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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
12/147

GO,GO,親睦遠足会!~後編~

「そっちのハンバーグとアスパラ巻き交換しない?」

「わぁ、サンドイッチおいしそう!」

「へへへ、紅茶に砂糖入れて凍らせてきたんだぁ」


 遠足のメインイベントであるランチタイム。レジャーシートを寄せ合って各自の弁当を披露し合う生徒達。頭上から照りつける日差しの強さは相変わらずだったが、海から吹く柔らかい風は心地よかった。

 数十分前にチビ猿がもたらした嵐は跡形もなく消え去り、すっかり和やかな風景に戻っていた。さすがに和子ちゃんも8組の女子達も、お弁当の前では燃え上がった闘争心も沈下した……かのように見えたのだが。

 食べ終わった後に残っているお菓子を広げ、女子特有のオシャベリタイムが始まった途端、和子ちゃんは再びイライラの迷宮に迷い込む。どうやら怒りの炎が再熱してしまったらしい。話は部活の先輩の事や先生の事が話題だった筈なのに、何故かかバスの中の出来事にすり替わり、結局尾島の「空き缶捏造事件」の話題に戻ってきてしまったのだ。


「あんの、野生猿バカ! 絶対最後の仕事は全部押し付けてやる~」


 後方で「実行委員、今すぐ集合しろぉ!」と拡声器で召集を掛けている先生の声が聞こえたので、和子ちゃんは口に入れたばかりの飴を、まるでチビ猿に見立てるように思いっきりガリガリ噛み砕きながら勢いよく立ち上がった。引き攣った笑いをした私と幸子女史は、和子ちゃんが鼻息を荒くしながら、海でお互いに水を掛けあって青春を謳歌している尾島達の方へドスドスと向かうのを黙って見送った。尾島は既にずぶ濡れになっており、これから最後の仕事があるのも忘れているようだ。身体の大きい和子ちゃんがチビ猿を引きずっている姿を眺めながら、和子ちゃんの境遇を同情しつつも、「やっぱり実行委員、代理程度で済んでよかったぁ」と心の中で胸を撫でおろした。


***


 実行委員が担当の先生からゴミ袋のようなものを渡された後、各クラスの元に戻って来た。

 生徒全員が各自持参するように言われていたスーパーのゴミ袋に、拾ったゴミを入れるようにと実行委員が指示をすると、生徒達は解散になった。この遠足の締めであるクリーンアップ活動、「砂浜に落ちているゴミを拾う」という奉仕活動が始まった。数人適当にグループを組んで、砂浜に落ちているゴミを拾って次々と袋に入れていく。

(この頃はゴミの分別は現在ほど厳しくなく、粗大ゴミ等以外はほとんど一般のゴミとして捨てていた。リサイクルの良さが見直されたのは最近の話である)

 この砂浜は関東周辺に住んでいる人が来るにはちょうどいい場所なのか、落ちているゴミの数も思った以上に多かった。空きびん、空き缶、ティモテやママレモンなどの空き洗剤プラスチック用品。「……なんでこんなものが?」というような、熊の木彫り人形だとか狸の置き物まである始末。おまけにとうとう思春期真っ最中な中学生を興奮……いや、動揺させる、とんでもないゴミまで出てきた。


「うわぁ~!」


 聞きなれた男子の奇声の方向に視線をやると、巨木や古いボートが積み重なっている辺りで「類人猿とその仲間達」が興奮した面持ちで騒いでいた。


「オレ、外人の初めて見た……」

「うほぉ、スッゲェなぁ!」

「普通捨てるか? もったいねぇよなぁ……」

「これゴミとして捨てるのか?」

「おい、こっち見ろよ!」

「おおっ?!」

「これ、ヤバくね?」

「やっぱ、デカいよなぁ……」

「俺は日本人のほうがいい」


 尾島や諏訪君達の抑えきれない興奮振りからいくと、どうやらそうとう大物らしい。そのうち深刻な面持ちでコソコソ顔を寄せ合い話し合っている。その声に引き寄せられた男子や担任の梨本先生リポーターが近付くと更に騒ぎが大きくなった。先生は尾島が持っているゴミの正体が判明すると、焦った様子で「こら、オマエら! これは没収する! さっさと他のゴミ集めろ!」とゴミを取り上げ、強制的に解散させようとした。


