第4話 光との出会い
薄曇りの空の下、アレンたちは昼食を終えて再び広場を横切っていた。
次の街へ向かうために足を進めていたその時だった。
「ごほっ……げほっ、げほっ!」
石畳の片隅で、老人が激しく咳き込みながら膝をついていた。
乾いた咳が止まらず、呼吸のたびに喉がひゅうひゅうと鳴る。
痩せた首筋には赤い線がいくつも走り、爪で掻きむしった跡が腫れ上がっている。
指先は紫色に変色し、吐息にはかすかな黒い霞が混じっていた。
「じいちゃん!」
遊んでいた子供が駆け寄り、必死に背を支える。
アレンも咄嗟に老人の肩を抱き起こした。
「大丈夫か!?」
明らかに様子がおかしい。
「何かの病か……?」
そう問うアレンに、背後から低い声が届く。
「……“瘴蝕”だ」
ダリオスが険しい表情で言った。
「瘴気に蝕まれ、肉体も魂も削られていく。今のような咳は“瘴咳”――俗に“竜の咳”と呼ばれる症状だ」
「はぁ!? 助ける方法くらいあるだろ!」
ジークの声に、ダリオスは一瞬だけ視線を伏せる。
「聖導教会で浄化を受ければ助かる。……金さえ払えればな」
「布施ってやつか……」
選ぶように言ったダリオスの言葉に、ジークが吐き捨てる。
「命を金で計るってのかよ」
老人は苦しげに笑みを浮かべた。
「わしはもう長くはない。旅人さん、どうか……看取ってくれんか」
「そんなの嫌だよ、じいちゃん!」
子供が泣き叫ぶ声に、アレンは奥歯を噛んだ。
目の前で苦しんでいる人がいるのに、自分には何もできない。
子供の必死な声が広場に響いても、人々はただ遠巻きに立ち尽くしていた。
「また、竜の咳か……」
誰かの囁きが耳に届き、アレンは拳を握りしめる。
恐怖のせいで誰も手を伸ばさない。自分も同じだ。
ただ老人の背を支えることしかできない――その無力感が胸を締め付けた。
その時だった。
すっと誰かがアレンの隣に膝をついた。
白銀の髪が風に揺れ、曇天の下で唯一光を宿すようにきらめく。
「……!」
少女が静かに手をかざした瞬間、柔らかな光が広がった。
淡い光が老人の体を包み、空気が一変した。
老人を蝕んでいた重苦しい瘴気が薄れ、淀んだ風が澄みきった透明な流れへと変わっていく。
「これは……!」
ダリオスの声に驚きが混じる。
やがて光が落ち着き、少女はゆっくりと瞼を上げた。
翠の瞳が輝き、老人を映す。
「嘘みたいじゃ……呼吸が楽になった」
老人の声はかすれながらも安堵に満ちていた。
「じいちゃん!」
子供がその胸に飛び込み、涙をこぼす。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
集まった人々が口々に賞賛の声を上げる中、少女は小さく首を振った。
「大したことじゃないんです。……ただ、少し光を灯しただけ」
その横顔に、アレンの胸は不思議と熱くなった。
口をついて出た言葉は、思考よりも先に心から溢れたものだった。
「……いや、すごいよ。本当に」
少女は驚いたように目を丸くし、やがて頬を赤く染めた。
「……っ、ありがとう」
それだけを残し、少女は人混みの向こうへと姿を消していく。
アレンはしばらくその背を見送っていた。
――光とは、あんなにもあたたかく、人を救うものなのか。
自分にはできないことを、彼女は当たり前のようにやってみせた。
その瞬間――胸の奥で、何かが小さく灯った気がした。




