幕間 食事改善
乾いた草地に腰を下ろし、いつものように干し肉と固いパンを取り出した。
旅の食事なんて、腹が膨れればそれで十分だと思っていた。
「……それだけ、ですか?」
不意に聞こえた声に顔を上げる。フィオナだった。まだ仲間になったばかりで、焚き火を囲む輪にも少し遠慮がちに腰掛けている。
アレンの手元を見つめる瞳には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。
「……食べられれば、それで十分だろ」
「まあな。ちょっと寂しいけど腹は膨れるし」
ジークが同意するように肩をすくめる。
「……栄養の偏りが気にはなるが」
ダリオスはいつも通り淡々と。
三人が口々に言っても、フィオナは納得していない様子で首を傾げていた。やがて決心したように、荷物袋を開く。
「だったら、少し工夫してみましょう」
差し出されたのは小瓶に詰められた香草と酢漬けの野菜。
「お父さんが持たせてくれたんです。ご存じの通り、食堂をやってますから」
そう言って微笑む顔は、少しだけ誇らしげだった。
手際は驚くほど早かった。干し肉を刻んで香草と和え、固いパンは火にかざして軽く炙る。添えられた酢漬けの野菜からは、さっぱりとした香りが漂った。
ほんの数分で、味気ない食事が“料理”へと変わる。
渡されたサンドイッチを恐る恐る口にした瞬間――思わず目を見開く。
酸味が肉の脂を和らげ、香草の香りが鼻に抜ける。噛むほどに旨味が広がり、思わず言葉を失った。
「なにこれ、めっちゃうまいじゃん!」
ジークが大袈裟に叫び、両手を打ち鳴らす。
「悪くない。いや、むしろ……」
ダリオスが珍しく感嘆の息を漏らす。
アレンは胸の奥に広がる温かさに戸惑いながら、ただ黙って咀嚼を続けた。
食事でここまで驚いたのは、いつ以来だろうか。フィオナの実家での食事もおいしかったが、これはそれ以上に格別だった。
「フィオナ。今後の食事当番を任せてもいいか?」
ダリオスの言葉に、フィオナはぱっと笑顔を見せる。
「もちろん!食堂の娘として、食の楽しみがわからない人たちを放ってはおけませんから!」
その場の空気が少しだけ和らいだ。焚き火のはぜる音も、いつもより穏やかに響く。
「……うまかった」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。誰に向けたわけでもない小さな声。
だが、隣に座るフィオナの耳には届いたらしい。彼女は驚いたようにアレンを見て――やがて、静かに微笑んだ。
実は一番胃袋を掴まれたのはアレンだったりします。
普段は口数が少なくぶっきらぼうな彼も、美味しいものには素直に心を動かされるんですね。