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夢現の旅人  作者: 黒影翼
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第4話・心覗く者として

※稔視点です




第4話・心覗く者として




通学中も姫野の友人らしい須佐の言動に呆れていたが、教室に入ると私はまた呆れる羽目になっていた。

基本的に誰も前に行きたがらないせいか、特に希望も無く割と前方にされた私の席。その机に、落書きがされていた。ペンで書かれたらしい相合傘に、私と姫野の名前が書いてある。

目立つ変人扱いをされている姫野と、物騒と敬遠されている私が一緒に登下校、訓練とは言え放課後も四六時中二人きりとなれば変な噂がつくのは分かっていたが、とうとうこんなものまで出たか。

上から目線を気取りたい訳じゃないが、須佐も含めて同じ筈の中学生の、私には全く理解できない性質だった。


こういうものを見た時の反応は人によって怒ったり落ち込んだりと様々なんだろうが、私が見て早々思ったのは『面倒だ』だった。

特に気にせず席に座った私は、目を閉じて練想空間に入る。



例によって惑意がふよふよとうろついていた。



個人的な多少の気分とかであればあっさり漏れる事はないのだが、この手のものは『実行犯』と『傍観者』がそれぞれに惑意を抱くから、本気で悩むような事態でなくてもこんな有様になる。

まぁ、惑意が多いと言う事はこんな事態を迷いも躊躇いもなく望んでいる人間と言うのが少ない証拠でもある。普通の人間ならその程度で十分だ。他人事に正義感よろしく首を突っ込み騒ぎまくるような奴のほうが珍しい。

遠巻きに私の席を見ている数人の女子。彼女達から赤い光が惑意の…ウイルス型の雑魚惑意が発生している所を見る限り、彼女達がこの落書きを書いたのだろう。

発生源も分かった所で手早く周囲の惑意を斬り払って、練想空間を出る。


周囲を見回し、少しでも表情や雰囲気が和らいでいるのを確認した私は、それで席に背を預けて力を抜いた。

対処はこれで終わり。

私の机と言う言葉で勘違いしがちだが、これは学校の物だしはっきり言ってどうでもいい。

問題なのは…

私は再び目を閉じて、真威の目で先の女子の集まりを見る。

一つだが、また雑魚惑意が生まれていた。


問題なのは、別に現実何の変化があるわけではないため、一時惑意を掃った所で根本的に何も変わらず、今のようにまた惑意が生まれる事。

魔が差してやってしまったが惑意を掃った事によって今度は後悔していたり、逆に悪戯嫌がらせのつもりでやったのに何の動揺もない私を見て余計に苛立ったり…

どっちにしても、あるいはそれ以外でも、こんな事をするような奴に、惑意を掃う強く真っ直ぐな意思の力…強い真威など期待できない。

別に事件になると言う程の事もないが、放っておけば嫌な気分になりやすい程度の事はある。

同学のクラスのよしみだ、暇を見てちまちま雑魚狩りでもしておこう。






と言う事で、休み時間事に暇を見て練想空間に入っていた訳だが…


「あれ?白兎さんもこんなに頻繁に練想空間に?」


まめな事に元々暇を見て練想空間で魔法陣を描いたりと練習に励んでいたらしい姫野に感づかれ、声をかけられた。雑魚相手とは言え一応練想空間で戦闘を行っている訳で、姫野でも気配くらい感づいたらしい。

一緒に動く、と決めている以上無視するわけにもいかず、学校にいるにもかかわらず練想空間にいる経緯を簡単に説明する。


「あー…ごめん、僕のせいだね。」

「そんな訳があるか、お前はつくづくお人よしだな。」


嫌々姫野に付き纏われていると言う訳ではなく、落書きも姫野の書いたものじゃないと言うのに、一体何がどう姫野のせいになるのか。

『からかう理由を作ってごめん』なんて無茶苦茶な話だ。誰が何をするか全部先読みして人の為にそれらを起こさないように行動する必要などある訳がない。


「あ、じゃあよければ僕が全部引き受けるよ?白兎さんと違って雑魚惑意は僕にはまだ丁度いい練習相手だしね。」

「…こっちは気にしなくていい。だが、確かに雑魚なら今のお前ならどうにでもなるだろうし、暇なら近隣の様子でも伺っておけばいい。無理をしない程度にな。」


姫野の提案に少しばかり乗りたくなったものの、当事者である私が姫野に丸投げすると言うのも人をパシリ扱いしているようで気が引けたのでクラスの事くらいは自力でどうにかすると決める。

