第二話 『疑惑 〜気配〜』
嵐が夜の街を覆っていた。
荒れ狂う嵐の中、街のあちこちで複数の人影が争っている。
幾度も幾度も白刃が闇に舞う。
だが武器の交差する音は聞こえない。闇の中吹き荒れる風と雨にかき消された戦いの喧
騒は、当の本人たちにまで武器の合わさる音ですらその耳に届けることは無い。
雨だけが街を彩り、相手の姿さえまともに捉えられない。だというのに、一方の側の影たちには動きにまるで無駄が無かった。その不利な状況をなんとも思っていないかのごとく確実にもう一方をとらえ、倒してゆく。理由は判らない。だがそのせいで、相手の男たちは一方的な苦戦を余儀なくされていた。
「ジュノー、1体そっちに行ったぞ! ディーター! お前も向こうに加勢しに行ってくれ!」
一人の男の指示によって、近くに残っていた三人のうち二人が遠くに離れた最前線へと飛び出してゆく。
残るは彼ともう一人だけだ。他の仲間たちは近くにいない。きっとまだ街のどこかで戦っているのだろう。
不利な側のリーダーの様だ。天が割れたような雨の中で、下着までびしょ濡れになりながら彼はひとり、仲間に指示を出し続けていた。
「ゴフッ……」
目を向けた先でまた一人仲間が倒れた。仲間を捜して裏路地を走っていたのだろう。ようやく通りに出てこられ、こちらを見つけ走り寄ってこようとしていた矢先のことだった。少し離れた大通りのど真ん中、敵と交差し打ち合いになり、数合。駆けつけようと走り出したが間に合わなかった。糸が切れたように石畳に倒れる仲間の姿。
倒れた音は聞こえない。嵐が音を消していた。それ以外の音のまるで無い喜劇のような無音空間。
「ガイル──!! ……畜生、ちくしょうちくしょうチキショオォォッ! てめえらゼッテェっ、ゼってェ赦さねえぞォォォッ!!」
割れそうな怒りだけが頭の中にこだました。赤く染まる視界の中、影がひとつ雨にまぎれて近寄ってくる。ゆっくりと、遊びのごとく。楽しそうにまるで嬲っているかの様に。そう、それはねずみを追い詰める猫のように。
「ド畜生ォがあああああ!!」
「馬鹿やろう、戻れ!」
耐えかねて隣の仲間が飛び出してゆく。そして、倒された。まだ崩れ落ちる途中で何度も敵の手が往復する。切り刻まれた体がまたも音も無く倒れていった。
「アルベルト──ッ!」
悲痛な叫びも自分の耳にすらまだ遠い。滝の中を彷彿とさせる落水の中で、気付いた時、ふたたび彼の視界は敵の姿を見失っていた。
背筋を冷たい雨が通り抜けた。気配を頼りに攻撃を散らす。
二人を倒した影は、吹き抜ける嵐の中を縦横無尽に走り回りこちらの動きを翻弄していた。人間には不可能なその動き。目に水が入り視界が塞がる。まともに姿すら捉えられない!
「どこだ! どこから来る!? くっそぉッ」
怖ろしかった。どこから敵が来るのか分からない、その恐怖。
豪雨が強くなっていた。目もまともに開けず、耳も役に立たない。匂いも風も。五感のすべてが闇によって閉ざされている。
身体の中心から震えが這い上ってくる。心の根源からくる恐怖心に押しつぶされそうだった。
(落ち着け……落ち着くんだ……、まだ終わってない。まだ負けたわけじゃねェ……! 気配を感じろ! 自然を取り込め! 不規則な雨足の規則性を見極めてやる! その規則性に逆らう動きを心で捉えればいいだけの話だ……!)
青年は目を閉じた。視界以外の感覚に意識を集中する。絶望的な無限の雨音。それを無視して聴覚のステレオグラムを構築する。
次第に雨音が遠ざかる。知覚が収斂されてゆく。身体を叩く雨粒もどこか遠くの出来事だ。耳だけではない。勘でもない。立体的な自然のリズムを全身の感覚のみで知覚する。近づく音と雨を遮る空気の流れ、雨に混じる微かな錆びた鉄の匂い。そして。
……………視えた!!
