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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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2月は境界~Miss.小リスの詰問②~

 2組と10組の決勝をかけた試合は、小関明日香が凄かったというように、私たちの試合とはまた違った意味で白熱戦だった。コートの周囲にいた人たちも、誰かの追っかけのようなギャラリーではなく、真剣に応援していた人達ばかりだ。

 10組を応援するのは、小関明日香と筆頭とするクラスメートや数人の女バス軍団。対して2組は、2組の肉食系女子&すでに負けてしまった草食系男子と、貴子のカレシである日下部先輩とその友達。

 初めはよかった。両チームとも学生の球技大会らしい節度ある応援をしていたが、徐々に応援がヒートアップすると、小関明日香はなにをトチ狂ったのか関係のない余計な助っ人を引っ張ってきたのだ。

 それは和子ちゃんや貴子を目の敵にしている尾島とゆかいな仲間たちや、バスケの辺見先輩や飯塚先輩である。

 特に尾島達は和子ちゃんたちを目の敵にしているからか、応援という名のヤジばっかりで、聞いているだけで気分が悪くなるものだった。

 だがそんなことで和子ちゃんも貴子が負けるわけがない。おかげで2組に火が付き、相手チームにチィちゃんや幸子女史がいても和子ちゃんたちはまったく容赦をしなかった。もちろん10組も負けてはいない。応援の声援度――いや、尾島の騒音度が高くなると、チィちゃんがいつも以上に頑張りを見せた。どうやらクラス以外の部外者の存在は、お互い思った以上に試合に対する気合いと根性を濃密にしたらしい。

 なかなか点差が開かず五分五分の試合が続き、まさかまさかの2組が押され気味という事態だったのだが、最後の最後で流れが変わった。なんと雄臣が派手なゴンドラで舞い降りる神様……違った。アイドルの如く登場し、和子ちゃんに向かって「宇井さん、頑張れ」と名指しで声援を送ったのだ! これにより和子ちゃんの愛と攻撃ゲージがマックスまで回復。ついぞ見たこともないような魔球サーブとアタックを繰り出すという全国大会並みのレベルをお披露目し、そのまま2組の勝利で試合終了となったのだった。

 正しい意味で殺気立っていた試合の審判としてコートに立っていた私は、ハラハラしながら見守っていた。正直この試合の審判員で良かったと胸をなで下ろした。この対戦試合、純粋に試合として見れば素晴らしい内容だったが、応援となるとどちらの立ち位置にいてもカドが立ってしまう。

 目の前の小リスのせいで余計な疲労感だけが残った試合を思い返し、溜息を吐きそうになった。


「あ~あ、このまま10組の弔い合戦を頼みたいところだけどぉ。あのミっちゃんのサーブじゃ無理かなぁ~」

「絶対無理でしょ! 相手、あの宇井だよ? 宇井のスパイク受けたら、いくらこの荒井でも吹っ飛ぶかもね」


 アハハハハ~!


 雌豚達のコロコロした笑い声に一瞬青筋が立ったが、無理矢理作った変なオジサンではなくお笑いでやり過ごした。

(そういう原口アンタこそ、女バレの部長の座から吹っ飛ばされそうだけどね)

 顧問の岩瀬は、最近男バスの動向が気になるサボリの原口より、主峰の和子ちゃんに部長の座をシフトしつつあるのだ。そのまま永遠に女バレから去っても構いませんことよオホホと、すぐ近くのポールに立てかけてあったライン引きを倉庫に持っていくため手に取った。そうそう、こんなところで雌豚どもの相手をしている場合ではない。こいつらより厄介な雄臣が壁を突破する前に退散しなければならないのだ!


