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第12話

 

 内臓を引き裂くような 恋を仕掛けて

 キミの視線 丸ごと釘付け独り占め

 わたしのために傷を負って

 とめどなく流れるキミの血を

 不思議そうに 小首かしげ

 飲み干すの 一滴残らず

 奪いつくす すべて

 欲しがって 勝ち取って 

 あますことなく あまねく 全部を

 もっと美味しく 痺れさせてよ



 ぽこん、と、不意に通知音が響いた。暗い部屋にスマホの画面だけが白く輝いていた。時刻は午前2時過ぎ。

 「何だよ、こんな時間に……」

 蟻牧は布団に潜ったまま、ベッド脇のスマホを手に取った。

 「逃げよう」

 視界に飛び込んだその4文字に、眠気が吹き飛んだ。

 「今夜。一緒に」

 「追われてる。この街には、もういられない。」

 「来て。今すぐ。」

 「西花(さいか)公園。」

 矢継ぎ早にメッセージが送られてくる。

 送り主の名は『いちか』。おそらくハンドルネームだろう。本名は知らない。20歳の女子大生で、どうやら近所に住んでいるらしいこと以外、何もかも不明な存在だった。


 暇潰しに登録したマッチングアプリ。いちかとはそこで出会った。

 とはいえ、実際に会ったことはない。気の向いた時にメッセージを送りあうだけの関係。

 それでも、普段『残機』以外の異性と関わりがなく、これまでの人生に彼女がいたこともない蟻牧にとって、いちかとの会話はそれなりに新鮮に感じられた。

 雑談が進む内に、いちかは次第に蟻牧に少し重めの悩みも打ち明けるようになった。幼少期から両親が喧嘩ばかりしていて家に居場所がないこと。けれど一人暮らしする経済力はなく、バイト代も大半を家に入れなければならないこと。わがままな性格に見られがちで学校で孤立し、友達がいないこと。etc……

 そんなことを言われたとて蟻牧にはどうすることも出来ないが、いちかは単に話を聞いてもらえるだけで満足しているようだった。

 そう。きっとコイツは一方的に自分語りしたいだけで、相手は誰でもいいんだ。俺じゃなくても。

 まぁ自分だって相手がチョロそうだから近付いたわけで、似たようなものだから他人のことは言えない。いずれ会ったら都合よく利用して、どちらかが飽きれば関係を解消しよう。そう思っていた。

 あの時までは。


 「ねえ、蟻牧くんって、プロリファレイト社の人でしょ?」

 数日前、画面に表示されたその一言に、蟻牧は息を呑んだ。

 ……いや、よく考えなくともプロリファレイト社は大企業だ。表向きには普通の人材派遣会社だし、そこで働いていると言っても何も不思議なことはない。後ろ暗いことなど何一つ、ない、はずだ。

 蟻牧は平静を装い返信した。

 「そうだけど。何?」

 「いちか、見ちゃったんだよね。蟻牧くんが、化け物と戦ってるとこ。」

 は?今、何て?

 頭の中が真っ白になった。

 「何それ?何かの比喩?それとも夢の話?変なの笑」

 動揺を悟られないよう、蟻牧は心を落ち着かせ冷静にはぐらかす。はぐらか……

 「慌てちゃって。図星?蟻牧くんって、案外かわいーね」

 「そういう仕事なんでしょ?秘密裏に化け物を倒す。」

 ああああああああ

 戦闘を見られていた?いつ?どこで?

 何だコイツ、どこまで知っている?

 蟻牧の脳内に大量の疑問が湧き上がる。

 「化け物と戦う蟻牧くんも、実は人間じゃない。そうでしょ?」

 「プロリファレイトに改造された」

 「化け物」

 蟻牧は机の上のペットボトルに手を伸ばした。水を飲もうとするも手が震え、口端からかなり零してしまう。

 言い当てられた。事実そのものを。これはまずい。どう考えても。

 「違う」

 「全部お前の妄想だ」

 否定する。否定する。否定し続ければ、その内相手も諦めるはずだ。

 「違わない。」

 「蟻牧くん、普段いちかのこと、お前って言わないじゃん。」

 「動揺してる。バレバレだよ?」

 いちかはしつこかった。煙に巻くにはどうするべきか、蟻牧は頭を抱える。

 「化け物」

 いちかが繰り返す。

 「いちかと同じ」

 同じ、その言葉が引っ掛かった。まさか、この女も蟻牧と同様にプロリファレイト社に改造された、アブラムシ型ミライ人だとでも言うのか。しかし、同業者ならこんなに探るような訊ね方はしないような気がする。

