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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第三話 『放浪 〜問い〜』 


 暗い空間だった。

 温かみの欠片も無いその場所は、どこまでも乾いて続いていた。

 唯一の光。空に浮かぶ星たちを臨みながら、暗闇の地上を歩く。

 青白い砂の世界。乾いた砂を踏む音だけを立てて僕はその場所を黙々と進んでゆく。

 振り返らなかった後ろには、乗ってきた飛行機械が死んだように砂の大地に横たわっていた。


       ◆  ◆  ◆

  

 あの子は本当に、優しい子だった。

 何をするにも丁寧で注意深く、誰と接するときも笑顔を絶やさず。欠点も多々あったが、仲間はみな彼を愛していた。

 なにより本当の笑顔ができる子だった。

 ただ二つだけ困った点を挙げるとすれば、まず、恐怖や驚きを感じすぎると幼児退行を起こす事が挙げられただろうね。

 冷眠期間を含めなくても二十歳を超える童顔の青年が、本気で怒ったり笑ったり、そして甘えてきたりする様は、女性クルーのみならず、男性クルーの中にまで、少なくない数のファンを作っていたほどさ。

 元が密航者などという事は、もはや誰も気にしていなかった。それどころか、あの子を可愛がるあまりわざと脅かしたり仕事をおろそかにする者が続出し、何度も怒鳴って追い散らしたものだった。

 もう一つは、その深い宇宙マニアぶりだった。普通、どんなに気持ちの強い天文ファンであっても、何年も退屈な宇宙を眺め続けていれば次第に興味が薄れてくるものだけど。

 だがあの子は、いつまで経っても天文マニアなままだった。宇宙が好きという気持ちを失いはしなかった。

 展望室はいつしかあの子の部屋となり、観測記録と天体写真で埋まっていった。

 嬉しそうにその日の観察記録の話をするあの子を囲み、内心困ったものだと思いながらも、楽しく食事をした事も何千回あったか分かりゃあしない。

 誰もがあの子を愛していた。……そう、あの人。ナにール船長でさえも。

 でなければ、あたしたちが結婚し、あたしがあの子を養子にしたいと言った時、ああも嬉しそうな顔をするものかね……。

 だからあの子もろとも船を蟲に襲わせ、爆破したとナニールが語った時、信じられなかった。

 信じたくなかった。われら【シング・ザ・ソング】号クルー全員の子供であるあの子、アスラン・セイリュート。

 彼が、死んだ。……仲間(かぞく)の一人に殺されたなどという事を。


 今、あたしは新しい仲間たちと共にナニールを追っている。その仲間の中に、気になる子供がいた。

 アスランの面影のある、あの子の小さかった頃に似ている子供。ファング。

 彼はいったい何者だろうか。アスランと何か関係(つながり)があるのだろうか?

 その内あたしは、あたし同様に彼を見つめる視線を見つけた。一つはアリアム。もう一つはアベルだった。そこには不審と困惑、そして後者の者には、隠しきれない蔑みと憎しみの色が垣間見えた。

 なぜ彼らが彼をそんな目で見つめるのか。あたしに、ナニールとは別の意味で解決すべき問題ができた。

 あたしはクローノに連絡を取り、そして調査を始めた。それらの疑問に答えるために。

 その矢先、ファングが姿を消した。

 あたしたちは、あたしは何を見落としている? 見落としていた?

 思考がフル回転し始めた。結果いかんによっては、ナニールによって封じられた力をなんとしても取り戻さなくちゃならない。


       ◇  ◇  ◇

  

 俺は、悩んでいた。

 ファングが姿を消した。飛行機械と共に。

 つまりはやはりあいつは機械だったって事なのか。俺たちを裏切った、それとも元からスパイに過ぎなかったという事なのか。

 ……何か変だった。どこかがおかしいと感じた。

 だとしたらなぜ、今のこの中途半端な時期にそれをする?

