第11話 ポートレイト・カフェ
こうなってくると、全てが忌々しい。校舎の中に満ちている、楽しげな雰囲気も受け入れがたい。
色とりどりの看板を掲げた男女が、模擬店の呼び込みに精を出していた。超大型ピンクウサギの着ぐるみ、はしゃぐ女装した男子生徒、お揃いのTシャツとミニスカートでアピールする女子たち。色々いる。
漫画のワンシーンのような青春群像劇が、恥ずかしげもなく繰り広げられていた。
「寄り道せずに行くよ」
湯島隊長は、実に爽やかだ。
「はーい」
雅次郎が幼稚園児のように、はりきって片手を高く上げる。
「あんまり可愛くないよ、雅次郎くん」
おどける二人の明るさに、とりたて意味はない。ふざけているだけだ。それが無性に腹が立ってくる。そういう自分にも苛立ちが湧いてくるから、一緒に笑えない。
この世の悲しみなど皆無と言わんばかりの祭の間を、海斗は澄ました顔でスルスルと通り過ぎていく。
我々が目指すは、二年A組の教室だ。この廊下を通り抜け、二階へ上がれば、目当ての教室はすぐのはず。
「ちなみに、俺は元B組な」
不意打ちに、聞いてもいない真実が、雅次郎から明かされる。
「どうでもいいな、その情報」
すげなくはねつけても、雅次郎が嫌な顔もせず高笑いとは。よほど、文化祭が楽しいのか、これから俺が桃子へアプローチして撃沈する姿を待っているのか。
渋谷で会った時から、虫が好かないタイプであることは間違いない。海斗に言わせれば、同族嫌悪でしょ、ということだった。
どの辺りが同族だと言うのか、興味はある。皆目見当もつかないので、機会があれば、海斗に聞いてみようと思う。
海斗の歩く速度が思いの外、早くて、雅次郎をかまっている間に見失いそうになった。俺たちを振り返ろうともしないところが、暴君の素養あり、と常々感じている所為である。
「すみません」
呼び込みを丁重に断りながら、少し急ぎながら進むと、海斗は階段の中腹で待っていた。俺と雅次郎が追いついたところで、すぐに階段を上り始めた。
仮装した生徒数人とすれ違った後、
「お客さん、着きましたよ」
海斗は二階の踊り場で立ち止まり、A組の教室を指差した。
「おお、懐かしいね」
まったく変な気分だ。
母校のような、そうでもないような。
違和感があるとしたら、海斗が横浜の私学の夏服を着ていることだろうか。記憶の中の、この風景に立つ海斗は、詰襟だった。
「受付あるみたいよ」
海斗が言うように、教室の前には、看板娘らしきメイド服の女生徒が二人、並んで立っている。ふと視線が合うと、客だと思ったのか、にっこりと笑顔を見せた。
その後ろで、サッと影が動いた。
白シャツに黒の蝶ネクタイに黒ベスト、それに制服の黒パンツ。
雰囲気は違うが、本人に間違いない。
船木屋で再会した、クラス委員長の安井だ。
「お前に手を振ってるんじゃないの?」
顎で安井を指し示すと、海斗は苦笑した。
「熱烈歓迎だね」
受付の前までやってくると、メイドどもの視線は海斗に集まった。「カフェのご利用ですか?」と競うように二人が、眼鏡に詰め寄っている。
海斗はテンプレのような微笑みを二人に披露すると、「はい」と答えた。
だが、メイドが声を発する前に、海斗は視線を横にスライドさせ、緊張気味の安井に声を掛けた。
「来たよ」
落胆を隠さないメイド同様、俺と雅次郎はすっかり置いてきぼりである。
まるで憧れの有名人に遭遇したファンのように、安井は嬉しさの中に緊張をにじませている。ぎこちない笑みと、若干震える声がそう物語っていた。
「湯島、くんだよね? 本当に来てくれたんだ……」
海斗は微笑みを絶やさず、ゆっくりと頷いた。廊下の窓から差し込む光線に反射して、眼鏡の端っこがイヤらしくキラリと光る。
「今、忙しかった?」
「いや! ぜ、全然だよ!」
「クラス全員の似顔絵は完成したの?」
「あ、うん。朝まで掛かったけど、なんとかギリギリ……」
照れ笑いする安井に、「なんなんだよ」と胸中で俺はボヤいた。扱いが違いすぎる。親の仇のごとく、常に俺を睨んでいた安井の面影は、そこにはない。
