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世の中そんなに甘くなかった。  作者: 優枝
つかわしめ編
1/2

魔女退治に向かいましょう

 


 生まれ変わりました。

 モモンガに。



 え? 唐突に何の話かって?

 聞いてくださいよ、奥さま。

 私、元人間なんです。ああ、一度死ぬ前の……前世の話なんですけどね。そう、人間だったんです。

 不慮の事故で若くして亡くなったと思えば、いつの間にかこの世界に生まれ変わっていて、それもモモンガなんかに。もう死ぬほど驚きましたよ。あ、これブラックジョーク? いや、ただの冗談ですから、思いっきり笑ってくださいね。

 前世の記憶を持ったままモモンガとして暮らすのはどうにも違和感が拭えなくて、でもいつまで経ってもこの世界に慣れない一番の理由は、やはり魔法が存在することです。奥さまにとっては当たり前すぎる話ですけど、実は前世の私がいた世界はこことは違う、いわゆる異世界だったんです。魔法も使えない、理詰めでできた世界でした。

 はい、そうですね。この世界と比べると少し不便に思うかもしれません。しかしあちらの世界にはカラオケという素晴らしいストレス発散機械がありまして……と、話がずれました。興味津々な奥さまには申し訳ありませんが、この話はまた今度。今世での私の転機をお話したいと思います。

 ちょ、そんなものはどうでもいいとか言わないでくださいよ。所詮はモモンガ? だから、私はただのモモンガじゃありませんって。なんたって私は“鎮守の森”で生まれたれっきとした魔獣なんですからね。

 え? 魔獣なら証拠を見せろ? 何を言ってるんですか、こうして奥さまと会話できていることこそ何よりもの証拠じゃないですか。ちょっと、今気づいたような顔しないでくださいよ。魔法が日常的に使われているこの世界でも、喋る動物なんて魔獣以外にいませんからね。ほら、私は血統書付きの魔獣なのです。分かっていただけましたか?

 それでは続けます。


 神域である“隠世かくりよ”と対峙する“現世うつしよ”の端境――“鎮守の森”に生まれて早一年。私よりも後に生まれた魔獣たちが颯爽と“現世うつしよ”に旅立ってゆく中、私はなかなか“鎮守の森”を離れられませんでした。

 理由はただ一つ。居心地が良すぎたんです。“鎮守の森”は私たち魔獣にとって謂わば母のような存在です。“鎮守の森”にいる限り、私たちはお腹を空かせることも怪我を負うことも、年をとることもありません。このような特徴から、人間の博識者は“鎮守の森”を“理想郷アルカディア”と呼ぶことがあるそうですね。つまり、私は天敵もいない安全地帯でひがな一日中ゴロゴロするという、堕落しきった生活を手放したくなかったのです。

 魔獣様がなんてことを? 人はみんな奥さまと同じようなことを言って諌めてきますが、魔獣にもそれぞれ性格があるのです。私みたいな怠惰な魔獣もいれば、気分屋だったり癇癪持ちだったりとさまざまな魔獣がいます。私が会ったことのある魔獣で一番印象的だったのは、契約相手を十二に満たない少女ばかりにする変態親父ロリコンですかね。あ、大丈夫ですよ。この世界の言い伝えの通り、魔獣は闇堕ちさえしなければ悪さを働くことはありませんから。

 魔獣は神の御使いです。この世の害悪から生まれる害獣とは違い、神が直接手を施した正真正銘の眷属――“神使”であります。ひとえに“現世うつしよ”に遣わされるためだけに生まれたようなもの。ですから、“鎮守の森”で生まれた魔獣は本能で“現世うつしよ”に向かおうとするのです。もちろん、斯く言う私もそうでした。


 けれど私の生まれた年に、同じく満を持して誕生した魔獣がいました。いえ、彼を魔獣と呼ぶにはいささか不敬に当たるやもしれません。彼は私たち魔獣よりも強い神との結びつきを持った、化身。

 “聖獣”様なのですから。

 そう、世界のバランスが不安定になる度に現れ救ってくれる伝説のピンチヒッターのことです。……ごめんなさい間違えました、救世主のことです。

 昨今、各地で害獣の大量発生が深刻な問題となっていますよね。原因は分かりませんが、それにより世界のバランスが乱れているのだと神がお嘆きになったのです。生みの親とはいえ会ったこともありませんから、そこは私の勝手な憶測ですけど。多分、嘆いていたんだと思います。

