The return of the Bayern-class battleship
【架空戦記創作大会2026夏お題②】、ここに投稿です。
本作は急造品ですので、今回より前に今回より前の時系列の回が入ってくるかもしれません。
キール海軍工廠の設計部会議室は、重厚なオークの長机を囲むように、ドイツ海軍技術士官と、監視役として派遣された大日本帝國海軍の士官たちが座っていた。窓外にはバルト海の灰色の海が広がり、時折、北風がガラスを鳴らす。
ドイツ側の首席設計官であるフォン・ミュラー技術大佐が、大型の図面を広げた。そこにはバイエルン級戦艦の側面図が描かれていた。
「条約の規定により、主砲塔二基の撤去は避けられない。残存する二基の38cm連装砲塔で、可能な限りの戦力を維持しつつ——」
フォン・ミュラー技術大佐は必然として発生する砲戦術上の問題に眉間に皺を寄せながらどうするべきかを考えていた。
「いいえ。」
静かに、しかしはっきりと割って入ったのは、大戦中に航空母艦若宮の艦長を務めていた原田正作大佐だった。紺色の制服に金モールを付けたその姿はドイツ側の漆黒の軍服の中で異彩を放っていた。
「貴艦を『戦艦』として残す限り、条約の枠内で最強とは言えません。フランスは必ず何かしら問題視することでしょう。ならば、発想を転換すべきです。」
原田は立ち上がり、赤鉛筆でツェーザル砲塔とドーラ砲塔に×印を書いてから図面上の上部構造物を指差した。
「上部構造物、ならびにツェーザル、ドーラ両砲塔を完全に撤去する。跡地には格納庫を設け、その上に飛行甲板を通す。煙突は右舷に寄せてアイランドを形成することになるでしょう。つまり——飛行機母艦とするのです。」
会議室に一瞬の沈黙が落ちた。
ドイツ側の若い士官が思わず身を乗り出した。
「飛行機……母艦……ですか? しかし、それでは主砲を——」
「主砲の換装は行わない。」
原田は即座に答えた。
「口径を落として三連装化すれば、確かに超弩級戦艦としての戦力は保てる。だが、それは時間と手間がかかりすぎる。改造期間が延びれば、フランスが『条約違反の疑いあり』と騒ぎ立てるのは目に見えている。われわれは、最短でなおかつ最強の戦闘艦を作らねばならない。」
フォン・ミュラー技術大佐が顎を撫でた。
「……確かに。機関の換装による無理な高速化も同じ理由で見送るべきでしょう。流石に大型艦の機関が数年で飛躍的に進歩するとは考えにくい。改造が長引けば、フランスにいちゃもんをつける口実を与えるだけです。」
原田は頷き、図面の艦尾部分を指でなぞった。
「艦尾は延長する。水中抵抗を減らしつつ同時に飛行甲板を拡大するためです。」
フォン・ミュラー技術大佐が口を挟んだ。
「延長部の形状ですが……」
彼の声には、わずかな矜持が混じっていた。
「試験的にトランサム・スターンを採用したい。従来の巡洋艦型艦尾に比べ、建造が容易で、工期を大幅に短縮できる。わが工廠の経験から言えば、これは合理的な選択です。」
原田は少しの間、図面を見つめていた。やがて、静かに頷いた。
「結構です。改造期間の短縮という目的に適うならば、ドイツ側の提案を容れましょう。ただし——」
彼は会議室を見渡した。ドイツ側の士官たち、そして同席する日本側の技術将校たち。
「この艦は、改造後もなおドイツ海軍の最強艦として君臨しなければなりません。条約の枠内で、可能な限りの戦闘力を持たせる。それが、われわれに課せられた使命です。」
フォン・ミュラー技術大佐が立ち上がり、原田に向かって軽く頭を下げた。
「承知いたしました、原田大佐。バイエルン級は貴官の助言の下、飛行機母艦として生まれ変わる。条約の規定を守りつつ、最強の戦闘艦とする——それが、われわれの方針です。」
会議室の窓から、遠くキール湾の水面が鈍く光っていた。そこに、やがて鋼鉄の飛行甲板が浮かぶ日が来ることを、誰もが想像していた。
ヴィルヘルムスハーフェン海軍工廠の第五船渠は、鋼鉄の騒音に満ちていた。
ドックの底に鎮座しているバイエルン級戦艦「バイエルン」は、上部構造物を解体されていた。アントン砲塔とブルーノ砲塔は残されているが、ツェーザル砲塔とドーラ砲塔はすでに撤去されていた。煙突は既に切断され、艦橋構造物も撤去されていた。
原田正作大佐は防寒外套の襟を立てながら、ドックの縁に立っていた。隣にはフォン・ミュラー技術大佐と、工廠長のシュミット少将が並ぶ。
「日本海軍の有する飛行機母艦の運用実績を参考にすることを期待していたのだがな。」
シュミットが苦笑混じりに言った。
「残念ながら、我が海軍には未だ飛行機母艦は存在しません。だからこそバイエルン級戦艦で飛行機母艦について試そうと思ったのです。小官が艦長を務めた『若宮』は実態として商船に水上機を搭載した特設艦艇に過ぎなません。イギリスの例は艦中央に上部構造物が鎮座ましまして飛行甲板を前後に分断しております。全通飛行甲板を備えるケースでは無いから参考になりません。一応イギリス海軍にはアーガスという全通飛行甲板を有する航空母艦が居るのですが、バイエルン級戦艦の改装の参考として見せてもらうのは断られました。」