『雌豚に 失礼をばと頭下げ とっとと撤退 ホッと安泰』


 頭の中で上出来の一句を読み上げ、それではごきげんようとシズシズその場から離れようとしたら、お呼びでない奴が横からやってきた。


「バぁカ、明日香。チュウはもともと戦力外だろーが。こいつのあんなヘナチョコサーブなんぞメンバー誰もあてにしてねぇよ!」


 前と後ろが塞がっているのなら横からごめんあそばせと脱出しようとしたのに――ここ最近一段とキレが増しているキツイ一言と共に、1組の男子を引き連れたボス猿が行く手を阻んだ。

(魔の三角地帯……)

 ここは日本のはずなのだが、いつのまにか三方に囲まれ、バミューダトライアングル並みの怪奇ゾーンに呑まれる荒井美千子周辺。日ごろから世界へ羽ばたき金髪碧眼との祝言を念じてはいるが、ここまでグローバル化を願った覚えはない。

 ヒクリと顔を歪めながら尾島を見れば、相変わらず生意気な薄ら笑いを浮かべていた。だが目は笑っていない。しかも奴が来ているバスケ部の赤黒シャリジャージの配色具合が、甘いお顔に極悪という名のスパイスを添えている。

 最近この男はもっぱらこのバスケ部の赤黒シャリジャージで、白とブルーのサッカー部専用ジャージは鳴りを潜めていた。


 尾島は去年の夏休み前後から男バスに顔を出していたが、新年が明けてからバスケ部頻度が一段と高くなった。三年の受験勉強にラストスパートがかかり、先輩風を吹かせて部活に遊びに来る人がいなくなったせいだろう。一部のバスケ部三年と上手くいってなかったヤツには願ったり叶ったりの環境だ。尾島はのびのびとバスケの練習に打ち込むようになると、中途入部にも関わらず同じ二年生からも後輩からも特に反感買うことなく、すでに男バスのムードーメーカーとしてレギュラー入りをしていた。なので、サッカー部のほうも尾島のことは半ば諦めているらしい。部長の佐藤君などは尾島の性格をわかっているせいか、無理矢理引っ張り出すこともせず気が向いたら顔を出せよ程度の声掛けだけで、すでに幽霊部員扱いだ。

 まったく、たった今私に対し堂々と戦力外通告をした尾島だが、サッカー部にしてみたら「尾島おまえもな!」と右手を添えてブッこまれているところだ。

(せっかくサッカー部のジャージのほうが爽やかで似合っていたのに……じゃない! ににに似合うというより、爽やかさでカバーすれば多少の極悪非道も誤魔化せるのに!)

 人間、欠点や弱点はそう簡単に治るものではない。ならばどうすればよいか。


『消せぬなら、盛ってしまえ、ホトトギス』


 他の力でもって隠せばよいのである。先人たちにより受け継がれた、人間生きていくうえで役立つ処世術を心を込めて一句読み上げた荒井美千子の気配を察知した尾島は、ギロリと容赦ない視線で睨んできた。

 相変わらずの鋭さにビビリまくりだが、ここは反抗などせず控えめな無視という態度でやり過ごした。大体どもりながら言い返したところで、機関銃のようにしゃべくり倒すこの男に敵うわけがない。言い負かされるのがオチだ。それより多少の暴言やカチンとくる態度を我慢する方が楽だし得策であろう。幸いにも来月で三学期は終わる。一時の辛抱で、残りの中学生活を平穏に過ごせるのならば、こんな二か月ほどの期間など取るに足らない。お釣りが出るほど安い買い物だ。


(雄臣は三月に卒業。四月からは尾島達と離れ離れのクラス――そして一年後、永久に顔を合わせることもなくグッバイ・フォーエバー!)


 3年間同じクラスになるかもという最悪の事態はこの際置いておいて。10クラスもあるのだから一緒になる確率なんて1割さという素晴らしい己の希望的観測を、ジ●ジ●立ちのポージングで前祝いしたところで我に返った。いかんいかん、こんなくだらない内容でこの柔軟性と筋肉、リアリティーとファンタジーがコラボするこの決めのポージングをしてはならない。ただでさえ全関節断絶寸前するほど難易度が高いというのに……本来こんな鈍臭いぽっちゃり系地味女子には恐れ多いミッションなのだ!

