番外編 究極のギャップ萌
アルフレッド視点。アルフとリンの馴れ初め。
「何であんな無茶をしたんだ!! この馬鹿がっ! 死にたいのか!」
腹の底から怒りが沸いて、我慢できずに怒鳴った。
俺を庇って、危うく死に掛けたリンを、思い出すだけで震えが走る。
イチジョウが間に合って、盾で防いでくれてなかったらと思うと、想像するだけで血の気が引く。
一歩間違えば、俺はリンを失うところだった。
イチジョウにはいくら感謝してもし足りない。
「だって、アルフが怪我をするのも死ぬのも嫌だもん! アルフが危ない時は、私が助けるって決めてるんだから!」
迷宮に出しっぱなしの俺のコテージに、響き渡るような声でリンが言い返す。
リンも、かなりの興奮状態だ。
俺達があまりにも険悪な様子だったので、他のやつらは違うコテージに遠慮してくれた。
落ち着かなければと思うのに、気が立ってるのか、体の奥がぞわぞわとする気持ちの悪さがあって落ち着けない。
「俺が助かっても、リンが怪我をしたり、死んだりしたら意味がないだろうが。女に庇われるほど落ちぶれちゃいねぇよ、この馬鹿っ!」
冷静にと思ったが、結局、最後はまた怒鳴りつけてしまう。
リンは俺を睨むように見ながら、大きな瞳に涙を浮かべた。
けれど、泣くのは卑怯だとでも思っているのか、唇を噛み締めて必死に堪えている。
リンのこういう女を武器にしないところは、最初から気に入ってる。
だから、ずっと一人で冒険者をやってきた俺が、固定パーティを組む気になれたんだと思う。
「だって、迷宮にいるときだけでも、アルフの隣にいたかったんだもん。現実ではミサちゃんには敵わないから、だからっ、せめて、迷宮にいるときだけは、アルフのパートナーでいたかったんだもん。パートナーなら守るのは当然だもんっ! アルフだって、今まで数え切れないくらい、私のことを守ってくれた。アルフがミサちゃんのこと、大好きなのは知ってるけど、私だって大好きだもん。だからっ、アルフは私が守りたかったんだもん」
とうとう耐え切れなくなったようで、大きな目から涙をぼろぼろと零しながら、リンが言い募る。
思いがけない事を聞かされて、驚きのあまり声も出ない。
俺に向ける眼差しは強く、そして熱っぽい。
いっつも、子供みたいな、男のガキみたいな顔をしてるくせに、何でそんな女の顔してんだよ。
俺の知ってるリンじゃないみたいだ。
これこそ、究極のギャップ萌じゃねぇか。
「――いつからだ……?」
リンの勢いに圧されて、呆然としたまま聞いた。
懐いてくれてるのはわかってた。
可愛い妹みたいに思って、好きに可愛がってた。
けど、リンの気持ちには全然気がつかなかった。
「最初、アルフが私達を助けてくれた時から、ずっと。ミサちゃんと出会ったら、きっとアルフはミサちゃんを好きになるかもって思ってた。だから、絶対手を出すなって、しつこいくらい言ったけど、でも、本当に好きになっちゃってたから、隠すしかないでしょ? 勝手に好きなままでいるくらいは、いいかなぁって。冒険者してるときだけでいいから、アルフの横にいられるなら、それでいいかなぁって思ってた」
切ないような胸の内を、時々しゃくり上げながら、リンが語る。
俺は、リンの何を見てきたんだろう。
今まで、色んな女に惚れられてきたが、こんないじらしくて可愛い想いを向けられたのは、初めてだ。
最初からってことは、俺がカグラに惚れ込むのも覚悟で、それでもカグラのことを俺に頼んだのか。
ミシディアで俺にカグラ宛の手紙を預けた時、しつこいくらい必死に、カグラに手を出すなと言っていたリンの気持ちを思うと、胸が痛くなる。
これまでどれだけ傷つけて、どれだけ泣かせてきたんだろう。