 そうして生まれた聖獣様。助けを求める衆生の声に応えるため、大きな翼を広げて“現世うつしよ”へと飛び立ちました。

 ちょうど、“現世うつしよ”に向かうため聖獣様の近くにいた私は、彼の豪快な羽ばたきの風によって森の深部へと吹き飛ばされてしまったのです。体格差が何十倍にものぼります。聖獣様にとってその辺の石ころ同然な私には為す術もありませんでした。


 飛ばされた私を受け止めてくれたのは、母なる“鎮守の森”でした。その時、私は体感してしまうのです。“鎮守の森”の、心地よさに。

 前世で父親に強請って買ってもらった高級羽毛布団にも負けない柔らかさ、そして見事なまでのフィット感。これはもうやみつきです。私はしばらくの間、そこから移動することができませんでした。

 ええ、その通りです奥さま。おかげで長期間、“鎮守の森”で引きこもり生活にかまけていました。神の御使いの名が聞いて呆れます。


 私が森を後にしたのは、それから一年後のこと。“鎮守の森”に追い出されてしまいました。神の御使いという使命を果たして来なさいと言わんばかりに。仕方なく、私は街に降りて契約相手を探すことにします。

 しかし。

 そう、しかしです。どうやら私、魔獣の中でも史上最高に魔力が低かったらしいのです。せいぜいランプに灯りを点けるくらいの魔法しか使えないと知ったときには絶望しました。

 やっぱりあんた、ただのモモンガだろう? いいえ奥さま。私は魔獣です。証拠に、私には契約相手なる方がいます。

 神の御使いである魔獣が特定の人間に力を貸すこと。それを契約と呼びますね。これは魔獣でなければ成すことのできない特別なもので、“友好の契り”、“主従の契り”、“魂の契り”と、実は三種類あるのです。

 まず、“友好の契り”とは、簡単に説明すると友達関係のようなもの。契約相手の召喚に応じるか否かは魔獣が決められます。好きなときに力を貸したりと大変フランクな関係になります。

 続いて、“主従の契り”。好んでこの契約を結びたがる魔獣もいますが、基本的には魔獣の嫌がる契約ですね。“友好の契り”とは違い、魔獣の意思を反映してくれませんから。余程のことがない限り、“主従の契り”を結ぶ魔獣はいないでしょう。

 最後に、“魂の契り”です。これは生涯のパートナーのような関係になります。この人間に一生ついていきたいと魔獣が思えて初めて、成される契約なのです。

 何を隠そう、私が結んだ契約もそれです。どちらか片方が死すれば、必然的に道連れになるというなんともシビアな契約。魂規模での契約ですからね、代償は大きいです。けれど、得られる力というのもまた多大なものになりますから、相応な代償と考えるべきでしょう。とにかく、契約が結べるという一点においては私が魔獣である揺るぎない証拠になるのです。


 ちなみに、私が契約した相手は今年で十六になる青年です。少年と言った方がいいのかな? とにかく、私は彼と“魂の契り”を交わしました。

 彼を選んだ理由ですか? 至極単純な話です。彼は、とてつもないチートな青年だったのですよ!

 腕を一振りしただけで詠唱もなしに害獣五十匹を倒し、闇堕ちした魔獣さえ十も数えぬ内に地面に沈めてしまいましたからね。最強のチートです。

 彼には三つ年上のお姉さんがいて、その彼女、何者だと思います? なんとですねぇ、一昨年話題になった“勇者”様なのです! はい、あの聖獣様に選ばれし勇者様! えっへん、すごいでしょう。図らずも、私は勇者様の身内……それも弟君と契約できたのです。

 いやあ、この見た目に感謝しなければ。弟君、男のクセに可愛いものに目がないらしく、一目でモモンガのことを気に入ってくださいました。この世界には癒やしが少ないとか。おかげで今や私は弟君のマスコットキャラ状態です。


