第六十八話:杏樹がかずさに無理矢理ゲームをやらせてみた!
「もう、なんでこんなこと、私がやらなきゃいけないの……」
「ほら、かずさ。いつまでもグズグズ言ってないで腹を決めるです。そろそろ時間なのですよ」
「わ、分かってるって」
かずさは一度大きく深呼吸すると、きっと顔を引き締めて一メートルほど離れた机に置かれたWebカメラを見つめた。
「かずさ、表情が固いわよ。もっとにこやかに笑って」
「無理言わないでよー。緊張してるんだからー」
美織の指示にぶーたれる。
無理もない。カメラの向こう側では美織だけでなく、司や葵たち「ぱらいそ」スタッフの全員、さらには集まった多くのお客さんからも見つめられているのだ。
「まったくしょうがないですねぇ。そんな子にはこうしてやるです」
「え、ちょっと杏樹、何を……って、きゃははははは」
緊張をほぐしてやろうと、杏樹が突然後ろからかずさに抱きつくと横腹をくすぐり始めた。
「やめ、ちょっ、やめてー」
「ええんかー、ここがええんかー」
調子にのって服の裾から中に手を入れる杏樹。
ちらりと見えた白いおへそに、観客たちが沸く。
「きゃあああああ! もう、やめろって言ってるでしょーがっ!」
さすがにこれはやりすぎだ。かずさはえいやっと力を入れて杏樹を引き離すと、頭を両手でわしわしともみくちゃにしてやった。
「ああっ! なにをするですかっ、馬鹿かずさ!」
「それはこっちのセリフだ! みんなが見てるのに服の中に手を入れるなんて信じらんないっ!」
杏樹が慌てて髪の毛のセットを、かずさは乱れた服装を直す。
「ちょっと、ホントにもうそろそろ時間だよっ!」
葵がスマホの時計を見せながら、ふたりに準備を急かした。
「分かってるのですよー。かずさ、緊張はほぐれたですか?」
「おかげさまで! でも、もうちょっとやり方を考えてよ」
「キスの方がよかったですか?」
「アホかっ!?」
杏樹、かずさともに自然な笑顔が零れたところでちょうど時間になる。
ふたりは息をすぅと吸い込むと――
「杏樹が!」
「かずさに!」
「「無理矢理ゲームをやらせてみた! 第一回目―! はじまりはじまりー」」
みんなが見つめる中、Webカメラに向かって笑顔でタイトルコールをするのだった。
☆☆☆
「ゲーム実況をするわよっ!」
朝方までかかって何とか杏樹とかずさを仲直りさせたその日のミーティングで、美織は眠い目をこすりながらそんなことを言った。
「はぁ、それは別に構いませんが」
詳細に耳を傾けていた黛が頷きながらも、
「どうしてそれを営業中にやるのです?」
理解出来ませんという表情を隠しもせず尋ねた。
「そういうのは自分のプライベートでやるものだと思いますが?」
と言うかプライベートでやってください、仕事中は真面目に仕事をするべきですと暗に促す。
「馬鹿ねぇ。ゲーム実況は今や立派なお仕事になるのよ」
「それは知ってます。中には結構な金額を稼ぐ人気実況者もおられるそうですね。しかし」
「ああ、違う違う。そういう意味じゃなくて」
美織は黛の言葉を制すと
「私が言いたいのは『ゲーム実況は私たちの仕事のひとつだ』ってことなのよ」
胸を張ってなにやら語り始めた。
「ゲームショップの仕事ってのはゲームを売って利益をあげること。それは間違いないわ。でも、ただ商品を棚に並べているだけじゃないわよね。お客様に興味を持って買ってもらえるよう、デモを流したり、ポスターを貼ったり、時にはオススメポップなんかを作って目立たせたりしてる」
いわゆる店頭での販促活動と呼ばれるものだ。
他にも試遊台を設置したり、独自の購入特典なんかを用意する店舗もある。
「だけど今の時代、お店の中で頑張ってるだけではダメなの。もっとお店の外にもアピールしないと。例えばツイッター。例えばライン。そして」
「店員によるゲーム実況配信、ですか?」
「そう! ゲーム実況を見て興味を持ち購入する人が増えてきている今、ゲームショップで働く私たちもやるべきでしょ!」
