうに、彼にハグをする。
今は妹を助けなきゃいけない、デュークスも分かってはいたけれど。
「えっちゃん……!」
今は彼女の方を優先させた。ハグをし返して、愛を伝える。
エミリッタは嬉しそうな顔をしている。
やはり妹は無理をして、好きでもない奴の嫁になったに違いない。エミリッタの顔をみて、デュークスはそう確信した。
「マナの本音が知りたい。えっちゃん、どうする? 危ないかもしれないけど、来てくれる?」
エミリッタは堂々と胸を張った。任せろという意味らしい。
「ありがと。じゃあ……行きますか!」
決意を決めたデュークスは緑の石を噛み、竜になった。




