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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第1章 冒険の始まり
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第5話 師の言葉

 セレナ村を出て、空が群青に沈むころ。

 三人は街道から少し外れた草地に足を止めた。


「今日はここで野営にするか」


 ダリオスの低い声に、アレンとジークは無言で頷いた。

 旅慣れた動作で荷を下ろし、火を起こす準備を始める。

 小枝を折り、乾いた草を寄せ、アレンが手をかざすと、やがて赤い焔がぱちぱちと音を立てた。夜の冷気を押し返すように炎が揺らめき、焦げた草の匂いが辺りに広がる。


 三人は焚き火を囲み、それぞれ腰を下ろした。

 手に取るのは、固く乾いたパンと塩気の強い干し肉。


「また干し肉かよ……」


 ジークがうんざりとした顔で歯を立てる。

 旅が長引くほど、どうしても日持ちする食糧ばかりになる。慣れたはずの味でも、飽きはどうしても避けられない。


「食えれば十分だろ」


 アレンは表情を変えず、パンを口に運んだ。


「お前、ほんっとに食に興味ねぇよな」

「生きるための作業だからな」


 淡々と答えるその言葉に、ジークは呆れながら笑みをこぼす。


「喜べ。今日は果実もある」


 そう言ってダリオスが荷袋から乾燥果実を取り出した。

 差し出された袋を受け取ったジークは目を輝かせ、勢いよく口に放り込む。


「おっ……甘い!まだマシだ」


 アレンもひとつ摘み、水で流し込む。干し肉の塩気のあとに広がる淡い甘みが、疲れた体に染みる。腹が満たされると同時に、冷えた風の中でようやく落ち着きが戻った。


 *


 食事を終えた頃、ダリオスがふいに焚き火を見つめながら口を開いた。


「……瘴気の魔獣は、竜の残した欠片――そう言い伝えられてきた。だが、真実は誰にも分からない」


 その声音は焚き火の赤に溶け、夜の闇に響いた。


「竜……」


 アレンは小さく呟く。胸の奥にざらつくような感覚が広がった。

 昔から“竜は災厄”と言われ続けてきたが、その実像は誰も知らない。ただ忌まわしい存在として恐れられているだけだ。


「じゃあ瘴気魔獣は、倒しても無駄ってことかよ」


 ジークが膝を抱えて頬杖をつき、煙を睨む。

 ダリオスは短く息を吐いた。


「瘴気は確実に広がっている。祓える者がいない以上、いずれ街も村も呑まれる」


 アレンは拳を握りしめる。自分には剣も魔法もあるが、瘴気を祓う術はない。その無力さが、冷たい風よりも強く胸を締めつけた。

 ジークが冗談を飛ばそうとしたようだったが、そのまま何も言わずに口を閉じる。笑いでごまかせる話ではなかった。

 そしてダリオスもまた、焚き火を見つめたまま黙している。その沈黙が、彼の言葉以上に事態の深刻さを物語っていた。


 三人の間に沈黙が落ち、草原を渡る夜風がその隙間を吹き抜けた。

 夜は静かだった。遠くで梟の声が一度だけ響き、すぐに闇に溶けた。

 焚き火の光が頼りなく揺れ、背後に広がる森は底なしの闇に沈んでいる。


 パチ、と焚き火が弾ける。火の粉が宙に舞い、暗い空へと吸い込まれていった。

 まるで、未来さえもこの闇に呑まれてしまうかのように――。

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