「ぶっちゃけ、ツイッターとかもまだやってないのにねぇ」
葵が苦笑する。
「もちろん、そっちもやるわ。でも、変える時は大胆に変えないとダメなの。今更ツイッター始めました、ぐらいでは何のインパクトもないわ」
「なるほど、それは一理あるかも」
「でしょ? だけど、店内でゲーム実況始めました、は物珍しさもあって注目を集めると思うの」
世の中目立った者勝ち、美織の座右の銘だ。
「それにお店でゲーム実況をやることで、ネット通販の方にもちょっとは効果があると思うんです」
さらに美織の提案を司が後押しする。
司も美織同様寝ていない。でも、その目はやる気に満ちていた。
「なんや、司君もグルなん?」
「グルっていうか、店長のこのアイデアは面白いなって思うんですよ」
「まぁ、確かに面白そうではありますが」
当初は美織のアイデアを疑問視していた黛も、どうやらある程度評価はしてくれたようだ。
「ただ、ぱらいその仕事の一環としてゲーム実況をするとか、ネット通販にも多少の効果が見込めるという話からも、この活動は企業として行うということですよね? この手のことにはあまり詳しくはありませんが普通に考えて個人としてやるのと企業としてやるとでは、動画を公開するコストは変わってくると思いますが?」
いくら面白そうでも費用対効果的にはどうなのか?
現実主義な黛らしい意見だった。
「ああ、それなら大丈夫。お店で撮影しているだけで、あくまで配信は個人として行うって形にするから」
「では、先ほどのネット通販への効果って話は?」
「もちろん放送でネット通販のことには一切触れないわ。営業目的の放送と捉えられちゃうからね。もっともプレイするゲームはうちが通販に出しているタイトルだったりするけど」
「と言うことは、実況を見て興味を持ってくれた方がたまたまネットで購入しようと考え、偶然うちの通販を利用してくれたらいいなぁっていう願望にすぎないわけですね」
はぁと黛が呆れたように溜息をつく。
ネット通販の話を持ち出した司としては気まずい展開だ。
「カオル、あんたなら知ってるだろうけど、かつてテレビのバラエティ番組でゲームを使った対決とかをすると、翌日以降そのタイトルが馬鹿売れしたの」
すると今度は美織が司に助け船を出した。
この手の話では、某コメディアンと某歌手による落ち物ゲーム対決が有名だ。
またとある男性アイドルグループがドンカツと叩きまくる音ゲーを番組のコーナーで遊んだことで、専用コントローラがとんでもない品薄になったこともある。
「まぁ規模は全然違うけれど、これと似たようなことがネットでのゲーム実況でも起きてきているわ。だから私たちの実況を見て『面白そう。自分もやってみたい』と思ってくれる人をひとりでも多く作れば作るほど、うちのネット通販や直にお店で買ってくれる可能性も増える。そうじゃない?」
「否定はしません」
「だったらやってみる価値はあるでしょ?」
「そうですね」
案外容易く黛は折れた。
美織以外の皆が驚く中、黛は溜息混じりに言葉を続ける。
「そもそも私が反対したところで、あなたは勝手にやるつもりでしょう?」
「うん。てか、カオル、それぐらい分かっているんだから、無駄な反論はやめなさいよ」
「反論ではありません。お店にとって不利益になることがないか、確認を取ったまでです」
なお黛チェックでは今回の事案、特別不利益にはならないが、かと言って利益になるかどうかは微妙といったところだ。
「で、そのゲーム実況って誰がやるんだ?」
話が実行へと進んだのを受けて、レンが質問した。
「言っておくが俺はイヤだぞ。プレイはともかく、しゃべりは苦手だからな」
そしてすかさず予防線を張る。ライブの時といい、レンちゃん意外と小心者。
「あ、なっちゃん、おしゃべり大好きだからやってもいいよ? ゲームのことはよく分かんないけど」
奈保が意外なやる気を見せた。多分、あまり分かってない。
「それなんだけど、実はもう決まってるの。ねぇ、司?」
「あ、はい。実は昨夜のうちに説得して」