私を堅物と評しているらしい姫野は、そんな私の考えを察してか笑いながら頷いた。

その後で、現実に座っている私の席、その机を見て落書きを撫でる。


「けど、犯人まで分かってるのにほっとくんだね?まぁ証拠なんてないし無理もないのかなぁ…」


さすがに練想空間に至るほどの真威を持つだけあって、こういう歪んだ手合いを理解できないのか、顔をしかめる姫野。

そう言えば、命がけだ修行だ何だとそっちばかりが気がかりで、ここで気をつけなければならないほかの事についてろくに注意して回ってなかったな。


「いくつか注意しておく事を忘れていたが、練想空間で知った情報を現実で使うなよ。」

「え?」

「この手の事態もそうだが、惑意には悩みや苦しみや悪意もある。とは言え、あったから必ず悪い人間と言う話でもないだろう。」


知り合いや他者に対しての憤りを抱え、それでも『こんなものをぶつけては良くない』と言う思いを以って封じている人間なんて山ほどいる。と言うより、大小問わずなら人間そういうものがあって当たり前だ。

無断でそれらを知る事ができる能力を持っていると言う点でもそうだが、裁かれるのが犯罪者であるのと同様に、『誰もが持つ悪い思い』を無理やり暴いたりして人を選んで潰す様な真似が許されていい訳がない。

あとは…


「練想空間自体基本的に現実を見ている人の意識で出来ている…更衣室にでも行けば覗き程度は簡単だ。惑意の発生を追う関係で絶対にやるな、とも言えないが、ここで知った情報を現実で使わない理由は察せるな?」

「あ、うん。そりゃそんな事はしないけど…」


身体の特徴なんかは最も分かりやすい例だが、知りえるはずがない事を知っていると言うのは対人相手にいくらでも使える。

尤も、元々そういう悪事をたくらむような歪んだ人間は真威を持って練想空間に辿り着くなどと言う事はありえないが、姫野のように、素直さから悪事をとめようと突っ走って世の操作に至る事もある。


善意の矛先を危惧していると、こっちの懸念を無視して相変わらずの姫野は、私を見て笑顔を浮かべていた。


「なんだ?」

「いや、白兎さん僕の事をお人よしとか言うけどさ、自分が巻き込まれてる事を我慢してる辺り、白兎さんも十分お人よしだと思って。」


素直で優しい姫野の言葉と笑顔。

私はそれを真っ直ぐには見ていられなかった。


「別に…お前と違って優しさじゃない。」

「言うと思った。何が優しいのかを考えてるから、自分は優しいって軽く言えないんだよ。そういう事ちゃんと考えてるだけでも十分だと思うよ。」

「お前は…」


予想通り、と言わんばかりに笑顔で私を見ている姫野に、私は余計に眉をひそめた。


穿ったものの見方をする。と言う言葉がある。

人の好意や善意にさえ裏を探ったり勘ぐったりするような人間の事だが、私を見て優しいなんて口にする姫野は、それとは逆の意味で問題な気がする。

人の悪い所をこねくり回していい風にとっている様な、そんな気が。

『少しは疑え』と言いたくなったが、姫野らしいと言えるある意味では美徳にもなるその在り様にけちをつける気にもなれず、結局私は言いかけた言葉を呑みこんだ。


チャイムが鳴る。

授業合間の休み時間などそう長いものじゃない、惑意の相手に長話などしていればあっという間だ。

丁度いいタイミングだと思った私は、何を言うでもなく練想空間を出て戻った。
















昼休み。

入って早々に話しかけてくるクラスメイトを無視して練想空間に入った私は、案の定また発生している惑意を斬り払う。

と、外から少し強い惑意を感じた。

教室を出ると、姫野も教室を出て来ていた。


「白兎さん、これは…」

「まずまず…だな。」


人が多い場所には、真威も多い。

人それぞれに様々な出来事があるだろう街中にうようよと雑魚惑意がいないのはそういう理由もあるのだが…


…いじめ…か?


今朝のアレのせいでどうにもそれしか思い浮かばない。


「行こう。」

「あ…」


止めるまもなく駆け出す姫野。…つくづく面倒な事になりそうだな。

後を追うと、例によって校舎裏の物陰に、一人の女生徒が男子数人に囲まれていた。


現実の様子なのでこっちから干渉できるわけじゃない。

が、惑意も形を成しつつあった。しかも…


「…妖魔…か?」


現れたのは、この場にいる誰とも違う男で、紫色の髪に赤い瞳、何よりこめかみ辺りから生えた二本の角が特徴的だった。


「ふふん、その通りだよお嬢さん。インキュバス…と言えばご存知かな?」


芝居がかった喋り方で話しかけて来るインキュバスと名乗る男。

聞いた瞬間に、姫野が一歩後ずさった。私は疎いので知らないが、魔法なんて作ってるくらいだ、姫野のほうは西洋の話なんかも調べているんだろう。やたらと露出度が高い裸コートのような洋装を見る限り、どう考えても日本の妖魔じゃない。