 さて。そんなチートな弟君と各地を悠々自適に旅して早半年。

 ある日、とんでもないことが起こりました。


 チートな彼が、チートでなくなってしまったのです。


 朝起きるとあら不思議。魔法がこれっぽちも使えません。弟君は魔力を失ったと軽く肩を竦めていましたが、私としては何それ冗談じゃない! でして。

 魔法がすべてのこの世界で、魔力が無いに等しい私は魔獣としても役立たずでとてもじゃないですけど生き辛い。だからラクしたいがためにチートな彼と“魂の契り”を交わしたと言うのに、肝心の魔法が使えなくなった? あり得ない、の一言です。

 普通、朝目が覚めたら魔力が根こそぎ無くなっていたなんてことは起き得ません。魔女の呪い以外には。奥さまはご存知ですか? 百年と少し前に起こった“魔女の厄災(ヴァルプルギスの夜)”を。各地で高い魔力を保持していた人間が、ある日揃いも揃って魔力無しになってしまった現象のことです。

 そうですか。民間にも語り継がれているんですね。真相から言うと、あれは一人の偉大な魔女の仕業なのです。その頃、巷では魔女狩りなるものが横行していまして、同志を不当な弾劾によって殺された彼女が、怒って人間から魔力を奪ってしまったのです。百年も前の話ですが、あまりにも此度弟君が魔力を失った出来事と類似性が見られるので、原因はその魔女にあるのではないかと私は考えています。


 憎き魔女を成敗し、弟君の魔力を取り戻すこと。今の私たちの旅の目的はそれです。

 けれど、魔力のない弟君とあってもなくてもいいような魔力の持ち主である私……必然的に、旅は難航しました。

 まず、安全な宿と食事が手に入らなくなりました。当然です。今までは、弟君がクエストを受け害獣を討伐することで軍資金を稼いでいたのですが、魔力の無い状態ではクエストそのものを受けられません。一文無しに無償で宿泊先と食べ物を提供してくれる心優しい御方も現れず、私たちは日々空きっ腹を抱えての野宿となりました。

 次に、弟君が“友好の契り”を結んでいた六匹の魔獣が離れていってしまったのです。魔獣は神の令である害獣討伐のために、魔力を多く有している人間を好みます。魔力が無い人間など歯牙にもかけません。彼らは弟君を見限り、新たな契約相手を探しに発ってしまいました。残ったのは“魂の契り”を交わした私のみ――。

 極めつけは、弟君自身が魔力を取り戻すことに積極的でない点です。失ってしまったのなら仕方ない的な思考なのかは知りませんが、どうにも彼は危機察知能力を欠いでいるようでして。明日の行方さえ分からない生活なのに、「何だかワクワクするね」などと呑気な台詞を吐いてるんですよ!? 私なんて野宿している最中、いつ害獣に襲われてしまうのかと心臓がヒヤヒヤしてますのに。


 え? ラクをしようとしたツケが回ってきた? そうは言いますけど、奥さま。これはあまりに酷い仕打ちだとは思いませんか。料理ができない弟君のために、一体誰が朝・昼・夕とご飯を作っていると! こんな小さな体ですから、鍋をかき回している間にもし中へと落ちてしまったらと、かなり命がけで精神的にもキツいんですからね!

 それに、お金がないから満足な量の食材も買えませんし……。


 こほん。ええっと、それでですね。どうでしょう、奥さま。この可哀想な魔獣に食料を恵んでくれませんか。ほんの少しの量でいいんです。ほら、そこの売り場に置かれてるニニギの実なんか山ほどあるじゃないですか。ああ、美味しそう……じゅる。こっちのオホゲツの実もいいですね。あ、あっちのウケモチも。


 ぐえっ!?

 ちょ、奥さま! 何するんですか! いきなり首根っこを持って――あ、いや! やめて! 投げないで! 私モモンガだけど、飛ぶのは不得手で……ぎゃー!!