美織に振られて、司は徹夜疲れで今は自室で眠っているふたりの名前を挙げる。
「杏樹さんとかずさにやってもらおうと思ってます」
☆☆☆
「はい、ってことで始まったのです『杏樹がかずさに無理矢理ゲームをやらせてみた!』。記念すべき第一回目は私たちがバイトをしているゲームショップ・ぱらいそから生放送なのですよー」
杏樹がウェブカメラに手を伸ばして集まってくれたお客様の方へ向ける。
打ち合わせ通り、みんなが「盛り上がっているぜー」とばかりに声を張り上げた。
「なんと一回目なのにこんなに多くの人に集まってもらえました」
「ホント、みんな暇人ばかりなのですよー」
「ちょっと、杏樹! せっかく集まってくれたのにそんなこと言わない」
「いいのですよ、だって杏樹はそういうキャラですから。ねー、みんな?」
すかさずカメラを再び観客の方へ。
何人かの熱烈な杏樹ファンが「杏樹様サイコー」と手を振る。
「……まったく。あ、すみません、自己紹介が遅れました、私はかずさ、ゲームは得意だけどあんまりよく知らない高校一年生です。そしてさっきの口の悪いのが」
「同じく高校一年生、杏樹なのですよー。かずさと違ってゲームに詳しいのです。だからこの番組は杏樹がかずさにゲームをやらせながら、色々と教えてあげるって内容なのです」
まぁ、今更説明しなくてもタイトルから丸分かりだ。
視聴者からのコメントにも『タイトルまんまじゃねーかwww』と早速ツッコミが入る。
もっともコメントの多くは『JKキター』『ふたりとも可愛い』『なんでメイド服着てるんだ?』といった、ふたりへの関心の強さを示すものがほとんどだった。
「で、杏樹、今日は一体何のゲームをさせるつもり?」
「一回目なので迷ったのですが、あまり知られていない意外な名作ってことで、じゃじゃーん」
杏樹が机に伏せていたパッケージを持ち上げる。
「アイドルソフトさんの『アッサシーン』にしたのですっ!」
観客がどよめく。放送には遅延がある為、その数秒後、コメントにも『どうしてそれを選んだし』『攻めすぎだろ』とコメントの後に草《w》が生えまくった。
「えっと、名作って言う割にはなんかみんなの反応がビミョーなんだけど」
「それも当然なのです。なんせこれ、とある漫画のスピンオフ作品なのですが、元の漫画がのんびりとした学園日常モノなのに対して、これはタイトル通り暗殺者のゲームなのですよ」
なんでも影の薄いヒロインがその特徴を生かして暗殺者として活躍するのだとか。
「え、でも、その割にパッケージの絵柄はいわゆる萌え系で、全然それっぽくないけど?」
「それがこのゲームの凄いところなのです。原作に忠実な萌えーな絵柄でハードな暗殺者の活躍を描くというのですから、無謀というか、無茶というか、約束されたバカゲーというか」
「何一つ褒めてないじゃん!」
「だから原作ファンの、しかもほんの一部の人しか買ってないと思うのです。だけど実際にプレイしてみると『その暗殺者は優しく殺す』というキャッチコピーが存外に似合っていて驚くのですよー。てことで」
杏樹は早速やってみましょうとかずさにコントローラを手渡した。
「まずはチュートリアルを兼ねて日常モードをやってみるのです」
「えっと……『友達やクラスメイトたちに気付かれずに登校してみましょう』? なにこれ?」
「そのまんまの意味なのです。ほら、ゲームが始まりました。マップ上にある赤い点が知り合いやクラスメイトですから、それらと距離を取りつつ、周りの通学する子たちに紛れて学校を目指すのですよー」
さらには「周りと逆の方向に進んだり、時間に余裕があるのに走ったりといった目立つ行動は厳禁なのです」とか「知り合いに見つかりそうになったら、上手く他の通学者の影に隠れるといいです」とか「視点をやや下に、俯き加減に歩くと隠密ポイントが高まります」なんて指示が杏樹から飛ぶ。
「……あの、すっごい地味なんだけど」
言われるがままプレイするかずさの感想に同調するかのように、視聴者からも『地味すぐるwww』とコメントが画面に流れた。