「だ、大分有名な西洋の夢魔だよ…女の子を襲う。妖魔って神様達と対になる惑意の塊なんだよね…スサノオ様に手も足も出ないんじゃきついんじゃ…」


余程のことがない限り命がけでも出張る姫野が戦う前から引き気味なのに違和感があったが、説明を聞いて納得する。確かに有名な妖魔、その本物だと勘違いしたなら勝負にもならないだろう。


「尻込みするな、よく『見』ろ。大した惑意じゃない。」

「え?あ、いや、まぁ…」


姫野は納得したような戸惑うような、複雑な反応を返す。


大した惑意じゃない。それに間違いはない。

ただ、スサノオ様を比較対象とすればの話で、思い返せば姫野はこのレベルの惑意と遭遇した事はなかった。


「大方そこの変態共がそのインキュバス絡みの本でも読んだんだろう。ただの偽者だ。」

「半分正解だよ和装の君。だが、私は本物のインキュバスさ。」


にやついたインキュバスが自信満々に私を見てそう言う。

…どういう事だ?さすがに妖魔の本物の相手が務まる程の力量は今の私でもないと思うが、目の前のこいつはどう見てもそれほど強い妖魔に見えない。


「聡明な割に学のない君達に、妖魔や神様の事を教えてあげよう。君の言う通り、私は彼等がインキュバスを題にした本を読んだ結果の惑意さ。けれど、私達の『本物』と言うのは一人にして全て。神様への祈りが何処からでも、どの御神体や神殿でも届くだろう?私を象徴とし、私を生む惑意は、私を生むのさ、偽者ではなくてね。」


本物ではあるが、ここでこいつが使える惑意が生み出した彼らの分だけ、と言う事か。

どの道大した相手じゃないという事は変わらない。


「つまり…だね?私は、何百年分も力を使う『経験』を持っているのさ。今君を既に掌握しているようにね。」

「な…にっ!?」


インキュバスが笑うのに嫌な予感を感じたが、動けなくなっていた。

見ている、目を合わせている私とインキュバス。動けない…動く事が出来ない。

しまった…長々と親切ぶって話をしている間に私を術の類にかけたのか…っ!


