蝋人形の館
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……がたん。
レム睡眠。それは現実と夢の堺。
そんな世界がまた、私の目の前に広がった。
ペルシャ絨毯が来客をよろこび、屋敷はシャンデリアのこぼす光によって明るく影を作る。幾多のフランス人形が来客である私を出迎えているかのように、ペルシャ絨毯の脇に立っている。
ようこそ、人形の館へ。
そう言わんばかりに。
出だしから驚かされた。普段となにも変わらない屋敷の中に、明らかに異様な、あのフランス人形たちが色違いのドレスを着て、全てが私を見て微笑んでいる。
なんだ。これは。
しかし、ここで止まるわけにはいかなかった。音が聞こえる。やはりいつもの場所からだ。私はすぐに階段を上り右の方へ向かった。
手前はお皿が並べられている部屋。奥は、お嬢様の部屋。私は隠れられたその奥の部屋へ向かう。
扉開けると、そこは異様な光景へと変わっていた。
あまりに精巧に作られている等身大の人形が、あたかもそこで生活をしているかのような、そんな状態で配置されていた。そして、皆鮮やかなドレスを着ていた。
ただ、疑問なのは、どの人形も、恐怖の淵の顔をしていたのだ。気味が悪い。
そんなこと気にしている暇はないようだった。音が次第に近づいていて、今にも食べられてしましそうだった。とりあえず、ベットの中に入り息を潜めた。
扉が開く音がする。ぎぃ……がたんと部屋を徘徊し、どうやら見回りをしているようだった。それは私に気づかなかったようで、すぐに部屋から出ていった。しかし、その音がしっかりと消えるまでベットから顔さえ出せなかった。確実にいないことを確認してから布団から出て、とりあえず使えそうなものを探した。
部屋には大きなクローゼットがあり、その中には色とりどりのドレスが入っていた。さっきの音は、この部屋に無数に置かれている人形たちには目もくれなかった。なら、私が人形のフリをしたら、もしかしたらバレないのではないだろうか……。
そう思ったら着替えるのは早かった。ひとりで着るのは大変だったが、致し方ない。そろそろ部屋を出ようとして、扉に耳を傾けた。前はここから出ようとして手に襲われた。それが音の罠だとするならば、私はひとつ手を打たなければならないだろう。
1体の人形に私の着ていた服をそのまま着させる。ドレスの上からなので、上手く着させられなかったが。そのまま扉を開ける。すると音と思われる影がすぐに中に入り、私の服を着させた人形の方へ向かって行く。その音が私の服を着させた人形に気を取られている間に私は部屋を出る。まだ行ったことのない2階の左側へ。
先ず、手前の部屋に入る。そこには驚愕するくらいの金貨が部屋を埋めていた。ここにも等身大の人形が置いてあり、それらは金貨を拾い、喜びながらその姿を止めていた。きっとこの人形は全ての部屋に安置されているのだろう。まるで七つの大罪に反った形で。
それでも私は先を急いだ。全ての部屋を知ったところで意味はないのかもしれないけど、この夢の意味を私は理解しなければならないのだと思った。
奥の部屋。始めてではないが、中を知らない。闇が支配している場所であって、最早トラウマの世界。意を決してドアノブに触れるがなかなか開けられなかった。
がたんがたん。
その音が少し興奮気味に近づいてい来ている。バレたのか?
意を決する間もなく入り扉を閉めた。この部屋は暗かった。ここだけ光がなく暗い。なにも見えない。
がたんがたん。
その音は確実にこの部屋の前にいる。私は急いで物陰に隠れる。後は人形のように動かなければバレないはずだ。
きぃ。
古い音をあげて扉は開かれた。漏れて入る光は部屋の一角を照らし、それによってこの部屋の一部が目に入った。この部屋もやはり等身大の人形が無数に置かれている。それ以外に特徴はなく、空き部屋と言ってもおかしくはなかった。
ぎぃ……がたん。
その音と共に扉は閉まる。
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……がたん。
暗い部屋を徘徊するその音は、ゆっくりとあたりを見回しながら私の方へ近づいていた。荒れる息を無理やり止める。
そのおかげもあってか、音は次第に私から遠ざかり遂には部屋を出ていった。なんとかなった。私は安堵の声を呟く。シャンデリアが光り出した。
この部屋には予想通り多数の人形がいた。そろそろ慣れていた私はとりあえずこの部屋からどうやって逃げようか悩んでいた。1体1体、なにか手はないかと頭をフル回転させて見ていた。
ーーーー見たことある緑のドレスの人形を見るまでは。
目に止まったのはそれが理由だ。私は段々と視線を上げていく。緑の宝石が入ったネックレス。それは私のしている赤い宝石のネックレスとまるで同じ物のような物だ。目を疑いたい。いや、たまたまだと信じたい。
ーーーー顔は麻里そのものなのだ。
泣いているその顔。何度も何度も見たことある顔。知らないはずがない顔。行方不明のはずだった顔。
ーーーー夢だ!
