贖罪320
「やっぱり無理じゃないんでしょうか……?」
早々と魔力が尽きたことで、全ての魂を天国に送るということにマリスが地獄で出会った悪魔はノウに聞いた。
「違う……。」
ノウが言った。
「感じるわ。マリスから聖なる力がとめどなく湧き出てくる……。
それでもまだ足りないけど、マリスは自分の命も使ってる。これならきっと……。
これは自己犠牲のなせる業……。」
ノウが感じた通り、聖なる力はどんどんマリスの体から湧いてきた。
今、マリスの頭の中には地獄から魂を解放することしかなく、自分の命のことなど微塵も考えていなかった。
人間を助けたいと思うことはこれが初めてであり、何かに対してこれほど強い気持ちを持ったことはかつてなかった。
神に感謝したことも人生で初めてで、神なくして彼の復活はあり得なかったと確信していた。
彼にとって復活とは新たな命を授かったということだけに留まらず、本当の自分の復活という意味を兼ねていた。
シーセル、エビール、そしてその他の悪魔たちによって狂わされた彼の人生を正す時がやっと来たことを心から嬉しく思った。
憎しみは彼を翻弄し、彼と愛の仲を引き裂いてきたが、彼と愛は長い間の離別を乗り越えて今やっと一つになった。
憎しみという狂暴な支配者の圧政に今日まで愛は必死に耐えてきた。
凍結された愛の花が死に絶えるまで幾許もなかったが、
長い悪の旅からマリスが帰ってきたことで元気を取り戻した花は、
氷を溶かして他の愛の花たちと一緒に見事に咲き誇った。
愛は、彼に愛されたいとずっと思っていたし、彼も愛を愛したいと心の最深部でずっと思っていた。
愛の花は彼のためなら、今日で散っていくことも厭わない。
咲いた花が散っていくように、マリスの命が散る時には、愛の花も後を追う。
それが自然の姿であり、マリスが愛と共にいることは自然の姿であった。
しかし彼はずっと自分の心に嘘をついて、憎しみと手を組むことによって
自分を本当の悪魔に仕立て上げていくという、本来の彼からすると不自然な
生き方を選択していたのだが、彼が自然に帰った今、これ以上ないほど愛の力に満ちていた。
そして、もう救うことのできない、ストローフィーとアイリスへの懺悔の気持ちは、助けられる魂だけは助けたいという思いをより一層強くした。
マリスの命と聖なる力を掛け合わせることで莫大なエネルギーが生み出され、地獄でそうだったように彼は再び光に包まれた。
やがてその光はドン、という音と共に天まで上り、黒かった彼の体はどんどん白くなっていった。
「あの姿は……まるで……。」
マリスを勧誘した悪魔は言った。
「ええ、天使のようね。」
ノウが言葉を継いだ。
「こんなに送ってるのに。まだ魂を天国へ送り終わってないのでしょうか?」
「いえ。もう送り終わってるわ。」
「じゃあ今送ってる魂は……?」
「他の悪魔によって地獄に送られた魂も送ってるわ、彼の命が尽きるまで。」
「もう十分じゃないですか! 止めましょうよ! 本当に死んじゃいます!」
悪魔は涙ながらに訴えた。
「死ぬ気なのよ。そう言ってたでしょ。これがマリスの望んだこと。」
「でも……せっかく愛に目覚めて……これからだっていうのに……。」
「悪魔として初めて愛に目覚めたジェルアンは自分の命を犠牲にアイリスと
私たちジェルアニストを救った。そしてマリスは自分の命を犠牲に、
彼が犯した過ちを正すために、天国に魂を送る。私は……。」
ノウの声は震えていた。
彼女が涙を流していた。
「私には……。この偉大な自己犠牲を止めることは出来ない。」
マリスが自分が地獄に送った全ての魂と、その他の悪魔が地獄に送った魂を自分に出来るだけ天国に送り終えると、彼から発せられていた光は徐々に弱まり、やがて消えた。
もはや立っていることは出来ず膝をつくと天を仰いだ。
「母さん、ロータス。見ててくれたかな? 俺はもう……駄目だ……。
でも心は凄く穏やかなんだ。こんな気持ちになれるなんて、
やっぱり母さんが言ってた愛は……素晴らしいよ……。」
マリスは最後に安らかな笑顔を見せると、前のめりに倒れた。
ジェルアニストたち一同が衝撃を受けて動けずにいると、とつぜん空から光が差した。
彼らが見上げると、上から天使が舞い下りてきた。
それはジェルアンであり、翼にはストローフィーとフォス、そしてロータスが乗っていた。
ジェルアニストたちはジェルアンの神々しさに思わず膝をついた。
ジェルアンはマリスを腕に抱えた。
ジェルアンはノウに微笑むと、天へと羽ばたいていった。




