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The Shock of the Bayern-class Battleship with a Flight Deck and Washington Naval Conference

 飛行機母艦のテストをドイツの金で出来るという下心が、海軍史に大きな影響を与えることになります。

 ロンドン、海軍本部(アドミラルティ)の地下会議室は、煙の匂いと紙の擦れる音に満ちていた。

 海軍情報部長のホール少将が、机上に広げた報告書の端を指で叩いた。表紙には「機密・日本海軍経由」の朱印が押されている。内容は、ヴィルヘルムスハーフェンで進行中のバイエルン級戦艦「バイエルン」の改造に関する、詳細な技術報告だった。


「日本側から、かなり正確な情報が入っている。全通飛行甲板、右舷アイランド、艦尾トランサム延長……そして、仮設甲板での発着試験を経て最終形状を決定した、と。」

 向かい側に座る第一海軍卿のビーティー大将が、報告書を引き寄せた。彼の視線は、添付されたスケッチに釘付けになっていた。右舷に低く長く延びるアイランドと、艦首から艦尾まで途切れることのない飛行甲板。


「……我が海軍の新鋭空母イーグルと比較する価値があるな。」

 ビーティー第一海軍卿の声は低かった。HMSイーグルは、チリ向けに建造したアルミランテ・ラトーレ級戦艦2番艦のアルミランテ・コクレンを改造した全通飛行甲板装備のアイランド型航空母艦である。イギリス海軍がようやく手にしつつある新しい戦力の象徴だった。

「イーグルは就役こそすれどまだ完成に至っていないが、設計思想は似ている。だが、バイエルンは旧超弩級戦艦の船体を流用して主砲二基を残したまま母艦化した。日本側の助言が入っているとはいえ、まさかドイツがこれほど迅速に形にしたとはな。」


 ホール海軍情報部長が補足した。

「日本は自国に本格的な航空母艦を持たない。航空母艦『若宮』は水上機母艦に過ぎない。にもかかわらず、全通甲板の運用試験データを同盟国であるわれわれに提供してきた。これは……単なる技術報告ではなくドイツの動向を我々に知らせる意図もあるのでしょう。」(なお大日本帝國海軍は単純な技術共有程度と考えていた模様)


 ビーティー第一海軍卿は黙って葉巻を灰皿に押し付けた。

「フランスはこれをどう見るか。ドイツは条約の枠内だと主張するだろうが、飛行甲板を備えた旧戦艦が北海に姿を現す。フランスはこの事実に、必ず過敏に反応する。」


 彼は報告書を閉じ、静かに言った。

「日本から得たこの実績は貴重だ。イーグルの公試に活かせる。だが同時に、ドイツが『条約を守りつつ最強の戦闘艦を造る』という姿勢をはっきり示したということでもある。海軍軍縮会議の開催期日が近づいている今、これは無視できない材料になる。」


 ---


 パリ、ケ・ドルセー(フランス外務省)の一室は、ロンドンとは対照的に殺気立っていた。

 海軍大臣のレイモン・ポアンカレ海軍大臣が机を叩いた。手元にはフランス海軍情報部が入手した「バイエルン改造」に関する断片的な報告書がある。イギリスほど詳細ではないが、全通飛行甲板とアイランドの存在は確認されていた。

「ドイツめ……主砲塔を二基降ろしただけで、残存を許したのが間違いだった!」


 同席する海軍参謀総長が唇を歪めた。

「彼らは『飛行機母艦』と称している。ヴェルサイユ条約はドイツの戦艦保有を制限したが、飛行機母艦というカテゴリーはそもそもまだ明確に規定されていない。ドイツはそこを突いてきた。しかも日本が監視という名目で実質的に協力している。」


「日本はイギリスの同盟国だ。情報がロンドンに流れているのは確実だろう。つまり、われわれは後手に回っている。」

 ポアンカレ海軍大臣は窓の外のセーヌ川を睨みつけた。


「主砲を残したまま飛行甲板を備える。これは『戦艦』でも『巡洋艦』でもない、新しい脅威だ。我々(フランス海軍)が保有する巡洋艦は、航空機の集中攻撃に耐えられる保証がない。ドイツがこれを量産すれば——いや、量産せずとも、一隻存在するだけで北海と大西洋のバランスが崩れる。」

