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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第八章:ゲームショップよ、死ぬがよい!
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第六十九話:業界異変

 梅雨の季節。

 多くのお店がそうであるように、ゲームショップもまたこの季節は連日のぐずついたお天気の影響で、お客様のご来店はいつもよりも少ない。

 客足が遠のくと、当然売上げにも響く。

 売上げが悪いと、経営も危うくなる。

 だからあまりこの時期は経営者のご機嫌もよろしくないはずなのだが……。

「さぁて、次は何が飛び出すのかしらねぇ?」

 ぱらいそ店長の晴笠美織はうっきうきな気分で、先ほどからこの数日のために設置した特別モニターに釘付けになっていた。

 店内のモニターはデモを流したり、試遊台だったりと、基本的にゲーム機やDVDプレイヤーなどと繋がっている。

 が、この特別モニターだけはパソコンと繋がっていた。

 何故なら

「いやぁ、やっぱりG3はテンション上がるわー」

 G3、それは遠く海外で開催される世界最大のゲームショウ。本来の名称はまた別にあるが、世界三大ハードメーカーが必ず参加するが故にファンの間ではG3と呼ばれている。

 そしてこのイベントのリアルタイムネット配信を店内で見るために、わざわざ美織はパソコンとモニターと、さらにはゆったりと最高のゲームショウを堪能すべく図々しくもソファまで最上階のスタッフフロアから運び込んでいた。

「てか、運んだのは司クンだけどね」

 営業中の店内では司は「つかさちゃん」になっているので、本来「司クン」は禁句だ。が、店内にいる数少ないお客さんたちもまたG3の配信動画に夢中でカウンターには目もくれないし、なにより「つかさちゃんが運んだ」ではなんとも違和感があるので、敢えて葵は「司クン」と呼んだ。

「まぁ、仕方ないですよ」

 とは言えどこかで聞き耳を立てている人がいるかもしれない、さすがに「男手は僕だけですし」とは続けられず、司は苦笑いで語尾を濁した。

「でも、なんであんな大きなソファを運ぶ必要があったのさ?」

「多分、アレをやりたかったからじゃないですかね」

 見るとモニターに群る集団の中央でソファに腰掛けた美織と数人のお客さんが、時折モニターに映し出される内容に握り拳を突き上げて歓喜している。その様子はネットで「リアクションガイズ」と呼ばれる有名な画像とそっくりだった。

「しょーもなっ! そんなことのために四人掛けのソファを運び込んだの?」

 大変だったでしょと気遣う葵に、司は「まぁ台車を使ったからラクチンでしたよ」と笑って受け答えするも、視線は美織たちから離れない。その目にはつまらないことの為に重労働をさせられた恨みつらみの炎がメラメラと燃え上がって……いるわけでもなく。

「あー、つかさちゃんも気になるなら見に行ってきたら?」

 僕もG3を見たい、めっちゃ見たいと語っていたので、葵もそう言わずにはいられなかった。

「え? いやいや、だってお仕事中ですし」

「大丈夫だって、とりわけ急いでやる仕事もないし、それにほらみんなだって」

 葵が店内スタッフを順に指差していく。

 美織は言うまでもなく、レンも対戦を一時中止してモニターの前に移動しているし、黛だって今は仕事の手を休めて、取り巻きの女の子とお茶している。奈保と一年生のふたりはお休みで、夏にハワイ旅行を予定している奈保が水着を買いに行くというので、ふたりも一緒について行った。

 よって今仕事をしているのは、買い取ったゲーム機を清掃しているつかさと、カウンター奥の事務室で問屋と注文の電話を交わしている久乃だけ。葵は店内ポップを描いているように見せかけて、実は夏のコミックライブ、通称コミラに出す予定のイラスト集のラフスケッチを描いていた。

「でも、ボクも見に行ったらカウンターは葵さんだけになっちゃうじゃないですか」

「問題ないない。それに手が必要になったらすぐに呼ぶから、今ぐらいはサボっちゃってもいいって」

 だから見に行ってきなさいってと葵は司の背を押す。

 そんな葵の好意を汲み取ってか、司は「それじゃあホント必要になったらいつでも呼んでくださいね」と言葉を残して、いそいそとモニターを見つめるみんなへと駆け寄っていった。

 仕事上仕方なく女の子の格好をしているが、中身はゲーム大好きな男の子。G3で公開される最新ゲームの数々に興味がないわけがない。実はさっきから歓声が上がる度、一体どんなゲームが発表されたんだろうとそわそわしていた。後でネットで調べてみるつもりだったが、出来ればみんなと一緒に感動を共有してみたい。それはきっととても楽しくて……。


「ええええええええええええええっっっ!?」

 

