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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第一章:きゃっち・ざ・はーと!
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第五話:これよりスニーキングミッションを開始する

 新規オープンの競合店は、お店から自転車で十分ばかりの場所にあった。

 駅からは少し離れているものの、車がひっきりなしに通る国道に面した巨大店舗。駐車場だって充分な広さが用意されている。

 その駐車場の片隅、特別設置されたスペースに、開店を待つお客様の行列があった。

 開店まで六時間以上あるのに、すでに結構なお客様が集まっている。それぞれブルーシートを広げたり、寝袋を持ち込んだりして、じっと開店までの時間を耐え忍んでいた。都内とはいえ、都会とはとても言い難いこのあたりでは珍しい光景だ。

 そんな行列を眺めながら、司はひとつ大きく息を吐く。

 大した距離ではなかったものの、心が命ずるがままに大急ぎでペダルを漕いだ。熱い体から吐き出される体温が湯気となって白く宙を舞う。その湯気が自分の姿を上手く隠してくれたりしないかななんて、これからやることを考えると、ちょっと弱気なことを考えてしまう。

 が、

「よし! やろう!」

 弱気になりそうな心を奮い立たせて、司は行列に向かって歩き出した。



「お、なんだ、司も来たのか?」

 行列の先頭からチラシを配り始めて間もなく、司はバイト先の先輩たちと出会った。七名の大所帯。呆れたことに司とお店唯一の女の子を除く、全てのバイト店員がそれぞれ防寒具をしっかりと着込んで、携帯ゲームで共闘プレイに興じながら列に並んでいた。

「いえ、違うんです。その、ボクはチラシを……」

 本来なら自店舗の店員にチラシを配る必要はない。

 が、司が美織に先輩たちの行動を話すと、彼女は笑って『ぱらいそ』の関係者にも配るように指示を出していた。

 よくよく考えれば早速明日、いや、正確にはもう今日の開店から有効となるチラシだ。内容を店員が確認するには、こうして他のお客様同様に配ってしまうのが手っ取り早いもんなと司は理解した。

「は? チラシ? なんだそれ?」

「えっと、閉店作業をしていたら店長代理の方が来られて……」

「店長代理!?」

 先輩たちがついに来るべき者が来たと言わんばかりの反応を見せる。

「おい、店長代理ってどんな人だった?」

「いきなりチラシを作ってくるって、やる気満々じゃん。ヤダなぁ、俺、あの店のユルいところが好きだったのに」

「面倒なこと、やんなきゃいいのになぁ」

 後ろ向きな発言が目立つ中、司は簡単に美織のことを話す。

 すると。

「おおっ! JK店長キターーーーーーーーーー!」

「店長代理って言うからどんなのが来るかと心配してたけど、これ、楽しみがまた増えたなぁ」

「さすがは俺たちの天国ぱらいそだぜい!」

 俄かに高まった緊張感が解消されたからだろう。先輩たちがワッと沸くのを、司は複雑な気持ちで見守る。

 美織が――そうは見えないほど小柄ではあるけれども――女子高校生なのは間違いないだろう。けれど彼女は、先輩たちが想像するような扱いやすい人間ではないと思う。実際、

「さてさて、ではJK店長の初仕事を拝見させていただきましょうか」

 司から手渡されたチラシをマジマジと覗き込む先輩たちだが、最初は一様におやっという表情を浮かべたかと思うと、すぐにみんな驚愕して先ほど以上の大声を上げた。

「うっわ、何考えてんだよ、JK店長」

「ライバル店に負けたくないのは分かるけどさぁ。こんなのテンバイヤーが殺到するだけじゃねーか」

「つまらん仕事増やして忙しくなるの、マジ勘弁だよなぁ」

 まさに非難轟々。先輩たちの中でも一番長い職歴を誇る、アルバイトリーダーのフリーターも難色を示し

「ダメだ、これ。ライバル店を意識するあまり自滅するパターンだわ」

 と一刀両断した。

 誰もがダメだダメだを連呼し、しまいには「これだから世間知らずのJKは」とか「オーナーの孫娘ってだけで何か実績があるわけでもないんだから、大人しくしておいてほしいよなぁ、まったく」と美織を非難し始める。