 海軍参謀総長が声を低くした。

「海軍軍縮会議で航空母艦の定義と保有枠を厳しく規定すべきです。ドイツに『改造』の名目で戦力を保持させる余地を、これ以上与えてはならない。」


 ポアンカレ海軍大臣はゆっくりと頷いた。

「もちろんそうする。だが、会議が開かれるまでドイツは時間を稼ぐことだろう。日本は『監視』の名目で技術を提供し、イギリスはそれを黙認している可能性がある。フランスだけが孤立して抗議しているように見えるのは避けねばならん。」


 彼は報告書を引き出しにしまい、冷たく言い放った。

「ドイツの『最強の戦闘艦』などと嘯く改造艦が本当に条約の枠内かどうか。我が国(フランス)は徹底的に検証する。必要とあれば、公開の場で追及するまでだ。」


 ---


 ロンドンとパリで交わされた言葉は、やがてワシントンへと流れ込む前夜の、静かな波紋だった。バイエルンの飛行甲板は、まだ北海の風を受けたばかりだったが、すでに列強の視線を、鋭く集め始めていた。


 ---


 ワシントン・メモリアル・コンチネンタル・ホールの大会議室は列強の代表たちで埋め尽くされていた。1921年11月、ワシントン海軍軍縮会議の本会議。主な議題は主力艦の比率と各艦種の定義及びその制限。先の大戦に敗れヴェルサイユ条約で海軍軍備を制限されているドイツは招かれていない。ところが、その不在の国の艦が突然テーブルの中央に据えられた。


 フランス代表、海軍大臣のギヨルム・アルベール・ピエール・サローがゆっくりと立ち上がった。手元には薄い報告書が握られている。

「議長、ならびに各国代表に申し上げる。ドイツは本会議に参加していない。しかし、われわれは無視できない事実を把握している。バイエルン級戦艦の『バイエルン』と『バーデン』が、ヴィルヘルムスハーフェンで大規模な改造を受け、全通飛行甲板とアイランドを備えた艦として再就役しつつある、という事実である。」


 会場に低いざわめきが走った。アメリカ代表のヒューズ国務長官が、眼鏡の奥で眉を寄せる。イギリス代表の枢密院議長バルフォア卿は、静かに指を組んだまま動かない。日本代表の加藤友三郎海軍大臣は、微動だにしなかった。


 アルベール・ピエール・サロー海軍大臣は続けた。

「ドイツは『条約の規定に従い、主砲塔二基を降ろした』と主張する。

 だが、残された二基の38cm連装砲塔は健在であり、同時に飛行甲板を備えている。

 これは戦艦なのか?

 それとも航空母艦なのか?

 定義が曖昧なままでは、軍縮条約そのものが骨抜きになる恐れがある。」


 イギリス代表の枢密院議長バルフォア卿が、静かに口を開いた。

「フランス代表の懸念は理解できる。わが国も、同盟国である日本から一定の情報を得ている。『バイエルン』と『バーデン』は仮設飛行甲板での発着試験を経て正式の全通甲板を備えた『飛行機母艦』として竣工し、就役訓練が進められている。運用されている航空機はドイツ製の単発複座機である。構造上、わが国が建造中の『イーグル』——全通飛行甲板とアイランドを持つ航空母艦——と大きな類似点がある。」


 彼は一拍置いた。

「しかし、主砲二基を残している点は無視できない。純粋な航空母艦と呼ぶには火力が過大である。かといって、戦艦として扱うには飛行甲板が艦の性格を大きく変えている上に主砲砲門数4門では公算射撃が非常に困難である。分類は容易ではない。」


 日本代表の加藤海軍大臣が、初めて声を発した。低く、簡潔な口調だった。

「わが国は、ヴェルサイユ条約に基づく監視の立場から改造の過程を確認した。主砲塔二基の撤去は実施され、上部構造物も大幅に変更されている。飛行甲板の設置は、ドイツ側が『条約の枠内で最強の戦闘艦とする』との方針に基づくものだ。わが国は、その方針に異を唱えなかった。」


 フランス代表が、すぐに食ってかかった。

「監視の名目で技術協力をした、というのか? 日本は本格的な航空母艦を持っていないはずだ。にもかかわらず、全通甲板の運用データをドイツに提供した。これは『監視』の範疇を超えている!」


 加藤海軍大臣は表情を変えなかった。

「提供したのは、監視の過程で得られた事実の報告に過ぎない。運用の詳細はドイツ側が自ら試験した結果である。」


 アメリカ代表のヒューズ国務長官が、仲裁するように手を挙げた。

「議論を整理しよう。問題は二つある。第一に、ドイツが保有するこの艦を、戦艦としてカウントすべきか、航空母艦としてカウントすべきか。第二に、海軍軍縮条約でこうした『中間的な艦』をどう定義するかだ。」