 意味が無い。悪意が感じられない。

 もしかしたら、彼を疑ったのは間違いだったのだろうか。彼は機械ではないのか?

 アベルは大丈夫だと言う。だが、しかし。

 どこか変だ。態度がおかしい。言葉のスペシャリストである俺だからこそ感じられる歪みがある。

 どうすればいい? 俺は。

 このままでは空中分解だ。次にナニールが攻めてきた時、仲間同士で争っていたなんて馬鹿なことになりかねない。

 考えろ。今こそ考える時だ。これから何をするべきか。どう行動する事が一番正しいのかを。

 考えろ。アリアム・フィオラネイウス。


       ◇  ◇  ◇

  

 ファングが姿を消した。

 くすくすくす。かなんなーもう、笑わしてくれるであのボーヤも。逃げたのか、マニュアル見てショックで混乱したのかは定かやない。せやけど。

 つまりは要するに、やっぱりあいつはキカイやったっちゅうこっちゃ。

 手元に置いて使い尽くしてやろうという計画は狂った。せやけど、楽しぅなってきよったやないか。くすくすくす。

 さぁて、考えんといかんなあ。

 どうしたら一番利用しつくせるかを。

 待っとれよファング。そして、ナニール。

 これからゆっくり、おまえらキカイすべてにジゴク見したるわ。

 っくっくっく。くすくすくす。


       ◇  ◇  ◇


 あの日、オレたちは凄まじい振動によって叩き起こされた。巨大な音。

 前に一度だけ聞いたことのある轟音。あの、空飛ぶ船の炎の音だった。

 すぐに分かった。

 ファングだ。あの船に、飛び去っていく船に乗っているのはファングだと。

 なぜなのさファング。なぜ逃げた?

 いったいあの日、君に何があったんだ?

 オレたちは今猛烈に怒っている。

 君が逃げたからじゃない。オレたちに何も相談してくれなかったからだ!

 オレたちはもう家族だろう? 君がオレに言ったんだぞ!? そうじゃないのか!?

 オレはもう嫌だよ。誰も、誰にももう去って行って欲しくなんてないんだ……。

 君が去ってから一週間経って、アベルから連絡があった。ナニールへの反撃に必要な量のエナジーが集まったと。

 明日、久しぶりに仲間の一部が集まる。

 オレはそこで、提案するつもりだよ。みんなに、君を探すために力を貸して欲しい、エナジーを使わせて欲しいってさ。

 それに使う事で、ナニールへ反撃するのが遅くなるかもしれない。

 それでも、みんなでやらなきゃ上手くなんていかないさ、絶対!

 オレたちは、仲間なんだから。

 オレはもう二度と仲間を見捨てたりなんかしない。するもんか!

 だから待ってろ、ファング。そして、帰ってきてくれよ。

 だって君も、オレの仲間だから。必要な人間の一人なんだからさ!


       ◇  ◇  ◇


 ク、ククククク。ハハハハハ。

 やはり人間にはマイナスのエナジーが良く似合う。

 もっとだ。もっと心をバラバラにしろ!

 滅びを与える瞬間まで仲間同士殺し合うがいい。

 もっと疑え! もっと探りあうのだ、愚か者どもよ!

 あと少し、そう、我らが力を取り戻すまでなあ。

 ククククク、フハハハハハハハハ。


       ◆  ◆  ◆

  

 気がつくと夜だった。

 どこをどう歩いてきたのか、覚えていなかった。

 足だけを動かし闇の砂の海原を黙々と歩く。

 記憶が途切れている。

 まるで、今ここで生れ落ちたかの様に。この場所が生きるすべてであるかの様に。

(――――ああ、)

 そうだ。僕は逃げたんだ。

 逃げ出したんだ。すべてから。僕を信じて待っている人たちを置き去りにして。

――――逃げてきたんだ。

 ちくりとした。痛みが罪を教えてくれる。

(僕は、僕はみんなを裏切ったんだ――――)