「まったく! 新手の詐欺だね、魔獣様の名を語るなんて。二度とウチに来るんじゃないよ! あんたに差し出す実は、ウチには一粒たりとも置いてないからね!」


 神の実専門店の奥さまは仁王立ちで、髪を逆立てんばかりの勢いで私にそう怒鳴りつけた。


 なんということだ。

 同情引いて物乞い作戦は、こうして失敗に終わったのだった――…。




『……と、言うわけで。本日の昼食は草です』


 私はそう言って、出来たてほやほやの料理を目前の青年に差し出した。


「うわぁ、今日も見事に草だね」


 道端で摘み取った草を水で茹で、石ですり潰しただけの苦さマックスの冷製スープと、ハンバーグ風草焼き、そしてホデリの実。最後の一つを除いては、100%草で出来ている。調味料も十分に揃ってないので、美味しいわけがない。

 青年――ナギヒコはここ連日で見慣れた緑色の料理を見て、わずかに顔を顰めた。


「ねえ、ミコ。僕もう草料理は嫌だよ。ニニギの実が食べたい」

『仕方ないじゃん、物乞い失敗しちゃったんだし。それにナギ、あんたニニギの実が一粒いくらすると思ってるの?』

「え~っと、いくらだっけ? でもそんなに高くないよね」

『ああ゛ん!?』


 お馬鹿! と、私は地面を叩く。

 私の契約相手は、どうにも脳天気でいけない。


『いい!? そりゃ闇堕ちした魔獣倒してた頃はガッポガッポお金が入ってきましたよ! ニニギの実が一日何百個だって買えたし、億万長者も夢じゃないくらいだったよ! でもね、今は違うの! ニニギの実を買うお金さえないのー!』

「収入がないもんね」

『そう! おまけに稼いでいた頃のお金を貯金せず、全額各地の貧しい村に寄付してしまったのはどこの誰』

「あの時はまさかこんなことになるとは思ってなかったからねぇ」

『せめて貯蓄があれば、今の状況から抜け出せたかもしれないのにぃ!』

「でも、僕、後悔してないよ?」

『ええい黙らっしゃい!!』


 そういう問題じゃないのだ。私は頭を抱えて蹲る。どうしてこう、ナギヒコは分かってくれないのか。


『ああ、ひもじい……。私だって神の実食べたい』

「ホデリの実ならあるよ?」

『……私、個人的にホデリの実は神の実と認めてないから』

「んー不思議だよね、ホデリの実と似た見た目のホオリの実はあんなに美味しいのに」

『まあ、ホデリの実は一般的に体調が優れない人が食べる物だしね』


 この世界には、穀物や野菜が存在しない。いや、存在しているにはしているのだが、それらを採って食べるという習慣がないのだ。代わりに、多様な味のする“神の実”と呼ばれる食べ物が市場に出回っている。

 例を挙げると“ニニギの実”は私が前世に生きていた世界で言うところの炭水化物のようなもので、“オホゲツの実”は蛋白質が摂れ、“ウケモチの実”はミネラル、“ホオリの実”はビタミンに近く、そして“ホデリの実”は漢方薬という認識だ。どの種類の実も一粒一粒味が異なり、また舌触りも様々である。


 ナギヒコは眉を顰めつつ、私手製の草料理を口に運ぶ。なんだかんだ言っても、ナギヒコが私の料理を食べ残したことなんてなかったなぁ、そういえば。


「慣れたらきっと美味しくなるよね」

『何度も言うけど、草だから』


 美味しくなるはずがない。むしろ慣れちゃいけない味だ。

 私もホデリの実を齧り……うげえ。やっぱりマズい。ニニギの実みたいにお腹にたまるものが食べたいな、とナギヒコに魔力があって好きなものをたらふく食べられたあの頃に思いを馳せる。


「あ、そうだ。ミコ、今日から西の森を目指してみない?」

『西の森?』


 ナギヒコの唐突な提案に、私は首を傾げた。

 西の森。そんな名前の森は、聞いたことがない。


『どこにあるの、それ』

「イダンマの近くだよ。大陸の最西端。大国のすぐ近くにありながら、こんにちに至るまで誰も発見できなかった隠された森。イダンマとラプンテが火花を散らしていた戦時中、道に迷った歩兵隊が見つけたらしい」

『へえ……』


 こんにちに至るまで誰も発見できかったとはまた卦体な。

 少しだけ興味が湧いてきたが、イダンマの国境付近は今もなお紛争地帯のはず。わざわざ危険を招いてまで行く必要性を感じられなかった。


『どうして西の森に行こうと思ったの?』


 私が尋ねると、ナギヒコはキョトンとする。そんな質問をされるとは思ってもいなかったのか、ナギヒコの顔には「なんて馬鹿馬鹿しい問いかけなんだ」の文字がありありと浮かんでいた。少しだけムカっときた。