「暗殺者とはそういうものなのです。ちなみに日常モードでは他にも『先生からの指名を避ける授業ミッション』とか『友達に悟れないよう部活中にお菓子を食べまくる食いしん坊ミッション』とかがあるのですよ」
「やっぱり地味だ!」
「さらにとある条件を達成すると麻雀部に勧誘され、誰にも振り込まないよう気配を消し、半荘でトップを取るという特殊ミッションが発生することも」
「それはなんか違う原作のような気がするっ!」
「まぁ、とにかくそんなこんなで日常モードで必要な隠密ポイントを貯めたら、いざ暗殺モードに入るのですよ」
杏樹の指示に従って△ボタンを押すと突如として画面が暗転し、「アッサシーン」の可愛い掛け声と共に主人公である新座アサが暗殺者の姿に変身した。
「あ、なんか某美少女戦士みたいな格好になった」
「アサちゃん、カワイイのです」
「てか、普段より暗殺者の時の方が目立ってるっておかしいよね?」
「そこはそれ。エンターテイメントとしては仕方のないことなのですよ」
それでも一応、日常モードで稼いだ隠密ポイントのおかげで、こんな格好をしていても周りからは認識されにくくなっているという設定になっていると言う。
「ちなみにさっき話した麻雀ミッションをこなしていると、この暗殺モードでは穿いてない状態にしてほしいとツイッターでメーカーの人に要望を出したことがあるです」
「……あんたねぇ」
「するとなんと驚きの人から返事をいただいたですよっ!」
「そんなくだらない要望に返事があったの!? で、その驚きの人って誰?」
「聞いて驚くなですよ。なんとあの生石以安さんからですっ!」
「……えーと、誰?」
かずさ同様、観客も無反応。
視聴者も同様かと思われたが……。
『えっ、まさか、あの生石以安!?』
『知ってるのか、雷電!?』
と、お約束のコメントがあった。
「その昔、まだ私たちが生まれる前の頃、ゲーム小説っていうのがあったのですよ」
「ノベルゲームのこと?」
「違うです。本でゲームをするのです。具体的には物語中に様々な選択肢があって、読者は選んだ選択肢に記されたページ数にジャンプして話を進めていくのです」
こう説明すると今のノベルゲームみたいですが、実際はRPGみたいなものが多かったのですよ、と杏樹。
「そのゲーム小説の巨匠が、かの生石以安先生なのですっ!」
代表作は『吹雪山の魔獣使い』『死のワナのデパ地下』など。
その生石氏がアイドルソフトの会長を勤めているのを杏樹は知っていたが、さすがに直に返信を貰えるとは思ってもいなかったと言う。
「で、返事はなんだって?」
「十八禁になるからそういう意見は止めて、って」
まぁ当たり前である。
「でも、お父さんが先生の大ファンで、杏樹も子供の頃に先生の著書を楽しませてもらいましたってリプしたら、なんと私のツイッターをフォローしてくれたですよ」
以安先生優しいですーと杏樹は両手で頬を挟むと嬉しそうに微笑んだ。
「杏樹、あんた、男嫌いなのにその先生はいいの?」
「尊敬する殿方は例外なのですー。」
ちなみにこの一連のやりとりで視聴者が盛り上がったのは生石氏のこと……ではなく、杏樹の男嫌いについてだった。
『杏樹タン、男嫌い?』
『ということは、もしかして?』
『杏樹ちゃん、実は百合キャラだった?』
「はい、杏樹は女の子大好きなのですよー。男はとっとと絶滅するがいいです」
ノートパソコンの画面に映る、視聴者からのメッセージに杏樹がにこやかに反応する。
遅延の数秒後、画面に『百合キャラ、キターーーーーー』のメッセージで埋まった。
「あ、私は違うからっ! 杏樹と違って私は普通だからねっ!」
そのあまりの反響に慌ててかずさは自分がノーマルだと主張する。
「そうなのです。かずさは重度のお兄ちゃん大好きっ子なのですよー」
そこへ杏樹がいらぬ言葉を。
数秒後、今度は『妹キャラもキターーーーーー』と画面がまたまた文字で埋め尽くされた。
『百合と妹キャラの実況、だと!?』