 哀しかった。つらかった。

 でも、それでも僕はもう、みんなと共にいられない。居られるはずがない。

(人間だと……思っていたのにな……)

 足だけを動かし黙々と歩く。

 世界はまだ暗い。どこまでも。

 地平は暗黒に沈んだまま、夜目に慣れた視界にも、空と地の境目は見えることは無い。

 世界はどこまでも闇に包まれている。閉ざされた世界のまま、暖かい砂漠の夜明けは、未だ遥かに遠かった。


       ◆  ◆  ◆


 ボクがそれを見つけたのは、朝早く、まだ紫色の空の残る時刻だった。

 三週間前、ファルシオン帝国に帰ったボクは、非常事態にかこつけて話を誘導し見事無罪を勝ち取っていた。拍子抜けするほど簡単だった。まあ元々陥れられただけの様なものだったし、頼っていた小瓶が無くなって元老院の老人どもが気落ちしていたこともあったのだろう。

 将軍であるジニアス・ファーレンフィストの口添えもあったお陰なのも否めないけどね。感謝しているよ、あの無骨な友人にはね。

 それから宰相補佐の仕事に復帰したボクは、たちまち異形の侵略者どもの弱点を突き止め、撃退することに成功した。……まあね、これくらいの嘘は方便で赦されるのではないかと思う。そしてボクは、その後も何度も襲撃を退け続けた。

 それもあって、ボクは幼い現皇帝に以前の教育係をしていた時以上に気に入られ、たった一ヶ月でほぼ宰相と同じ力を振るうことができるようになった。まあ、敵も増えたけどね。

 ボクはその権力を十二分に振るい、政治屋とでも呼ぶべき貴族たちに現在の状況での侵略の無駄を説いた。さすがに自分たちの利益に直結するだけあって、皆すぐに納得したのは内心苦笑ものだったが、たとえ茶番劇でも必要な時と場合というものはある。

 ついでに国民の人気を取ることの利益率を計算してのけたとたん、手のひらを返して公共・福祉・街の警備の強化などに力を入れ始めたのには、後で本当に笑った。

 大笑いだ。

 が、まあ。……ボクも偽善が悪いわけじゃないという事と、人の悪い所ばかり指摘しても仕方ないという事は学んだのでね。良しとしよう。この現実では、ベストではなくベターが最善であり最高値なんだ。

 それよりも困ったのは、ボクの命を狙う輩が一気に増えた事だった。

 まあ精霊体である以上、物質化を解除しさえすれば、ただのナイフや武器・爆弾でどうにかなる事は無いんだけど、ウザったくて仕方がない。でも、下手に護衛をつけたら巻き添えを食わせてしまうかもしれないからね。だから、次第にボクは、一人で出歩く事が多くなっていった。


 その日もボクは、日課となった明け方の散歩をしていた。散歩の時はできるだけ人気の無い時間・場所を歩くように――――襲ってくる者には襲いやすく、他人には迷惑をかけないように――――しているからだが、その日は珍しく、一人の刺客も現れない穏やかな朝だった。

 気分が良かったのでボクは、たまには良かろうと街の外まで足をのばした。街から4、5キロ離れた場所にそびえる、長さ十数キロの半円形の巨大な壁。

 それが目に入ったのは、そう。その城壁ともつかぬ中途半端な、それでいて威容な壁の天辺にたどり着いた時だった。


 このファルシオン帝国は、もともと緑の絶えない森の王国だった。

 しかし20年ほど前、広がり続けるアルヘナの砂漠の端が、肉眼で見える位置にまで移動してきた事で、侵略願望に火がついた。

 それ以来、表から裏から侵略を繰り返してきた訳だけど……。けれども、その足掻きをあざ笑うかのように砂漠は広がり続けた。現在では既に砂は、この防砂壁と地平の中間地点にまで到達していた。