 JK店長キターと喜んでいた彼らの姿は既に無かった。おそらく当初思い描いた楽観的な考えも多少は修正されただろう。

 ただ、きっとそれぐらいでは済まないだろうという予感が司にはあった。

 わずかな時間ではあったが、美織の性格はよく分かった。

 その美織が「お店を変える」と言っているのだ。

 間違いなく『ぱらいそ』に嵐が吹き荒れる。

 何もかもを巻き込み、吹き飛ばす、大型の嵐が。

 でも、その後は雲ひとつない、どこまでも澄み切った青空が訪れるだろう。

 司は青空が見たかった。

 いまだ美織のチラシに文句たらたらの先輩たちと違い、生まれ変わる『ぱらいそ』に司はワクワクするものを感じていた。



 行列は開店間近にもなると、徹夜組の倍ほどの人数に膨れ上がっていた。

 司は相手スタッフに怪しまれないよう、時に行列に並んだりしながら上手くチラシを配ることが出来た。

 どうして他店のチラシを配られるのかと訝しむ人もいたが、多くは内容に興味を持ってくれたようだ。本当にこの値段で買い取ってくれるのかと訊いてくる人に、司は何度も頷いた。

 全ての人が特価のゲーム目当てというわけではないだろう。が、お買い得商品がさらに利益を生み出すお宝へとレベルアップしたことでますます人々の熱気高まる中、ついにライバル店が開店した。

「危ないから押さないでください!」

「充分な数を用意しております。慌てず、ゆっくりご入店ください!」

 店員が必死に制御しようとするも空しく、すごい勢いで人が店内に雪崩れ込んでいく。

 それでもさすがは大型店舗だ。集まった大勢のお客様をあっという間に飲み込む。司は最後尾に並んでいたものの、意外と入店までそれほど時間はかからなかった。

 そして意外、というか驚いたことがもうひとつ。

 特価商品が想像以上に用意されていたのだ。

 司は自分が入店する頃にはとっくに全滅しているだろうなと思っていた。

 中には手に入らなくて店員に詰め寄る人もいるかもしれない。そこで例のチラシを出すようものなら、早々に離脱することも考えていた。

 ところがレジ待ちの行列や、店内を見て回る人たちの多くが手にしているにもかかわらず、まだ特価の陳列棚にはそこそこ商品が残っている。お一人様一本までという制限がかかっているものの、あれだけの行列で、これだけの人が購入予定で、それでいてまだ在庫があるということはつまり……。

 司の表情が一瞬にして青ざめた。



 よろけるようにして店の外へ出て、距離をしっかり取ってから携帯を取り出す。

「はい! お電話ありがとうございます! ゲームショップぱらいそ・店長の晴笠です!」

「あ、店長……」

「あ? なんだ、あんたか。初めての電話対応だったから張り切ったのに損したじゃない。……で、なに? なんでそんな暗い声をしてるのよ?」

「それが……」

 司は店内で見たことを伝える。

「ふーん、さすがは全国規模のチェーン店。余っていた在庫を日本中の系列店から集めたんでしょ、きっと」

 美織はさほど驚く様子もない。

「いや、そうじゃなくて! 店長、このままだと凄い数のお客様が買い取りに来ちゃいますよぅ」

 司はもう泣きそうだった。

 司の予想では、せいぜい用意されて一タイトル三十本程度だった。なのに実際はその何倍ものの数が用意されていたのだ。これを全て赤字確定の値段で買い取るとなると……一体どれだけの損出になるのか、司にはもう見当がつかなかった。

「うん。いいことじゃない。それだけ多くのお客様がこちらに流れてくれるんだから」

 しかし、美織はこともなく言い放つ。

「チラシはまだ残ってるわよね? だったら、これから来店するお客様にも配りなさい。そうね、駐車場で車から降りてくるところを狙うといいわ。これならお店のスタッフにも目を付けられにくいでしょう」

 特価商品がなくなるまでチラシ配布は続行ということでよろしくと、司が何か言い返す前に美織はさっさと電話を切ってしまった。

 予想外の連続に、呆然とする司。

 美織のアイデアは外道ではあるものの、効果的だと思っていた。

 が、規模がこれだけ大きくなると、話は違ってくる。ただでさえ経営が苦しい『ぱらいそ』だ。美織のアイデアが起死回生どころか致命傷になってもおかしくはない。

 それでも美織は作戦続行だと言い張る。勝機は本当にあるんだろうか?



 悩む司の横を、買い物を終えたばかりの客が通り過ぎていく。

 右手には買ったばかりの商品。そして左手には司が配った買取チラシを持って……。



(そうだよね。もう後には引けないんだ)

 同じようなお客様が次から次へとお店から出てくる様子に、司は腹をくくる。

 今は悩む時じゃない。信じて進むべき時なんだ、と。

 司は自分に言い聞かせる。

 美織を信じて行動に出たんだ。

 だったら最後まで美織を信じよう。


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