『やべぇぜ。オレたち今、伝説に立ち会ってる』
視聴者たちが妙な盛り上がりを見せる。
「……どうしよう、この人たちが何を言っているのか分からないよ、杏樹」
「世も末、なのです」
思わず溜息をつきたくなるふたりだった。
「まぁ、それはともかく、ゲームを進めよう、うん」
気を取り直してかずさはゲームの画面に向き直る。
「最初の暗殺ターゲットは主人公のアサちゃんが通う学校の校長先生なのです」
レーダーに居場所が表示されているから、まずは近くまで移動するのですとの指示にかずさが速やかにキャラを操作する。
しばらくして禿頭の校長先生を発見。
「ここからはターゲットに見つからないよう、慎重に後を付けるのです」
「なるほど。人目があるところでは殺れないもんね」
かずさが物騒なことを言いながらも、辛抱強く校長の後を追う。
職員室、宿直室、花壇、校門。どこも生徒や教師で溢れかえっていたが……。
「あ、校長室に入っていったよ」
ついにチャンスが訪れた。
ここならば誰にも知られることなくターゲットを抹殺できるだろう。
「ではかずさ、近くのエアダクトに潜り込んで、校長室の中の様子を伺ってください」
「おおっ、某ステルスゲームみたいだねっ」
辺りを見回してエアダクトを見つけると、するするとアサちゃんが中に潜り込み、画面はダクト内部を移動する一人称視点に変わった。
「えっと、多分こっちに進めば……あ、校長がいた!」
通風孔から見える部屋の内部に、校長の姿を発見した。
「よし、後は銃か何かで攻撃すればミッションコンプリートだねっ!」
ところで銃はどのボタンを押せばいいのかなとの問い掛けに、杏樹が□ボタンを押すよう答える。
「おっけー。では□ボタンを押してターゲットを……って、あれぇ?」
殺る気まんまんでボタンを押したかずさだったが、思ってもいなかったゲームの反応に戸惑う。
「ちょっと杏樹、なんかスコープ画面みたいになったけど?」
通風孔から内部を確認しているとは言え、ターゲットの距離はさほど遠くない。これならばライフルではなく、普通の拳銃で攻撃出来る距離だ。
「スコープじゃないのです。それはビデオカメラを構えた画面なのですよ」
「ビデオカメラ? なんで?」
「これで校長の秘密を録画するです。ほら、そろそろ決定的瞬間が撮れるですよ」
言われて画面を確かめると、ターゲットがなにやらディスクを取り出して部屋の大型テレビに映し出すところだった。
「な? なーーーーーーーーーーーっ!?」
再生された画像に驚愕するかずさ。思わずコントローラを落としそうになる。
そこへすかさず杏樹が手を添え、コントローラを支えると共に〇ボタンをぽちり。
「ちょ、信じらんない、学校であんないかがわしいDVDを見るなんて!」
「聖職者にあるまじき行為ですねー」
「殺そう、今すぐぶち殺そう」
「だから今やってるのですよー」
と杏樹は言うものの、別段ゲーム上では何の変化もない。
敢えて言うならば校長の鼻息がどんどん荒くなっていくのが聞こえるばかりだ(とてもキモい)。
「ちょっと杏樹、なにが「今やってる」なのよ! 早くこいつを始末して」
「ん、これでバッチリなのですよ」
再び杏樹がかずさの持つコントローラの〇ボタンに手を伸ばす。
すると突然画面に『ミッションコンプリート』の文字が躍った。
「はぁ? なんで?」
先ほど以上に驚くかずさの前で、画面は一度暗転する。そしてこれまた唐突に『呆れた! 有名私立中学の校長が校内で堂々AV鑑賞!』と勢いよく筆を動かしたようなフォントで書かれた文字が画面いっぱいに映し出されたかと思うと、先ほど目撃した様子を撮影した動画や、釈明会見で記者たちにこてんぱんにされる校長先生の姿が流れ、最後に暗殺者の姿をしたアサちゃんが「またつまらぬものを撮ってしまった」と可愛らしい声でなにやら渋いセリフを吐き、『社会的抹殺完了』という言葉で締めくくられた。
「え? どういうこと?」
「だから言ったじゃないですかー。このゲームのキャッチコピー『その暗殺者は優しく殺す』って言葉通りの内容だって」
