贖罪60
ストローフィーの家の近くにはかつて信者たちで賑わっていたが今ではすっかり寂れてしまった教会があった。
しかし、もう誰も管理しておらず、訪れる人も当然誰もいなかった。
かつては壁にかかっていた十字架も床に落ちてしまっていた。
信者たちが集う共同体としての教会はここではもう無くなってしまったが、
家で祈るより、たくさんの祈りが捧げられた場所で祈りたいと思って、
悪魔との約束の日までの三日間ストローフィーは何も食べずにただひたすら祈った。
フォスに会うことはできないと言われたが、これが駄目ならば悪魔に頼る以外になかった。
そんなことは神も望んでいないと思い、必死に祈ったのだが、いくら祈っても何も起きなかった。
「なぜです?こんなに祈っているのに、なぜ彼女に会わせてくれないのですか?
もう一度だけでいいですから、どうか会わせてください。それ以上のことは望みません。
…。どうして何も言ってくれないのですか?私のことなど、どうでもいいのですか?」
部屋が光で包まれるような変化も何の反応もなかった。
祈りは届いているはずだった。
大天使が現れたのがその証拠であり、そうだとすれば、神は意図的に彼を助けなかったのだ。
彼は神に失望した。神はフォスを奪い、返してくれなかった。
いったい彼が何をしたというのか、なぜ彼がこんな仕打ちを受けなくてはいけないのか、彼には分からなかった。
いくら祈りを捧げても、返ってくるものがひどい仕打ちであれば、一体なんのために祈っているのか。
今あるものを大切にするようにと大天使は言ったが、彼女は彼の全てであり、彼女を失った今の彼に残っているものは何もなかった。
神が助けてくれないのならば、彼には一つしか道は残されていなかった。
夜になり、マリスと会う時間になり教会を出たが、中では十字架が粉々になっていた。
失意の中、ストローフィーが十字架に手を伸ばして力いっぱい投げつけたのだった。
「さんざん祈ってきたのに、苦しい時には助けてくれない。
僕にはもうそんな神は必要ない。彼女に会うためなら、悪魔にだって魂を売ってやる。」
彼が空を見上げると月が綺麗に光っていた。
「今日だ。今日、僕は再び彼女という太陽に照らしてもらうんだ。待っていてくれ、フォス。」
約束の時間に約束の場所へ行くと、マリスはすでに来ていた。
彼はストローフィーを見ると帽子を取って会釈をした。
「こんばんは。今夜は月が綺麗ですね。さて、どうやら決心されたようですね。」
マリスはストローフィーの表情から決意の色を読み取った。
それに、ここにストローフィーが来たということ、それこそがマリスの話に乗るということだった。
「ああ。本当に会えるんだな?」
「はい。ですが、こちらではお会いになれません。」
「あの人に会えるのだったら、地の果てでも行くさ。」
「素晴らしい。しかし、行き先は地の果てではございません。」
人差し指で下を差した。
「下?一体どこへ?」
「この世界では、いわゆる地獄と言われている所でございます。」
「地獄だと!そんなところへ行くのか?」。
「ええ、ここ地上は神の管轄下なので、目立ったことをすればすぐに見つかってしまいます。私は人間としての気配を纏うことで、地上で活動をすることが出来ています。」
『地獄なんか行って大丈夫なのか?いや、大丈夫な訳ないだろう。
でも…彼女がいないこの状態、これこそ地獄じゃないか。
この地獄の苦しみが終わるなら地獄にだって行ってやる。
それに、神にはもう見放されているんだから、この機を逃せば次はもうないだろう。』
ストローフィーは思う。
「行こうじゃないか。地獄でもどこへでも。」
「承知いたしました。お会いできれば宜しいですよね?」
「会えれば?会うことは勿論だ。だが僕達はこれからずっと一緒にいたい。可能か?」
「できますとも。末永く…。それでは参りましょうか。失礼いたします。」
マリスはストローフィーの肩に手を乗せ、二人はその場から消えた。




