第10話 文化祭
「おい、はしゃぎすぎだろ」
棒読みになった俺の声が、奴らには届かない。
船木屋の帰り道、連れの二人は現実社会から離れたせいか、今にも羽ばたきそうなほど浮かれている。ように見えた。
呆れるのを通り越して、正直、不安になってくる。
二人のように俺は笑えないまま帰宅すると、約束どおり、じいさんの手料理を囲むこととなった。
男三人が語り合いながら、夕食を平らげていく。待ちに待った久方ぶりの客人の食いっぷりには、じいさんも破顔しているようで何よりだ。
とは言え、今回の滞在の目的を見失うことはない。晩飯を楽しみながらも、「桃子奪還作戦」と称して、熱く長い議論を交わしたのである。
作戦名そのままに、議題は「いかにして桃子を本来の世界に戻すか」だ。
「青葉くん、そもそも、砂上さんは戻るべきなの?」
そんな疑問が海斗の口から飛び出したことで、途中、俺と海斗の乱戦になってしまい、じいさんを慌てさせた。口の達者な海斗に論破されまくった上に、「もう帰ろうよ」と懇願される始末。
「まあまあ、仲良くね。その女の子の話を聞いてから、どうするか決めればいいんじゃないの? ねえ」
海斗との小競り合いの最中、じいさんがデザートのプリンにスプーンを突っ込みながら、わりかしまともな提案をしてきた。
「ま、正論だな。明日、状況を見て決めようぜ」
テレビに視線を向けたまま、雅次郎が面倒くさそうに呟いた。
海斗と俺は顔を見合わせ、今夜はこれで手打ちにしよう、とお互い納得できないまま、無言で頷いたところで。
「星」
「なに?」
「その、なんだっけ。桃子? って女から、話をする時間をもらえよ。出来れば、学校から離れた場所がいい」
彼女のことを偉そうに呼び捨てした雅次郎を、瞬時に睨んで短く答えた。
「ああ」
口ごもる俺を他所に、雅次郎はバラエイティ番組に向かって、指差しながら笑っている。
その後、なんとなく誰も議題に触れることなく、差し当たりのない会話に終始し、就寝の時間となった。
月明かりだけの薄暗い部屋の中、俺は布団の中から天井を見つめている。桃子へのアプローチを、脳内でシミレーションしていた。
頭の中でさえ何度もつまずくようでは、お話にならない。会話の切り口を探すものの、彼女を連れ出す状況にまで持ち込む有効な手段が思いつかず、眠れないのである。
「なんで、俺が真ん中なんだよ……」
小さいことだが、イラッとしてくる。すでに寝息が聞こえる両サイドを、俺は目だけを動かし見遣った。
お行儀がよく、死んだように眠る海斗。
独り言のように寝言を言い続ける雅次郎。
さすがに疲れていたのか、とりあえず目を閉じてみると、瞼は重くなり、意識がゆっくりと遠ざかっていった。何の策も思いつかないまま。
明朝、目が覚めてみれば、部屋には一人っきりだった。しっかりカーテンも開けられ、窓からぬるい風が弱々しく顔を撫でる。
重く感じる額を押さえながら、ゆっくりと半身を起こして、掛け布団に投げ出した両手をぎゅっと強く握りしめた。
「こんなことしていて……大丈夫なんだろうか」
あいつらと一緒にいれば、少しは気分も晴れるかと思ったが、一人にされると、どうも家のことが頭に浮かんでくる。
ついでに、開け放しになった襖の向こうから、三人の笑い声が聞こえてくるものだから、滅入る気持ちに拍車がかかる。
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「おお、入口から祭りのムードたっぷりだねえ」
「当たり前だろ。文化祭なんだから」
「そんなこと言って、楽しみなんじゃないの? 雅次郎くん、学校イベントに参加するなんて初めてでしょ?」
「は? 初めてだけど? 何か問題ある?」
浮かれた会話を交わす二人と並び、俺は一人、青白い顔で、久々にくぐる学院の校門を仰ぎ見る。