そう、叫んだ時には遅かった。直ぐに口を覆うが、がたんという音は怒を帯びて向かってくる。私は再び人形の振りをする。咄嗟の判断だ。
扉が勢い良く開く。そして、とうとうその姿を拝むことになる。
心音が激しい。鼓動する音でバレるのではないか。私はその姿に不安を抱き、息を殺す。
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……がたん。
これが夢なら、捕まってもまた吐き気を覚えてトイレに向かう。そのはずだ間違いない。麻里の人形は私が心配して夢に出ただけ。そうに決まってる。
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……。
ゆっくりと周りを見回しながら1体1体見ている。
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……がたん。
麻里の人形をまじまじと見て、そのあと私の顔を見る。
ーーーーにやりーーーー
ーーーーみーつけたーーーー
刹那私の体を抑える等身大の人形。幾体の手が私を捕えて離さない。足掻いても外れる気配さえない。そして、何時までも聞きなれない音をあげてそれはゆっくりと近づいてくる。
ぎぃ……がたん。
ぎぃ……がたん。
それは私に手を向けてくる。青白い手を。私の頬を撫でてこう言った。
ーーーー可愛い。私より可愛いーーーー
ぽた……。
私の体に熱いものが落ちる。どこから降ってくるのかわからないそれは、私の体をゆっくりと犯していく。
ぽた……。
ぽた……。
熱い。熱い。心の中で思えても口には出せない。
ぽた……。
ぽた……。
夢なのに熱い。なんで。夢だよ?
ぽた……。
ぽた……。
体の大体をそれは埋め、始めに落ちたそれは固まり始めた。まさか……蝋!?
ぽた……。
ぽた……。
ということは、この等身大の人形は人間を蝋で固めた、蝋人形!
ぽた……。
ぽた……。
もう、無理だ。首よりしたがほとんど動かなくなった。顔にも蝋が落ちてくる。熱さより恐怖心に負け、何の抵抗もせず、死を覚悟する。どうせ死ぬなら笑顔がいい。麻里の顔を見て恐怖に浸る顔は嫌だと考えた。我ながら危険意識がないな。もう、死ぬって言うのに。
その瞬間だった。落ちてきた蝋が赤いネックレスの宝石に当たったとき、宝石はとてつもない力で光った。一瞬で赤い光りに部屋が埋まり何も見えなくなる。そして、蝋が溶けたみたいに体の自由が効き、そして捕まえていた手は私から離れる。
今しかない!
私は記憶を頼りにこの部屋から出る。しかし、もう隠れることは出来ない。しかも確実にこの場所から出るしか助かる方法はない。
階段を降り、入口に向かう。
がたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたん。
階段を3段降りた時に後ろからものすごい音を立ててあれが向かってきた。1度振り返ってからまた行先を見る。
階段の端にいた人形たちは行く手を阻むように階段を埋める。私はそんなことも無視して人形を踏むように階段を駆け下りる。
がたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたん。
あのご老体は目の前にいた。蝋で固められた顔はまるであの人形のように美しく赤いドレスがあまりに似合う。
がたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたん。
もうすぐ後ろにあれが迫っている。なにかを考えている暇がなかった。私は走り出す。ご老体を蹴飛ばし入口の扉を押す。
ーーーー開かない!
次に引く。
ーーーー開かない!
くそ、やっぱりか。このシックな造りの扉がどんな強固なものかわからないが体当たりをすれば壊れる気がしたので体当たりをする。
しかし、なかなか壊れない。3回やって足を誰かに掴まれる。振り返ると頬を何かが剃って扉にストっと突き刺さる音がする。それを確認するとナイフだった。
ーーーー逃げないでよ。
いや、逃げるよ。なにせ、なんで人形が動いてるのさ。
ーーーー私と体変えて。
嫌だね、だってあんたの方が可愛いし。
ーーーーネェ、チョウダイ?
いきなり目の前に現れたその人形に私の瞳孔は大きくかっぴらいた。そして、金縛りにあったように体が動かない。
思い出したように蝋が私の体を固めていく。また動かない。ここで終わりなんだろうか。口の中にまで蝋が入ってきた。そろそろ息ができない。
ーーーーニンギョウニナッチャエ。
扉が開いた。そのせいで私は後ろに倒れ、完全に固まっていた蝋が割れた。
私はそのまま走る。森の中を永遠に。しかし森の中にも何体か蝋人形がいる。まだ終わりではないんだ。
ーーーーシネーーーー
腹部が急激に悲鳴をあげる。左の腹にナイフが突き刺さっていた。
なんで、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ!
走り出す。この森に出口はあるのだろうか。
ーーーーシネーーーー
今度は右肩だった。右腕が動かなくなる。
痛い。痛い。痛い。
それでも足を止めない。ここまで来て死にたくない!段々と木が薄くなってきた景色を見て明らかな希望を持っていた。奥に街頭らしき光が見えるのだ。もうすぐで、
ーーーーシネーーーー
左足。それが当たった瞬間に足が動かなくなり勢いで転がって木にぶつかって止まる。くそぉ、もうちょっとなのに!
這うように進み、目の前に見えている街頭に寄っていく。右足と左腕だけと力で少しづつ近づいていく。すると道路が見える。あそこまで行けば!
ーーーーぎぃ……がたん。
ーーーーぎぃ……がたん。
その音を聞いて途端に体が動かなくなる。あと、50メートルくらいなのに!
ーーーーぎぃ……がたん。
ーーーーぎぃ……がたん。
道路と私の間にゆっくりと出てきた人形。まるでゼンマイ次掛けのようだ。
ーーーーぎぃ…………。
ーーーーぎぃ…………。
体を私に向ける。その瞳は真っ赤に染まり、それでも狂気に笑っている。気味が悪い。
ーーーーがたん。
私をしっかり見る。
ーーーーニガサナイヨーーーー
ーーーーがたんがたん。
ーーーーがたんがたんがたんがたん。
ーーーーがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたんがたん。
襲いかかってくる。私を目の前にして飛び上がり口から出したよく切れそうな刃が何個も付いている。噛み殺す気だ大きく開けた口で私の首を噛む。
はずだった。
急に光り出す赤い宝石。
「そういえば、安全だったっけ。この宝石」