 その砂の縁―――境界―――に横たわる人影があった。

 生き倒れなど珍しくはない。だが、その時は何か気になった。

 精霊体を操作し肉眼では無理なレベルにまで視力を調節する。するとそこには、見知った人物が倒れていた。


       ◆  ◆  ◆


 だんだんと今日の太陽が昇ってきた。

 やっぱさ、砂漠の夜明けは壮大だぜ。何度見ても。

 さっきからおれは、イェナ宮殿最上階のバルコニーから城壁の向こうに見惚れていた。

だが、そういつまでも現実逃避している訳にもいかない。テラスの手すりの上、特等席に陣 取り、おれはテーブルを囲む人間たちの方へと振り返った。

「で……これで全員なのかよ、アベル?」

 上座の議長席に座ったアベルが、横に静かに首を振る。

「まだや。せやけど、もうすぐ残りも到着するやろ」

 広いバルコニーにしつらえられた長テーブル。その周り、それぞれの椅子には、見知った顔たちが座っていた。

 と言っても全部じゃねえ。会場を貸してくれたアリアムさん。美人だがこまっしゃくれのラーサ。コールヌイさんは来れないそうだ。忙しいらしい。

 さっき着いたばかりのクローノ。相変わらず宗教画みてーな面してやがる、この慇懃紳士。さっきもこの間の通信の事を訊こうとしたら無視してくれやがった。……まあ、今は内容を聞かせたくない人物がいるってワケだろうさ。

 だがゼってー後で聞きだしてやる。

 ナハトとデュランさん。さっきからソワソワしてる。特にナハト。どうやら何かみんなに言いたい事でもあるらしーな。多分、居なくなったっていうファングの事だろ。

 アベルはいったいどうするつもりだろうか。

 おれはまたクローノのすまし顔を一瞥し、また戻した。

 女性陣ふたりは来れないらしい。というか、連絡がつかないようだ。……大丈夫かよ?いくら連絡の取りづらい場所に居るっていっても、なァ。

 心配な人間も何人かいるんじゃねーのか?

 ナーガさんからは来れないと連絡があったらしい。手の離せない用事ができたとか。

 しかし、こっちより大切な用事っていったい何なんだろうな?

「坊っちゃん、皆さん。お茶が入りましたが、いかがです?」

「リーブス。」

「はい?」

「テメーも座ってろ。後から来るムハマドの仕事奪るんじゃねえよ」

「……わたくしの仕事でもあるんですけどね」

「不満そうな顔すんなアホ。テメーのよりあの兄ちゃんのやつの方が若干旨い」

「そ、それは聞きずてなりませんよ坊っちゃん! ねえ坊っちゃんったら!」

 おれは何やら喚いている執事をほっぽってテーブルについた。

「クローノ。カルナ君の容態はどうだ?」

 アリアムさんが今ここに居ないもう一人の名前を出す。クローノの後輩の事だな。

「心配していただいてありがとうございます、アリアム王。順調に回復してきております。 先週から歩けるようになりましたので、今は自分からリハビリをやりたいと言い出しまして。頑張っていますよ、本当に。次の会合には絶対参加するんだと言っていました」

「そりゃ良かった。あいつも仲間として数えてるんだ。仲間はずれにはしたくないんでな」

「伝えておきますよ、きっと喜びます。ありがとうございます」

 クローノが頭を下げた直後、今回の集まりの最後の人物が顔を出した。

「おや、お揃いだね。お互い達者で何よりだ」

「遅いぞ婆さん」

「名前で呼びなって何回言えば気が済むんだいこの王様は。そんなこっちゃ名君になんてなれないよ! だいたいアベル、あんたがあの時急かしたせいであの基地の転送機、具合悪いままなんだからね? 分かってるのかい!?」

