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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第3章 遺跡の真実
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第1話 廃墟の入口

 フィオナは歩きながら、どこか落ち着かない表情を浮かべていた。

 故郷アルデンに残してきた人々のことが、心の奥で気がかりになっているのだろう。

 その横顔を見て、ダリオスが低く、しかし穏やかに声をかけた。


「心配は不要だ。あれだけ巨大な瘴気魔獣を倒した、そう簡単に次が現れるものではない」


 彼の声音には確信があった。戦場を幾度もくぐり抜けてきた戦士の、それも大人としての重みが宿っている。

 フィオナは小さくうなずいた。不安がすぐに消えるわけではないだろう。それでもきっと、頼れる背中があるだけで、歩みはほんの少し軽くなる。


 *


 旅の道中、立ち寄った宿場(しゅくば)で商人から奇妙な噂を耳にした。

 曰く、瘴気に沈んだ村の奥に、古代の遺跡があるらしい。

 荒唐無稽な話に思えたが、ダリオスは黙って真剣に聞き入っていた。何か心当たりがあるのだろう。


 そして実際に足を運んでみれば――噂は現実だった。


 鬱蒼とした森を抜けた先に広がるのは、すでに人の営みを失った村。

 崩れ落ちた屋根、割れた窓ガラス、雑草に覆われた石畳。

 広場にはひしゃげた井戸が残され、水を汲む桶だけが転がっていた。かつては子供たちの声で満ちていたのだろうが、今はただ風が吹き抜けるばかりだ。

 それらすべてが瘴気の薄もやに沈み、ゆっくりと飲み込まれていく最中にある。

 沈黙が重くのしかかり、鳥の声すら聞こえない。


「……ひどい」


 フィオナが思わず呟いた。

 壁際に目をやると、そこには色褪せた落書きが残されていた。

 幼い子供の手で描かれたのだろう、ぎこちない線で“巨大な竜に踏み潰される人間”の姿が表現されている。

 遊び半分で描いたものにしてはあまりに生々しく、痛々しい。

 それは人々が抱えていた恐怖の形そのものだった。


「ここにも遺跡が残っていたか……」


 瓦礫を踏みしめながら、ダリオスが低く呟く。

 その声音には、懐かしさと緊張が入り混じっていた。

 どうやらダリオスは、こうした遺跡に以前から何度か触れてきたことがあるらしい。


「俺らも物好きだな」


 ジークが鼻を鳴らし、周囲を見渡す。


「こんな瘴気まみれの場所で、わざわざ石っころ拾いに来るなんてよ」


 乾いた風が吹き抜け、崩れた石柱がわずかに軋む。

 人の気配はどこにもなく、ただ瘴気だけがじわじわと肌に染み込んでくるようだ。

 アレンはわずかに顔をしかめた。空気が皮膚の下にまで染み込む錯覚がする。


「ここも……瘴気に……」


 フィオナが咳をひとつこぼす。

 その音に、アレンはすぐさま反応した。自分の口元を布で覆いながら、フィオナの分も取り出して差し出す。


「フィオナもこれを。油断したら危ない」


 彼女は素直にそれを受け取り、口元を覆った。

 ほかの仲間も同じように準備を整える。

 瘴気の濃度は確実に増しており、長居すべき場所でないのは誰の目にも明らかだった。


「だが、ここには古の記録が残っているはずだ」


 ダリオスの声が、一行の足を止める。

 ダリオスは崩れかけた石造りの門の前に立ち、真剣な眼差しで奥を見据えていた。

 闇に口を開けたようなその空洞が、村の奥に眠る遺跡の入口だった。


「俺たちが探している答えも、きっと中にある」


 ダリオスは誰にともなくそう言い切る。

 瘴気に包まれたこの土地でさえ、彼の言葉には不思議と道を示す力がある。アレンはその背を見つめ、胸の奥で小さく拳を握った。

 この旅の意味を、アレン自身もまだ掴みきれてはいない。だが、自分の歩むべき道がそこに続いていると感じた。


 一行は互いにうなずき合い、闇の口へと足を踏み入れていった。

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