 ウキウキと自然と小走りになっていた司の足も、突然の大声に思わず止まってしまった。

 大声に驚いたのは他のみんなも一緒のようで、何事かと騒ぎを起こした中心人物に視線を集める。

 その先で美織がわなわなと身体を震わせていた。

「ふっざけんじゃないわよっ! なによそれ!?」

「ど、どうしたんですか、店長?」

「どうしたもなにもないわっ。これを見てみなさいよ!」

 はっとなって慌てて駆け寄った司に、美織が怒り心頭と手先を震わせて見つめていたモニターを指差す。

 画面にはメーカーの社長と思わしき人物が粛々と『ロングフィールド』シリーズ最新作の開発中止に至った経緯を説明していた。

「えー、そんなぁ。あのゲーム、開発中止になっちゃったんですか?」

「そうなのよ! 私、すっごい楽しみにしてたのにっ!」

 なんで? なんでなのよっと地団駄を踏む美織。

『ロングフィールド』はかれこれ十年以上シリーズが続いている人気ホラーゲームだ。ロングフィールドという地名のキャンプ地を訪れた若者たちが様々な怪奇現象に出会い、化け物に襲われながらも脱出を図るという内容で、シリーズを重ねる毎に少しずつ謎が解明していくこともあって熱狂的なファンも多い。

「なのに開発中止って、これまで解明されなかった謎はどうなるのよっ!?」

 美織の怒りももっともだ。

 画面の中でもシリーズの今後について質問が飛び交っているが「現在はまだお答えできる状況ではないが、このまま終わらせるつもりはない」というぼんやりとした返答に留まっている。

「あー、もう! 納得できないっ! メーカーの営業にどういうことなのか電話で聞いてくるわっ!」

 怒りが収まらず、美織はそんなことを言って席を立った。

 営業の人に問い合わせたところで納得出来る答えなんてもらえるわけがないのだが、それでも開発中止断固反対という主張をせずにはいられないのだろう。

 美織が小柄な体にもかかわらず、ずんずんという擬音が似合うような歩き方でカウンターへ向かう。


「えらいこっちゃああああああああああ!」


 すると今度は久乃が大慌てで事務室から飛び出てきた!

「えらいことになったでぇ、美織ちゃん!」

「そうなの! えらいこっちゃ、なのよ!」

「こんなの、うちらだけやない。ゲームショップ全体の危機やぁ」

「ショップだけじゃないわ。業界全体の危機よ!」

「なんとかせんと……」

「任せなさい、久乃」

 珍しく動揺が収まらない久乃を落ち着かせるように、美織がどんと自分の胸を叩いた。

「今からメーカーにクレームを入れるから。で、上の人に話をつないでもらって絶対『ロングフィールド』の開発中止を撤回させてみせるわ!」

「へ? 『ロングフィールド』?」

 自信満々に言ってのける美織だったが、久乃の反応は

「うち、そんなゲームの話はしとらんよ?」

 とても残念なものだった。

「そんなゲームとは何よ! いい、『ロングフィールド』ってゲームは」

「ああ、もうそれは後で聞くから、今はうちの話を聞いてやぁ。あんなぁさっき問屋の人から電話があったんやけど、この秋に出る『ドラモン』(人気ゲーム『ドラゴンモンスター』の略)シリーズ最新作の、うちの初回入荷数なんやけど……」

 そこまで口に出して、久乃は周りにスタッフだけでなくお客さんもいることに気付いて、言葉を詰まらせる。

「『ドラモン』の入荷数? なに、また初回出荷数を絞ってきたの、あのメーカー?」

 で、一体何本なのよ、と美織は気にせず答えるよう久乃に促す。

「それがな……」

 久乃がワナワナと震えながら右手を広げて見せた。

「五百本!? やるじゃない、久乃。それだけあれば充分よ!」

「いや、そうやのうて……」

「五百じゃないの? だったら五十? うーん、それだと今受け付けてる仮予約分もまかないきれないんじゃ……」

「そうでもないんや。これな、実は五本って言う意味」

「五本!?」

 ありえない数字に思わず美織は大声をあげた。

 美織だけじゃない。聞いていた司も、レンも、葵も、お客さんまでもがみんな信じられないとばかりに自分の耳を疑った。

 なんせ『ドラモン』と言えば、発売日初日どころか予約だけで軽くミリオンを超えるほどの超メジャー作品なのだ。それなのに初回入荷数が五本だなんて、普通ありえない。

「……ついに来ましたか」

 しかし、ただひとり、久乃の報告に驚きを見せない人物がいた。

「そろそろそういう流れを強く押し出してくる頃だろうとは思ってましたが」

 黛が例によってポーカーフェイスを決めて、そんなことを呟く。

「そういう流れってどういうことよ?」

 訝しげに尋ねる美織に、黛は冷徹な事実を告げた。

「簡単なことです。メーカーはパッケージ販売のこれまでの市場から、ダウンロード販売を主流とした方向へと本格的に転換させるつもりなのですよ」


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