「あほかい、仕方なかったやろがあの場合。いまさらゆーな」

「分かってるさね」

 文句を垂れながらもニンマリと笑う。……こーいうのが【年の功】というやつか。あまり見習いたくねー類のスキルだよなあ。

「あ、皆さん、少し待っててくださいね。すぐに特製ブレンドティーをお淹れしますから。 この間助けた人から、お礼にいいハーブ貰ったんです」

 これで全員揃ったワケだ。……リーブス、逆恨みで恨めしげに睨むな睨むな。


 ムハマドの淹れてくれたお茶を飲みながら、初めての会議は静かに始まった。

 最初はそれぞれの成果と被害数の報告が続いた。

 覚悟はしていたが、被害の合計は相当なものだった。クソッタレ! 聞いていて胸が悪くなってきそうだ。

 だが、成果も相当なものと言ってもいいと思う。当たり前だ。でなけりゃ何のためにおれたちがこんな事やってんのか分かんねーよ。

 しかし、ナニールの野郎……! 好き放題やってくれてんじゃねーかよッ。

 今に見てやがれ!


「……報告は一通り済んだみたいやな。皆よう頑張ってくれてるみたいや。ご苦労さん、ありがとな。被害は相当なモンやけど、成果だって負けてない。この調子でもう少し頑張って欲しい」

「それはいいが、少しって、あとどれくらいなんだ?」

 アリアムさんが口を開く。

「今は機械体だけを撃退していればいいからまだいい。だが、ナニールの戦力はこれだけじゃないはずだ。これだけたっても姿を見せないとなると、今は力を蓄え潜伏していると見るべきだ。つまりは嵐の前の静けさ、だな。

 で、どうするんだ? 嵐が来るのが分かっていて、その対策は考えてあるのか?」

「そうやな。色々と考えてるで。まずは、ちょっと考えてみてほしいんやけど。さっきからの報告の中で、気になる点が二点あった。判るか?」

「……進化型の機械体の出現と、その数、でしょう?」

 間髪入れずに金髪が答えていた。

「さすがやなクローノ。そん通りや。最初の機械体の出現から三週間あまり。初めの計算どおりなら、もう機械体の出現は打ち止めされてていいはずなんや。だがどうや?やつらはいまだに世界のあちこちで出現し続けてる。

 そして、進化型の登場や。ありゃあ改造なんて生易しいモンやない。こちらの弱いトコ弱いトコ突いてきよる。どう考えても新しく作られたモンや。

 ……つまり、この星の地下のどっかに、やつらの基地、もしくは工場が存在するってことなんや」

 ……だろーな。おれ同様、誰もが真剣な表情で口を閉ざす。

 やっぱ、みんな同じ事考えてたってワケだな。今、アベルが言ったような事を……。

「となると、や。その基地をまずはぶっ潰さなならん言うこっちゃ。それがやるべき事のひとつ。これは今全力で探索中や。必ず見つけてみせるさかい、安心してーな。

 そして次に、ナニール本人が出張ってきた時のために、何をすべきかという事。

 これは、先手必勝でいくしかないやろな。向こうの力のが上である以上、先手を取れなきゃかなり不利な立場になるからな。よって、これからの大雑把な目的としては、まずは機械体の工場を発見しぶち壊す。そして飛行機械で月まで飛び、ナニールと“ガイア”をぶち倒す。の二点を挙げておくで。一応、その期限――予定日は、二週間以内と言っておこうかい」