目を閉じたまま沈み込み、倒れこむ寸前で身体をひねり、跳ぶ! 地面すれすれを滑空し全身のバネと回転の遠心力にすべて乗せ、全霊を込めて真上に向けて鉄棘の飛び出たこぶし(アイアンクロー)を叩き込んだ。
手応え……あった。
横倒しになりながら目を開ける。頭だけを起こすと、倒れた敵の胸の穴がもくもくと煙と火花を上げているのが見えた。こぶしの鉄棘の形に敵の胸元が引き裂かれている。
いきなり脱力がきた。恐ろしい眠気だった。
(ハッ……手間取らせてくれやがってよォ)
ため息をつき頭を落とし、そのまま仰向けに寝転がる。
空を見ると雨が小降りになっていた。雲の切れ間に星が覗く。
今頃になって何やってんだ的にやんだ雨は、皮肉に過ぎた。にらむ視線の先を恐ろしい勢いで雲の群れが飛んでいく。
また、大勢仲間が死んでしまった。死なせてしまった。
バシャン!
寝転んだまま水溜りを残った力の全てで叩く。くそったれ!
(オレは、強くなったんだろうかねェ、これでも)
三年前、彼は間違いを犯した。その間違いで、彼は大勢の知り合いと街の三分の一を失い、そして、もう少しで大事な人たちまでをも失うところだった。
すべて、彼自身のせいだった。
ずっと昔の過ち、あの時と同じように……。
(けどオレは、もう、逃げたくねェよ。だから、フン張ってやるさ……まだ、ここで……この街で、な……)
雲が移動し、空にまた星が見えた。
あの頃、路地裏から覗く星が好きだった。そして同時に憎んでもいた。
今は? ……分からない。だが、絶対に届かないとは思わなくなったと思う。
大通りの奥から大勢の足音が聞こえてきた。彼の名前を呼ぶ声がする。
「遅っせェよカルロス。出番はみんな、盗っちまったぜ……へへ………」
晴れ始めた空に明るい星がひとつ。自らを照らす星を伸ばした手の中に握り込み、ミシェルの意識は温かいまどろみの夢の中へと堕ちていった。
◆ ◆ ◆
朝の光の満ちた部屋の中。おれはぼんやりと執事の報告を聞いていた。
「つまり……20人いたミシェルの隊の内、生き残ったのはあいつを含めて三人だけ、ってことかよ……」
「そういうことになります」
リーブスの顔に心配そうな表情が映る。急いで顔を引き締めた。
危ねえ危ねえ。こいつは妙に勘がいいからな。そうでなくても会議の最中に、警備隊の責任者が歪んだ顔を見せるわけにはいかねェんだから。
今は報告会だ。ベッドで寝ているミシェル以外のそれぞれの隊の隊長と、この街の実力者たちの代理、総計50人を越える人間が会議室で一堂に会している。
現在のおれは他の実力者を差し置いて、議長の席についていた。持ち帰った貴重な情報と対策、そして帰還当時蔓延っていた敵を倒した実績からだ。だが、それを快く思わない人間も普通にいる、そういうことだ。世界的なこの非常事態に情けないことだがな。それでも。
こんな場所で失態は見せるワケにはいかねェ。
見せたら最後、この地位を追われるだろう。何人かが虎視眈々とその座を狙っているのが分かる。任せちまった方が楽だろう。地位自体に興味はねえ。だがそれでも、今はこの権力を失うわけにはいかねえんだ。
(情けねえ……)
今はそんなことをしている場合じゃないってことがまだ分かってねェ。
確かに、15歳程度の子供にこき使われるのは気に食わないだろうさ。けど、実際問題おれしか敵への対処法を知らないんだから仕方ねーだろうがボケ。
急いで対処法その他教えてきてはいるが、まだまだ実践できている者は必要な数より程遠い。地位を狙う暇があるんなら、テメーらもそっちの方をなんとかしてみせやがれ!