「テンプテーション!?白兎さん、目を見ちゃ駄目だ!」

「手遅れだよ少年。」


動けない私を余所に、インキュバスは姫野を見る。


「くっ…ならお前を倒せばっ!」

「その通りだが、今の君ではね。」


右手を開いて指を伸ばした姫野が、それと同時にインキュバスに蹴り飛ばされた。

左腕でガードしたのに吹き飛ばされた姫野が、校舎の壁に叩きつけられた姫野がずるずると滑るように座る。

消滅してない以上練想空間で意識が飛ぶなんてありえないが、姫野の姿がぶれて、ゆらゆらと揺らめくようになっている。強い衝撃を受けたのは間違いない。

数百年分の経験…か。なるほど、妖魔が格闘技なんて学んでる訳もないだろうにずいぶん綺麗な蹴りだ。


「さて…と。それでは君を侵食させて貰おうかな。これでもインキュバスなので…ね。」

「ち…」


笑みを浮かべて一歩踏み出すインキュバス。

現実で泣いている女の子と、彼女を囲む男達を見る。

惑意に飲まれればこいつらのように…


人を襲う側の狂った人間になるのも震えて抵抗もない人間になるのも、どっちもごめんだ。

まだ動けないだけで自分ははっきりしているからなんとしてでもテンプテーションとやらを振り払おうと意識を集中させ…


「ライズ!シデンノタチ!!」

「何…いっ!?」


姫野の声が聞こえ、同時に超加速した姫野がインキュバスに斬りかかった。

目の前を紫色の雷剣が舞い、想定していなかったのか大慌てで回避したインキュバスは近場の木に飛ぶ。


「憑依系?いや、それにしては神威は感じないが…」

「白兎さんほどじゃないけど、あまり舐めないでよ。」


挑発するような口調であえて喋った姫野は、私をちらりと見る。

時間稼ぎをしてくれているつもりなのだろう。健気で…舐められたものだ。


「ふふっ…では、君の味方が相手ならどうかな?」


笑いながら指を鳴らすインキュバス。直後、私に違和感が走った。

しかし…どいつもこいつも…

私は姫野に向かって一歩踏み出して…



直後地を蹴り、インキュバスの立つ木に飛び乗った。



「は?」

「あの程度で何時までも私を洗脳できていると思うな。」


同じ木に乗って超至近距離の為、剣を抜かずにインキュバスの服を掴んだ私は、地面に向かって飛びながら彼を引っ張った。

落下の勢いを足して地面に叩きつけたインキュバスは、受身も何もなく顔面から落ちる。

先に立ち上がった私は、地面に転がる彼に向かって剣を抜き放ち一閃したが…コウモリに変わって回避した。器用な化け物だ。


「れ、練想空間に来れると言ってもこの年では異常なポテンシャルですね…ですが空からなら」

「姫野、譲ってやる。消えるなよ。」

「はは、ありがと。」


別に飛んだからと言って斬れない訳じゃないが、元々姫野の練習を見てやるつもりでいたんだ。

魔法剣も展開している今、真威を使い切らない程度に加減がきくならやらせてやればいい。

姫野は苦笑しながらコウモリを見据え…


「サンダーロード!!!」

「は、ばびゃん!?!?」


例によって剣の消滅と共に、魔法が放たれた。

発動体から目標地点に向かって雷撃を飛ばすらしく、障害物もない空にいたコウモリに瞬く間に直撃した紫色の雷は、彼を元の姿に戻して墜落させた。

煙のように全身から赤い光が漏れ出し消えていく。


まぁ…練想空間も何も、雷は回避できないだろうな、さすがに。


しばらくしてその姿が完全に消えた所で、姫野が拳を握り締めた。


「よ、よしっ…これで皆も普通に戻ったかな…」


惑意の消滅を以て、こんな事も終わるだろうと姫野は女子生徒と彼女を囲む男子達を見る。

変化はあった。だが…


「おーし、それじゃ放課後な。」

「逃げんなよ。」


悪意が抜けたのか気分よさそうに迷いなく声をかけてこの場を後にする男子陣と、何か諦めたように呆然としている女子。

悪意を叩きつけるように脅しにかかっていた男子達と、泣いて縮こまっていた女子という、さっきまでと比べれば、確かに惑意なき変化はあったが、姫野はその様子を見て固まっていた。

惑意を片付けさえすれば悪い事をしなくなる。位の事を思っていたんだろう、素直な奴だからな。


「あくまで惑意を掃っただけ、性格が変わるわけでも、記憶が消えるわけでもない。元々弱い奴がそれで強くなるわけでもないし、善人になる訳でもない。」


ちょっと悩んでる、迷ってる、位ならすっきりしていい方向に変わるだろうが、こんな悪事を堂々と働けるような馬鹿が反省して激変するとは思ってなかったが…これは、しばらく惑意を掃っておかないとならないかな。


「放課後…」

「姫野、言っておくが止めるなよ?」

「なっ…白兎さん!?」


放課後に襲われるだろう女子について知っているのに放置しろと言う指示。

普通に考えればあまりにも異常な話に姫野は私を見て目を見開く。

だが…


「先に言った通りだ、練想空間で知った話を現実で使うな。」


今私達がいるのは練想空間。知りえるはずのない話を覗き見ている者達。

ここで見知ったものを元に現実で動くのは、世界の操作と変わりない。

世界規模の大事でなく、悪い方が分かっているから止めたくなるのも無理はないが、だからと言って好き勝手させる訳にもいかない。


「全ての悪事を暴き立ててひっくり返してやろう…そう思えば下手したらできかねないのが私達の現状だ。そして、それをやったらおそらくいくつかの大企業は潰れ、そこに勤めている人間は解雇され、もっと言えば国単位の不祥事すら発覚してテロ暴動の大騒ぎになる可能性もある。…小規模だが、同じ事なんだ。」