 聞いた途端、みんなの身体に力が入るのが分かった。

「ッヘ、殴りこみの日取りが決まったってワケだ。そりゃめでてー」

「……いいだろう。それができるだけのエナジーがようやく集まったってことだな」

「そういうこっちゃ。悪いが、忙しくなるで」

「望むところです」

 みんな、それぞれのやり方で気合を入れていた。そう、気合も入るだろうさ。もうすぐ、すべての決着がつくってことなんだからな。

 だがその時、

「あのすいません! みんなに聞いてほしい事があるんです!」

 焦りを含んだナハトの声が響き渡った。


       ◆  ◆  ◆


 目を覚ました時、夢を見ているんだと思った。

 高い天井。シックな茶褐色に統一されたそこには、質素だけれど彫刻らしきものが彫り込まれている。

 視線をめぐらす。

 広大ってほど広くない。でも個人の部屋として考えると、とてつもなく大きく感じる広さがあった。……こういうのも貧乏性というのかな。

「目が覚めたかい?」

 声に驚いてそちらを見る。一瞬で身体が強張った。


「ナーガ……さん。どうして……」

 思わず漏れた言葉に、皮肉げな笑みが返ってくる。

 向けた目に映ったのは、ナーガさんの姿だった。そして後ろにももう一人。

 つまり、ここはファルシオン帝国内のどこかということなのか。

「それを訊きたいのはこっちなんだけどね。どうして君がここにいるんだい? 君たち――――ナハト君と君は、アルヘナの砂漠の村にいるはずだ。そして、そこからこのファルシオン帝国首都デュッセンまでは、普通に旅をしたとすれば二月はかかる。だが、あれからまだひと月未満。君が訓練を受けた元影頭の弟子と考えても、簡単じゃない。それに【転送】のエナジーは個人では使用不可と決めたはずだ。攻勢に出るのが遅れて負けたら洒落にならないしね。

 僕が君たちの動向を知っているのが疑問かい? 確かにこちらからは一度しか連絡を取ってはいないが、その時に皆の動向はアベル君に聞いているのさ。後は簡単な推理だが……それでも提示された情報からは君が今ここにいるのは不可能なんだ。

 その君がどうやって……いや、なぜここにいる?

 ああ、後ろの人間は気にしないでくれていい。単にボクが君を拾ってきたのが気に入らないから見張っているだけの奇特な人だ」

 それのどこが気にしなくていいんだろう……?

 困っていると小さく「誰が奇特な人ですか」と怒った声がした気がしたので、そっかと思い気にしないことにした。

「え……と、……それは……」

「……言いたくないみたいだね。それなら、話したくなったら話してくれればいい。でも、それまではこの部屋からでることを禁ずるよ。いいね?」

「……はい」

 うなずいたのを見て満足したのか、ナーガさんは腰を上げ扉に手をかけた。もう一人の人物もあとに続く。一瞬だけ合った目は苦々しげで、まるで値踏みをされたような気がして、ファングは冷水を浴びたような気分になった。気圧されて下を向く。

「ああ、言い忘れた。君がここにいることは、まだ『仲間』の誰にも伝えてはいないよ。多分その方が、良かったんだろう?」

 この人は……。

 思わず顔を上げ、部屋を出て行く横顔を凝視する。

 皮肉屋には違いない。でも、皮肉屋だけど……とても優しい人だ。そう思った。

「……っ。ありがとう、ございます……」

 安堵とともに息が漏れて、少しだけ体から力が抜けた気がした。

 

「……ナーガ殿、いったい何を考えておられるのか!? 今がそんな時でないのはご承知のはずでしょう!」

 扉を閉めた途端、お目付け役のグリュックが口を開いた。ボクを監視するために、とある人物が寄越した男だ。

 断る事もできたが、後々が面倒そうなので、そのままにしてある。

 要するに堂々たるスパイというわけだね。ご苦労な事だ。そんなことをしている時じゃないということがまだ解っていない。

 まあ、今まで発言を我慢できただけでも上出来だろうね、この男にしては。

「なにがだい?」

「あの少年のことです! 時期が時期なだけでなく、貴方のお命もどこから狙われているか分からないというのに……。それでなくとも貴方はご多忙なお体なのですよ? だいたいあの少年、身元は確かなのですか!? もしかしたら何かよからぬ目的でも……」