「だって、今の僕たちの旅の目的は魔女を探すことでしょ? 西の森には、ミコが会いたがっていた魔女がいるかもしれないんだ」

『えっ!?』

「やっぱり、ダメかな?」

『それを先に言ってよ!! 大賛成に決まってる! よし、ナギヒコ。さっそく出発しようっ』


 ちゃっちゃっと荷物をまとめてナギヒコに早く食べてしまうよう促す。が、ここで一つ疑問が湧く。

 今まで津々浦々を旅し、各地で魔女についての情報をひたすら追い求めてきた私たちだけど、有力な情報はなかなか得られず、苦労も絶えなかった。やっとのことで掴んだ情報といえば、魔女たちの中には最も長く生き尊敬を集める大魔女がいること。そしてその大魔女こそ、百年前の“魔女の厄災(ヴァルプルギスの夜)”を引き起こした張本人であることだけだ。

 骨を折ってまで手に入れた情報がたったそれだけだというのに、ナギヒコはいとも簡単に魔女の消息に関する新報を手に入れた。

 果たしてその情報は信用できるのか……。


『……ねえ、ナギヒコ』

「なに?」

『西の森については、誰から教えてもらったの?』


「え? お姉ちゃんだけど?」


『え?』

「ん?」


 お姉ちゃん? 今ナギヒコはお姉ちゃんと言ったか?

 私は懸命に姿勢を丸め、短い手で頭の天辺にある耳を叩いた。もしかしたら私の耳が馬鹿になって、聞き間違えたのかもしれない。

 そうだ。そうに違いない。だってお姉ちゃんとかおかしいし。

 ナギヒコの姉である勇者様は、半年前にパーティー仲間との旅の途中、闇堕ちした魔獣に襲われ消息を絶った。各国が懸命な捜索を続ける中、そんな勇者様と連絡を取れるだなんて……。


「あれ、言ってなかったっけ? 四ヶ月前、お姉ちゃんからテレパシーが来てね。お互いの近況を報告し合って」

『ええぇ! なんでナギはいつも肝心なことを言わないの!? でもってテレパシー!? 四ヶ月前って言ったら、ちょうどナギが魔力を無くしたあたりじゃない! 魔力無しともテレパシーで会話できるとかすごいね!!』


 テレパシーは、普通であれば相手にメッセージを送りつけることしかできない。能力が使える人間同士であれば何の弊害なく会話ができるけど、魔力を持たない人間が相手だった場合、相手の声を聞くなんて行為は不可能だ。流石は勇者様。常識さえも打ち破ってしまうのか。というか、ご無事で何よりです。


『……で、ちょっと待って。状況を整理しよう』

「うん」

『お姉さんは元気なの? 闇堕ちの魔獣に不意をつかれて瀕死の怪我を負ったらしいって……』

「違うよ。そもそも、お姉ちゃんは黒魔獣に襲われたりしてない」

『え? どういうこと?』


 情報が錯綜しているらしい。当時私たちが留まっていた街には、勇者様が重傷を追い行方不明になってしまった一報が号外新聞によってもたらされたのにな。

 しかしどうりで、ナギヒコは勇者様の心配をしてなかったわけだ。知らせを聞いたとき、私一人が慌てていた。


「お姉ちゃんは裏切られたんだよ。パーティーメンバーの一人に」

『え……!?』

「どうやらその裏切り者を派遣したの国の宰相が世界の転覆を目論んでいるみたいでね。詳細を調査するためには動きやすい方がいいでしょ? だから罠に嵌った振りをした。要は、られた振りをしたんだ」

『何その重大事実……っ!』


 あまりに壮大かつ深刻すぎる内容に、私は頭を抱えてムンクの叫びを体現した。

 パーティーメンバーの裏切り? 勇者様のパーティーは、各国のエキスパートを集めたエリート集団だ。そりゃ国の重役の息のかかった人物がいてもおかしくはないけど、勇者様は聖獣様と契約でき、唯一この世界を救うことのできる御人。同じ世界に住む者としてそんな御方を害そうとは、そいつってば脳ミソがイカれてるんじゃないの。絶対おかしい。


