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22.春風の中を

 

 それから一週間ほど過ぎて、桜が満開の時期を迎えた。

 本当に、奇跡の恵みだった。

 ハルは、変わりなく元気に過ごしていた。『桜の時期まで持つかわからない』とされていたのに。


「桜だね。」

「うん。桜だ。」

 ハルはニコニコ笑う。

 ハルの微笑が眩しかった。


「外へ出て見て見る?」

 僕の提案に、ハルは頷く。


 ハルは元気よく頷いているが、やはり、身体の状態、ハルの状況は、確実に悪い方へと進行している。

 先日は、往診に来ていた医者から、血液検査の結果を渡されるがそこでも。


「数値として、進行している。それを確認してください。よく頑張ってくれてはいますが。」

 という話をして、紙を渡されるのだった。


 勿論だが、ハルの両親も定期的にここに来ている。

 僕もハルの両親とは少しずつではあるが、仲良くなった。


 ハルの両親も、結果を重く受け止めているようだった。


 そして、僕の場合はそれが顕著に表れる。

 自由曲、『春の声』の練習。そう、“ハルの声”は、途中までしか聞こえず、だんだんと最後の方は少し休んで、僕のバレエダンスを見ている、そんな状況が続いていた。

 勿論、良い時は、最後まで歌い切れるのだが・・・・。

 ここのところは、ハルは歌うことを、途中で辞めてしまうことが多かった。そして、次第にその頻度は高くなっていった。


 この行為も、ハルにとって、いわゆる、“激しい運動”の部類の一つに入る。

 少し気を遣いながら、部分、部分で、分けて、自主練をしていたのだった。


 しかし、その中でも、桜の季節を迎えた。

 医者からは、余命を告げられていたのに、それよりも少し長く生きられていることが、非常に感慨深く、感謝するのだった。


 何かあったらまずいので、あまり遠くへ行かず、近所の海辺の桜の道を散策することに。


「えっと、ここを左に・・・・。」

 ハルの道案内は詳しい。

 やっぱり、ここは別荘でもあり、ハルの祖父母の家だからか。毎年ここに来ているハルは道をよく知っている。


「やっぱり詳しいね。」

「ふふふっ、ありがとう。実は、夜も来たことあるから。肝試しの一環で、皆で。」

 なるほど。夜もそうしたイベントをこなしているのなら、迷うことはなさそうだ。

 そして、ここら辺となると、夜はすっかり暗そうだ。


「肝試しかぁ。やってみたいなぁ。」

 ハルの言葉を聞いた僕。やはり冒険してみたいのだろう。


「それなら、ちょっと、体験してみる?ちょっと遠回りになるんだけど。」

 ハルはニコニコ笑い、肝試しの体験場所に案内していく。


 すると。


 目の前にはトンネルが立ちはだかる。

 それは、いかにも古いトンネルで、トンネルの灯りも薄暗く、先が見えないほどだ。

 そう、ところどころ、暗い箇所がある。


「トンネルだね。」

「ふふふっ、そう、トンネル。」

 ハルはニコニコ笑っていた。この表情から見るに、前にも来たことがありそう。


「肝試しスポット。親戚の皆で、よくここに来る。」

 ハルは大きく頷く。


 なるほどと、僕は大きく頷く。少しドキドキする。


「入る?」

 ハルは頷く。


「うん。」

 僕は深呼吸して、ハルに頷く。

 そのままハルの車いすを押して、トンネルの中へ。


「実は、ここ、昔の配線跡らしいの、昔、電車はここを通っていたんだって。」

 なるほど、先日、水族館へ行くときに乗った電車の、旧線というわけか。

 確かに、電車に乗っていてもわかったが、トンネルの長さや比較的高い所を走っているなという感じがあったので、割と最近できたものだと感じる。


 昔の技術だと、さほど長いトンネルを掘ることはできないし、長いトンネルが掘れても、比較的低い山に通すトンネルがやっとだろう。


 そういう意味で、トンネルのライトは、あるにはあるけど、暗い所の割合が多かった。

 鉄道であれば、線路があるし、ライトは少し明るいだろうから。


 ひたひたと、水滴が落ちる音がする。


「すごく真っ暗。」

 僕は少し震える。そして、手元を見る。

 ハルの車いすは大丈夫だろうか?


「うん。真っ暗だね。」

 ハルの声も、少し震えている。

 やはり、何度来ても、このトンネルの暗さに慣れていないのだろう。


「でも、自然の中にいるみたい。少し、涼しい。」

 ハルは笑っていた。

「涼しい?大丈夫?寒くない?」

 僕はニコニコ笑ってハルに聞く。


「うん。大丈夫。ほら、見て見て。」

 ハルは前を見るように促しているのだろうか。するとどうだろう、希望の光、一筋の光が差している。

 そう、トンネルの出口だ。


「出口だ。」

「そうだね。」

 僕とハルは少しホッとしていた。


 出口の光はだんだんと、大きくなっていき、やがて。太陽の光が僕たちを照らし、外へ出た。


「少しドキドキした。」

「私も。」

 僕とハルはニコニコ笑い、そして、安堵の表情をお互いに見せる。


 今来た道を引き返して、もう一度トンネルを・・・・。というわけではなく、そこから、海岸線の道に出て、遊歩道へ。すると。


「うわぁ。」

 ハルは笑っていた。

「すごい。」

 僕も、心が興奮していた。


 海岸線の桜並木は、満開だった。

 海と桜を見ながら、このコースをジョギングする人、サイクリングする人とすれ違う。


 どこまでも続く、桜並木と海岸線。

「すごいね。」

 僕はハルの顔を見る。

「きれい。」

 ハルは目の前の桜並木に心躍っていた。


 そして、遊歩道を進むと、桜並木の奥に、菜の花畑が見える。

「すごい。やっぱり、桜と菜の花の季節だね。」

「そうだね。私も、この時期にここに来たときは、毎回ここに来ていたよ。」

 ハルは何かを懐かしむように、その光景をただじっと見つめていた。


 ピンクの空、黄色の絨毯。ハルはただただ、それを見つめていたのだった。


 春風の中、僕たちは遊歩道を進んでいく。

 そして、砂浜が見えてくる。その砂浜は、僕にも見覚えがある。

 去年の夏に、皆で海に行った砂浜だった。


「夜はここで、花火もしたよ。夜の肝試しは、トンネルを通って、遊歩道を通って、最後にここで。」

 ハルは何かを懐かしむように、僕に教えてくれた。


「そうなんだね。楽しそう。夏、また出来たらいいね。」

 僕は遠くを見ながら言った。


「・・・うん。」

 ハルは静かに頷いた。


 そうして春風の中の散歩が終わって、僕たちは別荘に戻った。

 桜並木を目に焼き付け、そして、トンネルのドキドキの鼓動を再び感じながら・・・・。


 




今回もご覧いただき、ありがとうございました。

少しでも続きが気になりましたら、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。

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