「そういう意味での暗殺者なの!? てか、普通に殺すよりもずっとエゲつないよ、全然優しくないよっ、これ!」
かずさはげんなりした。
ちなみに世間一般の反応もかずさと同じで、この最初の暗殺ミッションでクソゲーと判断、早期処分(つまりは買取)に走った者も少なくない。
「まぁまぁ、萌えキャラのアサちゃんがホントに人殺しとかしたら、そっちの方が問題じゃないですか。だからこれはこれでいいのです」
「それはそうかもしれないけど、だったら無理矢理暗殺ゲーにしなくてもいいんじゃない?」
「新しい暗殺者像を描いたのですよー。それに最初の方こそこんなミッションですが、組織に信頼されるともっと大きな仕事ももらえるのです」
「たとえば?」
「そうですねー。たとえば人気タレントとロック歌手の不倫を暴いて失墜させたり、都知事の呆れた税金の無駄使いをスクープして辞任に追い込んだりもしますよ」
「ちょっ!? なにそれ、組織ってもしかして〇春?」
「さらに後半にもなるとですね」
かずさが予め美織が進めておいたデータをロードする。
すると画面にはFPSさながらなリアルな戦場が映し出された。
「うわっ!? 中東あたりのリアルなグラフィックと美少女戦士みたいな格好をしたアサちゃんのギャップがスゴい!」
「どうです、シュールでしょう? ここではアサちゃんがテロリストのアジトへと潜入、ボスの居所を見つけ出して連合軍に連絡するというミッションなのですよ」
さらにさらに、隠された真の最終ミッションは伝説の暗殺者の過去を探るという内容で、アサちゃんとゴルゴダの丘で十三番目の男が直接対決するクライマックスは想像を絶するクオリティだと言う。
「正直そこまでやりこんだゲーマーはそういないと思うのです。このゲーム、序盤の『これはギャグでやっているのか?』って内容ばかり知られていますが、ミッションの種類も豊富ですし、なによりどんどんエスカレートしていく様子は一見の価値アリなのです!」
文句を言っていたかずさがテロリストのアジトでのスニーキングミッションに夢中になる中、杏樹は「だからみんなも『アッサシーン』をやるといいですよー」とにっこり笑ってみせるのだった。
「どうだったですか、『杏樹がかずさに無理矢理ゲームをやらせてみた』第一回、楽しんでいただけたですかー?」
「うん、とっても楽しかった」
「それはよかったのです。でも、杏樹はかずさではなく、視聴者や集まってくれた皆さんに訊いたのですよー」
観客席から拍手、視聴者からも好評だったようで『次回の放送も必ず見る』といったメッセージも見えた。
「ありがとうございます。次回はまだ未定ですが、準備が整ったらツイッターでお知らせしますのでフォローお願いします」
「アカウントは@gamepapaisoなのです。ゲームショップ・ぱらいそのお得情報もツイートしているので、どうか皆さん見て欲しいのですよー」
それではと、ふたりはとびきりの笑顔でカメラを正視する。
「「またお会いしましょう! 今日は見ていただいてありがとうございましたー」」
「かんぱーい!」
その日の夜、一回目放送の打ち上げとなった夕食はいつもより賑やかだった。
「かずさちゃん、お疲れ様っ!」
葵が対面に座るかずさとジュースがなみなみと注がれたグラスをカチリと合わせる。
「お疲れ様でしたっ! あの、私、変じゃなかったですか?」
「ぜんぜん! そりゃあ放送始まる前まではガチガチだったけど、いざ始まったら堂々としたものだったよ。まるでタレントさんみたいだった」
「それは褒めすぎですよぅ。ね、おにぃはどう思った? かずさ、ちゃんとやれてたかな?」
「うん、完璧だったよ」
司は隣りに座るかずさの頭を優しく撫でる。
「えへへ」
褒められて嬉しそうに司に寄りかかるかずさ。実に重度のブラコンだった。
「杏樹もお疲れ様だったな」
「どもなのですー」
一方、もうひとりの主役である杏樹もまた幸せの絶頂にいた。
