第5話 師の言葉
セレナ村を出て、空が群青に沈むころ。
三人は街道から少し外れた草地に足を止めた。
「今日はここで野営にするか」
ダリオスの低い声に、アレンとジークは無言で頷いた。
旅慣れた動作で荷を下ろし、火を起こす準備を始める。
小枝を折り、乾いた草を寄せ、アレンが手をかざすと、やがて赤い焔がぱちぱちと音を立てた。夜の冷気を押し返すように炎が揺らめき、焦げた草の匂いが辺りに広がる。
三人は焚き火を囲み、それぞれ腰を下ろした。
手に取るのは、固く乾いたパンと塩気の強い干し肉。
「また干し肉かよ……」
ジークがうんざりとした顔で歯を立てる。
旅が長引くほど、どうしても日持ちする食糧ばかりになる。慣れたはずの味でも、飽きはどうしても避けられない。
「食えれば十分だろ」
アレンは表情を変えず、パンを口に運んだ。
「お前、ほんっとに食に興味ねぇよな」
「生きるための作業だからな」
淡々と答えるその言葉に、ジークは呆れながら笑みをこぼす。
「喜べ。今日は果実もある」
そう言ってダリオスが荷袋から乾燥果実を取り出した。
差し出された袋を受け取ったジークは目を輝かせ、勢いよく口に放り込む。
「おっ……甘い!まだマシだ」
アレンもひとつ摘み、水で流し込む。干し肉の塩気のあとに広がる淡い甘みが、疲れた体に染みる。腹が満たされると同時に、冷えた風の中でようやく落ち着きが戻った。
*
食事を終えた頃、ダリオスがふいに焚き火を見つめながら口を開いた。
「……瘴気の魔獣は、竜の残した欠片――そう言い伝えられてきた。だが、真実は誰にも分からない」
その声音は焚き火の赤に溶け、夜の闇に響いた。
「竜……」
アレンは小さく呟く。胸の奥にざらつくような感覚が広がった。
昔から“竜は災厄”と言われ続けてきたが、その実像は誰も知らない。ただ忌まわしい存在として恐れられているだけだ。
「じゃあ瘴気魔獣は、倒しても無駄ってことかよ」
ジークが膝を抱えて頬杖をつき、煙を睨む。
ダリオスは短く息を吐いた。
「瘴気は確実に広がっている。祓える者がいない以上、いずれ街も村も呑まれる」
アレンは拳を握りしめる。自分には剣も魔法もあるが、瘴気を祓う術はない。その無力さが、冷たい風よりも強く胸を締めつけた。
ジークが冗談を飛ばそうとしたようだったが、そのまま何も言わずに口を閉じる。笑いでごまかせる話ではなかった。
そしてダリオスもまた、焚き火を見つめたまま黙している。その沈黙が、彼の言葉以上に事態の深刻さを物語っていた。
三人の間に沈黙が落ち、草原を渡る夜風がその隙間を吹き抜けた。
夜は静かだった。遠くで梟の声が一度だけ響き、すぐに闇に溶けた。
焚き火の光が頼りなく揺れ、背後に広がる森は底なしの闇に沈んでいる。
パチ、と焚き火が弾ける。火の粉が宙に舞い、暗い空へと吸い込まれていった。
まるで、未来さえもこの闇に呑まれてしまうかのように――。