赤い人形
駅から続く大通りを真っ直ぐ進む。空はそろそろ夕日がかるところだった。しかし、8月の気温たるや30を下回る気はないようだった。帰宅の人たちが私とは反対の方向へ歩いていく。スクランブル交差点でも、明らかにひとりだけ違う方へ向かっている。そんな違和感を抱えながら、私はあの店の前へ来た。
まだ日はひと欠片も隠れてもないのだが、この場所だけは暗闇を背負うように影を吸っていた。ここに、答えがある。そんな気がして挑んで来たが、さすがにここに入るのは怖かった。引き返そうと駅に足を向けた時だった。
ドン。
ーーーー背中を押された。
その反動で中へ倒れるように入る。店内は相変わらず暗く、さらにむせそうなくらい埃っぽい。押した犯人を見ようとしたが、入口は既に閉じていて、その先にはなにも見えなかった。
ぎぃ……。
その音に過剰なほど反応する私は直ぐに立ち上がり扉を開けようとしたが押しても開かない。
ぎぃ……。
音を見ればまた暗闇に呑み込まれる。今は夢の中じゃない。現実だ。ここで呑み込まれたら、私はどうなってしまうのか予想はできていた。
押しても開かない扉に必死で体当たりをするが壊れる気もしない。
ぎぃ……。
あまりに近くで鳴ったので振り返ってしまう。
ーーーーフランス人形の顔ーーーー
「きゃあぁぁ!!」
腰を抜かせてその場に座ると、フランス人形を持っている店主の姿が見えた。
「なんじゃ。急に入ってきたとおもぅたら扉を壊そうとして、その次はワシを見てかな切り声とな。全く目障り耳障りな小娘じゃ」
その赤いドレスのフランス人形をしっかりと抱え、マントに顔の隠れたご老人いつもの定位置に戻って行った。
「冷やかしなら帰りな。ここにはアンタなんかに売れるもんなんかないよ。ましてやこの人形も、アンタの友だちもね」
ご老人は私の心を読み取っているのか。そんな気がするくらい、気持ち悪い一言を置いていった。
「麻里のこと、なにか……知ってるんですか」
少し落ち着いた私はご老人が座るのを待ってからそう話した。
「知ってるもなにも、私の可愛いこの子を盗んだんだ。まぁ、戻ってきたけどねぇ」
そう言って、私にその人形を見せてきた。それはまさに美の象徴だった。髪は金のロングで癖がある。顔立ちはスっとしていて目は大きく瞳はスカイブルー。プックリとした真っ赤な唇は誘惑の香りを漂わせていた。体も華奢で色白。それなのに着ている真っ赤なドレスは、欲情を抑えきれないほど、魅力的に輝いていた。
一目惚れとは、こういうことなのだろう。麻里がこの人形を仕切りに欲しいと言っていたことが今ならわかる。でも、なぜ、今までこんな気持ちを抱いたことがなかったのに……。
「アンタも、そんな変な気を起こさんでね」
私は毛頭そんなことを考えていない。首を大きく振ると逃げるように扉を引き、逃げるようにこの店から出ていった。
「簡単に開いた……」
自分でも驚くくらいに。きぃっと鳴った扉は、その後音もなく閉まった。まるで誰かに押さえられていたかのように開かなかった扉。ここにはもう2度と来たくなかった。
そう、夜までは少なからずそう思っていた。
お父さんの言い付け通り、日が暮れる前に帰り、平日の楽しみであるテレビをみていた。それで、今日平日だったことに気がつき、私のために仕事を休んでくれたお父さんに申し訳が立っていないのが現状だった。
テレビも楽しめず、急いで食事を済ませるとすぐさま部屋に戻った。部屋は案外殺風景なところだった。趣味と言う趣味は特になかったため、キャラクターものとかアニメの品とか何一つない、殺風景な場所。
この場にある、ベットに身を埋めるとひとりで声も漏らさず泣く。
色々なことがありすぎた。麻里は例の事件で消え、私はまだあの夢に脅され、例の店では怪奇現象を味わい、自身怯えているのがわかるくらいに心臓が病んでいた。
少し落ち着いてから、気を紛らわす為に学校の宿題ならぬ、レポートをやろうとカバンを開けた。
ーーーーフランス人形ーーーー
そのカバンから逃げた。壁際まで行って逃げ道を間違えたことに気づいた。しかしながら、カバンの中から全く動くことはなさそうで、分を刻んだと思えるくらい時間が経ってからそれを確認した。
赤いドレスのフランス人形。髪は金のロングで癖がある。顔立ちはすっとしていて、目は大きく瞳はスカイブルー。唇はプックリとして真っ赤。体は華奢で色白。
記憶力の悪い私でもわかるくらいに、これはあの店の店主が大切そうにしていたものだった。
恐怖を覚えた。
ーーーーアンタも、そんな変な気を起こさんでねーーーー
私はそんなことしていない!!
しかしながら、あまりに美しすぎた。
カバンの中から取り出し、勉強机の上に置いた。麻里がこれを盗んだのかどうかわからないけれど、盗む理由には十分な程、綺麗だった。
ーーーー赤いドレスの人形に気をつけてーーーー
いやいや、麻里の忠告を無視できない。できるなら早く返しに行きたい。その人形を手に取り、あの店へ行こうとした。
その深いスカイブルーの瞳を見るまでは。
「今日1日くらい、いいかな……」
フランス人形をまた机の上に置いた。1日くらい、この人形を持っていたって、私には何の罪もない。帰ったらバックの中に入っていたんだ。しかも、夜遅い時間だ。あんな薄暗い場所に行く方が危険だ。仕方が無い。明日の朝早く、返しに行こう。
レポートなんてやる気が起きなかった。もう、寝よう。なんて思って部屋の電気を消した。
暗闇が覆う部屋に、その人形は鮮やかなまでに見える。それ自身が光っているかのように、ドレスのスパンコールのひとつひとつがしっかりと見える。本当に美しいものはこういうものなのだな。
謎の安堵感に抱かれ、私はベットの中に入った。
今日は、ーーーーいい夢が見れそうだ。




