第三十八話:決着、そして……伝説へ?
運命の最終ラウンドが始まった。
対戦前の勢いのままレンが突っ込むのかと思いきや、意外と冷静にキャラの動きを掴むよう様々な動きを試している。
美織もそんなレンの邪魔をするような無粋なことはせず、しばらくはレンの準備体操を大人しく見守っている。
「うん、いつもよりいい感じだ。さすがだな」
「そりゃよかった。じゃあまずはこちらから行かしてもらうわよ」
レンの準備が整ったのを見て、すすーっと美織が操作するマリアを前進させる。そして
「テストしてあげるわ」
すかさず攻撃を開始する。
まずはしゃがみの弱キック。様子見の、しかもギリギリ当たらない場所からの攻撃で、レンの対応を確かめる。
レンはまるで対岸の火事のように身動きひとつしない。
「一撃喰らったら終わりなのよ? 分かってる?」
「分かってるよ。それよりそっちこそ、そんな遠くから当たりもしない攻撃をやめてくんねぇかな。くだらねぇテストなんて欠伸がでるぜ」
極限の体力状態にも、レンに動揺はまるでなかった。むしろいつもより程よい緊張が、神業とも言える見切りをさらに完璧なものとしていた。
「じゃあ、本番行くわよ?」
しゃがみ弱キックの連打から素早く立ち上がっての弱パンチ。こちらはしゃがみ弱キックとは異なり、ぎりぎり当たる距離だ。
美織の放った弱パンチがレンのマリアにヒットすると思った刹那、画面に稲妻のエフェクトが走る。
レンのカウンターブロック(CB)が発動したのだ。
すかさず逆襲の弱パンチを入れるレン。
美織の無駄のない最速のガードも間に合わない。よろける相手に、レンのワンターン・キルへの挑戦が始まった。
流れるような連続のワンツーパンチからのアッパー。宙へ浮かした相手への怒涛の空中コンボ。まるで美織が操作しているかのように、先ほど見たものをレンが正確に再現していく。
コンマ一秒でも遅れば繋がらないコンボの連続。美織はこれをひたすら練習する事で体に覚えさせた。それでも成功率は三割にも満たない。
にもかかわらず、レンは三度見ただけでここまでモノにしていた。それを可能にしているのは圧倒的な反射神経と、恐るべき集中力。まるで自分の神経を直接プログラムにコネクトさせたかのような感覚は、実のところはレンも初めてのことだった。
レバーを操る左手が悲鳴をあげている。
ボタンを押す右手が、自分でも目で追えない。
頭がチリチリと痛かった。
それでも!
「おりゃあああああああああああああああああああああっっっっっ!」
レンは吠えた。自分の体の訴えを全て棄却するかのように、捻じ伏せるように叫んだ。
「さすがだわ。でも、最後の『天降ろし』へのつなぎは激ムズよ。あんたに出来るかしらね?」
湧き上がるギャラリーの歓声に紛れて、美織のそんな言葉が聞こえたような気がした。
気のせいかもしれない。でも、そんなのどうでもよかった。
必ず成し遂げる。
激ムズだろうが、そんなの関係ない。
「いきやがれぇぇぇぇぇぇぇ!」
自分の神経から煙が噴出すような錯覚を覚えながら、レンは自分の操作するマリアが、美織のマリアの顎を捕まえ、天高く舞い上がるのを見つめていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!」
ギャラリーの歓声はもはや咆哮に近かった。なんせ奇跡を一日に二度、しかも今度はホンモノのワンターン・キル。叫ぶなというのも無茶な話だろう。
「店長もスゲェが、あのレンって子、マジすげぇ。見ただけで完璧に再現してみせやがった」
「ああ、いいものを見せてもらったぜ」
「でも、これで店長の負け確定……ぱらいその買取キャンペーンも出来なくなるのか」
「それはそうだけど、でも、これは仕方がないだろう」
さすがの美織でも、自分が練習に練習を重ねたワンターン・キルを数回見ただけで完全に真似されるとは思ってもいなかったのだろう。美織はやるべきことを完璧にやり遂げた。その上での敗北はもはや仕方がないと言わざるを得ない。
人間、万事を尽くしても駄目な時はある。だけど、そんな時は案外スッキリと納得できたりするものだ。美織とて人間、案外ここまで見事に再現されると素直に敗北を認めるだろう、と九尾がチラリと美織を覗き見た。
美織はいつもと何ら変わらなかった。
普段と全く変わらず、地面に叩きつけられる自分のキャラを不敵な笑顔を浮かべながら見つめ
「あのさぁ」
勝利を確信したレンと円藤、さらに歴史が作られたところを見た気分に浸るギャラリーたちに告げた。
「これがワンターン・キルだって、私、一言も言ってないわよ?」
そしてわずか一ドット分の体力を残して、むくりと起き上がった美織のマリアが、天降ろしの事後ポーズを決めるレンのマリアに弱パンチを当てる。
「えええええええええええっっっ!?」
あまりの展開で驚きを禁じえない皆を前に、モニターに映し出されるのは「2Player Win」の文字。
「はい、私の勝ち。てなわけで買取キャンペーンは継続するから。それにレン」
美織は立ち上がると、いまだ呆然とするレンに手を差し伸べた。
「あんた、うちで働きなさい。お金が必要なのって、今、住むところがないからでしょ? うちのバイトは『豪華住居完備で三食昼寝付き』だから、あんたの住むところなんて今日から提供できるわ」
それに、と美織はふたりの熱戦の舞台となった筐体を見つめて付け加える。
「この筐体の運用をあんたに任せる! 今日の対戦を見て、日本中から強敵がうちの店にやってくるわ。あんたが相手してやりなさい」
ぽかんと差し出された手を見つめるレンに、美織は「ほら」とばかりに顎を振る。
そちらの方にビデオカメラを構えた奈保が立っていた。
おそらくは後で今回の様子をネットに流すつもりなのだろう。
用意周到なことに、レンは呆れるのを通り越して笑いがこみあげて来た。
騙された、という気持ちがないと言えばウソになる。
だけど美織が言うように、アレがワンターン・キルだと美織は一言も言わなかった。自分が勝手にそう思いこんだだけだ。おそらくはそれも美織の作戦、全ては彼女の掌で踊らされていた。
にもかかわらず、レンは爽快な気分だった。
レンを倒すためにいくつもの罠を張り巡らせ、しかも幾らするのか知らないけど、きっと高価な筐体まで用意する。そんな美織に興味を持った。
「オレ、まともなバイトなんてしたことないぞ?」
「大丈夫よ」
美織がおかしそうに笑った。
「私もしたことないもの。だけど、店長としてやっていけてるんだもん。あんただって出来るわよ」
強引にレンの手を握り締める。
レンは思わずぷっと吹き出した。