力強い毛筆で「桜光祭」と書かれた、見上げるほど大きな看板。風船や手書きのイラストなど、装飾は一切なく、この力作一点に集約されているせいか、思いのほか迫力がある。
門の先を見ればや、そこは鮮やかな祭りそのものだ。各クラスの催しものを宣伝する立て看板が左右に並び、校舎までの道のりを彩っている。
「朝から、結構お客さんが来ているね」
のんびりと感心する海斗の口調とは反対に、俺は二人の後ろでギクシャクしながらついて歩いていた。
雅次郎が歩きながら、素っ気ない素ぶりで振り返って言う。
「お前、緊張してるの? 今からそんなに張り詰めてどうするよ」
呆れ顔で溜息をつく雅次郎に続いて、海斗までが、漫画のようなふざけたウインクを投げてくる。
「そうそう。肩の力を抜いてさ、かるーくお茶に砂上さんを誘えばいいんだよ」
こいつらには俺の崇高な想いが、まったく通じていないように感じる。首筋から流れる汗を手の甲で拭いながら、俺はむすっと言った。
「人ごとだと思って……簡単に言ってくれるよな」
いきなり、前を行く二人がその場に立ち止まった。
振り返った二人と目が合い、思わず俺は顔をそらす。
「――なんだよ」
「ほら、肩の力を抜いて。まずはさ、安井くんの教室に行って、ケーキセットをご馳走になろうよ。リラックス、リラックス」
続けて、雅次郎が口を開く。
「難儀なヤツだ。サクッと声を掛けて、デートに誘えばいいだけだろう」
デート? 俺はヤツのニヤけた顔を、訝しげに二度見した。勝手にハードルを上げられては困る。
「雅次郎くん、デートじゃないでしょ。僕たち二人も同席するんだから」
「そっか。まあ、どちらにしろ、そんな気難しい顔して誘われたら、女も警戒するだろ。もっと、ゆるい感じにして欲しいね」
「よくまあ、ツラツラと……サクッと誘って、というのは、ただのナンパだろ? 見ず知らずの俺の誘いに、桃子が簡単に頷くとも思えんね!」
鼻息荒い俺を見て、海斗が小さく頷きながら、ボソッと言った。
「確かに――それもそうだね。青葉くんだしなあ」
「今……かすかに悪意を感じたのは、俺の気のせいか?」
海斗は苦笑した。
「ごめん、ごめん。そんなつもりじゃ」
難しい話でも語るように、雅次郎が神妙な顔つきで割って入ってきた。
「いや、お前たちの懸念はもっともだ。緊張しまくりな上に、女に不慣れな星には、かなり荷が重いだろうよ」
「僕がその役を担っても構わないけど、当事者である青葉くんが誘い出したほうが、彼女からより多く話を引き出せると思うんだよね」
俺が不甲斐ないばかりに、最初の関門でつまずいている、ということか。
黙り込んだ男三人は顔を突き合わせ、それぞれの頭の中でシナリオを描いていた。しばらく考え込んだ後、雅次郎が歯を見せニッと笑い、馴れ馴れしく、俺の肩に手を乗せてきやがった。
「いいか? お前は本人を前にした時、どうあがいても上手く話せないだろう。だが、そのままでいい。無理して緊張を隠す必要はない」
雅次郎の腕を払いのけながら、「そんなんで……上手くいくのかよ?」と不満を露わにした。
「いいんだって。ダダ漏れしている緊張感と、そのオドオドした態度。大いに有効活用しようじゃないの」
雅次郎はそう言って、腰に手を当てると豪快に笑い始め、海斗もにっこりと微笑み「そうだね」と同意した。
「わりい……俺は全く理解していない」
ボソボソと答える俺に、海斗が黒縁眼鏡のブリッジをクイっと人差し指で上げながら、フッと笑って言った。
「今回は策を練るより、正攻法の方が上手くいく確率が上がるだろう、って話だよ」
こんな場面で偏差値というか、格の違いを見せてつけられたようで、気持ちも態度も豆粒くらい小さくなった。
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