『世界の転覆なんて狙ったって、なんにも良いことがないのにね……』


 むしろ不利益だらけではないだろうか。世界の転覆とは、この世すべての滅亡を意味する。そこには謀を企てた自分自身も含まれるのだから、正直その人が何をしたいのか分からない。自決したいのであったとしても、なにも大勢の命を巻き込むことはないでしょ。


「うん。でもね、お姉ちゃんが言うには世界は一度滅んだ後、また新たな世界が創造されるんだって。何もかもが神の手によって新しく生まれ変わるんだ。誕生派ジェネシスのやつらは、滅亡の中には救済はこぶねがあるとして、有能な自分たちだけは生き残れるのだと信じてる」

『うわぁ。プライド高い人間にありがちな、身を滅ぼすだけの根拠のない自信ってまさにそれだ』

「知的好奇心というか、探究心の果てが彼らなのかな」

『たかだかそれだけのために世界滅ぼそうってのも凄いね』


 なんてはた迷惑な話だろう。


「だから、お姉ちゃんがもうすぐ反撃を始めるとか言ってたよ。ジェネシス狂信者は根こそぎ狩ってやる、って」

『おお。流石は勇者様……』


 仲間に裏切られたショックで泣き寝入りしないところが凄い。同じ女として憧れる。いや、私、メスだけどさ。中身はうら若き乙女だもんね! 勇者様万歳!


『でもナギ、残念だね。魔力があったら、お姉さんの手伝いに行けるのに』

「……お姉ちゃんなら一人でも大丈夫だよ。たとえ僕にまだ魔力があったとしても、助けは必要ないだろうから」

『えー、そういう問題じゃないでしょ。勇者様があんたにも勝るチート以上のチートだってことは知ってるし。気持ちの問題じゃないの? お姉さんを助けたい、そう思ってるかどうかの。大好きな弟が参上してくれたら、私は嬉しいと思うけどなぁ』

「……」


 そうだね、と頷くナギヒコはどこか寂しげだ。

 あれ。私、何かまずいこと言った?

 勇者様とは面識がないしナギヒコもお姉さんの話は滅多にしないから、二人の関係については詳しく知らないけど、旅の途中もちょくちょくお姉さんから旅路に必要な用品(しかもどれも高級で手に入りにくい物や一品物ばかり)が魔法送陣で送られてくるから、てっきり仲が良いのかと思ってた。

 どうする。一度口から飛び出してしまった言葉は元には戻らないぞ。


『ええ~っと、ナギヒコ! それで、西の森にはどうやって行くつもりなの? イダンマまで結構距離があるけど……』


 良くない空気を察した私は、ずるい選択肢だが話題を変えることにした。

 ごめん、でもなんて言ったらいいのか分からない。年々、少しづつではあるものの人の感情の機微についていけなくなっている。おそらく前世の記憶を持っている人間感覚の“私”が、魔獣の本能である“私”に競り負けているのだ。

 いつか完全な魔獣である“私”が出来上がるのも、時間の問題かもしれない。


「あ、そうだね。移動手段が困るね」

『ね。送陣符はもう使い切っちゃったし……』


 うまく話を逸らせたことに安堵した。あのまま話を続けていたら、きっと私はナギヒコを悲しませるだけだっただろうから。

 気を取り直してナギヒコの鞄を探ってみるが、魔力が大量にあった頃に保険としていくつか作らせておいた送陣符は見つからない。

 あれがあると、魔力が無くても瞬間移動できて便利なのにな。


「んー、じゃあ、これ使ってみる?」


 ナギヒコが箸を口に銜えながら、ポケットからある物を取り出した。

 それを確認した私は、思わず目玉をひん剥いてしまう。


『ぶっ! し、神殿切符!?』

「うん」

『なんでそんなの!!』


 覗色の長方形の紙。中央には藍色で神殿のロゴが描かれている。間違いなく、それは神殿切符――各地に置かれた神殿にワープすることのできる、特別な符だった。送陣符とは違い、如何なる時如何なる場所であろうと無条件に自分が望んだ神殿へ瞬時に移動することが可能だ。

