表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第2章 小さな希望
12/36

第5話 決意の旅立ち

 翌朝。街はまだ薄い霧に包まれていた。石畳はしめり気を帯び、吐く息すら白く濁って見える。昨日の戦いで一時は晴れた空気も、ゆっくり、しかし確実に。再び瘴気に侵されつつあるのだろう。

 アレンたちは荷を整え、フィオナの食堂を訪れた。旅の道中で口にする食べ物を分けてもらうつもりだったが、そこで思いがけない言葉が投げかけられる。


「……私も、一緒に行っていいですか?」


 フィオナの声はかすかに震えていた。それでも瞳はまっすぐで、曇りはない。


 一瞬、言葉を失ったのはアレンだけではなかった。ジークが「えっ」と目を丸くし、ダリオスでさえ眉をわずかに動かした。


 両親も当然、驚きを隠せない。母親は慌てて娘の肩に手を置き、父親は深い皺を刻んだ顔を伏せる。それでも強く否定はしなかった。むしろ、娘の決意を受け止めようとするように、二人は静かに荷を用意し始めた。


「これくらいしか……」


 母親が布袋をいくつも抱えてきた。包みをほどくと、中からは干し肉、黒パン、保存のきく果実、それに薬草の束まで出てくる。

 申し訳なさそうに言うが、その量は「これくらい」では済まない。小柄なフィオナが一人で背負えば、すぐに歩けなくなるほどだった。


「……さすがに多すぎるだろ」


 アレンは一度ため息をつき、結局は袋を受け取って自分の鞄に詰め込んだ。

 ジークも苦笑混じりに肩をすくめ、同じように手を貸す。

 ダリオスは何も言わず、荷を一つずつ確かめてから自分の背袋に振り分けた。その無言の仕草には、妙な重みがあった。


 その中に、一本の杖があった。木目が磨かれ、握りやすいように細工されたそれは、明らかに誰かが時間をかけて用意したものだった。


「……お父さんが、いつか必要になるだろうって」


 フィオナの母親がそう言ったとき、父親は厨房の奥を向いたまま振り返らなかった。


「お前が信じる道なら、行ってこい」


 ぶっきらぼうに言い捨てる声。その背中に、アレンは言葉にできない重さを感じた。


「必ず、帰ってきてね」


 母親はフィオナを強く抱きしめた。フィオナも小さく頷き、「必ず、いつもみたいに……ただいまって言うから」と囁く。

 その声が揺れていたのか、それとも自分の胸が揺れたのか、アレンには判別がつかなかった。


 *


 街の門へ向かう道。まだ朝の光は霧を完全に払えず、景色は白くぼやけている。


 途中、通りすがりの行商人が立ち話していた。


「最近、“救済の()”とかいう連中を見かけたぞ。竜を拝んでるって話だ」


 ジークが鼻で笑う。


「……物好きもいるもんだな」


 ダリオスは何も言わなかった。ただ、その横顔は霧の白さに溶けて表情が読めない。

 言葉が耳に残る。竜を信仰する――不穏な響きだけが尾を引いた。


 やがて門にたどり着くと、昨日の門番ともう一人、昨日とは別の門番が立っていた。フィオナは他の街へ行くこともそれなりにあるようで、門番たちと知り合いらしい。

 彼らは無言で手を振る。送り出すでもなく、引き止めるでもなく、ただ見守るように。

 フィオナも手を振り返し、門に背を向けて一歩を踏み出した。その足は、二度と振り返ることなく進んでいった。


 アレンはふと横を見る。

 銀の髪が朝日に照らされ、淡く光を帯びて揺れていた。


(……この力があれば、きっと)


 胸の奥に、初めて未来を想像する感覚が芽生える。

 それは脆く、小さな光にすぎない。だが、確かにそこにあった。


 四人の影が、霧の向こうへと伸びていった。

~入れそびれたフィオナの服装~

深緑の旅人用マントの下には、白を基調にした清楚な旅人服。

一見ワンピースのようにまとまって見えるが、実際は動きやすいズボンを合わせている。

首元・袖口・裾には、差し色のように鮮やかな赤のラインが走り、静かな装いにささやかな強さを添えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