第六話:捕まってしまうとは情けない
駐車場でのチラシ配りはなかなかにハードだった。
車の往来に注意しつつ、新たに来店されたお客様に猛然とダッシュ。
息は切れるし、三月と言えどもあっという間に汗だくにもなる。
ほとんど苦行だ。
「ゲームショップ・ぱらいそと言います。よろしくお願いしますー」
だけど、司は笑顔でチラシを配り続ける。
根が真面目な上に、集中すると疲れも忘れてしまうタイプだった。
後にこの時チラシを貰った人が話すところによると、広い駐車場を懸命に走り回る坊主頭の司の姿は、古き良き時代の新聞配達少年的な勤勉さがあって感動的だったと言う。
もっともチラシの内容を見て驚き「こんなのを配っていて大丈夫かなぁ」と思っていたら案の定、
「おい、お前、ちょっと事務所に来てもらおうか」
と店員に取り押さえられるのは仕方がない流れだとも思ったそうな。
屈強な店員に捕まり、連れて来られたスタッフルーム。待っていたのは二人の人物だった。
「他店の駐車場で、こんなもの(チラシ)を配るなんて……」
チラシを片手に呆れたような口ぶりながらも、決して笑ってはいない眼に睨まれて、司は震え上がる。
ひとりは髪をきっちりと短めに揃え、高そうなブランド物のスーツを細身の体に纏い、ノンフレームの眼鏡の奥から切れ長の眼を光らせる、いかにも切れ者な感じの人だった。
「まったく、なんなんだよ!? こっちはオープン初日で忙しいってのに!」
もうひとりは日焼けした健康的な体も逞しい体育会系の男だ。こちらはお店の制服に袖を通している。せっかくのオープンを邪魔されたという苛立たしさを隠す気などさらさらないらしく、司は怖くて顔を向けることすら出来ない。
「円藤店長……」
「なんスか?」
どうやら制服の男は円藤という名前で、店長らしい。スーツの男に呼ばれ視線を司から逸らした。
「本来ならこの手のトラブルは私の管轄です。が、それでもあなたを呼んだのは、この子が配っていたチラシをどう見るか、意見を聞きたいと思いましてね」
差し出されたチラシを手に取り、円藤はしばらく視線を走らせる。しかしやがて大笑いして
「なんだこりゃあ? お前んところ、そんなに早く潰してほしいのかよ!?」
と司を嘲り嗤った。
「うちの販売価格より高く買い取って、幾らで出すつもりだ? てか、このあたりではもうまともな値段では売れねぇよ、こいつは。なんせ今回、うちは大量に用意したからなぁ!」
円藤が両手を広げる。と思うと、その両手を持ち上げて、
「そいつをバカみたいな値段で抱えて、そのまま底深くに沈みやがれ、バーカ!」
司の頭に何かを投げ捨てるようなモーションを取って、罵りの言葉を浴びせかけた。
本来ならこんな仕打ちを受けては、気の弱い司なんてますます萎縮するばかりだっただろう。
ところが司は円藤の粗暴な言動に、ただただ驚くだけだった。
(あ、この人、チラシの目的を分かっていないんだ)
と。
かく言う司だって、美織に説明されるまで真意が分からなかった。でも、そこはそれ、年齢的にも経験的にも仕方がないところもある。だけど仮にも大手複合店の店長を勤める人までもが分からないとは……。それだけ美織のアイデアが突飛すぎるのか。それとも円藤の頭が足りないのか。どちらとも司には判断できない。
ただ、こちらが自爆するだけのチラシだと思うのなら、案外簡単に解放してもらえるかもと淡い期待を抱――
「……ふぅ、忙しいところをありがとうございました、円藤店長。もう売り場に戻ってくださって結構です」
流石にそう上手くは行きそうになかった。
どうやらスーツの方は円藤と違い、チラシの意味をしっかりと理解していたようだ。
おまけに司がわずかに体の緊張を解いたのも見逃さなかった。場の緊張感を保つ為にも素っ気無い態度で円藤を退場させようとする。
「いいえ、どうってことないっスよー」
が、円藤はそんな考えになんて気付く様子もない。
どうやら本気に脳筋な男らしい……。
「しかし、黛マネージャーもいい迷惑ッスね。これからこいつを警察に突き出すんスか?」
そんな円藤だが、偶然役に立つこともあるようだ。
覚悟はしていたものの、それでも『警察』って言葉が出てきて、司は傍から見ても分かるぐらいに体をビクンと震わせて反応した。
「……まぁ、そうですね、こんなエゲツないことをしてくれたのですから、今すぐ警察に突き出してやりたいところです。が」
思わぬ円藤のキラーパスに、スーツの人物・黛は苦笑しつつ会話の流れに乗る。
「『ぱらいそ』さん次第といったところでしょうか。例えばこちらの抗議に誠意ある対応をして貰えるのならば、話を大きくする必要もないでしょう」
誠意ある対応? 司はびくびくしながらも、一体どんな対応だろうと黛を見上げる。
「そう、例えば『チラシの値段は記載ミスでした。その値段では買い取りできません』と店頭に張り紙をしてもらえれば、ね」
ノンフレームの奥に隠れる切れ長の眼が妖しく光った。