「先生ズリィよ、まだ使えるじゃん! もしや――わかったぞ! ネコババする気だなっ?!」


 担任に向かってビシっと指をさした失礼な尾島に見当違いの疑惑を掛けられた先生は、キツイ拳骨という名で疑惑を晴らした。でも尾島達がここまでムキになるのは理由があった。「大ゴミ」はなんとエロ本(プレイボーイ、しかも洋物)だったのである。

(けどさ……何故よりにもよって尾島あいつがそんなもん見つけ出すのよ……)

 どうやら8組の超問題児はロクでもないものを引き寄せる力があるらしい。


 アホな騒ぎから視線を逸らした私は、黙々とゴミを拾いを続けた。本来私は面倒くさがりな気性なのだが、一度気分が乗り出すと徹底的にやらないと気が済まない性格であった。根が真面目なこともあって、「このビニール袋一杯になるまでゴミを拾ってやろう」という野望を掲げながら砂浜のゴミをゲットすることに集中していた。それに、見る間にゴミのない海岸になっていく様は見ていて気持ちがいいし。

(ああ、私ってイイことしてるじゃん?)

 たかだかゴミ拾い(しかも生徒全員)、人として当たり前な行為に優越感に浸る私。こんな真面目な姿を是非あの人に見てほしいなぁという下心バリバリな気持ちで辺りを見回すと、目的の王子様はすぐに目に入った。

 恋する乙女は、どうやら意中の人を即座にロックオンするセンサーを持っているらしい。そんな技、誰に教えられた訳でもないのに……易々とターゲットは目の中に入ってしまう。

 田宮君はジャージのズボンをまくりあげながら裸足で友達とゴミ拾いをしていた。スラリとした身長、爽やかな笑顔。(多分。若干遠いのでハッキリわからない)恋愛フィルター越しのせいか、ゴミを拾うその仕草までも3割増しで素敵に見えた。

 ガン見している姿を悟られないよう、上手く誤魔化しながら瞳に焼き付ける。……が、悲しいかな。こういう時に限って見たくないものまで見てしまう。

 同じ実行委員の小関明日香こせきあすかさんとそのお友達が彼に走り寄り、笑顔で会話をしはじめたのだ。それは何ともイイ雰囲気で、同じ男女の和やかな会話でも、尾島達と原口美恵はらぐちみえが談笑してた時とは大違いだった。

(やっぱり、人柄ってこういうところに出るんだろうなぁ……)

 妙に納得しながら、「私も9組になりたかったなぁ」と心の中で溜息を吐いた。いや、和子ちゃん達と過ごす8組に不満があるわけではない。むしろ小学校の時に私が過ごしたクラスに比べたらお釣りがくるほど素晴らしい筈なのに。好きな人と一緒のクラスなんて心が浮ついてまともに生活できないし、遠くから眺めている方が気兼ねしなくていいし……なんて思っていた筈なのに。

 最初は目に入るだけでいいと思い、そのうち一緒に会話ができればいいと思い、さらに隣にいれたらいいと思い、自分のことだけを見てほしい……と願う。人間の欲望は果てしなく、尽きることがないのである。田宮君の隣にいる自分の姿を想像したが、実際目の前にいる2人の姿が強烈なのか、上手く想像できなかった。


「スキアリっ!」

「いっ?!」


 背中から大きな声がしたと同時に、思考が中断し目の前の景色がブレた。「やられた!」と思った時には膝を折り曲げ尻を突き出したへっぴり腰丸出しの可笑しな恰好になっていた。

(……コ、コノヤロ!)