リンは言葉通り、自分の気持ちをまったく気づかせずに、俺のそばにいてくれた。
俺がカグラを口説くに口説けなくて悩んでる時も、カグラが一条と婚約した時も、どんな時もずっとだ。
無邪気な笑顔で妹のようにそばにいて、俺を和ませてくれた。
今思えば、それも、リンの気遣いだったんだとわかる。
俺が凹んだ時や辛い時、自棄になりそうな時、そして一人になりたくない時、気がつけばいつもリンがそばにいてくれた。
何故、今までそのことに気づかなかったのか、不思議なくらいだ。
それくらいさり気なく、そして当たり前のように一緒にいてくれたという事なのだろう。
「馬鹿だなぁ、リン。俺みたいな鈍感男に惚れるとか、見る目ないぞ」
リンが可愛くて仕方なくて、胸が疼く。
こんなに俺を想ってくれる女は、他にいない。
そう思ったら、自分だけの宝物を見つけたような気持ちになった。
同時に、何で今まで気づいてやれなかったんだと、自分の鈍感さに腹が立ってくる。
「見る目あるよ。アルフはいつもすっごく強くてかっこよくて優しいもん。ちょっとえっちなところも、ミサちゃんのこと、好きなのに、何にも言わないで祝福する優しいところも、ミサちゃん相手に照れて真っ赤になっちゃうところも、全部、大好き。アルフは最高だもん」
リンはカグラに惚れてる俺も、丸ごと好きでいてくれたらしい。
子供みたいだって思ってたのに、リンは懐が深くて、すげぇいい女だったんだな。
やっと気づいた。
俺にはもったいないような女は、カグラだけじゃないってことに。
胸を、温かいもので充たされていく。
情けないが、泣きそうなくらいに胸が詰まって、リンを直視できなかった。
「俺のところに、嫁に来るか? リンが嫁なら、曾爺さんは大喜びするだろ。俺も、リンと一緒なら、ずっと楽しく生きていける。現実でも迷宮でも、隣にいろ。リンはずっと俺と一緒にいてくれるんだろ?」
ぽかんと口をあけて、驚いたようにリンが俺を見る。
俺の言葉が信じられないようで、目を見開いたまま、頭を振った。
「同情しなくていいよ? 私じゃ、アルフに似合わないの、知ってるもん。小さいしお子様だし、胸ないし」
誰かに何か言われたのか、肩を落として俯く。
それに、俺がずっとカグラを好きだったのを知っているから、同情だと受け取ってしまったらしい。
確かに、つい、最近までカグラに惚れ込んでいたんだから、信じてもらえなくても仕方がない。
イチジョウが現れる前から、俺ではダメだろうとわかっていつつも、想いを断ち切れなかった。
だけど、断ち切る切っ掛けはリンがくれた。
今度は、諦める気はない。
リンに信じてもらえるまで、俺が口説く番だ。
こんなにいい女を逃したら、絶対に後悔する。
誰がなんと言おうが絶対に捕まえて、俺はリンを嫁にする。
一生掛けてでも口説き落とす。
「ばかだなぁ、リン。お前が俺に似合わないんじゃない。俺におまえは、可愛すぎて綺麗過ぎて、もったいないんだ」
こんなにいじらしく純粋で一途な気持ちで、俺を愛してくれる女は、他にいない。
リンは、好き勝手生きてきた俺には、もったいないようないい女だ。
「俺にはもったいないような女だってわかってるんだが、そんな可愛い事を言われて、他の奴に渡したりとかできねぇよ。だから、俺のところに来い、俺の嫁になれ。浮気は絶対しないし、一生掛けて守って、愛してやる。俺と結婚してくれ、リン」
今までに経験した事がないほどに、必死に口説いた。
絶対に逃がしたくない。
俺のものにしたいという、強烈な欲求が湧き上がる。
「結婚するっ! アルフのお嫁さんになるっ」
うわああんっと、声を上げて泣きながら、リンが飛びついてきた。
しっかりとしがみつかれて、絶対に逃がさないと伝えるように、きつく抱きしめる。
俺のものだと、強い独占欲が沸き起こる。