……いや、おれが地位を追われるくらいどうってことねェか。誰が上でも最終的に勝てればおれはそれで良い。困るのは、下で動く人間が上を信じなくなっちまった時だ。こいつら はそれでもそれなりに有能だ。だからこそ、頼りがいを見せとかねえといけねえんだ。
頼りねェ上司の下じゃ安心して全力を出すこともできねえじゃねえか。
おれは胸を張って見渡し、口を開いた。
「聞いての通り、大通りから港入り口をカバーしていた防衛線が途切れちまった。人数を補充するにしてもすぐには無理だ。だからしばらくはミシェルの担当区域は、両隣の隊でカバーしてもらいたい」
言ったとたん、部屋の中に殺気が満ちた。
気持ちは分かる。できるわけ無ェんだ。今でさえいっぱいいっぱいだってのに。
けど、他にどうしようもねェのも確かだから、無理にでも納得してもらうしかない。
「リーブス、以上だ。今朝の会議はここまで、解散!」
「はい、坊っちゃん」
…………。失笑が聞こえた。どちくしょう。会議中だけでも隊長と言えといったい何度言えば覚えるんだコイツは……!
周りに舐められてる原因の責任の一端はこいつにある気がして仕方がねェよ。
補佐役の執事をにらむ。が、このニブ男は一向に自分の失態に気づいてないらしかった。視線にだけ気づいてこちらへ満面の笑顔を返す。
……なあ、気づいてないんだよな? 本当かテメー?
会議が終わって、おれたちはミシェルの病室に見舞いに来ていた。
「よう、元気かよ? 気分はどうだい」
尋ねると、ミシェルは不機嫌そうに答えた。
「いいワケねーだろ。なーカルロス、こんなの入院するような怪我じゃねーんだからさ、さっさと退院させてくれよ。でないとスタコラ逃げ出すぞコラ」
ふて腐れてる親友に心から安心して、自然にからかう声がにじみ出た。
「アレ? そんなこと言っていいのかよミシェル? 無様にぶっ倒れてたのは誰だったっけなァ? 言いふらされてもいいのかぁ? ま、疲れも溜まってるだろ。せめて二日くらいちゃんと入院してろって」
「い・や・だ・ね。なんで俺がこんな辛気臭いトコにこれ以上いなきゃいけねーんだ、しかも二日も」
「ほー。後でエティが見舞いに来るって言ってたみてーだけどなー。残念だなー。仕方ない、じゃあすぐにでも退院な?」
「え!? マジで!?」
瞬時に喜色満面になるミシェルにいきなり無性にむかっ腹が立った。テメー少しは年上の威厳ってモンを示せ。
「あ・そ。いいぜ逃げても。仕方ねーなあ。その代わり妹を悲しませた奴を俺が赦すと思うなよ」
「いやだなあカルロスちゃ~ん。オレがそんなことするワケねーじゃんさ! オーマイハニーリトルキティ(可愛い子猫ちゃん)! アイミスユー (もうオレはお前無しではいられないぜ)! 早く来て! 待ってるからねーヒリエッタぁん!」
こ、このヤローは……!
「帰るぞリーブス!」
「あれ? もうお帰りなの? 待てって、もー少し居てくれてもいいじゃんさぁー。ねえカルロス? カルロス兄さん? お兄様ぁ~」
「てめーに兄キ呼ばわりされる謂れはねえッ!!」
えー酷い結婚したらオレお前の弟じゃんかーなー待てってカルロスおにーさまー……。
背中にかかる言葉を無視して病室を出る。
ぐわっしゃん!! 思い切りドアを叩きつけて閉めてやった。ドアが歪んで廊下から中が丸見えになる。
「あっテメーコラカルロス! 直してけ! これじゃああいつが来ても密室にならねーじゃねーか密室に!」
ザマーミロ。ってゆーかあのまま密室だったら何する気だったあの野郎……?!