 男女関係なく無防備なところを背後から「膝カックン」をカマす大胆な奴は1人しかいない。常に己の欲望のまま突き進み「大成功!」と得意そうに笑っている類人猿を、憎しみフィルター越しの5割増し鋭い眼光で睨んだ。


「……あ、あのさ! こういう子供染みた真似は、」

「あっ! 啓介ケースケ~!」


 やめまてくれますかという台詞を言う前に、小関明日香さんの声が辺りに響き渡った。彼女は満面な笑みでこちらを歩いてくるのに、尾島は「ゲゲっ!」と嫌な顔をしながら慌てて踵を返し、さっさと諏訪君の方へ行ってしまった。


「…………」


 逃げるように去っていく尾島と、それを追いかける嬉しそうな小関明日香さんの姿を黙って見送った。


***


 バスの窓に寄りかかり、対向車線を走る車と流れる景色をぼんやり眺めていた。

 先程までバスの中は騒がしかったが、今はもうナリを潜めている。思った以上の気候の良さと心地よいバスの揺れは、疲れた生徒達をあっと言う間に夢の国へ誘った。隣をチラリと見たら、尾島も例外なくグッスリと爆睡中。いつもの生意気そうな表情とは打って変わり、ニキビ一つない白い顔をうっすら日焼けさせながら、呑気にスヤスヤ寝ている。

(くそぉ……私より可愛い寝顔をしやがって!)

 出来ることならヤツの額に「肉」という文字か鼻毛や瞼の上に目を書いてやりたいところだが、そんなことはできる筈もないので(残念ながらペンもない)脳内想像だけで我慢しておいた。しかし次の瞬間。


――コトン


 窓の方を向いた途端、隣の尾島がこちらに寄りかかって来たのだ。


「えっ?!」


(ちょ、ちょっと、勘弁してよ!)

 肩を動かして気付いてもらおうとしたが、尾島は全然起きる気配がない。


「……ハァ」


 これが田宮君なら「ようこそおいでくださいました!」と三つ指ついて御出向かいしたいくらい大歓迎だが、現実は「チビ猿」。どう念じたところで隣の顔は一行に変わらない。しつこく何度も肩をゆすっても起きないので、そのうち諦めてしまった。どうせ周りも寝ているし、誰も見ないだろうと思ったところで完全に意識が途切れ、山野中に戻ってくるまで私は完全に夢の住人だった。


 なかなかいい夢を見ていたのに、突然オデコを「パチン」と叩かれ、寄りかかっていたものが無くなりガクっと身体が傾く。無理矢理現実へ引き戻され、寝ぼけた私に向けられた第一声は、チビ猿の呆れた台詞だった。


「起きろ、チュウ! ……オマエねぇ、人に寄りかかるなよな? 腕が折れるだろ! しかも涎! 垂れてるぞっ!」


*******


「親睦遠足会」は無事終わった。

 課題発表の学級新聞も完成し、廊下に貼りだされた。我がクラスの新聞は、新聞の中央に大きく楕円を描き、その中に海辺の写真と簡単な動植物の紹介を書きこみ、楕円の外には「親睦遠足会」の感想をひとりひとり書き込んだ。もちろん和子ちゃんが撮った岩場の写真も、チビ猿プロデュース&グリコ撮影の「空き缶捏造」の写真もしっかり掲載された。

――しかし、そうは問屋が卸さないのが我が8組なのである。

 キレイに仕上がったと思った新聞には、最後の最後で巨大な落とし穴が待ち構えていた。新聞が廊下に貼り出された日の放課後。部活が終わった遅い時間に、尾島の友人である諏訪君が余計な細工を新聞にほどこしたのだ。

 それは――ノグティーが先生とバスガイドさんに引きずられていく後ろ姿、グリコが鼻にポップコーンを無理矢理詰められている変顔、チビ猿が「プレイボーイ」を先生に取り上げられる劇的瞬間、そして……尾島と私が互いに寄り添って涎を垂らしながら爆睡している写真が、さりげなく新聞の隙間を埋めていたのである。

 いくら誰だかわからぬよう目元を黒く塗りつぶされていたとはいえ、余計な写真を貼って新聞を台無しにした諏訪君は、実行委員2人によって怒涛の制裁、強烈なとび蹴り(尾島)とグーで殴られ(和子ちゃん)、ちょっとした騒ぎになったのは言うまでもない。


 ママレモン、ティモテ、知ってますよね? え? 知らない? ……おかしいなぁ(笑)。ところでティモテの金髪オネェさん、今どうしているんだろう?


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