「お疲れ様でした。すごく楽しみだよ」
海斗の労いに、歓喜あふれる安井の鼻息は荒い。「まあ、入ってよ」と興奮気味に言うと、扉を開けっ放しにした教室の中へ入っていった。
目に飛び込んできたのは、安井画伯によるクラスメイト全員の似顔絵だった。黒板の周りを、びっしりと埋め尽くしている。
世辞ではなく、これは見応えがある。
面白い企画だ、と心底感心した。
黒板には英語で、ポートレイト・カフェ、と書いてある。俺がポートまでしか読めなかったことは、ここでは割愛しておく。
海斗は似顔絵を眺めながら、小さく頷き、店長を褒めそやした。
待ちに待った甘言に、安井はご機嫌である。顔の前でひらひらと手を振りながら、「や、やだな……大袈裟だよ」と照れ笑いした。
立ち見もそこそこに、安井に続いて、席の間をぬいながら賑わう教室を横断する。
後方に目をやると、白いクロスが貼られた長テーブルが、客席とスタッフの作業エリアを分断していた。
元クラスメートたちが、紙皿にケーキを乗せたり、ポットから紙コップで飲み物を注いでいる。いつもと違う装いに浮かれているのか、客の入らない場末のスナックを思わせる、笑い声とおしゃべりのボリュームだ。
楽しそうで結構だが、仕事は遅そうだ。
それにしても、朝から客が多い。父母も含めた老若男女で、席の6割くらいが埋まっている盛況ぶりに目を見張る。
「じゃーん、取っておいたよ!」
古い言い回しで、張り切って安井が案内した席は、黒板に近い窓側のVIP席。安井の計算なのか、心遣いなのか、座ったままで、イラストが堪能できる位置だった。
四つの机を向き合わせ、その上に1枚の黒いギンガムチェックのクロスを敷いている。
これも安井の提案だと言うから、三人は揃って「へえ」と驚きの声を上げる。お前、そんな柄じゃないだろう、という意味で。
加えて、テーブルの上には、ご丁寧に【予約席】と書かれたポップまで置いてある。
「とりあえず、座りますか」
と雅次郎が口を開くと、海斗が頷いた。
俺に「奥、どうぞ」と言うので、どこでも構わなかった俺は、言われたように黙って窓側に回り込む。教室の中がよく見える。
「じゃ、僕らはこっちね」
と海斗が言って、向かいの席に、雅次郎と並ぶようにして椅子を引いた。
全員が席に着いたところで、安井が三人の顔を見渡す。
「ケーキセットのチケット、持ってきてる、よね?」
「もちろん」
詐欺師のような海斗の笑顔が号令となり、めいめいポケットに手を突っ込むと、チケットをクロスの上に置いた。
安井はチケットを回収した後、黒いベストの胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出した。
「コーヒーと紅茶から選べます。あ、でも、アイスはないから」
二人は迷わず、コーヒーを頼んだ。
渋谷で味わった苦さが、口の中で蘇ってくる。飲み物として、なんの魅力も感じない。ということで、紅茶一択、という結論に達した。
安井はオーダーのメモを取り終わると、ペンを胸ポケットにしまいながら、申し訳なさそうな顔をした。
「少し待ってもらうかも……スタッフの要領が悪くてさ……慣れてないっていうか」
そうだと思ったよ、と安井に言いそうになり、口をつぐむ。
「平気だよ。お気遣いありがとう」
代わりに、海斗の慈愛が煌めく微笑みに、安井は居心地悪そうに苦笑いした。
「悪いね……じゃあ……ちょっと待ってて!」
逃げるように去る安井の背中を、海斗が目で追う。
口角に泡を飛ばしながら、他の生徒にオーダーを急かす安井の姿を確認すると、今度は、隣に座る仏頂面の雅次郎に向き直った。
「さてっと、砂上さん、いる? いないよね?」
「俺に聞くなよ。女の顔を俺は知らん」
愛想もクソもない答えに、海斗は悪戯っぽく笑った。
足を踏み入れた時から、一人一人探るように内部をチェックしたが、そう、桃子は教室にいないのだ。
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