レンの労いにハイテンションで答えながら、自分の膝の上に乗せた美織のために一口サイズのから揚げにフォークを突き刺す。
「はい、おねーさま、あーんしてください」
「だーかーら、子ども扱いすんなって言ってんのよ!」
文句を言いながらもぱくっと目の前のから揚げに喰らいつく美織。
「次はなにが食べたいですかー?」
「あのねぇ、別にあんたに取ってもらわなくても自分でやれるわよ」
「ダメなのですよー。お姉さまのお世話は妹の仕事と決まっているのです」
自分に嬉々として奉仕する杏樹に、美織はあんな約束をするんじゃなかったとちょっと後悔するのだった。
あの日の夜、かずさと杏樹の仲を取り持つ為に司と美織はある取り決めを交わした。
それは司と杏樹の姉妹関係について。
杏樹は司を妹として四六時中扱うのを希望したが、かずさは断としてそれを認めない。
逆にかずさの希望はふたりの関係そのものの解消だった。
そんなふたりへの折衷案として美織が提案したのが、司と杏樹はぱらいそ店内においてのみ姉妹関係を結ぶというものだ。
折り合いをつけるには妥当なところだろう。
が。
「イヤなのですよー。杏樹は一歩も引くつもりはないのですー」
「私だって! おにぃはかずさのものなんだからっ!」
と、お互いに譲らない。
せっかくゲームで仲良くなったと思ったのにこれではまた話は振り出しに戻ってしまったと司は頭を抱えそうになり、美織は苦虫を噛むように顔を顰めた。
しかし、それは正しくなかった。
確かに杏樹とかずさは司を巡って対立はしていたが、同時にお互いの利益の為に手を組むほどまでに仲良くもなっていたのだ。
「でも、ある条件を飲んでくれたら、さっきの提案を受け入れてもいいのです」
「そう、私もある条件を聞いてくれたら、おにぃたちの言うこともきいてあげる」
「条件?」
「なんだろう?」
顔を見合わせる美織と司に、ふたりはそれぞれ要望を突き出す。
「つかさと姉妹関係にない時は、代わりに美織お姉さまとラブラブな時間を過ごしたいですー」
「杏樹との姉妹関係を認める代わりに、月に一度はかずさとデートしてよ、おにぃ。あ、もちろん、デート費用は全部おにぃ持ちね」
かくしてふたりの説得は個別交渉へと舞台を移し、司は早々に全面受け入れで降伏。
美織は粘りを見せてなんとか杏樹が何か褒められることをした時だけ、自分を愛でることを許すというところまで持っていった。
「おにぃ。かずさ、最初のデートはここに行きたいなぁ」
「えーと……あの、かずさ、これ僕が考えていた予算を軽く倍ぐらい超えているんだけど……」
「最初だからいいじゃん! ねー、行こうよー、せっかく東京に来たんだしさー。こういうオシャレなところに行ってみたいよー」
リビングの絨毯に座る司の背に覆いかぶりながら、床に広げたガイドブックを指差してかずさは駄々をこねる。
一方、お風呂場では
「お姉さま、お背中お流しするのですよー」
「ちょっ! そんなことしなくていいから。てか、入ってくるな、杏樹!」
「いえいえ、お姉さまの身体を隅々まで清めるのは妹の大事なお仕事ですからー」
美織がまさに貞操の危機に直面していた。
そんな光景を前にしながら
「なんだろ、今年の一年生ってふたりともパワフルってゆーか」
「オレたち、巻き込まれなくてよかったな」
葵とレンがくわばらくわばらと唱える。
そのふたりの横で奈保が「なんまんだぶなんまんだぶ」とお経を読み上げるのは何か勘違いをしてのことだが、あながち間違いとも言えなかった。
こうして更なる新戦力を加えたぱらいそは、またひとつゲームショップとしてレベルアップを果たした。
しかしその反面、全国のどこかで今日もゲームショップが一軒、また一軒と閉店に追い込まれていく。
これも時の流れと言えば、それまでかもしれない。
街のゲームショップが必要とされた時代はもう終わったのかもしれない。
その流れにぱらいそも飲み込まれてしまうのか。
それとも流れに逆らい続けるのか。
ぱらいそ、激動となる二年目の幕が今開く――。