(でも――脳内ですら全身激痛の疲労困憊ってどういうこと?!)


「やだぁ啓介ケースケ、そこまで言うことないでしょ? いくらあんなヘナチョコサーブでもさぁ、ミっちゃんだって頑張っているんだからぁ!」

「アホ! どう見てもありゃひどすぎるだろうがっ。2年近くやっているくせにあの程度じゃ、宇井ドテチンのゴリラスパイクやトマホークサーブに対抗できるか! 原口の言うとおり、チュウでも吹っ飛んじまうぜ」

「え~大丈夫だって。ミっちゃんならどっしりしているからさ、きっと飛ばないって! むしろボインで弾き飛ばしちゃったりして!」

「ババババカっ! なにが、ボボボ母音だ! だ、大体な、ボボボ拇印からミサイルなんて無理だからっ、発射しねぇから! 『マジ●ガーZ』じゃねぇから!」

「ちょっと、啓介ケースケ。ボインの変換両方違ってるよぉ。それより胸からミサイル発射するなんて誰も言ってないしぃ。ちなみに胸からミサイルを発射するのは『アフ●イダA』だしぃ。そこんとこ完全に間違えているしぃ! ね~ミっちゃん?」

「…………」

「……ちょっとぉ、聞いてるのぉ? ミっちゃん!」

「(ゴゴゴゴゴ~)……って、え、え、あれ?」


 脳内でお約束の効果音と共にイッてる悪顔でポーズをキメていると、いつの間にか話が進んでいたらしい。ほとんど内容を聞いていなかったので、すみません聞いていませんでしたと授業中にボーっとしていた生徒の常套句でもって素直に頭を下げたら、爆笑していた原口達や1組男子に一瞬シラけた空気が漂った。もちろん聞いてきたミニマムコンビの顔にもアホウドリが通り過ぎている。

 時化が止み、シーンと波風がおさまったバミューダ海域。

 穏やかな冬の日に訪れたエアーポケットのような空間に、ゴホンと咳払いをしながらライン引きを持ち直した。

(ぬぬぬ、あの雄臣や悪魔軍団の存在がポッカリ抜けるなんて――どんだけ凄いの荒木先生、素晴らしすぎる!)

 だがあのポーズは無理があります先生と天に訴えつつ、目の端に映る黒バラの動向をチェックすることだけは怠らない。幸いにもまだ突破に時間がかかりそうなので、このシラけた雰囲気と共についでに向こうのコートに立てかけてあるライン引きも回収しつつこの場からおさらばするかと、ライン引き倉庫へ向かってテイクオフの体制に入った。機体上昇、このまま悪魔軍団を通過、針路変更なし、ヨーソロー! ――のはずが。


「やったな、荒井! 青島チンタオに報告行ったら、びっくりしてたぞ!」

「お疲れ様です、荒井さん。無事サーブが決まりまして安堵しましたわ! さすが東先輩のお知り合い、ついでに副キャプテンですわね!」


 白とブルーのジャージを正真正銘爽やか且つ正しくお召しになっている学年一モテ男と、ハスキーなオカッパメガネの学級委員コンビに阻まれた。トライアングルから四面楚歌にグレードアップした瞬間である。


「…………」


 佐藤君はともかく、ブキミちゃんの登場で無事テイクオフのはずが数秒も経たないうちにエンジントラブルで墜落した。

 こうして2月も相変わらず、荒井美千子の負のループは続いていく。


ヨーソローとは「宜候よろしゅうそうろう」が変化したものです。戦艦や戦闘機などのシーンによく出てきます。その方向そのまま維持せよという意味合いらしいです。

菩提樹はジョジョ立ちファン。知らない人はググってみよう! ちなみにこの小説中は連載開始したばかりで、この言葉はまだ確立されてなかったと思います☆

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