「グリュック・ハイデマン」

 ウンザリする。

「は」

「少し黙りたまえ。彼はボクの知り合いだ。それ以上は君に説明する気も必要も義務もない。それから、五月蝿いよ。今まで、ボクが少しでも仕事を溜めた事があったかい? そういうことは一度でも仕事に支障があってから言うがいい」

 視線に力を込めると、ハイデマンは怯えたように後ずさった。フン、その程度の胆力でボクに意見するな、小物が。

「散歩をしてくる。ついでに書類仕事もね。君はついてこなくてもいい。ついてくると云うなら止めはしないが、君程度だと刺客の攻撃に巻き込まれて死ぬかもね?」

「承知……しました……」

 下を向き身体を震わせる男を置いて、ボクは屋敷を後にした。その震えがどういう意味のものかということを、この時点でボクはまだ気づいてはいなかった。


 ナーガさんたちが出て行ってから、僕は小さくため息をついた。

 みんなの所にいられないから誰にも会わないように逃げてきたはずなのに、その先で仲間の一人に会ってしまうなんて……。

「どうしたって、逃げられやしないってことなのかな……」

 この、現実という痛みからは……。

 だけど……でも……。

 それでもすべてを受け入れるためにはまだ、もう少しだけ時間が欲しい。

 だから、ナーガさんが誰にも言わないでおいてくれたのは、正直助かった。

 あの人が何か知っているとは思わない。

 知っていたら、きっと僕に対する態度が変わっていたはずだ。絶対に。

 ……話したら、僕を赦さないだろうな、あの人も。

 いつか話すとしても、それまでは、甘えさせてもらおう。

 これは、逃げだ。卑怯なやり方。

 でも、僕はもう、一度逃げてしまったんだ。仲間から。親友からも。

(なら、とことん逃げ続けるのも、お似合いというものなんだろうな)

 僕はシーツを顔にかけて、もう一度眠った。せめて今の顔は誰にも見られたくはなかったんだ。


 次の日、目を覚ますと、昨日と同じようにナーガさんがいてくれた。

 なぜかそれがすごく嬉しくて、起き抜けに「ありがとうごさいます」と言ったら、変な顔をされた。

 いつも皮肉げな言い方をするくせに、きっと、この人は自分がどれだけ優しいか自分で気づいていないんだ。

 それがおかしくて、少し笑った。一週間ぶりだった。

「……? まあ、笑える元気が出たならいいことだね。本を持ってきたよ。暇なら読んでいるといい」

 嬉しかった。だけどその後に、でも、部屋の外には出ないこと、と釘を刺すのはさすがに忘れてはいなかったけど。


 その次の日、今日は初めて仲間のほとんどが集まる会議の日だと教えてくれた。

 出なくていいのかと訊いたら、必要な事だけ後で聞くからいいと言われた。

(僕のために――――)

 その時、いつもわずかに目を合わせないしゃべり方が、この人特有の照れ方なんだと気がついた。

 ……アスラン。

 僕は、遥か遠い記憶の中の親友に声をかけた。

 僕の周りには、いい人ばかりがいるみたいだよ。なんでかな……? 君を救えず、おめおめと存在を永らえているだけの僕なんかに、なんで、こんなに。

 涙が出た。ただの、人に似せているだけのしょっぱい水だ。

 誰にも知られたくないと思った。

 この暖かさを失いたくは無かった。

 でも、ハッと気づく。僕はもう、裏切っているんだと。みんなを見捨てて一人だけ逃げてきているんだと。

 自嘲気味の笑みが口の端を彩った。

 教えてよアスラン。この気持ちはいったい何なの? 人形にも心があるって……そう思ってもいいのかな?

 だったら心って……痛いね。とても痛いものなんだね。

 だけど、痛いのに、心があるのを嬉しいと感じてしまうのはなぜなんだろう。

 君には答えが分かるのかな、ねえ、アスラン……。




                  第三話  『放浪 〜問い〜』  了.


                  第四話  『放浪 〜答え〜』に続く……




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