 が、もちろんそんな便利すぎる魔法符は一般に売られてもいないし、自分で作れもしない。何故なら神殿自体が神の聖域と考えられているためである。人間が造った建築物を神様が依り代にするわけ……とか思ったけど、どうやら大国フートの本殿には本当に神様が鎮座されているらしい。“現世うつしよ”に神様がおわすのなら、私たち魔獣が神の御使いとして遣わされる意味が分からないと思うのは私だけだろうか。

 そして各地に置かれた神殿には分霊わけみたまが祀られ、周辺の地域を指定特別区域とするなど、とにかく面倒な場所というのが私の印象だ。他国の要人を招く際にも使用されるから、一般で神殿切符が使える人間は極々限られている。魔獣と契約していて、尚且つ社会的貢献の大きい人。と、いうのが条件になっているのだが、今のところそれに当てはまる人間は勇者様とその周辺の人たちだけであるとか。

 にも関わらず、何故! 何故ナギヒコがそんなものを!


『ど、どうやって手に入れたの……。勇者様から?』

「ううん。一年くらい前かな、わざわざ僕のところに訪ねてきた神祇官かみづかさの人がくれてね、いつでも頼ってくださいって」

『はあ!? 私、そんな話聞いてないけど!』

「だって言ってないもん」

『なっ、お馬鹿!!』


 “魂の契り”まで結んだ魔獣に隠し事なんて酷い。しかも、まだまだ私に言ってないことが山ほどありそうで怖い。ナギヒコ、あんた、私をなんだと思ってるの? 生涯の伴侶だよ……。


 ともあれ、神殿の人間である神祇官が一介の市民のもとまで出向いて切符を渡すなど前代未聞。神祇官の行動が意味するところはつまり――「これをやるから、きっちり社会的貢献しろよオラァ!」という半ば脅しに近いものと考えていいだろう。

 魔力は突然変異で生じることもあるが、大半は血筋で決まる。親が多くの魔力を有しているなら、子も。子が有していなくとも、隔世遺伝の場合だってある。要するに、勇者様と血の繋がった実弟であるナギヒコに神殿は目を付けたのだ。

 社会的貢献とはイコール害獣や闇堕ちした魔獣の討伐のこと。魔力があった頃は出くわす害獣等をそれなりに退治してきたけど、噂じゃ神殿は細かく一週間のノルマを設定してくるらしいから、三年寝太郎のナギヒコには無理だ。せめて半年に何匹のノルマならマシなのに。


『ナギ、絶対にそれ使っちゃダメだからね。神殿に貸しなんて付けたらどうなるか……』


 世間的に勇者様が消息不明である今、神殿はきっと代わりの逸材を探しているはず。魔力の強い者を第二の勇者とすれば、先の勇者様と同時に姿を眩ませた聖獣様も戻ってきてくれると考えているのだろう。幸いにも、勇者様と聖獣様が交わした契約は“友好の契り”だったから。

 もし仮にナギヒコが勇者なんかに選ばれてしまったら……うあー! 魔獣のクセに度を超えた役立たずな私は、きっと除け者だ。ナギヒコと“魂の契り”を結んでるからかろうじて捨てられない、周りから疎ましげな目で見られる毎日になるんだ! 無理ぃぃっ!!


「でも、もう発動させちゃったよ?」


『……………え!?』


 えへ、と誤魔化すような笑いを浮かべるナギヒコ。

 唖然として二の句が紡げない私を他所に、辺りは光に包まれた。



 再び目を開けた時、そこに広がる光景に私はとりあえずナギヒコの足の先を全力で蹴ってやったのは言うまでもない。大した痛みにもならないのは、誰よりも自分が分かっている。


「―――お待ちしておりました、第二の勇者様」





どうでもいいかもしれない裏設定


①魔獣は神が創られたものであるが、実は一から創造したのではなく魂は手頃なところ(前世のミコがいた世界/死後の世界)から引っ張ってきて、それをあらかじめ創ってあった器に入れるという荒業でできている。

意外と面倒臭がりな神。うまく合成できないと、ミコのような前世の記憶持ちが生まれる。


②神が気合を入れて魂まで創造したのが聖獣。魔獣の進化形とも言っていい。


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