「それは…」


挙げられた例に混ざっている罪無き被害者。それを理解できるのか、姫野は口を閉ざして俯く。

だが、理解と納得は別だ。だから…


「好き勝手した所で、法も国もお前を裁きはしない。だから…私が裁く。練想空間で惑意の排除以上を望むならな。」

「っ…」

「私と戦ってでも…と言うなら、好きにすればいい。」


だから、理解してもらった上で、その命を代償に晒させた。

さすがに好きに動いてはいけない理由を突きつけられた状態で、命がけでまで人の為に…











命がけでまで…動くだろうな。姫野真なら。

午後の授業中、昼休みの事と姫野について振り返って私はそう結論付けた。

あの馬鹿がはいそうですかと素直におとなしくしてるとは思えない。

だから、不快なのを承知で先の男子達と女子が集まっていた校舎裏の音が聞こえる程度に離れた位置で木の影に隠れていた。


予想が外れれば不快な事を遠巻きに聞く羽目にすらなりかねない。

最悪、たまたま通りがかった事にして叩き伏せてやろうかとか、そんな事を考えていると…





「な!何だお前!?姫野真!?」

「に、二階からぁ!?」




…予想が外れた。それも馬鹿げた方向に。

外から回ってこないで二階から飛び降りたらしい。

ぶら下がり、着地の衝撃吸収などを使えば今のアイツなら無傷で二階から降りるくらい訳ないだろうが、わざわざそんな事する必要何処にあったんだ全く…


少し待っていると、件の女子の手を引いて駆けて来る姫野。

もうなるようになれ…だな。


後を追ってきた男子三人が姫野達に追いつく前に、私はわざと音を立てて木の陰から一歩踏み出した。


「ぁ…白兎さん…」

「「白兎!?」」


呆然と私を見る姫野と女子を無視して、二人と男子達の間に割ってはいると、私を見た男子達の内二人が後ずさりした。

人の噂で盛り上がるのは女子も男子も関係なし…か。あるいは、幼馴染を病院送りにしたと言うのがあまりに大きな騒ぎなのか。

…どっちでもいいか、とっととやる事を済ませよう。


「何だよテメェ、何か用かよ?」

「知り合いが男子三人に追われているのを見かければ気にもなる。お前達こそ何なんだ?」


一人下がらなかった男子が、私の問いを聞いて不機嫌そうにあごで女子を示す。


「俺らもそいつと遊ぼうとしてたんだよ。いきなり二階から降りてきた姫野が無理やりつれてったんだ。なぁ?」

「ひっ…ぁ…」


台詞には直接的な言葉を混ぜずに雰囲気で威圧する男子。

それだけで怯えた女子は姫野に握られた手に力を込めて震えだした。


「もう分かった、姫野は彼女を連れていけ。文句があるなら先生に姫野が友達を無理やり連れて行ったと相談すればいい。」

「んだよ!センコー巻き込もうってか!?」

「先生を巻き込むのはお前達だ。それとも…私とたった3人で教職員を巻き込まずに喧嘩でもする気か?」


一睨みして問いかけると、背後で黙って聞いていた二人は息を呑んで後ずさりした。

振り返ってそれを見た男子は、憤りをあらわにする。


「お前ら何びくついてんだよこんなちび女に!」

「ば、馬鹿野郎!やるならお前一人でやれよ!」

「お、俺達は帰ります!済みませんでした!!」


一人私の噂を知らなかった男子を残し、背後にいた二人はさっさと駆け出していなくなる。

さすが女一人を三人で囲むような集団だけあって情けなさは天下一品らしい。


「で、どうするんだ?」

「ち…舐めんなっ!!!」


粗雑に蹴りかかって来る男子。

掠める程度に下がって外した私は、水平に引いた拳を突きだし…




「待ったぁぶっ!!!」

「あ…」




間に割って入ってきた姫野の顔面を思いっきり殴り飛ばす事になった。

首がねじれる勢いで頬を捉えた拳を受けて、姫野が私と男子の間でよろける。が、踏ん張ってこらえた姫野は、私と男子を微笑みながら交互に見た。


「ま、まぁまぁ落ち着いてよ、ね?君も白兎さんと喧嘩しないほうがいいって何となく分かるでしょ?これで収めてくれない?」


口の端から血を流しながら姫野が男子の説得にかかる。

呑気な笑みと殴られて切れた口内からの出血のアンバランスな光景に眉をひそめた男子は、舌打ちしながら歩いて去っていった。


「お人よし、あんな奴庇ってどうする。」

「白兎さんを、だよ。喧嘩になっちゃったら容赦しないでしょ?普通の中学生じゃただじゃすまなくて逮捕されるって。」

「む…」


口の端を拭って肩をすくめる姫野の言葉に、私が黙る事になる。

確かに、逃げるなら追わないが、向かってきたら急所だろうがカウンターを放り込む事になるだろう。あの男子、私より背は高かったし、丁度いい位置にあった『急所』に蹴りでも放り込んだら病院送りだったかもしれない。