横で歩きながらリーブスが笑いを堪えている。
「言いたいことがあったら言ってみろオイ」
「ふっふ、仲がお宜しいことで」
「るせーよッ。ったく、なーにがおにいさまだ怖気がくんぜ! 言われたくねー言葉がまたひとつ増えちまったじゃねーかよ、ったくドチクショウ」
「おや他にも言われたくない言葉がおありですか? 坊っちゃん」
「…………」
ヤロウ、いつか必ずひねり潰してやる。
おれは心に固く誓いを立てた。何百度目かの誓いだった。
シェスカの街。この時代、世界で一番大きな港街だ。
おれがこの街に戻ってきてから、約一ヶ月が経っていた。
やはりこの街も、かなりの被害を出していた。そりゃそうだろう。大量の機械体の群れが街を襲ったんだから。
幸いおれの鞭術の師匠が、おれたちが戻るつい前日まで滞在していたらしく、彼のお陰もあって死傷者はそれほど出なかったようだ。
(あの男は既に人間を越えてるからな。性格上、あまり人と関わることを嫌っているから、大勢に影響は出ないだろーけど)
ま、師匠がいてくれたのは、不幸中の幸いというヤツだ。
だが、既に彼も街を離れている以上、これからはそう巧くはいかないだろう。
おれは評議会に直談判し、敵の情報と対処法を教える代わりに、警備隊の責任者の地位を得た。警備隊といっても他の国で云えば警察や軍隊と同じものだ。非常時には、臨時召集をかければ、数百~千人規模の頭数をそろえる事ができる。だから、おれはかなりの力を得たことになる。
最初の一週間は瞬く間に過ぎ去った。
組織の再編と敵への対処法の教育、そして命令の絶対性を保つための隊員との模擬戦闘。
もちろん負けちゃいけねェ。隊長に相応しい力を示すためのデモンストレーションなんだから。
目が回りそうだった。お陰で一応は命令を聞いてくれるようになったからいいけどな。
でも、未だに根に持っている奴も多い。模擬戦闘で負けたやつらなんか、色々難癖までつけてくる。メンドくせーヤツラ。
ま、結果さえ出してれば、評価は後からついてくるさ。
今の所はまだ上手く機械体どもを壊滅できているし。だが……。
昨日の戦闘を思い出す。見たことも無いタイプの敵だった。しかも、戦い方がいつもと変化していた。夜、しかも嵐の日を選んで隠密行動してくるなんて、今まで無かった。
敵の戦い方が変化してきている?
ゾッとした。
学習し始めているってのか!? 機械の癖に……!?
「坊っちゃん……?」
歩くのを止めて窓の外を見る。
「リーブス。これからの戦いは、ずっと厳しいものになるかもしれねェな」
窓の外の、街並みの景色。みんなが造った景色だ。たった三年でまた元通りにまでしてしまった。そのみんなの頑張りを知っているだけに、ただの景色が余計に美しいと感じた。
おれは、しばらくの間庁舎から見える街の景色に見惚れ、その場で街を眺めていた。
◆ ◆ ◆
仲間から連絡が入った時、おれは執務室で書類を片付けているところだった。
仲間からの通信。久し振りだ。長引いてる準備が整ったんだろーか。
ブルージーンズのジャンパーの裏ポケから、通信鏡を取り出して耳に当てる。
「ハロー、こちらカルロス。誰だよ? 久しぶり」
『お久し振りです。カルロス君、と呼ぶのを許して頂けますか?』
慇懃無礼と言ってもいいくらいの喋り方。……チッ、あいつか。
「ヨォ。クローノさん、だったっけか」
『はい。憶えていて頂いて光栄です』
……何だかな。苦手なんだよな、こういう喋り方する奴。
身近にも一人いるし……。
けど付き合いはまだ短いんだけど、別に悪気があってのことじゃなくて、これがコイツの普通の喋り方だって分かってっからなァ。一応仲間だし。切りてーけど……。
「何の用?」
『少し、お聞きたいことがあるんですが……、少々かかります。お時間を取らせて頂いても宜しいですか?』
「あぁ、いいゼ」
合法的に休憩できる機会は無駄にしないようにしないとな。
おれは机の上の書類の山を一瞥し、間髪いれずに答えていた。
「それで、どういうお話だったんですか。坊っちゃん」
廊下を歩きながらリーブスが聞いてくる。だが、それに対するおれの返答は、あまり要領を得ないものだった。
「さーな。良く分からねェ」
「なんですかそれは?」