 イタリア代表が、初めて口を挟んだ。

「主砲を残した航空母艦など前例がない。これを許せば、各国が『改造』の名目で制限をすり抜ける道を開くことだろう。」


 枢密院議長バルフォア卿が、再び静かに述べた。

「わが国の『イーグル』は、戦艦からの改造だが、主砲はすべて撤去している。飛行甲板を優先した結果だ。一方ドイツの『バイエルン』は、主砲を残したまま甲板を備えた。思想が異なる。だが、航空機の運用能力を持つ以上航空母艦としての側面を否定することはできない。」


 アルベール・ピエール・サロー海軍大臣は、席に着く前に最後の言葉を投げた。

「フランスは、この艦を『戦艦』として扱うべきだと主張する。主砲が残っている限り、それは戦艦だ。飛行甲板は、単なる付加物に過ぎない。

 もしドイツがこれを『航空母艦』と呼ぶことを認めるなら、フランスは保有枠の再検討を求める。ドイツが会議に不在だからといって、既成事実を積み重ねることを、黙認するわけにはいかない。」


 会議室は、しばしの沈黙に包まれた。


 ヒューズ国務長官が、ゆっくりと眼鏡を直した。

「……ドイツ不在のまま、この艦の分類を最終決定することはできない。だが、条約草案には航空母艦の定義を明確に記す必要がある。『飛行甲板を主たる兵装とする艦』か、『主砲を残したまま航空機を運用する艦』か。

 この線引きが、今後の海軍軍縮条約の根幹になる。」


 加藤海軍大臣は、静かに目を伏せた。バルフォアは窓の外のワシントンの冬空を見つめていた。アルベール・ピエール・サロー海軍大臣の拳は、テーブルの上で固く握られたままだった。


 バイエルン級の一隻が、北海の波を切りながら、まだ分類すら定まらないまま、列強の会議の真ん中に、その影を落としていた。


 その時、加藤友三郎海軍大臣が、ゆっくりと席を立った。


 会場の視線が、一斉に日本代表に集まる。フランス代表のアルベール・ピエール・サロー海軍大臣は、まだ拳をテーブルに置いたまま動かない。枢密院議長バルフォア卿は静かにこちらを見据え、ヒューズ国務長官は眼鏡の奥で微かに表情を硬くした。


 加藤海軍大臣の声は、低く、しかし会議室の隅々まで届く明瞭さがあった。

「議長、ならびに各国代表に申し上げる。私は、この海軍軍縮会議の本旨を、改めて確認したい。」


 一瞬の間が置かれた。


「本会議は、参加国の海軍力を制限し、軍備競争を抑制するために開かれた。主力艦の保有比率を定め、航空母艦をはじめとする新たな艦種の定義を明確にし、補助艦その他の艦艇についても、将来の紛争の火種とならぬよう、枠組みを築くことが目的であると、私は理解している。」


 加藤海軍大臣は、フランス代表の方をわずかに見やり、すぐに視線を戻した。

「しかるに、いま議論されているのはこの場に居ない国の2隻の艦艇の分類である。ドイツは本会議に招かれていない。よって、その艦が戦艦であるか航空母艦であるかを不在のまま最終的に断ずることそのものが、会議の権限を超える行為なのではあるまいか。」


 会場に、低い息遣いが流れた。アルベール・ピエール・サロー海軍大臣が口を開きかけたが、加藤海軍大臣は手を軽く上げて制した。

「無論、フランス代表が指摘された懸念は、理解できる。定義が曖昧なままでは、将来、同様の『改造』が横行する恐れがある。だからこそ——」


 彼は、机上の書類に軽く手を置いた。

「この場に居ない国の艦艇の是非を論ずるよりも、参加国が守るべき主力艦、航空母艦、補助艦、およびその他の艦艇の定義を、明確に定めることに注力すべきである。何をもって主力艦とし、何をもって航空母艦とするか。飛行甲板を主たる兵装とする艦と、主砲を残したまま航空機を運用する艦を、いかに区別するか。この線引きこそが、本会議の本旨に適う作業だと考える。」