「…お前が勝手しなければ、そもそも出てくるつもりも無かったんだがな。」

「トイレにいこうとしたら、まどからおんなのこがかこまれてるこうけいがミエタンダヨー。」

「棒読みで白々しい言い訳をするな全く…」


『練想空間で』知りえた情報を使うな。と言ったから、普通に知る機会を作ってそれを理由にしたんだろう。私へ説明する建前として。

確かに私も普通に通りすがりで見かけたら止めに入るだろうし、今回はさすがに我慢し切れなくても仕方ない内容ではある…か。


「っく…うくっ…」


緊張の糸が切れたのか、へたり込んでいた女子が急に泣き始めた。

無理も無いが、正直あまり気分のいいものじゃなかった。

既に放課後だ、さっさと姫野を連れて離れようかと思ったのだが、当の姫野は女子に近寄りポケットからハンカチを差し出す。


「大丈夫?」

「ごめ…なさい…ありがとう…」


さすがに無理に引っ張って帰る気にもなれず、姫野が待つのに付き合う事にして近場の木に背を預ける。

少しして落ち着いたのか、女子は俯いたままで姫野にハンカチを返した。


「なんでこんな…私…何したって…」

「馬鹿馬鹿しい。」


俯いて姫野を前に問いかけるように漏らした女子の言葉を、私は断ち切るように一蹴する。

予想してなかったのか、二人は私を揃って見てきた。


「何もせずにいたら獣に食われて当たり前だろう。大体、人助けにと身体を張った姫野が怪我してるんだぞ?お前の無事なんかが保障されててたまるか。」

「そんな…っ!じゃあどうすれば…」

「知るか、お前の好きにすればいい。とりあえず人目につく場所に動いておいた方がいいんじゃないか?行くぞ姫野。」


これ以上姫野を放っておくとあれこれと彼女の面倒を徹底しそうだと思った私は、さっさと姫野の手を引いてこの場を離れた。













校舎裏から出た所で、姫野は振り返って校舎の方を見て立ち止まった。


「僕が言うのも自慢みたいでなんだけどさ、僕や白兎さん程戦うのを皆に言うのは無茶じゃないかな…甘えって言ったらそれまでかもしれないけど…でも…」


出血するような打撃を堪えた姫野。

それでなくても、普段の修行で手や足に豆を作って潰すレベルで動き回った挙句、練想空間内に至っては度々命がけの戦闘。

気弱な中学生の女の子に私達と同じほど強くなれなきゃ地獄を見て当然、と言うのは厳し過ぎると言う事だろう。


「姫野、お前風邪引いたらどうする?」

「へっ?」


いきなり全く関係ない質問を持ち出されて、姫野は首をかしげて少し考える。

だが、常識的な対応などそうそう変わったものは無く、すぐに返事が返ってくる。


「えーと…病院に行って薬を貰って飲んで安静にしてる…かな?」

「それだ。」

「え?」

「私が彼女にやれと言った事は、その程度の事だ。」


いきなりの展開で苛めと病気が全く繋がらないのか、姫野は少し考える。

けれど、例が出ただけあって、その少しの間で察しがついたらしい。


「…先生に相談するとか、そういう事?」

「だな。走って逃げても親に引越しを請うのも警察にでもいい。法治国家で誰もが殴り合えなんて私だって言わないさ。」


ついでに言うなら、弱みを握られ脅された結果解決策が浮かばない等の可能性もあるだろうが、病院に行っても治療法の確立されてない病が治せないのと同様で、関わった悪性物の性質が悪かったとしか言いようが無い。

そういう一言で片付けたくない奴は、自分で研究者なり何なりになって新薬の開発なんかをするんだ。

解決策が無いと言うなら自分でそこまで頑張ればいい…いや、頑張る他の選択肢など無いんだ。


「今回その程度も出来なかった…しなかった彼女があの有様なのは当たり前だ。見てられないと助けたがる気持ちも分かるが…お前、今回勇気が足りずに不幸に勝てなかった彼女のように、治療費が足りずに病院に行けない人を見かけたら、お前が治療費出すつもりか?全員。」