誰に対してもこんな風に感じたことはないのに、リンだけはだめだ。
誰にもやらない。
リンが他のやつを選んでも、離してやれない。
カグラの時みたいに、幸せを願って身を引くなんてできない。
リンは、俺だけのものだ。
「ミシディアに一緒に行くか。爺さんに報告しないとな」
俺の言葉に、リンはガキみたいにしゃくり上げながら、何度も頷く。
曾爺さんは、最初からリンを気に入っていた。
嫁にすると連れて行けば、きっと大喜びするだろう。
膝に抱き上げて、しっかりと抱きしめたまま、柔らかな髪に顔を埋める。
小さいリンの体が、俺の腕の中にすっぽりとおさまると、守ってやりたいという気持ちと同時に強い執着を感じる。
これは、俺の、俺だけのものだ。
誰にも見せずに、こうしてずっと腕に囲っておきたくなる。
リンが強い事も、大人しく守られるだけの女じゃない事も知っているが、離したくない。
俺、すっかり骨抜きじゃねぇか。
カグラの時の比じゃねぇ。
大人ぶって冷静に我慢なんかできない。
獰猛なほどの欲望で身を焼かれる。
すぐにでも抱きたくなる。
「お嫁さんになるなら、料理も頑張るね! 期待してて」
恐ろしい事を言われて、すぐにでも襲い掛かりたいような欲は霧散した。
俺が襲い掛かる寸前なのを、わかってて言ったんじゃないよな?
思わず、伺うようにリンを見てしまう。
「いやっ、リン、それはいい。俺はそのままのリンでいいし、世の中には適材適所って言葉があってな? リンは俺の隣にいるだけでいいんだっ」
恐ろしい計画を阻止しようと、必死になるあまり、支離滅裂になっていく。
リンの料理は凶器だ。
あれを毎日食わされたら、早死にする自信がある。
「嘘だよっ! 私もミサちゃんのご飯が一番好きだもん」
にこっと無邪気な笑顔で嘘だといわれ、心から安堵すると同時に、からかわれた報復をしたくなった。
今のは、すげぇ焦った。
リンにも同じくらい焦ってもらわないと。
「とりあえず、心だけじゃなく、体も俺のものになっとくか? 俺の禁欲生活も長かったからな、覚悟しろよ?」
娼館に行かなくなって、随分経つ。
女を抱きしめたのすら、久しぶりだ。
リンは慌ててじたばたともがくが、しっかり抱きしめていると、観念したように大人しくなった。
伺うように上目遣いで俺を見て、「ほんとにするの?」と、首を傾げる。
今までと同じ仕草だというのに、格別に可愛く見えるんだから、俺も単純な男だ。
「しねぇよ。リンがその気になるまで待ってやる」
痩せ我慢して言い切った。
俺の中の獣は、すぐにでも暴れたがっているが、同じくらいリンを大事にしたい気持ちもある。
リンのためなら、結婚するまで耐えてやろうじゃないか。
「アルフ、我慢は体に毒だよ? 私、お兄ちゃんがいたから、男の人の事情もちょっとはわかるからね?」
リンの言葉で、固めたはずの決意が揺らぎそうになる。
いかん!と、頭を振って、欲を振り払った。
「男には痩せ我慢しないといけないときもあるんだ。誘惑するな」
俺がそう言うと、リンが無邪気に笑う。
ついさっきまでは、子供みたいな笑顔だと思っていたのに、今は可愛く見える。
この笑顔を守りたいと思う。
ただひたすら、俺を想ってくれていたリンを幸せにしたい。
それにしても、俺の理性は本当に結婚するまでもつのか?
再会後も清い関係を続けているイチジョウには負けられんと思うが、はっきり言って自信はない。
とりあえず、馬鹿正直に反応している下半身にリンが気づく前に、さり気なく腰を引いた。
まだ大迷宮の攻略もしなきゃならないが、一日も早くミシディアに行こう。
リンと一緒なら、旅も楽しいだろう。
リンと一緒にミシディアに帰れる日が待ち遠しかった。
アルフレッドはギャップに弱い。