 加藤海軍大臣は、静かに一礼して席に戻った。


 ヒューズ国務長官が、ゆっくりと頷いた。枢密院議長バルフォア卿も、短く「同感である」と口にした。

 アルベール・ピエール・サロー海軍大臣は唇を結んだまましばらく動かなかったが、やがて低く吐き捨てるように言った。

「……定義を先に定める、か。結構だ。ただし、その定義がドイツの既成事実を追認するようなものにならぬよう、フランスは厳に監視する。」


 会議室の空気が、わずかに動き始めた。ドイツ不在のまま宙に浮いていた『バイエルン』の影はいったん議場の外へと押しやられ、代わりに主力艦と航空母艦の定義というより根源的な論点が、テーブルの中央に据え直された。



 連日の討議の末、艦種に関してようやく一つの結論に達しつつあった。

 ヒューズ国務長官が、各国代表の前で草案の要点を読み上げる。加藤友三郎海軍大臣は腕を組み、静かに耳を傾けていた。枢密院議長バルフォア卿は目を細め、アルベール・ピエール・サロー海軍大臣は唇を固く結んだまま動かない。


「まず、主力艦の定義である」

 ヒューズ国務長官の声が響いた。


「基準排水量一万トンを超えるか最大備砲口径八インチを超えるかする水上戦闘艦を、主力艦とする。

 主力艦は十年の間新規に建造することが禁止される。

 十年が経過した後、艦齢が二十年を超える場合に限り基準排水量三万五千トン以内、かつ最大備砲口径十六インチ以内にて代艦の建造のみを認める。」


 続いて、航空母艦の項が読み上げられた。

「航空母艦とは、基準排水量一万トンを超え、陸上機——すなわち艦載機——を運用することを主とする艦艇を指す。基準排水量は三万五千トン以内とし、最大備砲口径は八インチ以内とする。

 ただし、最大備砲口径が五インチを超える場合、備砲口径が五インチを超える砲は十門までしか搭載できない。」


 補助艦についても、簡潔に定められた。

「補助艦は基準排水量一万トン以内とする。駆逐艦の備砲口径は五インチ以内に制限する」


 読み上げが終わると、会議室に短い沈黙が落ちた。


 アルベール・ピエール・サロー海軍大臣が、ゆっくりと口を開いた。

「この定義に従えば——もし締約国が、バイエルン級と同型の艦を保有し、運用するのであれば、その艦は航空母艦ではなく、戦艦として扱われることになる。」

 彼の声には、満足と、なお拭いきれぬ警戒が混じっていた。

「主砲口径が38cmであり、8in(インチ)を遥かに超える。飛行甲板を備えていようと、基準排水量が一万トンを超え、かつ大口径砲を残している以上、主力艦——すなわち戦艦——以外の分類は成り立たない。」


 枢密院議長バルフォア卿が短く頷いた。

「わが国の見解もそれに近い。『イーグル』は主砲をすべて撤去し、飛行甲板を主たる兵装とした。ゆえに航空母艦たり得る。しかしながら主砲を残したまま甲板を備えた艦は、定義上主力艦の範疇を出ない。」


 加藤海軍大臣は、静かに目を上げた。

「本会議の本旨は、参加国が守るべき定義を定めることにあった。ドイツは締約国ではない。ゆえに、この定義が直ちにドイツ艦に適用されるわけではない。だが——」


 彼は一拍置いた。

「もし将来、締約国が同型の艦を保有・運用するならば、それは戦艦として扱われる。この点に、異論はない。」


 ヒューズ国務長官が、草案の最後のページをめくった。

「以上をもって、主力艦、航空母艦、補助艦およびその他の艦艇の定義を、本会議の合意とする。ドイツ不在のまま議論された一隻の艦は、定義の適用例として記録に残すが、条約本文には直接記さない」


 アルベール・ピエール・サロー海軍大臣は、深く息を吐いた。

「……了解した。ただし、フランスはこの定義が、将来の『改造』によるすり抜けを許さぬよう、厳に監視する。」


 会場に、低い承認の声が広がった。


 バイエルン級は、もし締約国の手にあるならば戦艦として扱われることに決まったのである。

 そしてこの結論と艦の特徴から、バイエルン級は「航空戦艦」と俗称されることになる。

 ここで漸く航空戦艦という語が(俗称として)登場することになります。


 尤も、主砲が公算射撃が出来ない門数なので戦艦としての能力は微妙である上に飛行甲板の長さが短めなため航空機運用能力が(相対的に)低くなることが運命付けられていることから航空戦艦の弱点――戦艦としても航空母艦としても性能が微妙――がモロに表に出るのですが……

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