「それは…」


姫野より一年ほど練想空間に先に居ついている私だが、企業規模での失態や暗躍なんかで数億単位の金絡みの事態になって惑意を発生させていた人間も見かけた。

不幸が分かったって私にどう出来る訳も無いし、金で解決してやる…なんて出来ても下手にやればいい話じゃないだろう。


「何の訳も無く言ってる訳じゃない、練想空間で得た情報で好き勝手に動くな。」


改めて告げる事になった忠告に、それでも姫野は頷く事はなかった。

…姫野らしいな、全く。

喜んでる場合じゃないのは分かっていたが、人の不幸に傷ついて助け舟となりたがる姫野の優しさが、なんだか嬉しかった。












そして…


「ははははは!いいんじゃねぇか、好き放題やっちまえば。」


会うなり寝ぼけた話を振るスサノオ様に一気に頭が痛くなった。

昼時学校で惑意を片付け捲くった代わりと言う訳でもないが、夜は落ち着いていたので練想空間での修行をとスサノオ様に声をかけたのだが、昼時の話をするなりこの有様だ。


「そう言う訳にも行かないでしょう…」

「戦国時代ならやりたい放題やったもんだがな。」

「戦争と同レベルと言う時点でお断りです。」


相も変わらず古い時代から知っている神様だけあって発想や基準がでたらめだ。

姫野もやりたい放題やれ、と言う表現にさすがに引いているようで、苦笑いしている。


けれど、豪放なスサノオ様にしては珍しく、そこで真面目な表情を見せた。


「ま、必要以上に練想空間での事を人の操作に使おうってのは薦めねぇけどな。真威がなんで威って字を使うか知ってるか?」

「いえ…白兎さんは知ってるの?」

「いや…」


姫野に問いかけられたが、私は首を横に振る。

物事の名前は単にそう呼ぶと言うだけの話で、昔の人がそう決めたからと別段考えてはいなかった。

確かに、本当の意思と言うだけなら真意で済ませればいい話だ。

退魔師間で使うのに、一般の言葉と混ざると面倒だったから…なんて理由ではないのだろう、わざわざ話として持ち出したのだから。


「威って字には、犯しがたい力って意味がある。だから威光とか威厳とかに使われるわけだが…」


言いながら握り拳から親指を立てたスサノオ様は、自分の胸元をその親指で差し示す。


「他者が犯しがたき、己が真の意思の力。…それが、昔の退魔師やら何やらが真威って名に込めた意味だ。よーするにそれぞれの思いを大事にしてたって訳だな。」

「…それは、一人を囲むのを放っておく理由にはならない気がします。」

「その娘も真威を示さなかった事を言ってるんだろ稔は。全部お前と稔が助けきったら、お前達とその他大勢の世界になっちまう。」


姫野が納得仕切れていないスサノオ様の話は、私の胸にスッと入ってきた。

仮に彼女が、不良に絡まれているから力を貸してほしいと私に相談して来ていたら、私は対処してあげたろう。


「人事を尽くして天命を待つ。それが俺達の正しい在り方何だが…何にもしないで幸福になろうってなまくらな奴と、全ては人の努力と現実だと思い上がった奴。間逆だがどっちもどっちなんだよなぁ…」


何処か遠くを見るようにして呟くスサノオ様。

かつて神事や信仰が生まれたのには、得体の知れない病や、雷や宇宙の創世など、人の手に余る物への畏敬の念があった。

命の保障がされている前提で話が進んでいる昨今、突っ立ってて降りかかる被害に『どうして』なんて欲張る人間や、人の力が及ばない事柄があるからこその祈りや信仰だと言う事も忘れ、神などいない、いなくていいとする思い上がった人間。

そのどちらもが、人の力になろうとする神様達を遠ざける結果になっている。


「こういう風に近づいてくるのもいるけどな。俺としてはお前らみたいな馬鹿のほうが楽しいぜ。」


と、スサノオ様は私と姫野を指して笑う。

責任追及する為に人間には出来る、とのたまうのではなく、誰も試していないのだからと自分が諦めない為の努力と限界突破。

馬鹿で片付けられるのも癪だが…ある意味賢いのが人の域で論理を組み立てている人間だとするなら、私や姫野は大馬鹿なのだろう。出世や金稼ぎの為に真威を捨てるような腐った賢さはいらないが。


真威…犯しがたき意思の力…か。


「…ま、好き放題するにも惑意と戦うだけにするにも、今回のインキュバスみたいに歴戦のにあたったらまずいからな。軽く遊んでやるからかかって来い。」


世界の操作になるか否か、何て大仰な話はもっと強くなってから。とでも言いたげに剣を抜いて笑うスサノオ様。

…確かに今回は少し危うい部分もあった、上から気取って誰をどう助けてやろうか、何て考える身分なわけが無い。


だが…今日会ったインキュバス同様に、経験差だけを体験させる為に神威をわざわざ抑えている状態で、そこまで余裕ぶられる程…



「剣そのものまで劣ると思うなっ!!」



楽しそうに私を見ているスサノオ様に、私は初手から全力で斬り込んだ。

力に差が無ければこれでも昼夜問わず剣を握ってる身だ、早々あっさりと…


「空。」


下がって回避したスサノオ様が振るった剣から遠当ての刃を飛ばしてくる。

間合い一切関係なく飛来する遠当てを咄嗟に左手を剣から離して手甲で受ける。

衝撃を堪え硬直している私に向かって両手で握った剣を振りかぶったスサノオ様は…


「轟!」


強打の一閃を放った。

防御こそ間に合ったものの片手で剣を手にしていた私は、一閃に重さを込めたその一撃をとめられず、剣をはじき落とされながら頭を殴られた。峰打ちにはなっていたが、膝をつくほどの衝撃。


