真夏の合宿の夜~前編~
「んでさ。荒井ちゃんって、尾島とどうなってるのよ?」
どうしてこういう話になってしまったのか。
とんでもない台詞を言い出したのは、1年の副部長を引き受けている「奥住さん」で。彼女のからかうような笑みに対して、苦虫を噛み潰した顔をしてしまった。
それはチビ猿達にスケスケブラを見られた前日の話。キツイ合宿の中で唯一オアシスな時間である就寝前のこと。
場所は職員室のある校舎の3階の教室。時刻は消灯時間が迫る9時近くだった。学年ごとに3教室に分かれ、所狭しと敷き詰めた貸布団の上で顔を寄せ合って女の子が話題にすることと言えば1つしかない。
なんとなく気の合う同士で固まっているメンバーには、和子ちゃん、幸子女史、1年の副部長の「奥住さん」、彼女と仲の良い「光岡さん」と「加瀬さん」(ちなみに奥住トリオと命名した)。同じ山野小出身でバレー部に入ってから親しくなった、大人しくて控えめな「茅野さん」ことチィちゃんだ。
初めは3年の部長の松野先輩が、どうやらサッカー部の部長と付き合い始めたらしいという話だった筈だ。
それなのに……。
「……あ、あの、奥住さん。それ、ありえないから」
「まった、またぁ! 親睦遠足会の新聞に貼ってあったあのスクープ写真!」
「すんごく寄り添って眠ってたもんねぇ?」
「指を絡めて手をつないでたんだって?」
(んな、ワケ、あるかいっ!)
奥住トリオの畳みかけるような言葉に軽い眩暈を覚え、盛大な溜息を吐いた。いったいどこをどうしたらそんな噂になるのだろうか。とうに忘れ去られたと思っていた昔の話を引っ張り出されて頭が痛かった。
「……あ、あれは諏訪君が勝手に脚色したんです。おおお尾島との間にはヤマシイことは一切ありません!」
「え~本当に? でもさぁ、尾島が荒井ちゃんにチョッカイ出してるところ結構見かけるんだけどなぁ?」
私は余計な期待を持たせぬようにキッパリハッキリ言ったので、奥住さん達は残念というより、おもしろがるような口調で口を尖らせた。奥住さんは7組だ。8組と体育が合同なので、そういう場面をよく見かけるのだろう。
「ま、尾島も諏訪も、『大野小隊・ロクでもないんジャー』のメンバーだもんねぇ。大体そんなところか」
奥住さんはフハっと吹き出して、仲の良い2人に「ねぇ?」と同意を求めている。光岡さんも加瀬さんも頷きながら笑っていた。
『大野小隊・ロクでもないんジャー』
ここで説明しよう。
この小隊は大野小名物のお騒がせ5人組の通称で、どっかの戦隊名のように正義の味方では断じてない。むしろショッカーなどの下っ端悪役メンバーというほうが正しい。
「尾島・赤」を筆頭に、「桂・黒」、「星野・青」、「諏訪・黄」、「後藤・桃」で形成されている、どうでもいいグループの名前なのである。
幸子女史が「何故センターの赤が小さい尾島で桃のポジションがデカイ後藤君なの」と聞いたら、「つっこむところはそこじゃないでしょ!」とトリオに返された。おそらく悪者オーラの差だろう。最早コメントする気力も失せる。それよりも、ご機嫌なあだ名をもれなく引っ提げてポージングを取る5人の姿を思い浮かべた自分が悲しい。
「もう尾島の話題はやめようよ~、気分悪いし!」
和子ちゃんは心底ウンザリという表情をしながら思いっきり嫌そうに言うと、「和子は尾島がキライだもんねぇ~」と幸子女史は苦笑いをし、これにはチィちゃんも笑った。
「……けど、荒井さん。ちょっと気をつけたほうがいいかも。尾島って結構モテるから、目をつけられると、厄介」
笑いを止めて囁くように言ったのは、対極線上に数人で固まっている集団の方に目配せをした、神経質そうな加瀬さんだった。光岡さんも真顔になって真剣に頷いている。
私は「や、厄介通り越して殺人事件が起きそうなレベルなんスよ」とは言わず、曖昧に笑って誤魔化した。
「やだ、加瀬。もうとっくに目を付けてるんじゃない? 原口。すっごい目で荒井ちゃんを睨んでるときあるもん。ああなるともういじめ? お~やだやだ、女の嫉妬は最悪だね、怖い怖い! ホント可哀想に荒井ちゃん」
奥住さんは私の頭をヨシヨシと撫でてくれた後、加瀬さんも光岡さんも苦笑顔で「ご愁傷様」と手を合わせた。この奥住トリオは大野小出身だが、原口美恵とは顔見知り程度で、どちらかというとそりが合わないのだそうだ。
「やっぱ原口って、尾島狙いなんだ」
興味津々という顔の幸子女史に、奥住さんは腕を組んで力強く頷いた。
「大野小の間ではすっごい有名な話。あんだけあからさまだと周囲にバレバレだし、尾島も気付いている筈なんだけどね~」