原田は小さく頷いた。
「仕様決定の段階でフューリアスが有していた参考資料としての役割は終わっています。ここからは実艦で試すしかないでしょう。」
工事は迅速に進められた。艦尾はトランサム・スターン形式で延長され、船体中央から後方にかけて仮設の飛行甲板が木材と鋼材で組み立てられていく。正式な格納庫やエレベータはまだ設けられていない。甲板はあくまで「仮設」であり、発着試験を繰り返すことで最終形状を決定するためのものだった。
1920年晩秋、戦艦バイエルンは初めて船渠を出た。
仮設飛行甲板は艦首側にわずかな傾斜を残し、中央部から艦尾にかけてほぼ水平に伸ばされていた。右舷には仮設のアイランドが立ち上がり、煙突がその中に収められている。甲板の表面は滑り止めの処理が施されているが、塗料はまだ仮のものだ。
試験に用いる機体は、帝政ドイツが生み出した単発複座機、LVG C.Vだった。木製骨組みに羽布張り、水冷直列六気筒エンジンを積み観測機として実績のある機体である。パイロットは海軍航空隊から選ばれた熟練者が務めた。
最初の発艦は、ドックを出て間もないヴィルヘルムスハーフェン湾外で行われた。
戦艦バイエルンは風上に向かって全速力で航行している。LVG C.Vは仮設甲板の中央やや後方から、艦首方向から吹いている風を受けて滑走を始めた。木製プロペラが唸りを上げ、機体がゆっくりと加速する。甲板長はまだ十分とは言えず、パイロットは慎重に操縦桿を引いた。機体が甲板端を離れた瞬間、周囲の見張員から安堵のため息が漏れた。
着艦はさらに難航した。
仮設甲板にはアレスティング・ギアなど存在しない。パイロットは、艦の速度と風向を計算しながら慎重に高度を落としていく。一度目は甲板をオーバーランし、機体は海面に着水した。二度目は艦尾に接触し、脚部を損傷。三度目でようやく、甲板中央に車輪を乗せることに成功した。
原田は、艦橋に相当する仮設アイランドから、その一部始終を凝視していた。
「発艦は、甲板長がもう少しあれば安定するな。着艦は……風向きと艦の動揺が効きすぎる。艦尾形状が後流を乱している可能性がある。」
フォン・ミュラー技術大佐がメモを取った。
「甲板の傾斜角度と艦尾の形状を微調整する必要がありそうだな。仮設のまま何度かやり直す。」
以後、バイエルンは北海の静穏な海域を選んで繰り返し発着試験を行った。LVG C.Vは延べ二十機以上が投入され、パイロットたちは甲板の長さ、幅、傾斜、そしてアイランドの位置関係を体で覚えていった。ある日は強い横風で機体が横転し、ある日は艦が波を受けて傾いたことから着艦を中止した。
一ヶ月後、試験データがまとまった。
原田大佐とフォン・ミュラー技術大佐、シュミット少将が工廠の会議室に集まったとき、机上には修正された飛行甲板の図面が広げられていた。
「仮設甲板での試験結果を反映する。飛行甲板は艦首側に緩やかな下り勾配を残し、中央から艦尾にかけて水平とする。飛行甲板幅は船体幅いっぱいまで拡げる。アイランドは右舷に固定し、煙突との干渉を最小限にするために煙突を外舷側に傾ける。」
原田大佐が指で図面を辿った。
「これで最終形状を決定する。その後、格納庫を本格的に区画し、エレベータを二基設ける。正式の飛行甲板は鋼製とし、仮設の木材はすべて撤去する」
シュミット少将が深く息を吐いた。
「ようやく、形になるな。条約の枠内で、最強の戦闘艦——飛行機母艦として……」
ドックに戻った戦艦バイエルンは再びクレーンの影に包まれた。仮設甲板が解体され、代わりに本格的な鋼製の飛行甲板が一枚一枚、溶接とリベットで組み上げられていく。艦尾のトランサム・スターンは、試験で得られた知見を基にわずかに形状を修正された。
1921年初春、バイエルンは再び船渠を出た。
今度は、正式の飛行甲板を備えた姿だった。右舷のアイランドが低く長く延び、煙突がその中に収まっている。甲板は灰色に塗装され、白いセンターラインが艦首から艦尾まで一直線に引かれていた。
原田大佐は、その甲板を見つめたまま、静かに言った。
「これが、『飛行機母艦』です。あとは、その強さを運用で証明するだけだ。」
フォン・ミュラー技術大佐が隣で頷いた。北海の風が完成したばかりの飛行甲板を撫でていく。かつて超弩級戦艦として海を割っていた船体は今、鋼鉄の翼を得るための舞台へと変わろうとしていた。
という訳で、バイエルン級戦艦は航空戦艦として生まれ変わりました。とはいえ航空母艦とは何かすら定まっていない空母黎明期のお話なので、航空戦艦という語はまだ登場しません。
なので本作世界線に於ける第一次世界大戦後のバイエルン級戦艦は暫くの間戦艦なのか航空母艦なのか艦種に表記揺れが発生しますし、ワシントン海軍軍縮会議で(参加国じゃないドイツが保有している)バイエルン級に関して戦艦なのか航空母艦なのかが問題になり議論されることになります。