 ただの目撃者だとしても、『残機』に報告するべきだろうか。

 蟻牧は一瞬そう考え、やめた。あの女ならいちかを探し出し、口封じしようとするはずだ。最悪、殺すことも厭わないだろう。死体を見るのはもうたくさんだ。

 「戦うの、嫌でしょ?」

 「殺して、死にかけて、傷ついて、殺して、殺して、殺して。そんな生活にうんざりしてる。違う?」

 「お前に何がわかる」

 「わかるよ。いちかも、化け物だもん。」

 「一緒に逃げよ?逃げたらきっと、楽になるよ。」

 その提案はひどく無邪気で無責任で、なのにとても魅力的に思えた。

 蟻牧の脳裏に今までの戦闘の記憶が蘇る。血で満たされたペットボトル。あっけなく切り落されたスペアの頭部。血を吸い取られ、枯葉のように萎れたスペアの身体。一斉に突進してくるマダニ型旧ミライ人達。黒い翅の青年-波星に首を絞められた時の苦しさ。旧ミライ人の肉を抉る、生々しい感触。

蟻牧の喉元に常に刃先を突きつけている死の影――

 ……逃げ出したい。何もかも捨てて。プロリファレイト社の手が及ばず、旧ミライ人もいない、どこか遠くへ行けるなら。もしもそんな場所へ、いちかが連れ出してくれるなら。悪くない、そう思ってしまった。

 「本当に、連れ出してくれるのか?この地獄から」

 蟻牧は思わず訊ねてしまった。5歳も下の女に、きっと何も出来ないと知りながら。

 「うん。委ねてよ。いちかに。蟻牧くんの全部を。」

 その言葉に、蟻牧は苦笑した。なんてこと言わせてるんだ、俺は……。

 「たとえ世界のすべてが敵でも、いちかだけは蟻牧くんの味方だから。」

 いちかの言葉は温かく、心地よかった。そう思ってしまう自分が何だか情けなかった。

 味方、か……。蟻牧は思った。その言葉を、前にもどこかで聞いた気がする。

 「じゃ、考えといてね。時期が来れば、迎えに行くから。」

 いちかはそう言い、会話を切り上げた。

 

 そして、今がその「時期」らしかった。

 蟻牧は躊躇った。しかし、逃げ出す機会は今、この瞬間だけのように思えた。

 蟻牧は手早く着替え、リュックに服と財布、食料を詰めた。

 少し考えた後、タオルに包んだ小銃と予備の弾倉も忍ばせる。『残機』は「キミが触ると危なっかしいから」と言って蟻牧に小銃を渡さなかったが、商店街の一件からスペアに持たせるよりはマシと判断したらしく、今になって急に押し付けてきた。蟻牧としても素手で戦うよりいくらか心強い気はするものの、正直上手く扱う自信は無かった。だが護身用に持っておいて損はないだろう。

 蟻牧はリュックを担ぎ、なるべく音を立てないように玄関ドアを閉めた。

 スマホ片手に西花公園へ向かう。

 仕事以外で外出するのは随分久々な気がした。

 ひと気のない夜道。路地の角から、街路樹の脇から、用水路の中から、不意に旧ミライ人が現れるような不安に駆られ、蟻牧は自然と小走りになる。人間に会いたかった。バチバチに加工の効いた顔写真でしか知らない、いちかの温もりに触れたかった。


 西花公園は砂場とブランコがあるだけの小さな公園だった。青白い外灯に照らされたブランコに、一人の少女が腰かけていた。所謂地雷系というのか、黒と白を基調としたフリルの多い派手なワンピース姿の小柄な少女だった。そう、少女。黒髪にツインテールの髪型のせいだけではない、明らかに幼さを残すその顔は、蟻牧の目にはどう見ても20歳とは思えなかった。

 「あなたが、いちか、さん……?」

 蟻牧はおずおずと少女に声をかけた。

 「そ。蟻牧くんね?来てくれると思ってた。」

 少女が蟻牧に隣のブランコに座るよう促した。渋々ブランコに座る蟻牧。

 蟻牧の訝しげな視線に気付き、少女―いちかがニヤリと笑う。

 「今、中学生かって思った?……よく言われる。」

 「はぁ」

 単に童顔なだけだろう、蟻牧はそう自分を納得させた。

 「蟻牧くんは、いちかと一緒に逃げてくれるんだよね?」

 いちかが蟻牧の目をじっと見つめ、問いかける。

 蟻牧は唾を飲み込み、頷いた。

 「……本当に?」

 「うん」

 いちかがブランコを下り、蟻牧に近寄る。

 蟻牧の耳元で、いちかが囁いた。

 「同意成立だね。」

 「っ!」

 蟻牧の首すじをいちかが甘噛みした。蟻牧の感覚神経を心地良い痺れが駆け巡る。

 蟻牧は驚いていちかを見上げた。

 いちかの口元が、黒く細長い管のような形状に変化していた。管の先端は蟻牧の首すじに深々と突き刺さっている。管の刺さった部分を中心に血が逆流するような感覚があった。否、体液を、血を吸い上げられている。

 「旧、ミライ人……!」

 蟻牧は管を引き抜こうと手を伸ばしたが、背後のいちかに跳ねのけられ、逆に両腕を抑え込まれてしまう。

 急速に血を吸われ、手足に力が入らない。溺れたように呼吸が苦しく、激しい動悸がする。

 「騙された……」

 そう思ったのを最後に、蟻牧の意識は途絶えた。

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