ぶれる意識の中で思う。

本当、好き放題も何も、私自身一杯一杯の人間の一人に過ぎないんだな…と。













結局、姫野と交互に何度か挑んでみたものの徹底的に返り討ちにあった。

インキュバスとか言うのが、異能力を使う妖魔の類だったから何とかできたものの、経験というのは馬鹿に出来ない事を思い知らされた。


「お前も出来る事を出来るだけやらないとな。」

「…大見得を切ってまだ未熟でしたね。」


ずたぼろの戦績に私は肩を竦める。

姫野の方も頭を抑えてへたり込んでいる。

そんな私達を前に、スサノオ様は楽しそうに私達を見ている。


「そうでもないんじゃねぇか?ま、お前らしいと言えばらしいけどな。」


弱体化状態で無傷で済んでいるのに未熟でなければ何なのか。

私達を見て笑みを浮かべているスサノオ様からはうかがい知る事はできなかった。










次の日、姫野はいつもより早く出てきた。

昨日スサノオ様相手に立ち回って真威を使い切ってまた眠りこけているかと思っていたので正直予想外だったが、目覚ましを使って無理やりに起きたらしい。

そうまでしてわざわざ起きたのは…


「あの娘の様子を見に行く?」

「うん。もう普通に会ってるから。」


昨日の女子の様子を見るためらしい。

練想空間での事を使うなとは言ったが、確かに昨日普通に彼女と会っている。

あの時は引き下がった男子達だけれど、私達が関わらなければどう出るか…


乗りかかった船…だ。

今回に限っては乗る事にした私も、姫野と揃って彼女のクラスを覗いてみる。

とりあえず登校はしてきていた。一人で広げた教科書と黙々と格闘している。


と、昨日の三人の男子のうち、さっさと逃げた一人が彼女に話しかけ…無視されていた。


「放してっ!!」


無視された事に腹を立てたらしい男子が彼女の腕を掴んだところで、彼女が大声を上げる。

騒ぎにされてはさすがに困るからか、驚いた男子は彼女の腕を放して一歩離れた。

その後も、何も関係ないと言わんばかりに教科書に向かう彼女。


「とりあえず人目につく場所で目立つように拒む事にしたらしいな。」


昨日自分で帰り際にした忠告を生かしているのか、はたまたやけになっているのか。

どちらにしても、楽しい学校生活とは程遠い形だが対処方としては上々だろう。

勉強してるのは進学校だかどこだかに行って、近辺の知り合いと離れると決めたからか、それとも人と話さない理由を作る為か。

いずれにしてもとりあえずは大丈夫だろうと自分のクラスに戻ろうとした所で、遠巻きにとは言え人のクラスの様子を伺っていた私達はさすがに目立ったのか、彼女は私達に気がついて静かに深く頭を下げた。


「人事を尽くして天命を待つ…か。」


彼女のクラスを離れたところで、姫野は複雑そうに呟きをもらす。

無意味に連れ出されたりはされなくなるかもしれないが、あの様子では周りに好評を得る事は出来ないだろう。陰口みたいな派手でない被害はむしろ増えるかもわからない。

それが彼女にとっての幸福かどうか…


「楽しくなければそうなる方法は、彼女が気が向いた時に自分で考えるさ。今回だって自分で選べたんだから。」

「そう…だね、うん。」


今、幸せなのかどうかより、尤も重要なところを彼女はクリアできている。


自分で手段を決めて、選ぶ事。


もし、楽しい事を探したければ、そう思ったときその方法を自分で決めればいい。

それが人へ相談する事でも、自分で聞くことをどう聞くかを決めないと話にもならないのだから。


相談…か。


「…姫野、お前は今昨日のスサノオ様に勝つ手段思いつくか?」


含みがあるような物言いをしながら笑みを浮かべていたスサノオ様の様子を思い出した私は、一緒に戦っていた姫野に問いを投げかけてみる。

魔法剣士とか言ってアレだけ様々な異剣を使う姫野だ、私と違う視点もあるだろう。

そう思っての事だったのだが…


「人事を尽くすって言うなら、二人でかかれば…かな。」


苦笑しながら言う姫野に、昨日のスサノオ様の様子を思い出して腑に落ちて…小さく舌打ちした。

仕方ないが…つくづくなめられている。


「分かってる、白兎さんはちゃんと自力で追いつくよ。僕も修行相手くらい務まるように頑張るから。白兎さんの真威だもんね。」

「姫野…」


神様になる。

それは、目標とする所に種族の性別のを言い訳として持ち出さない為に知りうる最大のモノを持ち出した結果。犯しがたき真の意思…私の真威。


「ありがとう。」

「え?何で?多分今思いっきり足手まといなの僕なのに。」

「気にするな、言っておきたかったんだ。」

「??」


あの娘を助けようとか、惑意を払おうとか、真っ直ぐに動きたがっている姫野の妨害を宣言してばかりいる私の真威を、姫野はごねる事も無く尊重してくれている。

それが、少しばかり悔しく、とてもありがたかったのだが…全部言っても負けな気がして、それ以上は言わなかった。




イベント後に即全部解決…とまでは行かなかったり(汗)。

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