「それがな。クローノの訊きてー事ってのが、いまいち要領を得ねェんだ」
「と、言いますと」
「それがよ、あいつ、こんな事を訊くんだぜ?」
『ねえカルロス君。君は、しばらく、……アベルと行動を共にしていたんですよね?』
「あ? ああまあ。行動を共にってゆーか、あの地下基地にずっと居ただけだけどな」
『それでは……。もしかして、何か、気付いた事とかは無いでしょうか?』
「何か、って何だよ?」
『アベルの事について、です』
「あ? アベルがどうしたってんだよ。……なんかあったのか?」
『い、いえ。そう云う訳では無いのですが……』
「じゃあ何だよ? ジレってーな。奥歯になんか挟まったみてーな言い方やめろっての」
『そうですね、……失礼しました。実は、少々気になる事があるのですよ』
「……何がだよ?」
真剣な声だ。こっちも声を潜めて乗り出した。
『いえ……済みません。何でも無いんです。お時間を取らせて済みませんでした』
前言を翻されて椅子から軽くコケていた。
「おい! ちょっと待て、変な事言ったまま切ンなテメー! 何なんだよさっきから、オイって!」
『カルロス君。もし……アベルから連絡があった時は、私の方にも連絡を入れて頂けないでしょうか。できれば、すぐ後に』
「……どういうコトだよ?」
『今はまだ訊かないで下さい。お願いします。いつか……ハッキリした暁にはお知らせしますから。それと、もし少しでもお時間があるんでしたら、ファング君と連絡を取ってみて戴けませんか。もしかしたら、彼からそちらに連絡が入る事も考えられますし……』
「ハァ? アンタさっきからナニ勝手な事ばっか……」
『お願い、しますね』
「オイコラ馬鹿切ンな! オイ! ちゃんと説明してけ! ちょ、待……てってのにっ……のやろ待てっつってんだろーがこの野郎! こんのボケナスがーーッ!!」
そして、通信は途切れたのだった。
「あー畜生クソッタレ! ムカツク! ホンットにムカツク、あンのお上品お化けヤローが!」
「ですが、おかしな話ですねえ。なんだって今更誰かを疑うような真似を? しかもご自分の友人を……」
「おぉよ、しかも自分だけ解ったような気でいやがって……その上おれを使いっぱにするってかヨ。コロス! 今度会ったら絶対ェコロス!」
話していたらまた腹立ちがぶり返してきた。クソッたれ、怒りが収まらねェ。
「まあまあ坊っちゃん。それより、ファング君には連絡を入れてみたんですか?」
「あぁ、真っ先にな。けど、出なかった」
「おかしいですね」
「ああ。これはいつも持ち歩いていなきゃならねェモンのはすだ。でなきゃ連絡も、いざって時の転送もままならねーしな。それが、出ねェ。……キナ臭くなってきやがったぜ」
「……そうですね」
「ったく、今はそれどころじゃねェってのによォ……」
あっちもこっちも問題だらけだ。こんなんで全部上手くいくんだろーか?
「……いや。上手くいかせなきゃなんだよな、おれたちが」
頷く執事を従えて、おれは廊下を急いでいた。
何かが動き始めた気配がした。停滞した拮抗状態が終わりを告げる、予感。
おれの脳裏に、ときおり見え隠れしていたアベルの能面の様な表情が浮かぶ。
カルロスは気づいていた。アベルが表面に見える性格なだけではなさそうだということに。それが何を意味するのかが判らなかっただけで。
今でもまだ良く判らない。だが、一つだけ。一つだけ判ることがある。
このままじゃアイツは行ってしまう。帰って来れない所まで、行き着いちまう!
そこがどこかは分からない。だが、生きている人間が居てはいけない場所だということだけは分かる。
(アベル……アンタはおれが必ず救って見せる。だから、まだ、往くな。まだそこから行くんじゃねェ。まだ……終わっちまうんじゃねェぞ……!)
焦りの浮いた表情でカルロスは会議室へと急いでいた。
これから午後の長い会議がまた始まる。
今日もあちこちで悲鳴があがる。
町が一つ、また一つと消えていく。人も。
だが、人はいまだにその危機に対する根本的な解決策を見い出してはいない。
そう。世界は未だどうしようもなく、混沌としたままだった。
「The Real Road」
第二話 『疑惑 〜気配〜』 了.
第三話 『放浪 〜問い〜』
へ続く・・・・・・・・・・・・。