「その割には原口に対して態度素っ気ないんだよ」
光岡さんは気の毒そうに肩を竦めて、原口美恵のほうに視線を流した。彼女達の話によれば、原口美恵がバスケ部に入らずにバレー部に入ったのも尾島絡みだと教えてくれた。
「尾島って運動神経、物凄く良くてさ。特にバスケがすっごい上手いんだよ。だから中学でも絶対バスケやると思ってたのにさ。何故かサッカー部なんだよね」
「だから原口もバスケ部入るはずだったのに、急遽バレー部に変更したんだよ」
「バレー部とサッカー部って、ほら。伝説があるでしょ?」
奥住トリオは顔を赤らめて声をひそめた。
ここでこの話の発端になった、「3年の部長の松野先輩とサッカー部の部長の菊池さんが付き合っている」という話に戻る。
我が中学校にはいくつかの伝説があった。
「伝説」というからにはそれなりに信憑性があるわけで。それが「恋」に関するものだから、年頃の中学生の間で話題になっていた。
その一つが、「バレー部(女)とサッカー部はカップルになる確率が高い」というものだった。しかも「部長同士だとなお確率が高い」というオマケ付きで。
(そんなことのために原口美恵は、バレー部に入って1年の部長を引き受けたのか……。ご苦労なこった)
キツイ意見のようだが許していただきたい。大体そんな浮かれた伝説のためにバレー部に入部して1年の部長を引き受けた彼女に、パシリ扱いされる私の身にもなってほしい。女としては共感ができるが、一緒に部活をやる身分としては傍迷惑な話だ。大体私がそんな噂を知ったのはここ最近だった。それを原口美恵は入学当初から伝説の情報をGETしていた事実もスゴイが、その執念にも頭が下がる。
勝手な私は心の中で、「バレー部(女)とバスケ部(男)はカップルになる確率が高い」というほうが断然良かったと自分に都合のいいことを愚痴った。まぁ、こんなこと考える時点で私も原口美恵の事は言えない。
それにしても……。
「で、でも尾島ってさ、9組の小関明日香さんとアヤシイんじゃないの?」
私の何気ない一言に全員の視線がこちらに集中した。同意を求めるよう幸子女史と和子ちゃんに目配せをして、3人で「……だって、ねぇ?」とヒソヒソと囁き合う。
「は? なんでそうなるの?」
キョトンとした顔の奥住さんが気の抜けた声を出したので、私は慌てて親睦遠足会のミーティングの時の話を説明した。もちろん名前で呼び合ってることも。それを聞いた奥住トリオも顔を見合わせ、「それ誤解だよ」と笑いながらもハッキリと言った。
「あの2人ねぇ、家が近所で幼馴染なんだよ。ていうか、それ以前に小関と尾島は従兄妹同士だし。第一もし付き合ってたら、あの原口美恵が黙ってる筈ないでしょ」
(は? イトコ?)
イトコって、あの「親戚のイトコ」かと尋ねれば、「やだぁ、当たり前でしょ」と返ってきた。
あまりにもアッサリと「2人が何故あんなにも親しいのか」という理由が解決できたので力が抜けた。和子ちゃんは「な~んだ、そんなオチだったのか。つまらん」とチビ猿を攻撃できる唯一の情報が全くのガセだったことに、あからさまにガッカリしている。正直私もガッカリだった。
「え~? なになに? 尾島と小関のこと気になるぅ?」
奥住さんがとんでもないことを言い出したので、「ち、違うって!」と慌てて否定した。
(冗談じゃないよ!)
私としては、逆に小関さんには尾島に積極的であってほしかった。それにはそれなりのワケがある。9組で、部活で、田宮君を見かける度に、何故か隣に小関明日香さんがいるような気がするのだ。その結果、尾島の隣は「原口美恵」ではなくて、「小関明日香」のほうがより好ましいし、ありがたい。
「……そ、そうじゃなくて。できれば、是非ともカップルであってほしかったなぁと思って。だ、だって従姉弟同士って結婚できるでしょ? 問題ないでしょ?」
私のそうであってほしいという願望と誤解を解こうとしている必死の言い訳を、奥住さんは何を勘違いしたのか、「まぁまぁ照れるな! とりあえずそういうことにしておいてあげるから」と言って肩をポンポンと叩かれた。和子ちゃんと幸子女史は苦笑いをしている。私の台詞の本当の意味を知っているからである。
「安心していいよ、荒井! 小関は完全なシロ! それより尾島のこと、知りたいでしょ?」
「…………」
(……真剣にそんなこと、どうでもいいんですけど……)
奥住さんは私の内なる叫びも知らずにニヤニヤ笑いながら、この当時なら水素爆弾並みの(現代ならテポ○ンか)情報を投下した。
尾島にはね、好きだった子にこっぴどく振られた過去があるんだよ。